花が散っては咲くように

April 03 [Thu], 2008, 23:58
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 桜が散る。
 はらはらと、桜が散る。薄紅いの花びらに目隠しをされるようだ。
 「美しいな」
気さくな、呑気とすら思える声が耳朶を打って振り向くと、舞い散らう花吹雪のなかに、穏やかな表情の助三郎が立っていた。その近づく気配に全く気づかなかった自分に、格之進は苦笑する。
 「ずいぶん長いことぼーっと花など眺めて、」
気楽な口調で言いながら助三郎が隣に並んだ。盛大に花びらを散らしている巨大な古木を、目を細めて見上げる。
「なにか考え事か?」
 「いや別に」
格之進は短く言った。言ってから、自分の口調があまりにぶっきらぼうなことに気づく。
 助三郎はほんの一瞬、視線を流して格之進を見たが、なにも言わなかった。 
 桜が散る。
 どちらを向いても、視界を横切るのは淡く、限りなく白に近い薄紅いの花弁だ。あるかなきかの風に、しかし花は止むことなく、はらはらと散る。朝靄はまだ、遥かになだらかな頂をぼんやりと隠していた。
 「桜が、」
と格之進は言っていた。言うつもりなど、なかったのに。
「桜があんまり散るから、思い出していた」
 助三郎がこちらを見たのがわかったので、格之進も彼を見た。目が合った。
 なにを、と助三郎は訊かない。
「そうか」
とだけ言って細められた眼がただ、誠実で親身だった。
 たおやかな朝の光が射し込んでくる。
 桜が散る。
 あの日も狂ったように桜が散っていた、と格之進は思う。
 降りしきる花びらのなかで、涙の止まらなかった春があった。喪失感と後悔、敗北感に駆られたあの春。あの日の慙愧が、慟哭がよみがえる。
 あの桜花のように、一気に散ってしまいたかった。武士らしく潔くありたかったが、それも叶わなかった。それすらも。
 格之進の嘆きは花びらと寄り添うように草履の足先に落ちていく。
 救えなかった命があった。救えたはずの命だった。武士として命がけで守るべき者を、守り切れなかった。あの激しく、美しく、そして残酷だった春。
 俺は無力だった。
 花びらと共に虚空をさ迷い、その思いも涙もやはり、花びらと同じようにはらりと舞い落ちた。呟くたびに掃き溜めがわりの足元に積まれてゆくものを、格之進はやり切れない思いで見下ろす。
 覚えている。なにもかも。
 桜の花が一気に咲き、あっと言う間に散るまでの間に、めくるめく速さで起こった一連の出来事。春の嵐のようだった。流された涙も血も、怒りも、糾弾も。ご老公のお言葉。格之進の手首を掴んだ助三郎の手の熱、痛みを覚えたほどの、その強い力も。そして、すべてを降りこめるように、桜が散っていた。久遠のように。
 圧倒的な勢いで、すべてが押し寄せる。その激しさに格之進は気が遠くなりかけた。
 ああ――
 そのとき鳶が鳴いて、そののどかに、しかし長く響く声が格之進の意識を引き戻した。はっと我に返った。
 見ると隣にはまだ助三郎が立っていた。静かな表情で格之進を見ていた。いや、見守って、いた。目が合うと、助三郎はふっと微笑んだ。細められた眼差しが優しい。
 どれほどの時間が過ぎたのか、格之進は定かではない。
 しかしすでに朝靄は掃き清められ、くっきりとした山の線に明るい陽が射している。格之進はかなり長いこと、己の思考に埋没していたはずだった。助三郎はその間、立ち去りもせず、なにを言うでも訊くでもなく、ただ隣に佇んでいたのだ。ただ、寄り添うように。
 「…助さん」
と、彼を見つめた。
 助三郎は格之進の隣に立っている。あまりにも、さりげなく。気づかなくても構わないほど、さりげなく。黙って格之進に付き合ってくれていた。
 山越えの風が吹き降りてきて、ざあっと舞い上げられた桜吹雪の向こうに、霞んでしまいそうな微笑みが揺れる。舞い散る桜のなかに佇む助三郎は美しかった。藍の着物が花霞に浮き上がるようだ。
「なぁ格さん」
と、彼は格之進を呼んだ。
 「うん」
と頷いた声が、自分で驚くほど子供じみていた。
 「侍は桜の散るさまを…その潔さを褒めたたえ、愛するが……かくありたいと願うが、」
その散り急ぐ桜を見上げながら、助三郎が言った。
「花は散っても、翌年もまた咲く。繰り返し、繰り返し、蕾をつけて花開く」
 「助さん」
呼ぶと、助三郎は首を回して格之進を見た。ひどく優しい顔をしていた。眼差しが慈愛と尊敬に満ちている。彼は言った。
「俺は、散り急ぐ様よりもむしろ、その強さをこそ潔いと、尊いと思う」
 そうした格之進の強さをこそ潔く尊いと思う、と助三郎は言っているのだと格之進はわかった。
「…助さん」
と呼びながら自分が笑ったことに、格之進は後から気づいた。なにか光るものを心のうちに感じた。
 「いい顔してるよ、格さん」
嬉しそうに、どこか弾んだ声で助三郎が言った。にっこりと、助三郎も笑った。
「希望の匂いがする」
 桜は散るが、また繰り返し蕾を持ち、花開く。繰り返し、繰り返し。
 人生とは、生きていくということはつまり、そういうことなのだ。あの春のように、これまでも、これからも、様々なことがあり、おそらく幾度も、辛く悲しいことも巡ってくる。その度にどん底まで落ち込んだとしても、踏ん張って持ち直すしかないのだ。負けたくなければ。
 花が散っては咲くように。
 「年々歳々花相似たり、と云うものな」
毎年、春は巡ってきて花は同じように咲く、というその故事を思い出して格之進は言った。
 ああ、と助三郎が微笑んだ。そして、
「歳々年々人同じからずとは云うが、俺たちはどの年も、共に花を眺めてきたな」
 「ああ、そうか…」
と、格之進は吐息と一緒に言っていた。穏やかに、しかし揺るぎない微笑で見つめている助三郎に、頷いた。
「そうだな」
 その通りだった。
 思えば傍らには、いつでも助三郎がいた。辛く苦しいときも、嬉しいときも。いついかなる時も、傍らには助三郎がいた。



