続3 樋口健二さんのお話 

July 25 [Fri], 2008, 15:10
労働者に課せられた、法律で定められた年間被曝線量は、50ミリシーベルト。 
1984年4月1日まで、1日1ミリシーベルト、3ヶ月 30ミリシーベルトという足かせがあ
りました。 原発が増えて閣議決定で、1日1ミリシーベルトを外し、年間50ミリシーベルト
だけが規定として残りました。

だからと言って、50ミリシーベルトまで浴びてよいという理屈にはならない。 これじ
ゃみな死んでいくに決まってます。 1億人の人口が被曝したときに生じる、ガン
死亡者数は、5ミリシーベルトで20万人がガン発生。 一般人は年間5ミリシーベルトじ
ゃ高過ぎるから、1ミリシーベルトまで下げました。

よく調べてみるととんでもない。 国際放射線防護委員会は、1990年労働者の
年間被曝線量を、20ミリシーベルトまで下げました。 日本にも下げるよう指導があ
りましたが、日本は従いませんでした。 なぜか、日本は被曝労働者がどんどん
必要になったからです。 それが闇から闇に今も葬られ続けているのです。

毎日被曝労働者が全国の原発で放射能を浴びて、賃金を貰って・・・ これも悲
しい事ですが、生活があるから・・・地方へ行って御覧なさい、仕事ありますか?
ありません。 20代、30代の人たちがみな原発の下請け労働で入っていくんで
す。 都会にいる人たちだけが、ぬくぬくしているだけです。

1億2000万の内、7〜8割の人が被曝労働のことなど殆ど知りません。 チェ
ルノブイリの事故で、原発が爆発したら大変だと言うことは分かった。 是は全
部の報道機関が報道しました。 それは、外国の機械だからです。 日本の機械
は大丈夫だと、東大工学部の教授達が出てきて、お墨付きを与えました。 そこ
には当然お金動きますよ!

田中角栄の話をしましょう。 東電が当時の田中角栄に原発誘致を依頼。 田中
角栄は新潟の石山町、柏崎刈羽の土地を転がして、大儲けをして原発を造りま
した。 活断層のあるあの土地に! どんなに正論で反対しても、全てお金で動
いているのです。 絶対柏崎刈羽原発を動かしてはいけません。 チェルノブイリ
どころではありません。 日本はもっともっと狭いのです。

1986年 4月26日 チェルノブイリ事故。 1987年 9月26日〜10月10日 
第一回核被害者世界大会がニューヨークで開かれました。 日本の反原発の
中心人物だった東大出の高木仁三郎さんの依頼で、日本の原発被曝労働の
実態をニューヨークで報告して来ました。

世界で初めて被曝労働者の実態を報告するとともに、原発被曝労働者の写真
を 35〜36枚持っていって、会場にベタベタ貼ったのです。 核写真家協会の
会長がそれを見て、2001年 『核のない未来賞』 受賞に繋がったのです。 

会長が、是は広島、長崎以外じゃないか! それも、平和利用といっている。 こ
んなに被曝者が沢山いるとは・・・ その場で、核写真家協会の人事総会が開
かれ、私が核写真家協会に入っちゃったんです。 やっぱり真実を地道に追究
しなきゃいけないね! 日本はこういうでたらめをやっていると・・・

報告によると、世界中が被曝者だらけ・・・特にウラニウム発掘、是は殆ど先住民 
アメリカはインディアン、オースオラリアはアボリジニ、こういう人たちが肺ガンで
次々に犠牲になって苦しんでいるのです。 みんなが豊かになればなる程、苦し
んでいる人がいると言うことです。  一番の問題はやはりチェルノブイリ事故。
ヨーロッパ中が凄まじい食品汚染の被害を受けています。

続2 樋口健二さんのお話 

July 23 [Wed], 2008, 14:50
次に労働形態の話をしましょう。

[ 原発 ]  7万(10年前一人日当)  
   ↓
[ 元請 ]  仲介料  電動連:企業(東芝・日立・三菱)
   ↓
[ 下請 ]  仲介料  未組織
   ↓            ↓
[ 孫請 ]  仲介料
   ↓
[ ひ孫請 ] 仲介料
   ↓
[人出業・親方] 仲介料  3万円(10年前)
   ↓
[日雇い・農、魚、部落、炭鉱など]  1〜1.5万(10年前)

日雇い労働者は、放射線を浴びた量によって、配当が違います。 暴力団の
資金源になっていて、100人抱えるとマンションが建つと言われている。 人
を踏みにじって生きていく人が大勢いるんです。

国が出した、1970年〜2006年5月までの原発労働者は、169万9400人。
累計被曝労働者の四分の一の約40万人が死亡していると考えられます。 日
本の近代化、豊かさをこういう人が支えているんです。 一方では途方も無く豊
かだが、6000万以上の人は食うや食わずで生きているのです。 この国はそ
ういう国になってしまいました。 実に不条理ですね! 

