33 

September 13 [Thu], 2007, 19:00

「ライブにいらっしゃる!いやー緊張しますなー、彼女候補ですなー」いっしーがまだうるさくはやし立てている。

ドラマーは寡黙なイメージが強いというのに、この男はバンドで一番よく喋る。まあ社交的、外向的な人材が不足しているこのバンドにとってはそれは貴重な性質と言えるだろう。
そういえばドラマーとしてのプレイスタイルも音の隙間を埋めようとするような、ちょっとせわしないスタイルらしい。もちろんこの評は景によるものである。

僕には残念ながらドラマーを単純な上手さ、以外の点で評価する事が出来ない。ライブハウスなどで続けざまに何人ものドラムを観れば、上手さの相対的な順位付け(それも結構アバウトだが)くらいは可能だけど、それがどんなプレイだったか?と問われるとなかなかその評価を言葉にする事は出来ない。
リズムを生み出す事が全ての打楽器奏者の評価は、面ではなく線で捉えてしまってもいいのかもしれない、なんて思ってしまう事もある。でもそれは単純に、僕にドラムに関しての知識と経験が不足しているからなのだろう。ベースのくせに、だ。

「俺は緊張するけどお前は緊張する必要ねーから」と僕はいっしーに応戦した。
「どうしよう、スティック回すしかないかも!」
「回さなくていーから」
なんで回すんだよ。

「お客が一人増えるだけで御の字だわ」と景が言う。リーダーである景はこのバンドのいまいちな集客力を気にしていた。過去二回のライブではともにお客は十人を超えていない。集客に関してはメンバー間でも意見の違いなどがあり、ゆるやかな対立を見せている。要は「頑張って呼ぼうよ」と「別にそんな気合い入れなくていいじゃない」という二種類の温度がある、という事だ。
もちろん前者の主張を持つ景は、お客の増減に一喜一憂する。

「あ、友達連れてくるって言ってた」そりゃあ女の子がひとりでライブハウス(しかも閑散気味)ってのもなんなんだろう。
「ほんとにい」と景は嬉しそうにした。

32 

September 11 [Tue], 2007, 4:00

「ダムっすか、何でダムなんすか」
まずいっしーが声をあげた。

練習の後、僕たちは中華料理がテーマのファミリーレストランに来ていた。いつもここでちょっとしたバンド会議と無意味な雑談が広がる。今日の「標的」はどうやら僕らしかった。

「え、ダム、駄目?」僕は三人を見やった。彼らは一様に不思議がり、動物のような顔を見せた。
「デートでダムかよ」相変わらずいっしーが先陣を切る。
「ダムねぇ・・・」意外に景もテンションが低い。佐藤は何も言わなかった。ダム駄目?

僕も当然含まれるが、ここにいる人々はあまり恋愛的な経験が豊富ではないので、素朴な場所でのデートに抵抗があるのかもな、と思う事にした。僕はふふん、と偉そうな心持ちになる。

「いや、おっきいダム、観たいじゃない」デートの事は棚に乗せ、僕は弁解を始める。
「それも・・・別に・・・」しかし反応は鈍い。
「梨田さんどんな反応だったの?」由希子と僕と中学が同じだった景が訊いてくる。
「良かった・・・と、思うけど・・・」何か自信が無くなってきた僕は手元のゴマ味噌タンタン麺に逃げ込む。ラーメン。

「まあこいつらしいと言えばこいつらしいけどね、なんつーか、人気スポットは固辞。的な」といっしー。
「都心を心情的に避けようとしたら、物理的にも避けちゃったんだ」と佐藤。
「佐藤別に上手いこと言わなくていいよ」と景。
「うめえ、ゴマ味噌タンタン麺うめえ」と、僕。
ずるずる。

店内には僕らの他に客はいなかった。やけに明るい店内に僕らのテーブルからかすかな湯気が立つ。スピーカーからは聴き覚えのある旋律がライトなアレンジで流れていた。

「そうだ、その人ライブ来てくれるの?」餃子を持ち上げながら佐藤が言う。
「うん、来るって」そっけないトーンを心がける僕。
おおー、と無意味な歓声があがった。

31 

September 09 [Sun], 2007, 0:00

「じゃあちょっとお前ら聴いてみてよ」と言うと二人は何故か少しかしこまった。

そして実演。
景と僕の歌がハーモニーを奏でたような、奏でてないような。自分ではどんなものかがわからない。ただ景のそれとは違うメロディーを歌えている自信はあった。
交わりも離れもしない二本のメロディーライン、それは綺麗に響くだろうか。