年々歳々花相似たり 歳々年々人同じからず




仕事中、スタバでLaptopを広げて外を眺め、ああ、桜が散っているなぁ…と
しみじみ思っていたら、こんなのを書いていた。
数年ぶりの「桜の季節の日本」に、もう、感無量なのだ。
春、狂ったようにそこいら中に桜の咲き乱れるこの国の神秘!美しすぎる。
この国に生まれてよかった。一瞬一瞬にそう実感する。いや、マジで。

世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし
こんなにも、桜は日本人の心を惑わす。
きっとDNAにインプットされたなにかが、あるに違いない。

「年々歳々花相似たり 歳々年々人同じからず」は、人の世の無常を詠んだもの。
毎年毎年、春は巡ってきて花は同じように咲くが、
人の世は年とともに変わり、その花を見る人は毎年毎年同じ人ではない。
或いは、人は出会っては別れていき、同じ顔ぶれは続かない。
―― とは云うものの、助格はいつも一緒。
と云う、これはただそれだけのFanfic. あ、あと、人生楽ありゃ苦もあるさ。
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桐花
千花さま
こんばんは。すっかりレスが遅くなってしまってすみません

ニセ黄門さまの回、実はリアルタイムで観たんですよ〜。快挙です!とても面白かったですね。あんなに楽しい水戸黄門は久しぶりだったと思います。
にも拘らず、感想を書く気になれずに今日まで来てしまいましたが(悲)

前に書いたことを覚えていてくださって、なにかの切っ掛けで思い出して読み直してくださるなんて、とても嬉しく思います。ありがとうございます。懐かしくて、つい読んでしまいましたが、いや…恥ずかしいですね…

涼しくなってきましたし、インフルエンザも流行っていますし、千花さんもお体をお厭いくださいね。
コメントありがとうございました!
September 22 [Tue], 2009, 21:19
千花
桐花さん、こんばんは。
昨日のニセ黄門、とても面白かったですよ!はやくご覧になれるとよいですね。それと、「だましゑ歌麿」の春朗、サイッコーに素敵でした!私も、小説読んでみます。

公式HPの原田さんの一筆啓上が更新されていて、「年年歳歳花相似たり」って書かれていて、これってなんだっけーどういう意味だっけ?と思って、たしか桐花さんの小説にあったよなーと思って、昨日からいろいろ再読していましたが、やっと見つけました。

今年の桜のお話も素敵でしたが、去年はおセンチ格さんだったんですね〜。格さんがこういう感じって、桐花さんのお話には珍しいですよね。桜の散る情景がとっても綺麗です!

