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風が鳴った。
雪に足をとられた助三郎は倒れかけ、木にもたれて大きく息をついた。
その途端に気力が萎え、彼の身体はその場にずるずるとくず折れる。いったん膝をついてしまうと、それまでだった。激痛と疲労がこれまでの何倍にもなって助三郎に押し寄せてきた。
苦痛に呻きながら片手で傷を押さえ、もう一方の手を雪の大地について上体を支えて、助三郎はなんとか倒れ込むまいと戦う。倒れてしまったら、おそらく立ち上がれまい。そう思うからだ。
くそ、ときつく目を閉じ、乱れた呼吸を整えようと試みるが、上手くいかない。彼は喘いだ。
立ち上がって、歩かねばならない。
そう自分に言い聞かせる端から、もう一歩も歩けないと助三郎は思った。自堕落と云おうか、弱気になっている自分を知悉する。
だが、あまりに激しい痛みが間断なく傷から全身に広がる。
木の幹に背を預けて、助三郎は積もった雪のなかに重い両足を投げ出した。かすむ視界を定めようと目をしばたたくと、先刻まで出ていた月が雲に隠れていることを知った。
はらはらと、また雪が降りはじめていた。大降りになりそうな気配だ。すでに大地が黙している。
いま、何刻だろうか。
暁九つの鐘を聞いたのは覚えていたが、もうはっきりしない。
喉が渇いている、と助三郎は気づき、片手ですくった雪を口に含んだ。胃が水分を受けつけず、前のめりになってしたたか吐いた。その無理な動きのせいで、傷がますます痛んだ。
助三郎は喘ぎ、幹にもたれて目を閉じた。
疲れ果てていた。いまや彼は、痛みと戦うことを放棄しようとしていた。意識が朦朧とする。どれくらいの血を失っただろうかと考えたが、わかるものでもない。
左肺の下に食い込んだ刃は幸運にも、いずれの臓器も傷つけなかった。骨も無事だ。自ら止血はした。だが、出血はまだつづいている。
まったく、佐々木助三郎ともあろう者が不覚をとったものだ。
と、助三郎は苦しい息の下で、ふと苦笑した。
具合の悪そうな男に声を掛けた。屈み込んでいた男は、その肩に手を掛けた助三郎を振り返りざま、突いてきたのだ。一瞬かわした。でなければ心の臓を突かれて即死に近かったろう。それは避けた。
だが、これでは結果は同じことだ。もう血が足りない。
まったく笑い話にもならない、と思う。
「助さん! いったいなにをしていたんだ!」
と目を吊り上げて怒る格之進の顔が浮かんだ。その想像は、助三郎の顔に薄い微笑を作った。
すまない、格さん。戻れそうにない。
胸のうちで語りかけ、助三郎は目を閉じた。
刺客は忍びと思われた。突かれたまま助三郎は相手を背負い投げ、倒れた男に跨るようにして脇差を首筋にあて、何者かと質したが、男は即座に服毒して死んだ。奥歯に毒を仕込んでいたのだろう。
敵の正体も皆目わからないが、その狙いが自分自身だとは助三郎は思わない。だからこそ、ご老公に危険を知らせねばならない。だが、すでに大量の血を失った助三郎の疲弊はあまりに激しかった。
助さん。
誰かに呼ばれた気がして、助三郎は重い瞼をどうにか開けた。
格さん?
彼かと、思った。だが周囲に人影はなく、大粒の雪がしんしんと降っているだけだ。依然として止まらない自身の血が雪を溶かして流れるのを見ることができた。もう両手の感覚もなかった。痛みすら遠退いていくようだ。ただひどく疲れていた。
これまでか、と助三郎は思った。しかしそこには、これといった感情は生まれなかった。覚悟ではなく、諦念ですら、ない。ただその事実認識があるだけだ。これまでか、と。
ああ、雪がきれいだ、と思いながら、助三郎は静かに目を閉じた。
だめだ、助さん!
「格さん?」
今度こそ、彼だと思った。
「…格さん」
そんなところで勝手に死ぬなんて許さない。待っているんだ。探しているんだ。俺の、俺たちのために、諦めないでくれ。
だけど、もう歩けない。格さん、もうくたくたなんだ。すまん。
助さん!