中産階級が通常のものの考え方をしていますから、踏みにじられる人の事を
心痛める人はいません。 いたらもっと世の中変わります。 やっぱり原発は止
めましょうねと・・・  広島、長崎だって、60年経っても苦しんでいます。 今は
原発が放射能の差別を作り出しています。

原発を平和利用と謳って、民主主義を唱えている政党が一番悪い! しかし、
彼らと同じ目線で一緒に生きていかなければならない。 だから、こういう写真
(原発被曝労働者)を撮り続けているんです。 彼らの所へ行って、前へ行って
カメラを向けなきゃ何も伝わりません。 こんな状況が現実に動いているんです。
原発止めるまで引けない問題です。 これから原発が古くなればなるほど、放
射能がどんどん増えてくるのです。

55基の半分くらい、アメリカの機械があります。 残りは国産ですが・・・絶対
大丈夫と言いながら事故が絶えない。 嘘で通してきたのが原子力政策!!
原子力安全局じゃなくて、不安全局です。 東大を頂点とした人達が手を組ん
でやっているので変わりません。 根本から、他から人を入れなきゃ変わりませ
ん。 

でもこの頃、反対教授が声をあげてきた事は、非常に良いことです。 昔はいま
せんでした。 分かっていても黙っていました。 そして現実は教えない、いい事
だけ教えるんです。

私も最初は、わずかなウラニウムから何十万、何百万の電気が出来て凄いな
あと、洗脳されていました。 各原発行って、きれいなパンフレット貰って、四日
市には公害がありましたが、ここには何一つデメリットは無いんだと、見事に
騙されていました。

1974年4月15日、岩佐嘉寿幸さんが、日本で被曝者として初めて大阪地裁
に、国を相手取り被曝裁判をやった時、原発にも被曝者がいる事を知りました。
大阪大学の医学部の先生達が6ヶ月かけて被曝を実証して下さり、裁判に臨
みましたが、国や企業に寄って集って潰されました。 『闇に消される原発被曝
者』 『原発と闘う 岩佐原発被曝裁判の記録』 に全部書いてあります。

1970年代、原子力がどんどん進んで始まったばかりの時代だから、勝訴させ
ないのは分かります。 東大を頂点としたあらゆる権威者を10人集めて、何が
何でも潰せと!!

続 樋口健二さんのお話 

July 18 [Fri], 2008, 9:34
エネルギー産業の推移について触れておきます。

[ 石炭 ]     1868年 近代の幕開け  鉄の製造
   |       財閥の形成(三井・三菱・住友・麻生)
   |       日清・日露戦争

[ 石油 ]     コンビナート 列島  公害
   |       世界大戦  原爆で被爆国
   |
[ 原発 ]     1966年  米から輸入  放射能汚染
   |       原子力が世界の一大産業と化す
   |
[高速増殖炉]   プルトニウム社会

明治維新以後、欧米に習い、造船、鉄道など鉄の製造に石炭産業は不可欠。
財閥が形成されるなど産業が爆発的に繁栄。 石油時代に入ると、石炭産業
は石炭の埋蔵量はあっても、政治家の利権がなくなった為衰退し、切り捨てら
れました。

筑豊だけでも5万人の労働者・家族を含むと20万人以上の人が放り出されま
した。 石炭孤児が急増し社会問題になりました。 産業の発展とともに、富・
お金に走ってしまい、利己主義の人間が増えていきました。 四日市に入った
時、世の中は潰れると思いました。

現在は石油不足で、アメリカ主導の原子力時代です。1966年、アメリカが日本
に最初に原発を売りました。 電気は余っています。 柏崎刈羽原発全面ストッ
プしても夏は越せました。 これはエネルギー問題ではなく、経済構造の問題、
それほど原子力産業は儲かると言うことです。 一基6000億から一兆します。
その3%が国会議員等の懐に入ると言われています。 中国は100基造ると
言っていますので、日本も参入するでしょう。

