祐馬の影 其の弐

March 14 [Fri], 2008, 22:41
Takes place between the 14th and 15th episodes of the 33rd part,
related episode is the 1st "将軍を狙った男."
I own no rights to "水戸黄門", no copyright infringement is intended.


 その部屋には格之進と助三郎のみだった。
 襖一枚隔てた隣の部屋からはご老公の規則正しい寝息が聞こえる。
 格之進は日誌をつける手を止めて、縁側のそばに正座して長脇差の刃を調べている助三郎の、懐紙をくわえた横顔を見た。
 開け放った障子の向こうから月光が射し、彼の全身を美しく浮き上がらせている。しん、とした空気に満ちていた。露をふくませたように美しい白刃の乱れを、細めた目で見つめる助三郎を、格之進は眺める。
 静かな表情ではある。なにを考えているのか。
 と思う端から、尋ねるまでもないか、と格之進は思った。
 工藤祐馬。
 再び、何度目かの再び、その名を腹のなかで諳んじて、思わず格之進は奥歯を噛む。
 祐馬さん、と助三郎はあの男を呼んだ。
 工藤祐馬は江戸で、助三郎と共に、町人を庇って不逞の侍と喧嘩をし、酒を酌み交わし、言い掛かりをつけられて放り込まれた牢で一夜を明かした浪人者だった。彼らが共に過ごしたのはその、たった一晩だ。
 だがその翌日、剣では助三郎に勝ったことのない格之進が、彼から軽く一本取ることができたほど、助三郎はあの男に気を取られていた。
 「夕べ会ったばかりの男のことが、どうしてそんなに…」
気に掛かるんだ、と言おうとした格之進の言葉を助三郎は遮った。
「人の繋がりは、なにも付き合いの長さだけで決まるわけではないだろう!」
 あのとき覚えた衝撃を、格之進はいまも鮮烈に覚えている。
 助三郎に自分との歴史を否定されたような気がしたからだ。いまとなれば、彼にそんなつもりはなかったろうと思う。だがあのとき格之進は、そう感じて狼狽えた。
 格之進は工藤祐馬と話したことがないと言っていい。
 番屋の牢で一夜を明かした助三郎を迎えに行き、一緒にいた彼と簡単に挨拶を交わした。あとは、助三郎の腕のなかで彼が息を引き取るのを見ただけだ。
 だから助三郎があの夜、彼と何を語り、彼のなかに何を見たのか、格之進にはわからない。
 だが少なくとも、明快な瞳の爽やかな、大人びた浪人だったと思う。自分にはない遊び心のようなものがあったように思う。日ごろ、助三郎が格之進をカタブツ過ぎるとこぼす、そういう面が祐馬にはなかった。それが助三郎の心を捕らえたのだろうか?
 ともかく、と格之進は吐息をつく。
 ともかく格之進は、助三郎が好きだった。助三郎が工藤祐馬を慕い、敬い、心配したように、格之進は助三郎が好きで、尊敬しているし、心配している。こんなに心配しているのだ。
 そのことを助三郎はわかっていないと、格之進は思うのだ。
 「格さん」
呼ばれて、格之進ははっとした。いつの間にやら助三郎がこちらを見ていた。
「あ、ああ?」
 「怖い顔をして何を考えているんだ?」
ごく普通の声で助三郎は言った。刀を鞘に納めると障子を閉め、すっと立ち上がった。
「大事な日誌が台無しだぞ」
 「え、」
と手元を見ると、どうやら長いこと筆を置いていたらしく、墨汁の大きな染みが出来上がっていた。
「うわっ」
慌てて筆をどけ、紙をのせて墨汁を吸い取らせる格之進を、助三郎が微笑で見ている。格之進は彼の含み笑いを聞くことができた。
「笑い事じゃない、助さん…!」
と顔を上げた格之進は驚いた。
 助三郎が脇差を腰に差し込んでいたからだ。
 「どこへ行くんだ」
 「夜風に当たってくる」
ごく簡単に、助三郎は言った。なんでもないことのように。
「まだやっている店があれば、少し飲んでくるつもりだ」
 「ちょっ、ちょっと待て…!」
格之進は慌てて言った。過剰に反応する自分を一瞬、制御しかねた。
「こんな刻限にか?」
問うというよりも、咎めるような口調になっていて、格之進はそのことに自分で苛立った。
 「止めても行く」
そう言った助三郎は幼い子供を見るような目で格之進を見た。――と、格之進は感じた。
 「止めはしない」
格之進は立ち上がりながら言った。
「俺も行く」
 襖に手を掛けていた助三郎は挙動を止めて、振り向いた。
「なんだって?」
 「一緒に行くと言っているんだ」
 「熱でもあるのか、格さん」
助三郎は体ごと格之進の方を見た。
「日誌を書いている最中だろう」
 「日誌などどうでもいい。俺も一緒に行く」
頑として格之進が言うと、助三郎はますます怪訝そうにした。
「日誌など? どうでもいい?」
格之進の言葉を鸚鵡返して、助三郎がじいっと見つめる。瞳を覗き込むようにした。
「…どうかしたか?」
 「どうもしない…!」
腹立たしくなってきて、格之進はふいっと顔を背けた。
「日誌は明日書けばいい。いつも助さんが言うことじゃないか」
 助三郎は納得のいかない顔で格之進を見ている。
 こんなときに一人で行かせるものかと思っていた。そんなこともわからない助三郎に、格之進は苛立った。
 ともかくそうして、その夜二人は連れ立って宿を抜け出した。



