Takes place between the 14th and 15th episodes of the 33rd part,
related episode is the 1st "将軍を狙った男."
I own no rights to "水戸黄門", no copyright infringement is intended.
その部屋には格之進と助三郎のみだった。
襖一枚隔てた隣の部屋からはご老公の規則正しい寝息が聞こえる。
格之進は日誌をつける手を止めて、縁側のそばに正座して長脇差の刃を調べている助三郎の、懐紙をくわえた横顔を見た。
開け放った障子の向こうから月光が射し、彼の全身を美しく浮き上がらせている。しん、とした空気に満ちていた。露をふくませたように美しい白刃の乱れを、細めた目で見つめる助三郎を、格之進は眺める。
静かな表情ではある。なにを考えているのか。
と思う端から、尋ねるまでもないか、と格之進は思った。
工藤祐馬。
再び、何度目かの再び、その名を腹のなかで諳んじて、思わず格之進は奥歯を噛む。
祐馬さん、と助三郎はあの男を呼んだ。
工藤祐馬は江戸で、助三郎と共に、町人を庇って不逞の侍と喧嘩をし、酒を酌み交わし、言い掛かりをつけられて放り込まれた牢で一夜を明かした浪人者だった。彼らが共に過ごしたのはその、たった一晩だ。
だがその翌日、剣では助三郎に勝ったことのない格之進が、彼から軽く一本取ることができたほど、助三郎はあの男に気を取られていた。
「夕べ会ったばかりの男のことが、どうしてそんなに…」
気に掛かるんだ、と言おうとした格之進の言葉を助三郎は遮った。
「人の繋がりは、なにも付き合いの長さだけで決まるわけではないだろう!」
あのとき覚えた衝撃を、格之進はいまも鮮烈に覚えている。
助三郎に自分との歴史を否定されたような気がしたからだ。いまとなれば、彼にそんなつもりはなかったろうと思う。だがあのとき格之進は、そう感じて狼狽えた。
格之進は工藤祐馬と話したことがないと言っていい。
番屋の牢で一夜を明かした助三郎を迎えに行き、一緒にいた彼と簡単に挨拶を交わした。あとは、助三郎の腕のなかで彼が息を引き取るのを見ただけだ。
だから助三郎があの夜、彼と何を語り、彼のなかに何を見たのか、格之進にはわからない。
だが少なくとも、明快な瞳の爽やかな、大人びた浪人だったと思う。自分にはない遊び心のようなものがあったように思う。日ごろ、助三郎が格之進をカタブツ過ぎるとこぼす、そういう面が祐馬にはなかった。それが助三郎の心を捕らえたのだろうか?
ともかく、と格之進は吐息をつく。
ともかく格之進は、助三郎が好きだった。助三郎が工藤祐馬を慕い、敬い、心配したように、格之進は助三郎が好きで、尊敬しているし、心配している。こんなに心配しているのだ。
そのことを助三郎はわかっていないと、格之進は思うのだ。
「格さん」
呼ばれて、格之進ははっとした。いつの間にやら助三郎がこちらを見ていた。
「あ、ああ?」
「怖い顔をして何を考えているんだ?」
ごく普通の声で助三郎は言った。刀を鞘に納めると障子を閉め、すっと立ち上がった。
「大事な日誌が台無しだぞ」
「え、」
と手元を見ると、どうやら長いこと筆を置いていたらしく、墨汁の大きな染みが出来上がっていた。
「うわっ」
慌てて筆をどけ、紙をのせて墨汁を吸い取らせる格之進を、助三郎が微笑で見ている。格之進は彼の含み笑いを聞くことができた。
「笑い事じゃない、助さん…!」
と顔を上げた格之進は驚いた。
助三郎が脇差を腰に差し込んでいたからだ。
「どこへ行くんだ」
「夜風に当たってくる」
ごく簡単に、助三郎は言った。なんでもないことのように。
「まだやっている店があれば、少し飲んでくるつもりだ」
「ちょっ、ちょっと待て…!」
格之進は慌てて言った。過剰に反応する自分を一瞬、制御しかねた。
「こんな刻限にか?」
問うというよりも、咎めるような口調になっていて、格之進はそのことに自分で苛立った。
「止めても行く」
そう言った助三郎は幼い子供を見るような目で格之進を見た。――と、格之進は感じた。
「止めはしない」
格之進は立ち上がりながら言った。
「俺も行く」
襖に手を掛けていた助三郎は挙動を止めて、振り向いた。
「なんだって?」
「一緒に行くと言っているんだ」
「熱でもあるのか、格さん」
助三郎は体ごと格之進の方を見た。
「日誌を書いている最中だろう」
「日誌などどうでもいい。俺も一緒に行く」
頑として格之進が言うと、助三郎はますます怪訝そうにした。
「日誌など? どうでもいい?」
格之進の言葉を鸚鵡返して、助三郎がじいっと見つめる。瞳を覗き込むようにした。
「…どうかしたか?」
「どうもしない…!」
腹立たしくなってきて、格之進はふいっと顔を背けた。
「日誌は明日書けばいい。いつも助さんが言うことじゃないか」
助三郎は納得のいかない顔で格之進を見ている。
こんなときに一人で行かせるものかと思っていた。そんなこともわからない助三郎に、格之進は苛立った。
ともかくそうして、その夜二人は連れ立って宿を抜け出した。
ずいぶん前に書いた 『祐馬の影 其の壱』 の続きです。
もう忘れてるでしょ(この元のエピソード"将軍を狙った男"だって、もう覚えている方も少ないのでは?)