ところで、私は 1977年5月 刈羽原発の予定地の活断層を写真にとってい
ます。 しかし、国や企業は嘘を言って書き換えたのです。 当時活断層は板
で囲ってありましたが、反対派がその囲いの板を外してしまいました。

今回、地震の事故後その事を認めましたが、最初から分かっていた事です。 
写真は強いね! ちゃんと残っていましたから・・・ 原発も30〜40年で終ると
思っていましたが、そうではないですね・・・

今度は下北半島で又、人を殺すような事をやっています。 山田(征)さんも佐藤
(弓子)さんも下北半島駆け回って、全市町村に訴えたのでしょう! 是が動き
出したら、プルトニウム被曝は大変ですよ! 

政府はすでに千葉の法医研(放射線医学研究所)に六階建ての病棟を造って
います。 私は昨年取材しました。 関係者は私を知らないから得意になって、
ここが病棟ですと説明しました。 だから、下北半島が動き出したら、プルトニウ
ムが動き出します。 この被曝は大変な事になります。 これは政府も受けるし
かないから、もう用意してます。

こういう状態でも皆さんまだ、エネルギーほしいですか? ポット、電気ついて
いる人いますか? 止めましょうね! 小さい事いうようだけど、全国民がやっ
たら凄いですよね!

次は原子力の経路・アメリカの二大原子力産業について話しましょう!

 G・E (ゼネラル・エレクトリック)  |  W・H (ウエスティング・ハウス)
   モルガン財閥                 ロックフェラー財閥
   沸騰水型                   加圧水型

   三井物産                   三菱商事
   東芝・日立                  三菱重工

 日本原電:東海[1号機(英)]・敦賀      関電:美浜・大飯・高浜
 東電:福島[第1・6基(米)]・柏崎        四電:伊方
 中電:浜岡                     九電:玄海・川内
 中国:島根                     北電:泊                   
 東北:女川・東通                 北陸:志賀

科学技術省   動燃:再処理工場・譜賢・常陽
                             

樋口 健二さんのお話 

July 17 [Thu], 2008, 15:10
「樋口健二さんのお話」は、2007年12月23日 山田 征さん主催の 「なの
はな会」に来て下さった時の話です。 先日の洞爺湖サミットで、温暖化対策と
してアメリカ主導の 「原発推進」 の話で幕を閉じましたが、これは環境を考え
てのことではなく、「原発売り込み」 という経済政策に他なりません。 しかし
原発政策は、被曝労働者なしには成立しない事を、樋口さんが分かりやすく話
して下さっていますので、是非お伝えしたいと思います。

樋口さんについては、 『原発被曝労働』(2007・10・17) 『続 原発被曝労
働』(2007・10・18) でも紹介してますので、是非参考にして下さい。


【 樋口 健二さんについて 】

写真家。 1960年代から四日市公害を皮切りに、原発など労働者災害を追い
続けている。 1974年、国連主催世界環境写真コンクール・プロ部門で 『四
日市』 が入賞。 1987年、ニューヨークでの第一回核被害者世界大会で日
本の原発被爆者の実態を報告。

1987〜88年、写真展 『原発』 『四日市』 を台湾各地で開催。 1987年
から世界核写真家ギルド展に、『原発』 を出展。 1995年、イギリスのチャン
ネル4の 『日本の原発ジプシー』 を追うドキュメンタりー番組のリポーターに
起用される。 2001年、核廃絶NGO「ワールド・ウラニウム・ヒアリング」(本部
ドイツ)創設の 『核のない未来賞』 の教育部門賞を日本人として初めて受賞。 

現在、日本写真芸術専門学校副校長。 日本ジャーナリスト専門学校客員講師。
日本写真家協会会員、世界核写真家ギルド会員。 著書 『闇に消される原発
被曝者』 『原発被曝列島』 『原発と闘う 岩佐原発被曝裁判の記録』 『樋口
健二報道写真集成日本列島66−05』 『環境破壊の衝撃 1966−2007』 
他多数。


「樋口 健二さんのお話」

本格的フォトジャーナリストとして足を突っ込んだのは29歳です。 今年71歳、
だけど世の中変わらない。 どんどん悪くなる。 最近、今まで売れない事ばっ
かりやってきたから、希少価値だと言われるようになりました。

マスコミ批判をするのは僕しかいないと思いますが、この凄まじい現実をどうし
て報道しないのか? 報道できないようになっている。 人間を死に追いやって
いる産業が栄えないのは、40年間 公害最前線で裁判が弾劾されてきました。