「うん、いいんじゃない」といっしーはかなりあっさりとしたコメントを残した。佐藤も同様の反応を示す。
「まあこんなもんか、じゃあとりあえずこの曲のサビはこれで確定で」なんとなくなゴーサインが出てしまった。では、忘れないようにしなければならない。
景が僕のラインのはじめの音を教えてくれた。その音をベースで弾いてみる。当然と言うか、その音はルート音ではなかった。それに合わせてアー、アーと声を出し、耳にこの音をおぼえさせようとした。

「まあほんとはギターがコーラスをとるのが世の常なんだけどね、面目ない」佐藤がギターを掛けながら言う。ギターを持つと猫背がさらに強調された風に見える。
佐藤は音痴である事が皆から認められている。本人に自覚がないのが致命的、といつか景は言っていた。
「まあ、リズム隊よりはギターがやるべきだわな」と景も重ねる。ドラムとベースはまず演奏に集中すべき、との観点からこの意見が来るらしい。確かにギターボーカルはドラムボーカルやベースボーカルより遥かに多い。

「なんて言うか、元のメロディをそのまま平行に上に上げるんじゃないんだね、コーラスって」
と僕はさっき思った事を口にした。ちょっと想像とは違ったからだ。
「うん、三度上となると全く同じ並びのメロディではなくなるんだよね。俺も最近になってやっとわかったんだけど」と答える景。
三度上というのはドの音の場合、ド・レ・ミの三番目のミにあたる。もっとも曲のキーとやらによってそのルールは変わるらしいので、そのへんはまだ僕は理解出来ていない。まあ、わからないことだらけだ。

いっしーの右足がどん、とバスドラを鳴らす。残り時間は五十分だ。

30 

September 08 [Sat], 2007, 1:00

「やっぱ俺がやるの?」
「うん、やっぱお前しかいないんだよ。サトーは音取れないし、ドラムにコーラスさせるのもあれだしさ」
景は再びエレキギターを手にとって何らかの和音を奏でた。
ちょっと今から歌う音程をおぼえてな、そう言って景はギターで音を取りつつ、ある曲のサビを従来よりちょっと高めに歌った。それだけを聴くとなんか落ち着かない感じがする。

僕は何度も繰り返す景の歌に合わせて高いパートを歌ってみる。
少々高くてきつい箇所もあったけど旋律が聴こえているのが楽で、コーラスのメロディはおぼえる事が出来た。

「そうそう、その音。で次はベース弾きながらやってみて、お前いつも弾きながらなんか口ずさんでるから大丈夫だと思うけど」
景の言う通りで、僕はいつも景の歌を演奏のさなかに口ずさんだりしていた。だから歌いながら弾くのにはそんなに抵抗がない。景は手と口を分離させる感じで、と助言をくれた。

「じゃ俺主旋律歌うから合わせてみよう、多分俺に方に引っ張られそうになるからそっちからも意識を分離させてみ」分離、分離と景は言う。

景のギターと僕のベース、それと二つの歌声がスタジオ内に満ちる。壁に掛かった大きな鏡には僕と景が左右逆に映っていた、二人とも実物そっくりだった。

案の定僕の声は景のメロディに何度も引っ張られそうになった。なんとか我慢し、無視をして自分の旋律を守れてるかな、と思う頃佐藤といっしーが喫煙タイムから戻ってきた。

「あ、コーラス!いいねえ」
といっしーはちゃんと聴く前からそう言った。

29 

September 07 [Fri], 2007, 4:00

二時間の練習のあいだの休憩時間。喫煙組はロビーに向かい、今は景と二人のみ。

ベースを置いて僕は壁にもたれて床に座り込み、休んでいた。
そして左腕に漠然としただるさを感じながら、由希子から今日届いたメールの事を思った。
右手に握った携帯電話の液晶には、今週の日曜日に野球観戦をしましょう、との旨が記されている。また、ダムのお返しです、とも書いてある。
お返し?

野球かー、観たことないなー。と僕は思った。
ついでにやった事もなかった。キャッチボールくらいならなんとか出来るかもしれない。でもバットで宙にあるボールを打つ事は不可能だろうな。カキーンと飛んできたボールをキャッチするのも大変だろうな。そんな事も思った。

景は中学の頃野球部に属していた事を思い出す。
「ねえ、バッティングセンターとか今行っても打てる?」ギターをいじっている景に訊いた。
「なに急に、・・・まあ当てる事くらいだったら普通に出来るよ。つーか今でもたまに行くしね、バッティングセンター」
そう言って景はギターのネックを握り、素振りの真似をしようとした。
「やばい、この持ち方だと想像以上に重い!」
彼は今楽器をちょっと粗末に扱っている。
「ロ、ローズみたいにぶんぶん振れない!」
よくわからない。
ただバットを持つとプロ野球選手の真似をせざるを得ない人種が存在する事は知ってる。
景はバット(に見立てたエレキギター)を振ろうとしたが遠心力と良心が同時に働いたらしく、途中でギターをそっと下ろした。
「やー、意外と重かった」と、笑っている。