と思っていたが、有り難くも催促のメールを頂きました。
其の参に続いてしまいますが…
related episode is the 1st "将軍を狙った男."
I own no rights to "水戸黄門", no copyright infringement is intended.
その部屋には格之進と助三郎のみだった。
襖一枚隔てた隣の部屋からはご老公の規則正しい寝息が聞こえる。
格之進は日誌をつける手を止めて、縁側のそばに正座して長脇差の刃を調べている助三郎の、懐紙をくわえた横顔を見た。
開け放った障子の向こうから月光が射し、彼の全身を美しく浮き上がらせている。しん、とした空気に満ちていた。露をふくませたように美しい白刃の乱れを、細めた目で見つめる助三郎を、格之進は眺める。
静かな表情ではある。なにを考えているのか。
と思う端から、尋ねるまでもないか、と格之進は思った。
工藤祐馬。
再び、何度目かの再び、その名を腹のなかで諳んじて、思わず格之進は奥歯を噛む。
祐馬さん、と助三郎はあの男を呼んだ。
工藤祐馬は江戸で、助三郎と共に、町人を庇って不逞の侍と喧嘩をし、酒を酌み交わし、言い掛かりをつけられて放り込まれた牢で一夜を明かした浪人者だった。彼らが共に過ごしたのはその、たった一晩だ。
だがその翌日、剣では助三郎に勝ったことのない格之進が、彼から軽く一本取ることができたほど、助三郎はあの男に気を取られていた。
「夕べ会ったばかりの男のことが、どうしてそんなに…」
気に掛かるんだ、と言おうとした格之進の言葉を助三郎は遮った。
「人の繋がりは、なにも付き合いの長さだけで決まるわけではないだろう!」
あのとき覚えた衝撃を、格之進はいまも鮮烈に覚えている。
助三郎に自分との歴史を否定されたような気がしたからだ。いまとなれば、彼にそんなつもりはなかったろうと思う。だがあのとき格之進は、そう感じて狼狽えた。
格之進は工藤祐馬と話したことがないと言っていい。
番屋の牢で一夜を明かした助三郎を迎えに行き、一緒にいた彼と簡単に挨拶を交わした。あとは、助三郎の腕のなかで彼が息を引き取るのを見ただけだ。
だから助三郎があの夜、彼と何を語り、彼のなかに何を見たのか、格之進にはわからない。
だが少なくとも、明快な瞳の爽やかな、大人びた浪人だったと思う。自分にはない遊び心のようなものがあったように思う。日ごろ、助三郎が格之進をカタブツ過ぎるとこぼす、そういう面が祐馬にはなかった。それが助三郎の心を捕らえたのだろうか?
ともかく、と格之進は吐息をつく。
ともかく格之進は、助三郎が好きだった。助三郎が工藤祐馬を慕い、敬い、心配したように、格之進は助三郎が好きで、尊敬しているし、心配している。こんなに心配しているのだ。
そのことを助三郎はわかっていないと、格之進は思うのだ。
「格さん」
呼ばれて、格之進ははっとした。いつの間にやら助三郎がこちらを見ていた。
「あ、ああ?」
「怖い顔をして何を考えているんだ?」
ごく普通の声で助三郎は言った。刀を鞘に納めると障子を閉め、すっと立ち上がった。
「大事な日誌が台無しだぞ」
「え、」
と手元を見ると、どうやら長いこと筆を置いていたらしく、墨汁の大きな染みが出来上がっていた。
「うわっ」
慌てて筆をどけ、紙をのせて墨汁を吸い取らせる格之進を、助三郎が微笑で見ている。格之進は彼の含み笑いを聞くことができた。
「笑い事じゃない、助さん…!」
と顔を上げた格之進は驚いた。
助三郎が脇差を腰に差し込んでいたからだ。
「どこへ行くんだ」
「夜風に当たってくる」
ごく簡単に、助三郎は言った。なんでもないことのように。
「まだやっている店があれば、少し飲んでくるつもりだ」
「ちょっ、ちょっと待て…!」
格之進は慌てて言った。過剰に反応する自分を一瞬、制御しかねた。
「こんな刻限にか?」
問うというよりも、咎めるような口調になっていて、格之進はそのことに自分で苛立った。
「止めても行く」
そう言った助三郎は幼い子供を見るような目で格之進を見た。――と、格之進は感じた。
「止めはしない」
格之進は立ち上がりながら言った。
「俺も行く」
襖に手を掛けていた助三郎は挙動を止めて、振り向いた。
「なんだって?」
「一緒に行くと言っているんだ」
「熱でもあるのか、格さん」
助三郎は体ごと格之進の方を見た。
「日誌を書いている最中だろう」
「日誌などどうでもいい。俺も一緒に行く」
頑として格之進が言うと、助三郎はますます怪訝そうにした。
「日誌など? どうでもいい?」
格之進の言葉を鸚鵡返して、助三郎がじいっと見つめる。瞳を覗き込むようにした。
「…どうかしたか?」
「どうもしない…!」
腹立たしくなってきて、格之進はふいっと顔を背けた。
「日誌は明日書けばいい。いつも助さんが言うことじゃないか」
助三郎は納得のいかない顔で格之進を見ている。
こんなときに一人で行かせるものかと思っていた。そんなこともわからない助三郎に、格之進は苛立った。
ともかくそうして、その夜二人は連れ立って宿を抜け出した。
ずいぶん前に書いた 『祐馬の影 其の壱』 の続きです。
もう忘れてるでしょ(この元のエピソード"将軍を狙った男"だって、もう覚えている方も少ないのでは?)
と思っていたが、有り難くも催促のメールを頂きました。
其の参に続いてしまいますが…
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