四大公害、四日市・水俣(新潟、熊本)・イタイイタイ病、全部勝訴で歴史に幕を
閉じてきました。 二度とこういう事を起こさないだろうと思いましたが、企業が
変わっただけで、本質は何も変わらない。 もっと陰湿になり、物事を隠すよう
になりました。

今の改憲の問題も含め、イラクの現実問題も・・・ 税金を高くしてどこへ持って
いくかと言えば、全部戦争です。 この事を日本人はもっと認識しなければいけ
ません。 でなければこんなお金どこからも出ません。 アメリカに協力する限
りは税金を上げるしかありません。 だから反対するんです。

売れない写真家で、いい思いはしてきませんでしたが、現実に日本中を歩いて、
公害や開発で苦しんできた人達を40年間見続けてきました。 自分自身は、病
気もしないで本当に幸せだと思いました。 

とにかく色んな形で皆さんが協力して、本にしてくれました。  こういう事を考え
ると幸せ過ぎるんじゃないかと思います。 せめてそういう人の為に少しでも、世
の為人の為これをやらなかったら、ジャーナリストとして何の役にも立てません。

今原発で、凄まじい勢いで人を殺してます。 皆さんが認識したのは、チェルノ
ブイリだと思いますが、是は一般を含めて放射能禍があったから当り前ですが、
では爆発しなければいいのかといえばそうじゃない。 日常的に被曝労働者を
作り続けるこのおぞましさを、知って頂きたいと思います。

続 アジアの原子力はいま 

July 07 [Mon], 2008, 11:25
No Nukes Asia Forum 2008

【 台湾 】

2008年 原発推進派の国民党が総統選で勝利をおさめ、政治における反原
発勢力は10年前と比べ、大幅に衰えました。 2001年 野党だった国民党は
「非核国家の達成を目指し、第四原発の建設を再開せよ」 という矛盾したスロ
ーガンを掲げ、「建設再開法案」 の可決に成功しました。

反原発の活路は、国民投票しかありませんが、2003年 第四原発の国民投
票を妨害する法案でしかない 「国民投票法」 が成立しました。 今の政治状
況では、原発国民投票を行わせること自体困難であろうと思われます。

台湾の第一、第二原発は、金山断層からわずか7Km,第三原発は恒春断層
から1.5Kmしか離れていません。 第四原発は新店断層と3.5Kmの距離
であり、敷地の東海域には 「南沖縄トラフ」 の数十個もの海底火山が存在し
ます。

原発の耐震設計は第一が300ガル、第二・第三・第四の400ガルと低い水準。
アメリカや日本が採用している690〜820ガルの基準とはほど遠い。1999年
の台湾大地震(M6.9)で観測された揺れは、1000ガルに達しました。

柏崎刈羽原発は、停止から1年が経とうとしていますが、修復のめども立たず、
数千億の損失となる見込み。 活断層軽視のそのツケは、結局日本の国民が
全て負担することになる。 同じ様な事が台湾でもおきる可能性があります。

第四原発は、03年 1号機が日立、04年 2号機が東芝が輸出、柏崎刈羽6,
7号機と同型で、構造上従来の原子炉よりひび割れやすい部分があると言う指
摘があります。

それに加え、さまざまな国と様々な企業が混ざり合い、台湾電力の担当者は、
メーカーのGEに余分な保護設備が多過ぎ、コストが高すぎると、報道によると
395箇所もの設計変更を依頼。 そのような原発が稼働されれば、破滅的影響
を及ぼすことになる。

中国の四川省でも、現地の核兵器施設が災害を受け、放射能漏れが懸念され
ている。 人口密度が高く、土地の狭い台湾は、同じ重大事故がおこる可能性
が高く、原発は日々国民の生命安全を脅かしている。

柏崎が教えてくれたことは、人類の智慧では大自然の変化をコントロールでき
ないということです。 原発大国の日本でさえ、いきなりの地震に全く対応できま
せんでした。 核廃棄物、環境破壊、様々の問題の解決なしに原子力を選択す
ることは出来ないと言うことです。

アジアの原子力はいま 

July 05 [Sat], 2008, 14:40
No Nukes Asia Forum 2008

先日、ノーニュークス アジアフォーラム 2008 東京国際会議に、参加しまし
た。 韓国、台湾、タイ、インドネシア、グリンピースから、22名の参加者がありま
した。

