From the 7nd story "嘘を承知の親孝行" of the 33rd part,
以下は劇中のワン・シーンを切り取って、桐花の勝手な解釈で小説っぽく書いたもの。
登場人物、脚本は桐花には帰属しません。
「あの、ご隠居」
最終的に、助三郎は呼んだ。
ご老公と格之進、そして助三郎の三人は、改装なった東大寺の大仏を参拝してきたところだ。
午後の参道には人びとが溢れ、活気に満ちている。風が渡り、白い玉石にはたわわな葉陰がちらちらと揺れていた。
歩調を緩めないご老公に、助三郎は半ば追いすがるようにして、尋ねた。
「ご隠居、どうかなさいましたか?」
ご老公は今日、朝から機嫌が悪い。
「いえ別に」
ほら、これだ。尋ねた助三郎を見もせずに発せられたご老公の返事はにべもない。
「そうですか…」
助三郎は一歩前を歩くご老公の横へ回って、顔を覗き込むようにした。
「なにやらご気分が優れぬように見えますが」
ぴたり、とご老公は足を止めた。そして、ひどく真面目な口調で云う。
「ならば申しましょう。助さん」
「は、」
息を吐くように、助三郎は返事をした。やっぱりだ。ご隠居は俺に腹を立てている。
「なにかわたしに謝ることがありませんかな?」
ご老公は質問した。しかしそれは尋ねるというよりもむしろ、非難の口調だった。
そして尋ねられるまでもなく、それは助三郎が思案していたことである。思い付かないから、とうとう尋ねたのだ。
ともかく助三郎はもう一度考えてみる。やはり皆目見当がつかなかったので、首を傾げた。
「さぁ…」
と云った途端、ご老公はむっと膨れ、ぷいっと歩き去った。
いかん。余計、怒らせた。
格之進がご老公に続いて歩き出そうとしたのを、助三郎は呼び止める。
「おい…!なにか思い当たらないか?」
格之進は考える素振りを見せたが、それは素振りで、彼はほぼ即答した。ちゃんとわかっているのだ。
「前の宿場で、夜中に一人で宿を抜け出しただろう」
しゃらっと格之進は云った。
助三郎はぎょっとする。
「あのこと、しゃべったのか…!」
「ああ」
平然と頷く格之進を、助三郎は恨めしく睨んだ。
「そりゃないよ、格さん…」
「ご隠居に訊かれたから、つい」
悪びれずに云って、格之進は闊達に笑うのだった。
その表情を嬉しそうだと思うのは、俺の感じすぎだろうか?と助三郎は思う。
「…格さん!」
「いや、すまん」
格之進は心にもない謝罪をして、晴れやかに笑う。憎らしいくらいの笑顔だ。
だが、その晴れやかさを癪に障ったり、格之進に文句を云ったりしている場合ではない。
ご老公という人は、あのお年で出歩くのが好きなのだ。好奇心が旺盛で、目新しいこと、楽しいことに向かって常に目を輝かせているところは助三郎も負けを認めるほどで、つくづく少年のような人だと思うことがある。
そういうお人だから、夜遊びに誘われなかったとわかれば腹を立てる。それこそ、子供のように拗ねて当然だった。
「ご隠居!」
助三郎は追いすがる。
「ちょっと待ってくださいよ、ご隠居!」
「助さん」
追いつき、急制動を掛けて止まった助三郎の名を、ご老公は大きな溜め息と一緒に呼んだ。
「は、」
「わたしはなにも助さんが一人で遊びに行ったことを責めているわけではありませんぞ?」
ご老公は尤もらしく説教をはじめた。
こうして小言を云われるのはちょっと久しぶりで、助三郎は思わず小さくなる。これが格之進を楽しませると冷静なときならば知っているが、いまはそれどころではない。
「はあ」
と情けない返事をするしかなかった。
「行くなら行くで、どうしてみんなを誘わなかったのかと云っているんです」
と云うご老公の言葉に格之進が大きく頷いた。
「それはその…」
助三郎は返答に詰まる。
「格さんは日誌を書くというし、」
と云いながら格之進を見ると、彼はそらっ惚けて顔を背けた。助けろ!と思いながらも、助三郎は言い訳を続ける。
「ご隠居はお疲れのようでしたし、お媚だけ誘ってというわけにも参りませんし…」
「わたしはいつだって疲れてはおりません」
ぴしゃりと云ったご老公の一言を聞いてはじめて、自分が新たな失言をしたことに助三郎は気づいた。
「あ、」
助三郎がなにか云う前に、ご老公はさっさと歩いていってしまった。
まいった。さらに機嫌を損ねてしまった。
途方に暮れてご老公の後ろ姿を見ていると、忌々しいくらい楽しそうな格之進が、追い越しざまに云った。
「反省反省!」
朗らかな足取りでご老公を追いかける格之進の逞しい後ろ姿を恨めしく見送って、思わず助三郎は天を仰いだ。
やれやれ、と思う。
大仰な溜め息を洩らしてから、二人を追った。
