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なぜ間に合わなかった。
唸るような嗚咽に責めたてられるように、格之進は思った。
格之進も助三郎も、闇のなかに立ち尽くしている。彼らには、嫡子の亡骸を抱きしめて咽び泣く奉行に掛けるべき言葉も、肩を抱く手もなかった。
この屋敷へ駆け込み、自分たちは遅すぎたのだと知ったとき、二人は凍りついたように挙動を止めた。
寸刻。四半刻も要らない。ほんの寸刻早ければ間に合ったはずだ。守ることができたはずだった。寸刻がもたらした結果の違いは、あまりに厳然として、無慈悲だ。
なぜ、間に合わなかったのだ…!
奥歯を噛んで、指が白くなるほど拳を握り締めて、強く思う。だが、どんなに歯軋りしても、どんなに地団駄を踏んでも、刻は取り戻せない。その間に失われた命も戻らない。
父の無実を明かさねばならぬ。
そう言った若者の真っ直ぐな眼を思い出す。
父の無実を明かさねばならぬ。父は郡奉行として、藩と農民の間に立って苦労してきた。ようやく家督相続が許され、これから楽をしてもらおうと思っていたのだ。最後の最後にこのような濡れ衣を着せられて切腹など、決してさせはせぬ。
今朝そう言った若者はいま、父の腕のなかでもう息をしていない。
「なあ、格さん」
助三郎が呼んだ。喘ぐような声だった。
奉行の背に張り付く視線をどうにか引っぺがし、動かして、格之進は隣に立つ助三郎を見た。
助三郎は格之進を見ていなかった。初老の武士の、闇に消え入るような背を凝視している。
「…助さん?」
しばらく、助三郎は無言だった。かたく引き結ばれた唇。瞬きすら忘れ、助三郎はただ、生と死に分かたれた父子を見つめている。やがて、依然として彼らを見つめる横顔のまま、抑揚のない声で彼は言った。
「死にゆく者と、遺される者…。一体どちらが、より…辛いのだろうな」
「助さん…」
彼の慟哭を聞いた気がしたのは、自分の感じすぎだろうかと格之進は思う。
助三郎の問いの答えを格之進は、知らなかった。もっとも、助三郎が答えを期待しているとも思えない。
格之進は黙って視線を奉行に戻した。
老いた父を遺して逝く者の悲哀と無念。子に先立たれ遺される者の悲哀と無念。どちらも等しく修羅を味わう。人の世はときにひどく無情だ。
闇のなかで、奉行の震える背中がますます小さくなっていくようだ。
「お奉行さま」
穏やかな声に、格之進と助三郎ははっと我に返る。いつの間にか現われていたご老公が二人の脇をすり抜け、奉行の隣に膝を折った。
「お奉行さま」
と温かい声音で繰り返し呼びながら、ご老公のふくよかな手が奉行の背をゆっくりと撫ぜるのを見ていたら、格之進は唐突に涙を覚えた。目の奥が熱い。きつく目を閉じ、格之進は奥歯を噛みしめた。
ときに俺たちはひどく無力だ。
懺悔に近い無念の思いが、格之進の全身を貫いた。
なぜ間に合わなかった。
唸るような嗚咽に責めたてられるように、格之進は思った。
格之進も助三郎も、闇のなかに立ち尽くしている。彼らには、嫡子の亡骸を抱きしめて咽び泣く奉行に掛けるべき言葉も、肩を抱く手もなかった。
この屋敷へ駆け込み、自分たちは遅すぎたのだと知ったとき、二人は凍りついたように挙動を止めた。
寸刻。四半刻も要らない。ほんの寸刻早ければ間に合ったはずだ。守ることができたはずだった。寸刻がもたらした結果の違いは、あまりに厳然として、無慈悲だ。
なぜ、間に合わなかったのだ…!
奥歯を噛んで、指が白くなるほど拳を握り締めて、強く思う。だが、どんなに歯軋りしても、どんなに地団駄を踏んでも、刻は取り戻せない。その間に失われた命も戻らない。
父の無実を明かさねばならぬ。
そう言った若者の真っ直ぐな眼を思い出す。
父の無実を明かさねばならぬ。父は郡奉行として、藩と農民の間に立って苦労してきた。ようやく家督相続が許され、これから楽をしてもらおうと思っていたのだ。最後の最後にこのような濡れ衣を着せられて切腹など、決してさせはせぬ。
今朝そう言った若者はいま、父の腕のなかでもう息をしていない。
「なあ、格さん」
助三郎が呼んだ。喘ぐような声だった。
奉行の背に張り付く視線をどうにか引っぺがし、動かして、格之進は隣に立つ助三郎を見た。
助三郎は格之進を見ていなかった。初老の武士の、闇に消え入るような背を凝視している。
「…助さん?」
しばらく、助三郎は無言だった。かたく引き結ばれた唇。瞬きすら忘れ、助三郎はただ、生と死に分かたれた父子を見つめている。やがて、依然として彼らを見つめる横顔のまま、抑揚のない声で彼は言った。
「死にゆく者と、遺される者…。一体どちらが、より…辛いのだろうな」
「助さん…」
彼の慟哭を聞いた気がしたのは、自分の感じすぎだろうかと格之進は思う。
助三郎の問いの答えを格之進は、知らなかった。もっとも、助三郎が答えを期待しているとも思えない。
格之進は黙って視線を奉行に戻した。
老いた父を遺して逝く者の悲哀と無念。子に先立たれ遺される者の悲哀と無念。どちらも等しく修羅を味わう。人の世はときにひどく無情だ。
闇のなかで、奉行の震える背中がますます小さくなっていくようだ。
「お奉行さま」
穏やかな声に、格之進と助三郎ははっと我に返る。いつの間にか現われていたご老公が二人の脇をすり抜け、奉行の隣に膝を折った。
「お奉行さま」
と温かい声音で繰り返し呼びながら、ご老公のふくよかな手が奉行の背をゆっくりと撫ぜるのを見ていたら、格之進は唐突に涙を覚えた。目の奥が熱い。きつく目を閉じ、格之進は奥歯を噛みしめた。
ときに俺たちはひどく無力だ。
懺悔に近い無念の思いが、格之進の全身を貫いた。
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