前日2日間は、柏崎市の 「柏崎刈羽原発を廃炉に!全国集会」 に参加され
たそうです。 日本、中国四川省で相次ぐ大地震に見舞われ、震災で核の脅威
が現実化した今日、核の無いアジア実現に向かって、市民とともに歩む為に、
活発な情報・意見交換がなされたようです。

東京大会ではその成果をふまえて、各国の代表者が各国の状況、抱えている
問題点を報告・提言していました。

【 タイ 】

柏崎刈羽に来て、実際の被害状況を見、又地元の人との交流でいろんな事を
学びました。 日本の政府は地元の人に、原発は如何に地元にとって有意義
なものか、間違った情報を元に正しくない約束を強いています。 

地震や事故の影響で、今後どのようになるのか、柏崎の地元の人達の大きな
不安を感じました。 しかし、デモに参加して、地元の人たちが強く原発に関っ
ている事を力強く感じ、励まされました。

タイでは、先月 日本の原子力産業の人を招待して話し合ったようです。 政府
はエネルギー危機を訴え、「原発」 が如何に良い物か強調していますが、政
府が考えている事は、利益だけ、ビジネスだけです。

タイには、1977年にアメリカから提供された 2000Kwの研究炉があります。
2006年9月、クーデターにより非民主的な軍事政権が成立し、再び原発推進
派が力を得てきました。 2007年初め、新しい 「電源開発計画」 を承認しま
した。 

2010年以降建設を開始し、2020年頃までに 4基 400万Kwの原発稼働
開始を計画しています。 政府は、一方的で混乱した情報を用い、原発以外の
発電方法は無いと印象付けようとしています。

日本も 「世界で唯一格エネルギーの災厄と苦難を経験したにも拘らず、日本
人は原発を支持している」 として、言及されています。 それに、事故がおきる
と、一国だけの被害では済まないという事も改めて認識しなければいけません。

私達が、今回柏崎で学んだことは、原発を中止させる本当の力は、地域の人々
が問題に目覚めて、反対運動に立ち上がることによって実現されると言うことで
す。 その為に、原発がもたらす結果に関する様々なパンフレットやビデオを製
作する事、公開フォーラムを開催することで、原発反対の世論を喚起したい。
タイの人々は、原発の本当の問題点について学ぶ為、さらに多くの機会を必要
としています。

最後に、政府は民衆の権利を尊重すべきだと思います。 その為に政府は人々
に説明しなければならない。 そして一般民衆はこうした交流を持って、ネットワ
ークを作り上げていくことが重要だと思います。

続 請願権 

July 01 [Tue], 2008, 15:30
千葉市議会 平成20年度 第2回定例会が6月5日から始まり、6月24日閉
会しました。

先般私達が提出した 『食の安全確保の為、膨大な放射能を放出している青森
県 「六ヶ所再処理工場」 の稼働の中止とその閉鎖を求める意見書提出』 に
関する要請書の結果を報告いたします。

4月17日に、千葉市議会議長宛に提出した要請書は、各会派に議案として下
ろされ、各会派では議論して意見書として提出するかどうか、決めます。

第1回 意見書提出締め切りが5月29日でしたので、私は各会派の幹事長に
意見書提出のお願いに、要請書と資料を持って挨拶に回りました。 まず目的
の一つは、議員全員の方に現状を知って頂くため、必ず会派で議論をしていた
だきたいという要請でした。

自民党は、″原発は必要でしょう!要請に来る党を間違えたのではないの?″
と言われました。 与党第1党だからこそあえて、是非環境汚染の現状・事実を
把握して、このまま継続することで本当に食の安全・環境を守れるのか検証して
欲しいとお願いしてきました。 が・・・言い知れぬ厚い壁を感じました。

公明党には、現状を把握して、たとえ与党で反対にまわり、原発、再処理工場稼
働推進するにしても、食の安全確保の為 放射能放出を限りなく 「無」 に近く
するよう、是非提言して欲しいと、強く要請してきました。

民主党は、鍵を握る党ですが、電事連との関わりもあることから 「党の方針も
ありますので、勉強させていただき、必ず党内で議論いたします」 との返事を
得ましたが・・・ 。  個人的には、重く受け止めて勉強しますと言って下さいま
した。