以下は劇中のワン・シーンを切り取って、桐花の勝手な解釈で小説っぽく書いたもの。
登場人物、脚本は桐花には帰属しません。
「あの、ご隠居」
最終的に、助三郎は呼んだ。
ご老公と格之進、そして助三郎の三人は、改装なった東大寺の大仏を参拝してきたところだ。
午後の参道には人びとが溢れ、活気に満ちている。風が渡り、白い玉石にはたわわな葉陰がちらちらと揺れていた。
歩調を緩めないご老公に、助三郎は半ば追いすがるようにして、尋ねた。
「ご隠居、どうかなさいましたか?」
ご老公は今日、朝から機嫌が悪い。
「いえ別に」
ほら、これだ。尋ねた助三郎を見もせずに発せられたご老公の返事はにべもない。
「そうですか…」
助三郎は一歩前を歩くご老公の横へ回って、顔を覗き込むようにした。
「なにやらご気分が優れぬように見えますが」
ぴたり、とご老公は足を止めた。そして、ひどく真面目な口調で云う。
「ならば申しましょう。助さん」
「は、」
息を吐くように、助三郎は返事をした。やっぱりだ。ご隠居は俺に腹を立てている。
「なにかわたしに謝ることがありませんかな?」
ご老公は質問した。しかしそれは尋ねるというよりもむしろ、非難の口調だった。
そして尋ねられるまでもなく、それは助三郎が思案していたことである。思い付かないから、とうとう尋ねたのだ。
ともかく助三郎はもう一度考えてみる。やはり皆目見当がつかなかったので、首を傾げた。
「さぁ…」
と云った途端、ご老公はむっと膨れ、ぷいっと歩き去った。
いかん。余計、怒らせた。
格之進がご老公に続いて歩き出そうとしたのを、助三郎は呼び止める。
「おい…!なにか思い当たらないか?」
格之進は考える素振りを見せたが、それは素振りで、彼はほぼ即答した。ちゃんとわかっているのだ。
「前の宿場で、夜中に一人で宿を抜け出しただろう」
しゃらっと格之進は云った。
助三郎はぎょっとする。
「あのこと、しゃべったのか…!」
「ああ」
平然と頷く格之進を、助三郎は恨めしく睨んだ。
「そりゃないよ、格さん…」
「ご隠居に訊かれたから、つい」
悪びれずに云って、格之進は闊達に笑うのだった。
その表情を嬉しそうだと思うのは、俺の感じすぎだろうか?と助三郎は思う。
「…格さん!」
「いや、すまん」
格之進は心にもない謝罪をして、晴れやかに笑う。憎らしいくらいの笑顔だ。
だが、その晴れやかさを癪に障ったり、格之進に文句を云ったりしている場合ではない。
ご老公という人は、あのお年で出歩くのが好きなのだ。好奇心が旺盛で、目新しいこと、楽しいことに向かって常に目を輝かせているところは助三郎も負けを認めるほどで、つくづく少年のような人だと思うことがある。
そういうお人だから、夜遊びに誘われなかったとわかれば腹を立てる。それこそ、子供のように拗ねて当然だった。
「ご隠居!」
助三郎は追いすがる。
「ちょっと待ってくださいよ、ご隠居!」
「助さん」
追いつき、急制動を掛けて止まった助三郎の名を、ご老公は大きな溜め息と一緒に呼んだ。
「は、」
「わたしはなにも助さんが一人で遊びに行ったことを責めているわけではありませんぞ?」
ご老公は尤もらしく説教をはじめた。
こうして小言を云われるのはちょっと久しぶりで、助三郎は思わず小さくなる。これが格之進を楽しませると冷静なときならば知っているが、いまはそれどころではない。
「はあ」
と情けない返事をするしかなかった。
「行くなら行くで、どうしてみんなを誘わなかったのかと云っているんです」
と云うご老公の言葉に格之進が大きく頷いた。
「それはその…」
助三郎は返答に詰まる。
「格さんは日誌を書くというし、」
と云いながら格之進を見ると、彼はそらっ惚けて顔を背けた。助けろ!と思いながらも、助三郎は言い訳を続ける。
「ご隠居はお疲れのようでしたし、お媚だけ誘ってというわけにも参りませんし…」
「わたしはいつだって疲れてはおりません」
ぴしゃりと云ったご老公の一言を聞いてはじめて、自分が新たな失言をしたことに助三郎は気づいた。
「あ、」
助三郎がなにか云う前に、ご老公はさっさと歩いていってしまった。
まいった。さらに機嫌を損ねてしまった。
途方に暮れてご老公の後ろ姿を見ていると、忌々しいくらい楽しそうな格之進が、追い越しざまに云った。
「反省反省!」
朗らかな足取りでご老公を追いかける格之進の逞しい後ろ姿を恨めしく見送って、思わず助三郎は天を仰いだ。
やれやれ、と思う。
大仰な溜め息を洩らしてから、二人を追った。
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