無題 

2006年02月10日(金) 21時59分
更新が滞ってしまい、もうしわけないです。
てか、更新の形態を変えようと思います。話の途中から、UPして、最後に
順番を変えたいと思います!というわけなので、猛少々おまちを。

@ 

2006年01月11日(水) 22時57分
プロローグ
2002年8月19日、名種牡馬サンデーサイレンスが16年の短い生涯を閉じた。
95年に吉田善哉氏が日本に輸入してからというもの、産句は重賞はおろか
GIまで総なめにし、リーディングサイアーに君臨し続けた。
2005年、その最後の産句がデビューした。
 この物語は、サンデーサイレンスの追悼の意をもこめた、半フィクション。

第一章 誕生ー悲劇ー
春をむかえた北海道。静内をはじめたとする桜並木の見ごろは程遠いが
そのつぼみは、人々の心をも冬の厳しさから開放していく。
そして競走馬の生産地はもっとも忙しくなる。 子馬の誕生の季節だ。

ラージレットファーム。競馬界でも上位に相当するこの大牧場でも、多くの新しい命が
産声をあげていた。
「残す葉、レットだけだな。」
5月下旬。最も期待されている母馬のお産だけがいまだに済んでいなかった。
母馬の名は、レットレス。母にGI馬ウィングレットをもつ両血馬で、そのレットにたりないものを
すべて補う、という意味でレットレスを名づけられた。現役時代はエリザベス女王杯を
含む重賞5勝という十分な成績をおさめていた。
5歳の秋に競走馬を引退し、生まれ故郷のこの牧場に戻り繁殖牝馬としての
第2の人生を送っていた。初産の父はサンデーサイレンス。初産ということで、
牧場関係者もお産の遅れにそれほど気を使ってはいなかった。
「侑!破水したぞ!」
5月29日、待ちに待った産気がやってきた。レットの担当の今岡侑(いまおか ゆう)は
レットの馬房へとかけていった。まもなく母馬となるレットは初めて経験するどうしようもない
痛みに苦しみ、声をあげもだえていた。時刻は早朝二時。もうすぐ夏をむかえようとしている
北海道だったが朝の冷え込みは厳しく、霜も降りる気温の中、アノラックをきた
従業員たちが何人かあわてて走っていた。遅番をしてレットを見守っていた山上慎(やまがみ しん)
も、そのまま出産にたちあい、その場は5人になった。その中には、山上の父であり
この牧場の社長でもある山上一(はじめ)の姿もあった。
「異常につらそうじゃないか・・・?」

はじめに 

2006年01月10日(火) 19時56分
管理人のNAGIです
ここでは隠し持っている自分の小説を2000字ずつという少ない量ですが
不定期にUPしていきたいと思います。
昨年から構想を練って、かきはじめたのですが、はかどるものの終わりも
みえず、話が盛り上がるばかりでうまく更新できるかどうかもわからない前途多難な
状態ですが、ぜひよんでやってください

『NEON ANDANTEー黒馬の物語』です。(仮)って感じです。
気分やな管理人が暇を縫ってPCからUPするので、気長にまっていてください。

それでは今日はこのへんで
2006年02月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28
最新記事
最新コメント
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:story-of-neon
読者になる
Yapme!一覧
読者になる