市民ネットワークは、平和部会を中心に、今までも食の安全・原発・再処理問題・
環境汚染に最も熱心に取り組んでいる党です。   しかし、議員運営委員会で
採択され、議会で論議される確率が低いのが残念です。 今回も一番熱心に私
達の要請に耳を傾けて下さいました。 

共産党は、話も良く聴いて下さり、資料・要請主旨も理解してくださり、党での議論
も約束してくださいました。

6月11日に第1回議員運営委員会が開かれ、それぞれの会派で提出された
請願書・意見書を確認し、各会派に持ち帰り再検討します。

6月19日、請願・陳情2回目の締め切り。 私達の要請を受け、意見書を出し
てくれたのは、市民ネットワークだけでした。

6月23日、議会運営委員会で採決。 

賛成 : 市民ネットワーク 2 、 共産党 2  
反対 : 自民党 4 (5議席中議長1)、 公明党 2 、 民主党 2   

8 : 4 で否決されましたので、議会で議論されることはありませんでした。

憲法16条 『何人も、損害の救済・・・に関し、平穏に請願する権利を有し・・』
とありますが、市民(国民)の最も基本的な権利である 「食の安全」 は、千葉
市では請願する権利がありません。 是は憲法に適っているのでしょうか?

千葉市では、請願は 「市政に関すること」 のみで、請願書は議員の推薦が
要りますので、議会で取り上げられます。 他の市議会の場合、請願・陳情ど
ちらでも受け付けてくれるようです。

市民から 「食の安全確保」 に関して要請書を提出し、原発・再処理の現状
を少しでも知ってもらったことは、意義があったと思います。 話をしていて、現
状を把握していないことが良く分かりました。

これからも、機会あるごとに要請を続けていこうと思います。

以下に、市民ネットワークより提出された意見書を掲載します。

請願権 

April 22 [Tue], 2008, 10:30
日本国憲法 第16条

  【 請願権 】
   何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止
   又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、か
   かる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。


憲法16条で保障された請願権は、誰でも困ったことや希望したいことを役所に
言うことが出来る権利で、請願(陳情)は一人でも団体でも出せます。

今年2月から、食の安全を守る意見書提出を全国に呼びかけています。現在、
自治体は全国に1788市町村・東京都23区(2008・4・1日現在)あり、徐々に
輪が広がってきています。

『 食の安全確保のため、膨大な放射能を放出している青森県「六ヶ所再処理
 工場」の稼働中止とその閉鎖を求める意見書の提出に関する請願(陳情) 』

千葉市でも、有志による要望書を4月17日に、千葉市議会議長宛に提出しまし
た。  提出方法はそれぞれの市町村で異なるようです。

[ 千葉市の場合 ]

・請願書(市政に関することのみ)⇒紹介議員必要→議員運営委員会→市議会

・要請書・陳情書(市政以外一般)⇒各会派から市議会に意見書提出→議員運
                      営委員会で可決→市議会

千葉市議会議長宛要請書を提出 → 議長から各会派に要請書の議案提示 
→ 各会派で市議会に意見書を提出するか議論・可決の場合意見書提出
→ 議員運営委員会で議論・可決の場合 → 市議会

各会派の一会派でも意見書が提出されれば、議員運営委員会に掛けられま
すが、意見書が出なければ没になります。 そこで、私達は、各会派の幹事長
にも意見書提出の要請書を提出しています。

議員運営委員会でも与党多数の為、与党の政策に沿わなければ否決され、市
議会で議論されることはありません。

※議員運営委員会 ⇒ 自民党・5議席  民主党・2議席  公明党・2議席  
               市民ネットワーク・2議席  共産党・2議席 
 (会派の議席が4議席以上が議員運営委員会の議席を獲得。  新政ちば・
  3議席 無所属・1議席は無 ・ 意見書提出の権利も無)

是まで、各会派から市議会に提出された意見書で、原発や再処理工場に関す
る意見書を一番多く提出しているのは、「市民ネットワーク」で、2007年までの
4年間に7回です。 

その中で唯一市議会で可決され、国の関係省に千葉市議会の意見書として送
付されたものが、2004年・第3回定例会の 『 美浜原発3号機配管破断事故
に対する責任追及とエネルギー政策の転換を求める意見書 』 です。


以下、千葉市議会議長宛の要請書です。 別に手紙を添えて「党議・党略・党
派を超え、一市民の立場で一度真剣に議論して頂きたい」 旨申し伝えました。
今後、経過を見ていきたいと思います。