闇に落ちていく助三郎の意識は、最後に確かに、自分を呼ぶ格之進の声を聞いた。
雪が、降っている。
風が鳴った。
雪に足をとられた助三郎は倒れかけ、木にもたれて大きく息をついた。
その途端に気力が萎え、彼の身体はその場にずるずるとくず折れる。いったん膝をついてしまうと、それまでだった。激痛と疲労がこれまでの何倍にもなって助三郎に押し寄せてきた。
苦痛に呻きながら片手で傷を押さえ、もう一方の手を雪の大地について上体を支えて、助三郎はなんとか倒れ込むまいと戦う。倒れてしまったら、おそらく立ち上がれまい。そう思うからだ。
くそ、ときつく目を閉じ、乱れた呼吸を整えようと試みるが、上手くいかない。彼は喘いだ。
立ち上がって、歩かねばならない。
そう自分に言い聞かせる端から、もう一歩も歩けないと助三郎は思った。自堕落と云おうか、弱気になっている自分を知悉する。
だが、あまりに激しい痛みが間断なく傷から全身に広がる。
木の幹に背を預けて、助三郎は積もった雪のなかに重い両足を投げ出した。かすむ視界を定めようと目をしばたたくと、先刻まで出ていた月が雲に隠れていることを知った。
はらはらと、また雪が降りはじめていた。大降りになりそうな気配だ。すでに大地が黙している。
いま、何刻だろうか。
暁九つの鐘を聞いたのは覚えていたが、もうはっきりしない。
喉が渇いている、と助三郎は気づき、片手ですくった雪を口に含んだ。胃が水分を受けつけず、前のめりになってしたたか吐いた。その無理な動きのせいで、傷がますます痛んだ。
助三郎は喘ぎ、幹にもたれて目を閉じた。
疲れ果てていた。いまや彼は、痛みと戦うことを放棄しようとしていた。意識が朦朧とする。どれくらいの血を失っただろうかと考えたが、わかるものでもない。
左肺の下に食い込んだ刃は幸運にも、いずれの臓器も傷つけなかった。骨も無事だ。自ら止血はした。だが、出血はまだつづいている。
まったく、佐々木助三郎ともあろう者が不覚をとったものだ。
と、助三郎は苦しい息の下で、ふと苦笑した。
具合の悪そうな男に声を掛けた。屈み込んでいた男は、その肩に手を掛けた助三郎を振り返りざま、突いてきたのだ。一瞬かわした。でなければ心の臓を突かれて即死に近かったろう。それは避けた。
だが、これでは結果は同じことだ。もう血が足りない。
まったく笑い話にもならない、と思う。
「助さん! いったいなにをしていたんだ!」
と目を吊り上げて怒る格之進の顔が浮かんだ。その想像は、助三郎の顔に薄い微笑を作った。
すまない、格さん。戻れそうにない。
胸のうちで語りかけ、助三郎は目を閉じた。
刺客は忍びと思われた。突かれたまま助三郎は相手を背負い投げ、倒れた男に跨るようにして脇差を首筋にあて、何者かと質したが、男は即座に服毒して死んだ。奥歯に毒を仕込んでいたのだろう。
敵の正体も皆目わからないが、その狙いが自分自身だとは助三郎は思わない。だからこそ、ご老公に危険を知らせねばならない。だが、すでに大量の血を失った助三郎の疲弊はあまりに激しかった。
助さん。
誰かに呼ばれた気がして、助三郎は重い瞼をどうにか開けた。
格さん?
彼かと、思った。だが周囲に人影はなく、大粒の雪がしんしんと降っているだけだ。依然として止まらない自身の血が雪を溶かして流れるのを見ることができた。もう両手の感覚もなかった。痛みすら遠退いていくようだ。ただひどく疲れていた。
これまでか、と助三郎は思った。しかしそこには、これといった感情は生まれなかった。覚悟ではなく、諦念ですら、ない。ただその事実認識があるだけだ。これまでか、と。
ああ、雪がきれいだ、と思いながら、助三郎は静かに目を閉じた。
だめだ、助さん!
「格さん?」
今度こそ、彼だと思った。
「…格さん」
そんなところで勝手に死ぬなんて許さない。待っているんだ。探しているんだ。俺の、俺たちのために、諦めないでくれ。
だけど、もう歩けない。格さん、もうくたくたなんだ。すまん。
助さん!
闇に落ちていく助三郎の意識は、最後に確かに、自分を呼ぶ格之進の声を聞いた。
雪が、降っている。
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