検診 

November 16 [Thu], 2006, 12:59
昨日、検診の日。
病院に行きました。
13日に出産予定日だったが、
まだ産まれる兆候ありません…
子宮口は先週のまんまで3センチぐらいに開いています。

20日までもし生まれなかったら21日に入院しますと
言われました。
早く生まれるとちょっと期待していたが、
なかなか生まれて来ませんでした。
早く生まれて欲し〜

検診 

November 07 [Tue], 2006, 11:50
今日は検診の日

先週、別の医師に来週、血液検査をしますので、朝食を抜いて来てくださいと

言われ、今朝朝食を抜いて病院に行きました。

いつもの同じでお腹を計ったり、血圧を計ったり

待合室に…

看護士さんに呼ばれ診察室に行くと

先週に見て貰った先先が違う人だったので

お腹の赤ちゃんにエコーを見てから

別の部屋に膣の中に調べてから

また診察室に戻ると

医師が
『子宮口が3センチぐらい開いてます。今週中に生まれるかもしれません。何かあったら来て下さい』


と…



( ̄ー ̄?).....??アレ??






先週、血液検査をしますと言わなかったっけ?

わざわざ朝食を抜いて来たのに…

医師に聞けず家に帰りました。

3日前から
おりものが増えて、お腹の張りも強くなってきて
もうすぐ赤ちゃんが会える
早く生まれて欲し〜




久し振りの更新 

November 04 [Sat], 2006, 11:20
ずっと日記をサボってごめんなさい

色々とあってバタバタして忙しかった

現在は妊娠10ヶ月。

もうすぐ赤ちゃんが会える

去年、赤ちゃんがダメになってから

もう子供作らないと思っていた…

気が付いたら出来た時には驚きより喜びの方が大きかった。

お腹の赤ちゃんはポコポコと蹴るようになって

新しい命がまた私のお腹の中にあると感じている。

もうすぐ会えるから今からわくわくでしょうがなくて

新しい四人家族になるんだ



悲しみ… 

June 21 [Wed], 2006, 14:13
退院してから

しばらく実家にいた。

正面に大雪山を眺めながら

あの子を想っていた。

あの子は不安もなく

安心して死んだのだろう。

チビに赤ちゃんが亡くなったと伝えるのは

難しい…

伝わらなくてもチビはきっとわかっていたのだろう。


ちょうど、この時期

6月頃、苺狩り。

晴天に包まれながら

苺が続く田園に囲まれて

のどやかな風景が広がる景色。

賑わう家族

親子連れを目にする羨ましがった…

風の便りから

友人が赤ちゃん出来たと

心から素直におめでとうと言えなかった。


退院の日に

母は何度も医師に

『次に子供は出来ますか?』と聞いても

『分かりません…』

と、答えだった。

医師は

色んな多くの患者を見ていたのだから

『次は子供できますよ』

と、どこにも保証できない。


胎盤が先に剥れて赤ちゃんと一緒に子宮を失ったり、

血液不適合で無事に生まれないかもしれないし、

何度も流産して子供できないかもしれないし、

先のことをどうなるかもわからないわけだから…

周りに次に生まれてくるから

大丈夫と

私を気遣ってくれてるかもしれない…

辛い時、友人からメールと手紙が届いたが、

すぐ返事出せなかった…

ある人から

『神様って時々意地悪するでしょう。でもそれってこの人なら悲しみから立ち直ってくれる人と思うから試練を与えるんだよ』

と、心に響いた…


体も心も

傷ついていっぱい泣いて

悲しみの涙は決して無駄じゃないと…

何故、私だけ

と思ったけど時が経つと人間の悲しみを知った分

喜びが倍に思える気がするだろう。

チビの弟がいたことを

忘れないでおこう。

あの子はお空になってしまったけど

きっと見守ってくれるだろう…

病院A 

June 20 [Tue], 2006, 13:41
子宮口に痛み止め注射をしてから

棒を5本入れられ

必死でグッと痛みを堪えて

次の日は子宮口が1.5cmしか開いてなくて

4cm以上開く予定で開き悪かった。

今日がもし、4cm以上開いたら赤ちゃんを出す予定だったが、

1日に入院を延ばして