    ―――  ―――      ※      ―――  ―――

柏崎刈羽原発「原発震災のリスク」 

March 07 [Fri], 2008, 13:40
【 あなたはどこまで 原発震災のリスクを受け入れられますか 】
 
 『 青森のみなさまへ  
    六ヶ所村・再処理工場を一刻も早く止めてください。
    「ひとこと署名」全国津々浦々より 』 第2集 ( 資料15 )

2006年9月に改定された、原発の新耐震指針の分科会の副主査の立場であ
った、大竹正和東北大学名誉教授(地震学)は、「リスク軽減目標、具体化を」
(朝日新聞 2007・8・25) と題した記事の中で、次のような発言をされてい
ます。

『 頑丈な原発を作っても、それを超える地震がくる可能性がある。 新指針が
  それを示す中、私達はどこまでならリスクを受け入れられるか選択しなけれ
  ばならない 』

この発言の背景には、分科会で改定した新指針の中に、どんなに大きな揺れ
を想定しても、それを超える地震は否定できないということから、「地震が元で
大事故を起こして、人々に大きな放射線被ばくをもたらす危険性は否定できな
い」という「残余のリスク」の考え方を導入したことがあります。

私達は、これまでずっと「地震で原発は壊れない」と言い続けてきた国や電力
会社に、「地震で原発が壊れて放射能の被害があっても、原発を動かしてもい
いか」と、現在に至るまで問われたことはありません。

すでに指針がまとめられて1年が経過しています。この「残余のリスク」につい
て、国や電力会社から大竹名誉教授のように問い掛けられなくても、意見を言
っていかなければならないのではないでしょうか。 もし、あなたが国や電力会
社から「原発震災のリスクをどこまで受け入れられるか」と問いかけられたら、
どのように答えますか。  例えば、

@ 電気がなくなると困るので、少々の被ばくならあきらめる?
A いくら電気が必要だからといっても、放射能で被ばくするリスクは困る?
B 大人はともかく、子供や孫には、被爆のリスクはゼロであって欲しい?
C 今の生活さえ良ければ、被ばくのリスクがあっても仕方が無い?
D どこまで、と言われても、ゼロで無いといけないとは思うけど、原発を動か
  す限り地震が無くともリスクはあるのだから、我慢するしかない?


現在、旧指針で造られた55基の原発が、世界で起きる地震の1割をも占める
地震列島日本で稼働しています。仮に原発で何かを補強したとしても、地震の
方は人間にはどうしようもありません。

ちなみに、次の主要国の地震の数と運転中の原発の数とを重ねて、どこまでな
らリスクを受け入れられるのか、ご自分の考えをまとめて見ては如何でしょうか。

1970年から30年間に起
きたM5以上の地震の数       国       運転中の原発

      0回             イギリス       19基
      2回             フランス        59基
      2回             ドイツ         17基
    322回             アメリカ       103基
   3954回             日本          55基


       ―――      ※       ―――

忘れていけないのは、私達は被爆国であるということです。 60年経った今で
も、その苦しみを背負って生きている多くの人がいるということです。 被爆認
定・補償問題も未だに解決していません。

又、原発被曝労働者の被曝認定・補償訴訟も、被曝した証拠を自分で証明で
きなければ、国家・企業に潰されてしまいます。    

柏崎刈羽原発「永久閉鎖すべし」 

March 04 [Tue], 2008, 13:35
【 柏崎刈羽原発は永久に閉鎖すべきである 】

石橋克彦神戸大教授

  『 青森のみなさまへ  
    六ヶ所村・再処理工場を一刻も早く止めてください。
    「ひとこと署名」全国津々浦々より 』  第2集  ( 資料14 )

『石橋克彦神戸大教授は、「科学」 (岩波書店発行 2007年9月号) に掲載
された 「原子力発電所の耐震設計審査指針改定の諸問題」 (第2回) の中
で、2007年新潟沖地震によって損傷した柏崎刈羽原発は、「永久に閉鎖すべ
きである」 とされています。

その理由は次の3点です。

第1の理由 : 地盤が原発立地に全く適さないこと

 原発敷地内の多くの場所で著しい地盤変形が生じ、かなりの施設や構造物
 が隆起・沈降で損傷したり、変圧器の火災につながったりしたが、このことは、
 「十分な支持性能を持つ地盤に設置されなければならない」 ことを全ての建
 物・構築物に要求するように改定された新指針 (注:2006年9月制定) に
 明白に違反している。