ずいぶん前に書いた 『祐馬の影 其の壱』 の続きです。
もう忘れてるでしょ(この元のエピソード"将軍を狙った男"だって、もう覚えている方も少ないのでは?)
と思っていたが、有り難くも催促のメールを頂きました。
其の参に続いてしまいますが…



  • URL:http://yaplog.jp/suke_kaku/archive/14
Trackback
Trackback URL
Comment
小文字 太字 斜体 下線 取り消し線 左寄せ 中央揃え 右寄せ テキストカラー リンク 絵文字 プレビューON/OFF
画像認証  [画像変更]
画像の文字 : 
利用規約に同意
 X 
禁止事項とご注意
※本名・メールアドレス・住所・電話番号など、個人が特定できる情報の入力は行わないでください。
「ヤプログ!利用規約 第9条 禁止事項」に該当するコメントは禁止します。
「ヤプログ!利用規約」に同意の上、コメントを送信してください。
桐花
タカヒロさま
すいません。続きます。鳥取でのエピソード、私も全く同感でした!

千花さま
そうそう、格さんは世話焼き女房ですよねー。でも最近はちょっと違うかな?

お供のお二人が、ご隠居を一人宿に残して、飲みに出歩くはずはないと思うけど、ま、それは置いといてくださいまし。
March 24 [Mon], 2008, 12:28
千花
格さんをヤキモキさせた工藤祐馬のことは覚えてます!
助格の関係は基本的に助さんが受けだと思う。だから桐花さんの書くものが私にハマるんだと思う。格さんて心配したり小言言ったり、助さんの世話焼き女房だもん。
やっぱり、こういう助格の日常?を描く桐花さんのファンフィクション好きですねー。
March 16 [Sun], 2008, 10:20
タカヒロ
待ってましたとも。まだ続くとは殺生な。
個人的に、あのエピソードはかなり好きだったんですよ。だからご一行が鳥取に入ったとき、西海屋との対決に助さんの感情的なアプローチがなかったことがもの凄く不満だった。なので桐花さんのFanfic嬉しいんですよね。ちゃんと続き書いてくださいよ!?
March 15 [Sat], 2008, 23:03
About Me
  • ニックネーム:おのえ桐花
読者になる



A smile is contagious!!
Pass it around ♪


海外での暮らしは、わたしに、「世界」の広さや多様さ、それを学ぶことの大切さを痛感させると共に、わが国「日本」の歴史や慣習、文化、精神の美しさや素晴らしさを教えてくれた。
日本が好き。
美しく豊かな日本語が大好き。





Dedicated to
my dearest husband, Alex

who
first really introduced me
to the world.





Recent Comments
☆ねこのしっぽ様へ
» 助三郎 (2012年06月02日)
ねこのしっぽ
» 助三郎 (2012年06月01日)
☆千花さまへ
» 五代目助格よ、永遠に (2012年05月21日)
☆タカヒロさまへ
» 五代目助格よ、永遠に (2012年05月21日)
千花
» 五代目助格よ、永遠に (2012年05月21日)
タカヒロ
» 五代目助格よ、永遠に (2012年05月21日)
☆まどか様へ
» 五代目助格よ、永遠に (2012年05月18日)
まどか様へ
» 原田龍二 in 事件15 (2012年05月18日)
まどか
» 五代目助格よ、永遠に (2012年05月18日)
まどか
» 原田龍二 in 事件15 (2012年05月18日)
☆雫石さまへ
» 五代目助格よ、永遠に (2012年05月17日)
☆豊楽さまへ
» 原田龍二 in 事件15 (2012年05月17日)
☆龍二命さまへ
» 原田龍二 in 事件15 (2012年05月17日)
豊楽
» 原田龍二 in 事件15 (2012年05月17日)
龍二命
» 原田龍二 in 事件15 (2012年05月17日)
yapme!
読者になる
我らが五代目