これからもブログ楽しみにしています。時節柄、お体にお気をつけ下さいね
September 15 [Tue], 2009, 20:58
Re: 桐花
アナベラさま
コメントどうもありがとうございます。桜が散っているのをご覧になって思い出して下さったなんて嬉しい限りです。
心の描写と情景描写の美しさが魅力!もったいない…どうもありがとうございます!

雫石さま
こんにちは。コメントありがとうございます。GWに北に旅して、年に2度、桜が散るのをご覧になったんですね。贅沢!いいですねぇ。
桜吹雪のなかに佇む助さんと格さんが見えるよう?素敵な錯覚…。それは私の話の影響ではなく、雫石さんの心の力でしょう!

Aranjuezさま
はじめまして。ご訪問&コメントどうもありがとうございます!気に入っていただけて光栄です。これからもよろしくお願いいたします。

ところでハンドルの"Aranjuez"は、ロドリーゴのアランフェスからですか?あの曲、大好きなんです。
May 15 [Thu], 2008, 16:55
Aranjuez
はじめまして。ちょっと衝撃です。はじめてお邪魔しましたが、いろいろ読み漁って、とりああえずここにコメント残します。水戸黄門で、こんなことをしている人がいらっしゃるとは!
May 14 [Wed], 2008, 23:58
雫石
こんにちは。お元気ですかー。
GW、北に旅行してきました。桜が散っていて感激。とてもきれいでした。このお話の影響で、桜吹雪のなかに佇む助さんと格さんが見えるようでした。
May 06 [Tue], 2008, 19:17
アナベラ
いま桜が散ってます。リアルタイムで読んだとき、とても感動したけれど、今日、桜が散るのを眺めていたら、このお話を思い出しました。で、いままた読んで、コメント残したくなっちゃった。

ホントに綺麗な文章で溜め息が出ます。桐花さんのファンフィクションの魅力は、心の描写と、情景描写の美しさだと思います!
May 02 [Fri], 2008, 21:27
桐花
タカヒロさま。ありがとうございます。
一気に咲いて一気に散るから愛するとは云え、名残惜しいですよね。
先日アメリカの友人から「桜が咲いたよ。あなたが余計恋しいよ」という便りがきて、桜で思い出してもらえることに歓びを感じました…。

格さんに以前なにがあったか。本当に長い小説になっちゃうんですよねぇ。できたら、そのうち。


April 23 [Wed], 2008, 12:50
タカヒロ
こちらでも桜が咲きはじめた、と思っていたらもう散っている!さすが桜!いさぎよすぎる。最新作にコメント残そうかと思ったけど、自分の中ではこの話がすごくタイムリーなんで。
桜の描き方がきれいだよね、ホント。情景が浮かぶようだ!

格之進に以前、何があったか、俺も気になる。みんなでリクエストしたら書いてくれる?
April 18 [Fri], 2008, 9:08
桐花
皆さま、ありがとうございます。ストレスドラマに懲りず、読んでいただけてうれしいです。
テレビでのコミカルな助格あっての、Fanficでのおセンチな彼らだと思うんですよねぇ。

以前格さんに何があったのか、は、すごーく長いお話になってしまうのでブロgでは無理かと思っています…
April 05 [Sat], 2008, 22:41
雫石
すてきですねー。今年の桜がよけいに感慨深く見えてしまう。
心を描く桐花さんのお話が好きです。いろいろ語りたくなっているので、メールしますね。
April 05 [Sat], 2008, 11:16
まどか
おセンチな格さんは私のリクエストに応えてくれたんでしょうかー?!
降りしきる桜のなかの助格がきれい!これを原田・助さん×合田・格さんで映像で見たい〜っと思いました。でも文章だからこそのイイ面がありますよね。
ところで、桜の散る春に格さんに何があったのか、すごく気になる!書く予定ありますか?

健太郎さんの言う通りだと思う!でも私も『お供の衆』も、コミカルでウィットでもあって好きですけど。
April 04 [Fri], 2008, 9:07
健太郎
いつもメールだけど、今回はコメントを残します。
ファンフィクションてのはそもそも、本筋のスートリーの隙間を埋めるもの。38部の傾向から、シリアスになり過ぎでは、と危機感を抱くのもわからないではないが、桐花さんの書くものはそのままでいいのでは。
桜に対する想いといい、格之進に語らせるその語り口といい、好きですよ。
April 04 [Fri], 2008, 0:15
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