バッティングセンターに行ける技能があるというのはなんとなく羨ましい。バスケットにはそれほど手軽に接する事の出来る施設はないからだ。

「あー、そうだ、コーラス仕込まなきゃ」と景が僕に向かって言った。
そういえばバンドの曲にはどれもコーラスがついていなかったのだ。

28 

September 06 [Thu], 2007, 4:00

「やめい、やめーい」

演奏を止めるべく景が発したその声が、マイクを伝い、宙にぶら下がっているスピーカーから発せられた。
その後、彼による各方面への叱咤とレクチャーが始まる。

景が作ったこのバンドを動かすのは主に彼であり、僕たちは振り落とされないように、スピードが出すぎないように見張りつつ、ついていくという役割を担っているのだった。

「だからさ、ただ単に頭を揃えるだけじゃなくて、こう、テンションみたいなものも揃えないとだめだと思うんだよ」
・・・。
「お前はもっとボリュームのバランスを意識してだな」
・・・。
「あ、サトーは別にこのままでいい」
・・・。

シンプルにワンマンバンド、と呼んでしまう事も出来るだろう。確かにその通りだ。
むしろワンマンバンド大いに結構、といった心持ちですらある。ボーカル以外の3人はまだ景に太刀打ちが出来ない。
いつか彼を音楽的に驚かせてやろう、と思わない事もないけど、景と景の音楽を信用しているので、別にこのままでよかった。

ライブまではあと1週間と少し、緊張の色が演奏に微かににじむ。第一の課題である縦のラインを揃える、という事に僕らは意識を集中させていた。
僕はいっしーのドラムを全力で聴く。聴く、というより体で感じる事を心がける。バスドラ、ハイハット、スネアをバラバラにしたり、一緒くたにしたりして、耳からインプットしたリズムを右腕に直結させて、弦をはじく。
テンポを体に染み込ませて、基本に忠実なルート弾きを目指すのだ。だだだだだだだだ。

同じ曲を繰り返し繰り返し演奏しては、少しずつ磨いていく。
正確なリズムは音楽の前提であり土台だ。僕たち四人はまずその土台作りに時間と心をかけていた。

27 

May 04 [Fri], 2007, 1:00

景のノートを見せてもらっていたら、ある事を思い出した。
「あ、そうだ、ここのコードなんだけどさ」
僕は景のノートを指さす、C(onEm)と書かれている箇所をだ。懸案のシー・オン・イーマイナー。

「ああ、どうした?」
「ギターがCでベースがEmなのは、こう・・・複雑にするため?」
「それと、音が滑らかになって気持ちいいってのもあるし。それにそこでベースもCを弾いちゃうと畳臭くなっちゃったりするからね、オンコードにしたほうが垢抜けるんだよ。まあ三度のオンコードはオンコードの代表みたいなもんで珍しくもなんともないんだけどさ」
・・・一瞬では到底理解は出来ない。使われた単語がなんとなくそれっぽいので僕はなんとなく頷いてみる。とりあえず記憶に留めておこう、きっといつかぽんと手を叩ける日が来るはず。

「このコードの流れはよくあるの?」
「あるね、最近の流行りっぽいけど」
「コード進行にも流行り廃りがあるんだ」
「あるある、結構ある、たぶんある」
作曲という作業も自分の中から湧いて出るものを形にするという事だけではないのだろうな、みんな音楽を聴いて音楽を創るのかもしれない。

僕が曲を作る為にはいくつかのはっきりとした技術的な壁がある。想像力と空想力が豊かであれば歌は生まれる、という訳でもどうやらないらしいのだ。その二つを僕が有しているかも怪しいけれど。

26 

April 25 [Wed], 2007, 7:00

ロビーは薄暗くて狭いので居心地がいい。僕はコーラの缶を振って残りの量を調べた。景は手にとったボールペンをくるくると器用に回している。気心が知れた相手との沈黙は苦痛にはほど遠い。

「俺はお前にも書いてみて欲しいと思うけどね」
唐突に景が口を開く、さっきの話の続きだ。
「ああ、いや、ま、書いてみたいとは思うけど・・・、恥ずかしさに勝てるかどうか」笑いながら僕は言った。
「わかるわ、それは慣れない事にはなんとも」
「景も恥ずかしかった?」
「そりゃあね。でもそれを気にすると、下手すると何も出来無くなっちゃうからさ」さらりと景は言う。