おっ、美人♪



Σ(−_−+) ...むっ


水戸黄門
五代目助格 創作小説

☆ 難関
☆ 月夜
☆ 梅雨空
☆ 命二つ -二人し居らば 六-
☆ 手折りし花
☆ 陽だまり
☆ この空の下
☆ 遠い声 Vol.1
☆ 父と子と
☆ 月と浪人
☆ 佐々木家の犬
☆ 一夜花
☆ 二人し居らば 伍
☆ 二人し居らば 四
☆ 助三郎 -水魚の如く 伍-
☆ 二人し居らば 参
☆ 願い
☆ 二人し居らば 弐
☆ 二人し居らば 壱
☆ 仇 Vol.2
☆ 花逍遥
☆ ひたくれなゐ 参
☆ ひたくれなゐ 弐
☆ 淡い日に、
☆ 荒ぶる海すら
☆ 水魚の如く 四
☆ 水魚の如く 参
☆ その真(まこと)為す
☆ 百花の宵
☆ 水魚の如く 弐
☆ 水魚の如く
☆ 空よりこぼす
☆ 涙 Vol.2
☆ 予兆
☆ 桜降る朝
☆ 
☆ 侍の矜恃 弐
☆ 鬼の居ぬ間
☆ 侍の矜恃
☆ 虎穴
☆ 雪月花ノ時
☆ ゆく年くる年
☆ 生まれ変わる
☆ 染まずただよふ
☆ 魂魄の剣 壱
☆ 倉敷丁夜
☆ ある午後、磯辺にて
☆ ひたくれなゐ 壱
☆ 夢でなく、
☆ 見果てぬ夢
☆ 忍びと侍
☆ お娟
☆ こぼれ降る萩
☆ 行き会いの空
   - 若君と助三郎 結ノ章 -

☆ 欠けゆく月に
   - 若君と助三郎 転ノ章 -

☆ 君といる夏
   - 若君と助三郎 承ノ章 -

☆ 此処に誓う
☆ 裏・侍の条件
☆ 雪に呼ぶ声
☆ 夜空に咲くあの花を
☆ ある発端
☆ 宵蛍
☆ おけらの視点
☆ 半夏生咲く庭で
☆ ある雨の午後
☆ 葵の御紋
☆ 慟哭
☆ 飛べないはずの蜂
☆ 君ありて幸福
☆ そよぐ藤
☆ 侍の条件
☆ 風、薫り
☆ 渭樹江雲
☆ 月夜の拾いもの
   - 若君と助三郎 起ノ章 -

☆ がんばれ格さん!
☆ 花が散っては咲くように
☆ 月と紀乃
☆ 
☆ 祐馬の影 其の弐
☆ 果て
☆ 隠密たち
☆ 不在の存在感
☆ 降り込める、雪
☆ 続・なにを捨て、
☆ 公儀隠密の、男
☆ なにを捨て、
☆ その朝
☆ 祐馬の影
☆ 価値あるもの
☆ ある午後
☆ ある夜
☆ 名もなき者の悲しみに
☆ アキと助三郎
☆ 真夏の竹
☆ 真冬の檜



 ひとひらの、

−別館 小説ブログ−
『 ひとひらの、』



ひとひらの雪

ひとひらの風
ひとひらの花
ひとひらの雲

ひとひらの思い
ひとひらの、言の葉





Email Me

TITLE


MESSAGE













Daily Archives




qr code
yaplog!PR





2008年03月
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
RYUJI's Works

中井拓次
『 事件15 』

2012.05

椿 健一郎
『新・おみやさん』

2012.04

陣川公平
『相棒 Season10 』

2012.02

石田 翼
『逆転報道の女』

2012.02

徳川秀忠
舞台版『大奥 第一章』

2011.10(東京)
2011.11(名古屋)

夏目利彦
『狩矢父娘シリーズ13』

2011.10

三木彰吉
『砂の器 第一夜』

2011.09

尾張の伝七
舞台『好色一代男』

2011.08(名古屋)

金子三郎
『11文字の殺人』

2011.06

田村直樹
『ヤメ刑探偵 加賀美塔子1』

2011.06

横山敏郎
『アスコーマーチ』

2011.05-06

森 修吾
『失恋保険 ~告らせ屋~ 』

2011.05

富田庄五郎
『鬼平犯科帳 一寸の虫』

2011.04

陣川公平
『 相棒 Season9 』

2011.03

夏目利彦
『狩矢父娘シリーズ12』

2011.02

内星竜也
『 修羅の覇道 』

2011.04公開

陣川公平
『 相棒 -劇場版II- 』

2010.12公開

陣川公平
『 相棒 Season9 』

2010.11, 12

瀬尾孫左衛門
舞台『最後の忠臣蔵』

2010.10(名古屋)