第2の理由 : 原発に最も近い場所で大地震が続発する可能性を否定できな
          いこと

 (前略) 隣接地域で内陸地殻内地震が続発した例は少なくない。 しかも、こ
 の地域は活褶曲帯で活断層も多数ある。

第3の理由 : 今回の激しい地震動によって、原発の施設・機器・配管の随所
          が健全性を失っていると考えられること。

 (前略) 弾性限界をはるかに超える地震力を受けた金属材料は、外観上は
 分からなくても、内部が変質して強度が落ちている恐れもある。 全原子炉を
 停止し、核燃料を全部抜き取って安全性を厳重に管理した上で、実大耐震実
 験を実施された貴重な試験体とみなして、部材を切り出して顕微鏡観察に供
 するなどの,あらゆる検証に活用することを検討すべきであろう。

この論説の最後に、「今回の事態を不幸中の幸いとして、国会での徹底的な審
議もおこなって、原発震災の回避に生かさなければならない」 と述べていらっ
しゃいます。 

現在では、地震と原発について関心のある人なら誰でも 「原発震災」 という
言葉を知っていると思います。 石橋教授が考えられた言葉で、自然災害と原
発事故が重なった複合的災害のことを言います。 1997年10月発行の「科
学」、 「原発震災―破滅を避ける為に」 の中ではじめて使われました。

2001年から始まった、原発の耐震指針改定のための分科会の委員であった
石橋教授は、常に 「国民の安全」 側に立って数々の提案をされました。 し
かし、殆ど採用されなかったといいます。 最終の会議で、このような指針では
国民の安全は守れないとして、抗議の辞任をされました。

改定作業にかかわった委員の過半数が、電力会社側の (社) 日本電気協
会に所属しており、既存の原発を停止しなければならなくなるような指針の改
定に反対したのではないか、と推測されます。 余りにも国民をないがしろにし
ているのではないでしょうか。 原発震災を回避するため、今 私達が何をすべ
きか、答えは出ています。 』

         ―――       ※        ―――

この石橋教授の゛永久閉鎖すべし″の「第1」 と 「第3」 の理由を裏付ける、
柏崎刈羽原発の中越沖地震直後の写真 約700枚を私は見ました。 これは
地震後の原発建屋の外部、内部を克明に写した写真(DVD)です。
2008年07月
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☆Blog作成にあたって

〜Blogに対する私の想い〜

  私が、山田 征 さんと出会ったのは、10 年位前だったでしょうか・・・。

色々市民運動のお手伝いをさせて頂くうち に、私がこの様な事に無関心で過ごして来た事を、凄く反省させられました。そして、何も知識がなかった事を・・・・・・

原発に関して言いますと、浜岡、六ヶ所再処理、プルサーマル、高レベル放射性廃棄物処理場などに関して、それぞれ署名活動を続けてきました。

しかし、皆さんの殆んどが何の情報も無く、知らないのが現実でした。私が以前そうであったように・・・・・・・

総理宛、東電宛の署名・FAX 等々・・、 青森の漁協連、農協連に協力依頼のFAX, 手紙と資料の送付、  又 生協に入っていますので、食の安全面から 全国生協連や関東圏のそれぞれの生協に、手紙と資料を送付して呼びかける等々・・・ 、微力ながら出きる事は、協力してきましたが、少数では、限界があります。

だから、皆さんにこうして情報を伝えて、知って頂き、自分の考えで判断して頂いて、行動して頂ければと、心から願っています。

今迄、皆さんが見逃してきた、大切な情報が沢山有ります。

私は一主婦で、何の専門的知識もありませんが、 専門家の方の大切な意見や情報は、これからもどんどん紹介させて頂きます。 山田 征さんの おたよりニライカナイ・ユー も、知って頂きたい事が沢山有りますので、これからも どんどん紹介していきたいと、思っています。

皆さんの知らない所で、こうやって踏ん張っている人がいる限り・・・・・
それが、今 私が出きる事だと思っています。

私も子供の母親です。  子供に、孫に負の遺産を残す訳にはいきません。

益々、温暖化が進み、大気と海と大地が放射能汚染され続けたら、食べる物がなくなります。

北朝鮮の核実験の放射能汚染には、あれほど敏感に反応するのに、我が国の原発、再処理の放射能汚染は、隠し続ければいいのでしょうか?

気付いた人から、1人でも多くの人に声をかけて、皆で一緒に考えていこうではありませんか・・・・・・
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