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「ご隠居…!」
追いすがりながら、我ながら情けない声を、助三郎は出した。
「どうしたら、ご機嫌を直してくださるのです」
「助さん」
ぷりぷりと名を呼んでようやく、ご老公が歩みを止めた。
「は、」
助三郎は殊勝に頭(こうべ)を垂れる。
昨夜の旅籠で派手な祝い事があり、一行もその席に加わって大いに飲んだ。そこで助三郎は少しばかり軽口を叩き、たまたまそれを聞いていたご老公のご機嫌を損ねたのだ。
今日も朝からろくに口を利いてくださらないばかりか、目まで合わそうとなさらない。
いい加減居心地が悪くて、なだらかでもない山道をざっざと歩いてゆくご老公に追いすがり、再度、謝ったところだ。が、いったん曲がったご老公の旋毛は簡単にはもとへ戻らない。
「なにも私はな、頼んでいるわけではありませんぞ」
不機嫌な顔で助三郎を見上げて、ご老公は言った。拗ねた子供のように意固地だ。こうなるとこのお方は梃子でも動かない。
「そんなに私のお節介に手を焼いておるなら、一人で水戸に帰ってもよろしい」
「ご隠居…」
助三郎はほとほと困り果てる。
「ご勘弁ください。そんなつもりで云ったのではありません」
事実、そんなつもりではなかった。
確かに昨夜、あんな物好きで頑固なご隠居さんのお供は大変ですね、と言われて、助三郎は肯定した。お節介でいちいち要らぬことに首を突っ込み、供の者は振り回されて大変だというようなことを、溢した。
だが、その根底にあるものは絶対的に好意であり、尊敬であり、憧憬である。助三郎の根本、原点は偏に、ご老公への忠義なのだ。
「ではどんなつもりだったんですかな、ん?助さん」
「ご老公」
助三郎はあえてそう呼んだ。
「私がご老公を父ともお慕い申し上げていることは、ご存知でしょう?」
「知りませんな」
ぷいっと顔を背けて、ご老公は言った。取り付く島もないとは、こういうことだ。
ううっと、と助三郎は思う。まったく、こう言えばああ言うだ、と思う。
格之進もお娟も、新助も、数間後ろで立ち止まり、様子を窺っているだけで助勢は期待できそうにない。格之進に至っては、いい気味だとばかりほくそ笑んでいる。
くそっ、と助三郎は思う。助け舟を出してくれても良さそうなものではないか。
ご老公がさらに言った。
「今度ばかりは私も、いつも格さんの云うことが身に染みましたぞ。私は助さんに甘すぎるようじゃ」
「はぁ、」
まあそうかもしれない。助三郎はかなり自由奔放にさせてもらっている。主従というよりも家族のような関係になっているかもしれない。それが許されるのはしかし、彼らの間に、わざわざひけらかす必要などないほどの、揺るぎない信頼関係があるからだ。そしてそのことを、互いが知っているからだ。
昨夜の助三郎の軽口はそれ故の甘えであり、そしてご老公のこの小言も、臍を曲げることも、同じように甘えなのだ。
「そもそも助さんはですな、」
とご老公が言葉を継いだが、助三郎はふと硝煙が匂ったような気がして、海千山千の説教をとくとくと続ける主をよそに周囲を見まわした。低木の茂みが動くのに、はたと視線を止める。
風はない。あんなふうに茂みを動かすものは動物か、あるいは。気づけば、野の生き物の気配も、鳥の囀りも失せている。つまり――
「助さん、私の話を聞いているんですか」
相変わらず文句を、いや説教を続けていたご老公が、助三郎が上の空なのに気づいて声を大きくした。
助三郎は主を、右手で制した。
潜む人影や鉄砲の筒が見えたわけではない。しかし硝煙独特の匂いが今度こそはっきりと鼻を突いて、助三郎の体はほぼ無意識に、動いた。
「ご隠居!」
と、ご老公の前に助三郎が立ち塞がるのと、銃声が空気を裂いて轟くのはほぼ、同時だった。
「助さん!」
叫んだのは、格之進だろうか?