さらに棒を15本ぐらい入れられて

晩に陣痛が起こり、痛みを堪え切れず

看護婦さんに呼んだが、

『明日の朝まで我慢できる?』

と言われて痛み止めの座薬を入れた。

翌日、

棒を抜いて子宮口が3.5cm開いて

分娩室に移し、陣痛座薬を入れてから

15分ぐらい生温かい水が流れた。

破水だった…

すぐ陣痛が始まり、あっという間に赤ちゃんが出てきて

だっこもできず、悲しいお産だった。

本当は元気な産声を聞きたかった…

おっぱいをあげたかった

いつまでも一緒にいたかったのに涙が止まらなかった。


点滴が終わった後

個室に戻る前に

赤ちゃんを見せてくれた。

妊娠5ヶ月のわりには

人間らしくなった。

キレイな肌色

パッと見たら生まれたばかりのチビに

似ていた…

抱いてあげたかった。

抱くこともできず、触れることも出来ず

ただ見てるだけで

自分の声を殺し涙を流した…


翌日

退院の日に

母とチビが病院に迎えに来てくれた。

ダーリンは出張の為に参加できなくて

父が火葬の手続きをしてくれて

火葬場に向かった。

人形を母子手帳を一緒に入れて

火葬に…

煙を見ながら消えるまで見守った。

小さな骨壷に入った赤ちゃんを抱きしめて

お寺に行って供養をしてもらい、

骨壷を抱きしめながら家に帰った。



病院 

June 19 [Mon], 2006, 14:21
ヒグローマは

何百人かに一人の割合で

現われ、その原因は判らないという。

子宮内で赤ちゃんが亡くなってしまうことも

生まれても育たない可能性があるケースも…



医師から言われた言葉

頭から離れなかった…

心の穴がぽかりと空いて

あの子とさよならをする日が近づいていた。

あの子はもうすぐいなくなるんだろう。

産みたくてもこのままでは赤ちゃんは途中で死んでしまうかもしれないと

切実な思い…


4日後

ダーリンは出張の為、どうしても仕事が休めないと

私とチビは実家に行き、

チビは実家にいる父を預けて

私と母は医大に行きました。

入院してすぐ子宮口を広げる処置が始まった…

心の中では赤ちゃん出したくないと気持ち

生まれても育たない子になるのは頭の中ではわかってる。

だけど…譲れなかった。





絶望 

June 18 [Sun], 2006, 12:03
仕事から帰ってきたダーリンは

弁当を買って来て

ずっとパソコンをかじり

沈黙のままで時間だけ過ぎてゆく


夕”『明日、仕事休みもらったから』


私『……』

夕”『もしかしたらオレが二人目がいらないと言ったからこうなってしまったのか?』

私『そうね、二人目できた時、喜んでくれなかったよね。ダーリンは二人目が要らなくてよかったでしょ?』

夕”『………』

私『私が二人目が欲しくてどれだけ悩んだか、あんたには分からないよね』

ダーリンは何も言わずに下を向いたまま

会話が終わった。

心配そうにチビが

『ママ〜泣かないで』

と私の頭を撫でた…




翌日、

朝早くダーリンとチビと一緒に

病院に行った。

看護婦さんに名前を呼ばれ診察室に向かい

医師が

『赤ちゃんを救ってあげられる可能性は低いのです。医大としては中絶した方がいいと言われるかもしれません。医大に連絡取り合ってるので待ってて下さい』

と数時間、待合室で

夫婦の会話がなく、医師に呼ばれるまで

いっぱい泣いたせいが涙が枯れて壁をじっと見つめて

時間だけが過ぎてく


やっと医師に呼ばれて

紹介状を持って、実家にいる母に

メールのやりとりをして母も一緒に病院に付き添ってあげると

返事が届いた。


2時間後、

医大に行く前に実家に着いて

母を車に乗せて医大に行きました。

医大に着いて産婦人科に向かい

ソファで座って待ち

チビは落ち着きなくてじっと座れなかった。

数分後、名前を呼ばれ診察室に

エコーで赤ちゃんの頭を確認に計り

H医師は

『ヒグローマと言う病気で残念ながら赤ちゃんを救ってあげられることはできません。原因は染体色の異常の可能があります。子供を産んでいるので極めて低いので原因はわかりません。お父さんとお母さんのせいではありません。偶然に起こったものです』