林 峰生
『京都地検の女 第6シリーズ』

2010.10

佐々木助三郎
『水戸黄門 第41部』

2010.04-06

夏目利彦
『狩矢父娘シリーズ11』

2010.04

安藤百福
『 インスタントラーメン発明物語
安藤百福伝 』

2010.03

長谷川 実
『 交渉人 The Movie 』

2010.02公開

瀬尾孫左衛門
舞台『最後の忠臣蔵』

2009.12(東京)

菅原昭光
『アンタッチャブル』

2009.11

春朗
『だましゑ歌麿』

2009.09

高平 透
『となりの芝生』

2009.07

佐々木助三郎
『水戸黄門 第40部』

2009.07-12

海堂俊昭
『メイド刑事』

2009.06-09

夏目利彦
『狩矢父娘シリーズ10』

2009.05

陣川公平
『 相棒 Season7 』

2009.03

堀部安兵衛
『忠臣蔵 音無しの剣』

2008.12

佐々木助三郎
『水戸黄門 第39部』

2008.10-2009.03

陣川公平
『 相棒 -劇場版- 』

2008.05公開

夏目利彦
『狩矢父娘シリーズ9』

2008.05

佐々木助三郎
『水戸黄門 第38部』

2008.01-06

陣川公平
『 相棒 Season6 』

2007.10

佐々木助三郎
舞台『水戸黄門』

2007.07(東京)

夏目利彦
『狩矢父娘シリーズ8』

2007.04

佐々木助三郎
『水戸黄門 第37部』

2007.04-09

坪内能登守定鑑
『大奥』

2006.12公開

小杉十五郎
『仕掛人 藤枝梅安』

2006.11

堂島 駿
『おみやさん 第5シリーズ』

2006.11

佐々木助三郎
『水戸黄門 第36部』

2006.07-12

海藤直人
『実録・新撰組 完結編』

2006

夏目利彦
『狩矢父娘シリーズ7』

2006.04

海藤直人
『 実録・新選組 』

2006

佐々木助三郎
『水戸黄門 第35部』

2005.10-2006.03

大場 宏
『女刑事みずき』

2005.10-12

夏目利彦
『狩矢父娘シリーズ6』

2005.04

佐々木助三郎
『水戸黄門 第34部』

2005.01-06

中江藤樹
『 近江聖人 中江藤樹 』

2005公開

陣川公平
『 相棒 Season3 』

2004.12

夏目利彦
『狩矢父娘シリーズ5』

2004.08

牙吉
『跋扈妖怪伝 牙吉 第二部』

2004.07

佐々木助三郎
『水戸黄門 第33部』

2004.04-09

東郷克顕
『 大奥スペシャル
~幕末の女たち~ 』

2004.03

牙吉
『 跋扈妖怪伝 牙吉 』

2004.02公開

佐々木助三郎
『 奥さまは魔女 』

2004.02

桂小五郎
『竜馬がゆく』

2004.01

鈴木慎太郎
『遺言執行人』

2003.08

佐々木助三郎
『水戸黄門 第32部』

2003.07-12

東郷克顕
『大奥』

2003.06-08

夏目利彦
『狩矢父娘シリーズ4』

2003.06

大神竜馬
『 修羅のみち #06-12』

2003.04-2005.05

片山義太郎
『 三毛猫ホームズの
犯罪学講座 』

2002.12

夏目利彦
『狩矢父娘シリーズ3』

2002.11

田宮伊右衛門
『怪談百物語 四谷怪談』

2002.08

石田三成
『利家とまつ』

2002.06-12

沖田総一郎
『ナースのお仕事
the movie 』

2002.05公開

片岡源五右衛門
『 忠臣蔵1/47 』

2001.12

勇吉
『かあちん』

2001.11公開

関口隆太郎
『OLヴィジュアル系
スペシャル(完結編)』

2001.10

関口隆太郎
『OLヴィジュアル系
第2シリーズ』

2001.04-06

根岸求馬
『大江戸を駆ける』

2000.11-2001.03

八代公太
『百年の物語 第一夜』

2000.08

関口隆太郎
『OLヴィジュアル系』

2000.07-09

牧原康明
『 クロスファイア 』

2000.06公開

根岸求馬
『 南町奉行捕物帖
怒れ!求馬II 』

1999.10-2000.02

沢木潤一郎
『舞妓さんは名探偵!』

1999.04-06

根岸求馬
『 南町奉行捕物帖
怒れ!求馬 』

1997.11-1998.02

明神 渡
『流れ板七人』

1997.01-1997.03

前原 宏
『日本一短い「母」への手紙』

1995.11公開

戸田 勇
『 河童 』

1994.12公開