左肩に受けた衝撃は脳天まで響いて、助三郎はそのまま、ぶつかるようにご老公に向かって倒れ込んだ。
「助さん…!」
ご老公が抱きとめるが、支え切れようはずはなく、二人の身体はそのまま折り重なるようにずるずると崩れる。
激痛に苛まれながらも、くそ…、と助三郎は自身を罵ったが、持ちなおす力はなかった。それに次弾が来ないとも限らない。この方がご隠居をお守りできるというものだ、と彼は主を押し倒すように崩れ落ちながら、思った。
「助さん!」
「助さんっ!」
名を呼ぶ幾つもの声の重なりのなかに、助三郎は格之進のそれも聞いた。同時に、ご老公に覆いかぶさるように倒れた助三郎に取り付き、抱き起こそうとする彼の手が視界に入ってきて、
「ばか野郎…」
思わず、助三郎は呻いた。俺じゃないだろう、と思う。
「ご隠居を……」
「助さん!」
「…お娟、刺客を」
追え、とまで言葉にならなかった。
しかし、彼女はすでに動いていた。
格之進に仰向けに横たえられると、視界いっぱいにご老公の顔が入ってきた。
「助さん、助さんっ……ああ、助さん…!」
繰り返し名を呼ばれた。助三郎が申し訳なく思うほど、狼狽えている。これほど慌て、動揺した様子のご老公は見たことがなかった。
痛みに、意識が攫われそうになる。そしてその意識を引き戻すのもまた、さらなる激痛だった。苦痛に慣れなければならない、という自意識を保つのは容易なことではない。
「助さん…!」
まるでそれ以外の言葉を失念でもしたように、繰り返し、ご老公が呼ぶ。
「助さんっ」
熱く激しい苦痛と闘って閉じていた瞼を、助三郎はどうにか開く。ご老公の顔が目の前にあった。その深い瞳が慴然として、いた。
「ご、ご隠居…」
助三郎は微笑した、つもりである。
「私は、大丈夫、です…そのように狼狽え、ないで…くださ……」
「助さん、少し黙れ!」
忙しく応急処置を施す格之進に怒鳴られた。
が、怒鳴られずとも、助三郎は言葉を続けられなかった。口を開けば苦悶の声を発してしまう。奥歯を噛みしめ、呻き声を上げまいとすることで精一杯だった。
「助さん、しっかりするんじゃ…!」
ご老公の手が頬に触れた。温かい手だ。
ああ、ご老公。
急速に暗くなる視界に映る主を、助三郎は呼んだ。
あなたのためならば、いつこの命を差し出しても構わないと思っていました。でもあなたが、私のことでそんなにも動揺なさるなら、悲しむなら、私は決してあなたより先には死にません。必ず、いつでも、いつまでも、あなたのお側におります。
「かなら、ず…ご老公……」
「助三郎…!」
そう呼んだご老公の声を聞いたのを最後に、助三郎は喪神した。
「ふと読んでみたいな〜と思ったのですが
"助さんが銃で撃たれる"というのは、どうでしょうか!?」
というyukinoさまのリクエストを
コメントでいま読んで、ちゃちゃっと書いてみましたが…
うーむ…やっぱりアクション系は苦手です。
てか、アクションになってませんね
また「輝ける星」になってしまった。
…んん?さいきん私、助格より、"助さんとご隠居"モードかも?
「ご隠居…!」
追いすがりながら、我ながら情けない声を、助三郎は出した。
「どうしたら、ご機嫌を直してくださるのです」
「助さん」
ぷりぷりと名を呼んでようやく、ご老公が歩みを止めた。
「は、」
助三郎は殊勝に頭(こうべ)を垂れる。
昨夜の旅籠で派手な祝い事があり、一行もその席に加わって大いに飲んだ。そこで助三郎は少しばかり軽口を叩き、たまたまそれを聞いていたご老公のご機嫌を損ねたのだ。
今日も朝からろくに口を利いてくださらないばかりか、目まで合わそうとなさらない。
いい加減居心地が悪くて、なだらかでもない山道をざっざと歩いてゆくご老公に追いすがり、再度、謝ったところだ。が、いったん曲がったご老公の旋毛は簡単にはもとへ戻らない。
「なにも私はな、頼んでいるわけではありませんぞ」
不機嫌な顔で助三郎を見上げて、ご老公は言った。拗ねた子供のように意固地だ。こうなるとこのお方は梃子でも動かない。
「そんなに私のお節介に手を焼いておるなら、一人で水戸に帰ってもよろしい」
「ご隠居…」
助三郎はほとほと困り果てる。
「ご勘弁ください。そんなつもりで云ったのではありません」
事実、そんなつもりではなかった。
確かに昨夜、あんな物好きで頑固なご隠居さんのお供は大変ですね、と言われて、助三郎は肯定した。お節介でいちいち要らぬことに首を突っ込み、供の者は振り回されて大変だというようなことを、溢した。
だが、その根底にあるものは絶対的に好意であり、尊敬であり、憧憬である。助三郎の根本、原点は偏に、ご老公への忠義なのだ。
「ではどんなつもりだったんですかな、ん?助さん」
「ご老公」
助三郎はあえてそう呼んだ。
「私がご老公を父ともお慕い申し上げていることは、ご存知でしょう?」
「知りませんな」
ぷいっと顔を背けて、ご老公は言った。取り付く島もないとは、こういうことだ。
ううっと、と助三郎は思う。まったく、こう言えばああ言うだ、と思う。
格之進もお娟も、新助も、数間後ろで立ち止まり、様子を窺っているだけで助勢は期待できそうにない。格之進に至っては、いい気味だとばかりほくそ笑んでいる。
くそっ、と助三郎は思う。助け舟を出してくれても良さそうなものではないか。
ご老公がさらに言った。
「今度ばかりは私も、いつも格さんの云うことが身に染みましたぞ。私は助さんに甘すぎるようじゃ」
「はぁ、」
まあそうかもしれない。助三郎はかなり自由奔放にさせてもらっている。主従というよりも家族のような関係になっているかもしれない。それが許されるのはしかし、彼らの間に、わざわざひけらかす必要などないほどの、揺るぎない信頼関係があるからだ。そしてそのことを、互いが知っているからだ。
昨夜の助三郎の軽口はそれ故の甘えであり、そしてご老公のこの小言も、臍を曲げることも、同じように甘えなのだ。
「そもそも助さんはですな、」
とご老公が言葉を継いだが、助三郎はふと硝煙が匂ったような気がして、海千山千の説教をとくとくと続ける主をよそに周囲を見まわした。低木の茂みが動くのに、はたと視線を止める。
風はない。あんなふうに茂みを動かすものは動物か、あるいは。気づけば、野の生き物の気配も、鳥の囀りも失せている。つまり――
「助さん、私の話を聞いているんですか」
相変わらず文句を、いや説教を続けていたご老公が、助三郎が上の空なのに気づいて声を大きくした。
助三郎は主を、右手で制した。
潜む人影や鉄砲の筒が見えたわけではない。しかし硝煙独特の匂いが今度こそはっきりと鼻を突いて、助三郎の体はほぼ無意識に、動いた。
「ご隠居!」
と、ご老公の前に助三郎が立ち塞がるのと、銃声が空気を裂いて轟くのはほぼ、同時だった。
「助さん!」
叫んだのは、格之進だろうか?