と、ゆっくりおっしゃった。


すぐ入院する予定だったが、

病室の空きがなく

4日後に来てくださいと…



実家に母を降りて

家に帰りました。

家に着いてからずっとパソコンをかじりつけて

希望を持てるかもしれないと色んなサイトを探したが、

なかなか見つからなかった…

私の同じような病名で経験している人がいて

読むたびに涙を流しました…















 

二人目が出来る日まで…A 

June 16 [Fri], 2006, 15:41
妊娠5ヶ月の検診の時

エコーで何度も赤ちゃんの頭を確認しながら測り

医師の表情が険しくなって

「少々お待ちにして下さい」としばらく待った。

数分後、医師が

『頸部嚢胞リンパ浮腫の疑いがあります』

とメモを書いて下さった。

えっ?

何ですか?どういう病気なのかと頭が真っ白でした。

染体色の異常の可能で原因は不明だと…

中絶することを勧めますと

言われた時はすごくショックでした。

せっかく授かったのに

どうして…?

何でよ…?

自分の声を殺し涙が止まらなかった。

医師が

『すぐ医大に行くように勧めたいが、よく主人と話合ってすぐここに来て下さい』

と、診察室に出て家に帰り

家に着いた時、泣きじゃる私を見て

ビックリしたダーリンが

『おまえ、どうしたんだ?』

『赤ちゃんの頭が腫れて中絶するように言われたよ…』


何も言わずにうつむく黙ったまま

ダーリンは仕事に行き、

私は布団に寝込んで日中に泣き続けた…





二人目が出来る日まで… 

June 15 [Thu], 2006, 11:51
2004年2月…

二人目が欲しくて頑張って

生理が来なくて妊娠検査棒を調べたらやっと出来て嬉しくて

病院に行きました。

エコーで見る4年ぶり

“o(* ̄o ̄)o”ウキウキ♪しながら診察室に

医師が

『胎嚢が見えないので1週間後に来て下さい』

と…

医師の顔を見てもしかしたら

赤ちゃんがダメかもしれないと勘でわかった。

妊娠5週間目で流産…

子宮外妊娠だった。

流産してから1年

これ以上悲しみはもう絶対ないだろうと

2005年3月

小さな宿っていて丸いお豆さんのような

影が画面に映っていた。

医師が『おめでとう』と

嬉しくて嬉しくて保健所に行って母子手帳を貰い、

あとは出産を待つだけでそう信じて疑わなかった…




検診 

May 25 [Thu], 2006, 13:51
1ヶ月振り検診の日。

病院に行くのかスゴイ不安…

何故?って、

忘れはしない…

去年、ちょうど妊娠5ヶ月目の時、

その日は病院が1時間ぐらいに待たされた。

いつもはすいてるのに、その日が混んでいた記憶。

やっと私の番になり、“o(* ̄o ̄)o”ウキウキ♪しながら、

ビデオを持って診察室に向かった…

エコーで赤ちゃんの姿を目にする私にとって

何より楽しみだった。


悲しみは突然、襲ってきた…

医師がぶ厚い本を持ってきて

冷静にゆっくりと説明して下った。


『頸部嚢胞リンパ浮腫』


聞き慣れない病名だった…

医師『お腹の中にいる赤ちゃんの頭と首が腫れています。もしかしたら胎児水腫かもしれないので、医大に紹介します。中絶することを勧めます。』

と、言われた時

絶句…

本当に信じられなかった。

あの時は絶望でした…


現在は、

もう少しで妊娠5ヶ月目に迎えようと

去年の事を思い出してしまう…

また、同じ病名に告げられたらどうしょう

と、考えてしまう。

病院に行って、名前を呼ばれ

ビデオを持って診察室に向かった。

ドキドキしながら、

エコーで赤ちゃんの姿を見て

頭は腫れてなくてよかった…

すごい元気に動いていて

医師が『順調です』と、

言われた時は(´▽`) ホッした…

でも、わからないよね。

無事に生まれてくるか

生まれる前にダメだったり…

それは考えたくないけど、考えてしまう。

次の検診の日は

6月22日。

きっと、丈夫な子になって欲しいと願うばかり。



P R
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