「あと・・・書きたい事とか書けそうな事がない」
「書きたい事は・・・俺もそんなにないよ、あったとしても一曲で一行くらいか。それを薄めたり引き延ばしたり、手を替え品を替えて一曲分の歌詞にしてる様なもんかな、俺の場合は」
「そんなもんなんだ」相槌は曖昧に響いたと思う。
繰り広げられるのは意外と真面目な話。隣にいるのはただのアマチュアバンドマンだ、だけど僕よりは遥かに音楽に近い。
「別に、言いたい事があるから歌ってるわけじゃなくて、歌を歌いたいから言いたい事を探してる様なもんだからね、俺は」
例えばこれがプロのミュージシャンの言葉だったら、それを聞いて失望するファンが出るかもしれない。ただ、友人の口から発せられたそれに僕は、リアルだなあ、と思う事が出来た。
景も僕と大きくは違わないのかもしれない、そう思うと少しほっとする。

僕のバンドのボーカルは伝えたいメッセージなどは特にないと言う。僕はそれに不服は無い。
景は完成しない詞の書かれたノートを手に持ち、だめだー、と言いながら脚を投げ出した。

25 

April 24 [Tue], 2007, 7:00

スタジオに到着すると、ロビーには既に景がいた。
「あれ、今日は早いね」時間まではまだ二十分近くあるのだ。
おう、と片手を挙げて景が応える。何か書き物をしている様でロビーの小さいテーブルにはノートとペンが広がっていた。
自動販売機でコーラを買い、景の隣に座る。詞を書いていたのだろう、ノートには割と汚い文字で言葉が並んでいた。
「新しい曲の歌詞?」と訊くと、そうだ、と景。
「気分転換にここで書いてみたんだけど、まあ進んではない」彼は腕を伸ばしながら言った。
僕はタブを引いてコーラの缶を開けた。小気味のいい音が鳴って、甘い匂いが少し立つ。

詞を書いた事のない僕は書けない、という苦悩がわからない。書いてみたいと思わないことはないのだけど、景と違ってメロディを先に立てられないので、それは結果として言葉だけを連ねる事になる。どうしてもそれを気恥ずかしく感じてしまうだろう。
それに、僕には今文字に残したいという言葉もない。それが残念な事なのかどうかはわからないけど。

「あのさ、伴奏やメロディなしで詞って書ける?」天井を見上げて呆けている景に僕は訊いた。
「まあ・・・出来なくはないかな、あんまりやらないけど。・・・それをやるとどうしても内容が気になっちゃうからね。先にメロディとかの縛りがあった方が書き易いよ。言葉数もわかってるわけだし、曲調で詞の内容も絞れるしさ」
思ってたより的確そうな返答で、参考になったような気がした。それは、悪く言えば言葉を音楽で濁している、とでも言えるだろうか。

景の歌詞にはどこかわかりにくい所がある、なので陳腐ではないのだけれど。

24 

April 18 [Wed], 2007, 7:00

帰り道は来た道だった。
電車は僅かに揺れながら僕らを運ぶ、ひどく見慣れたいつもの場所まで。

「いかがでしたか、ダムは」僕は感想を訊いた。
「えっと、自然の凄さと人の手の凄さの両方が感じられました」と由希子は感想を述べた、そして「それに、とても静かで良かった」とも。

そうだ、寂しい、とすら思えた静けさは、何故か妙に心を落ち着かせてくれた様な気がする。
僕らが送るざわざわとした日々の暮らしの中では、決して聴けないであろう静けさがそこにはあった。たぶん、それは案外貴重なものなのだ。特にこの頃においては。

デートとしてそこを訪れる事の是非はともかく、僕個人としては訪れた甲斐が充分あったと言える。
隣にいる人を意識した緊張も、上等な風景のお陰でうまく逸らすこと出来ていたりした。だから今回のデートはささやかに成功、という判定を下した。そしてある意味、僕が楽しめて良かったな、と思った。そこも実は不安だったからだ。

僕はどんなテーマでもかまわないから、由希子と多くの会話を交わす事が重要だと考える。それにいろんなものを観たり感じたりするのもいい。そうやってずっと一緒にいられたらいい。

車窓からは次々と景色が流れる。だんだんと増えていく民家の屋根、低くなっていく稜線。
電車が駅に止まるたび、人が減って増えた。僕は頭の中で今日の出来事をプレイバックして、総括した。

僕と由希子はややくたびれた風で、座席に沈む様にして座る。
あと三駅で中継点の駅に着く。僕は眼を閉じ、少し休んだ。
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