左肩に受けた衝撃は脳天まで響いて、助三郎はそのまま、ぶつかるようにご老公に向かって倒れ込んだ。
「助さん…!」
ご老公が抱きとめるが、支え切れようはずはなく、二人の身体はそのまま折り重なるようにずるずると崩れる。
激痛に苛まれながらも、くそ…、と助三郎は自身を罵ったが、持ちなおす力はなかった。それに次弾が来ないとも限らない。この方がご隠居をお守りできるというものだ、と彼は主を押し倒すように崩れ落ちながら、思った。
「助さん!」
「助さんっ!」
名を呼ぶ幾つもの声の重なりのなかに、助三郎は格之進のそれも聞いた。同時に、ご老公に覆いかぶさるように倒れた助三郎に取り付き、抱き起こそうとする彼の手が視界に入ってきて、
「ばか野郎…」
思わず、助三郎は呻いた。俺じゃないだろう、と思う。
「ご隠居を……」
「助さん!」
「…お娟、刺客を」
追え、とまで言葉にならなかった。
しかし、彼女はすでに動いていた。
格之進に仰向けに横たえられると、視界いっぱいにご老公の顔が入ってきた。
「助さん、助さんっ……ああ、助さん…!」
繰り返し名を呼ばれた。助三郎が申し訳なく思うほど、狼狽えている。これほど慌て、動揺した様子のご老公は見たことがなかった。
痛みに、意識が攫われそうになる。そしてその意識を引き戻すのもまた、さらなる激痛だった。苦痛に慣れなければならない、という自意識を保つのは容易なことではない。
「助さん…!」
まるでそれ以外の言葉を失念でもしたように、繰り返し、ご老公が呼ぶ。
「助さんっ」
熱く激しい苦痛と闘って閉じていた瞼を、助三郎はどうにか開く。ご老公の顔が目の前にあった。その深い瞳が慴然として、いた。
「ご、ご隠居…」
助三郎は微笑した、つもりである。
「私は、大丈夫、です…そのように狼狽え、ないで…くださ……」
「助さん、少し黙れ!」
忙しく応急処置を施す格之進に怒鳴られた。
が、怒鳴られずとも、助三郎は言葉を続けられなかった。口を開けば苦悶の声を発してしまう。奥歯を噛みしめ、呻き声を上げまいとすることで精一杯だった。
「助さん、しっかりするんじゃ…!」
ご老公の手が頬に触れた。温かい手だ。
ああ、ご老公。
急速に暗くなる視界に映る主を、助三郎は呼んだ。
あなたのためならば、いつこの命を差し出しても構わないと思っていました。でもあなたが、私のことでそんなにも動揺なさるなら、悲しむなら、私は決してあなたより先には死にません。必ず、いつでも、いつまでも、あなたのお側におります。
「かなら、ず…ご老公……」
「助三郎…!」
そう呼んだご老公の声を聞いたのを最後に、助三郎は喪神した。
「ふと読んでみたいな〜と思ったのですが
"助さんが銃で撃たれる"というのは、どうでしょうか!?」
というyukinoさまのリクエストを
コメントでいま読んで、ちゃちゃっと書いてみましたが…
うーむ…やっぱりアクション系は苦手です。
てか、アクションになってませんね

また「輝ける星」になってしまった。
…んん?さいきん私、助格より、"助さんとご隠居"モードかも?
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してるので、過去の小説を読み漁ってました!!


二日続けて更新させていただきました!
いつもとても楽しく読んでます!
、篤姫の二次小説を期待して、以前から時々、読んでました。コメントで「書くかも」って言ってたから…。
…どきどき。










RYUJI's Works 



















































































