第1話 みかん(仮称) 

2006年05月03日(水) 15時51分
小さくてオンボロの一両電車がガタンゴトンとまるで漫画のような間抜けな音を立てて行ってしまうと、音が消えた。

いや、音が消えたんじゃない。
小鳥のさえずりが遠くから聞こえる。
しかも一種類じゃなくて、何種類も。
耳が少しずつ慣れてくると、そこは色んな音が溢れていた。
どこかで水がサラサラ流れる音。
バッタかな?
小さくお喋りするような虫の声も聞こえる。

ままごとのような小さなホームの端っこには石の階段がつながってる。
そこを降りる時、草花の匂いを含んだ風がさぁーと吹いて、史織(しおり)の制服のスカートをふわりと浮かせた。

懐かしい緑の匂い。

そのまま一本しか通ってない線路を横切り、向かいのホームにある改札口を抜けようとして、史織は思わず笑いそうになった。
真新しい自動改札口が一つ。
小さくてお世辞にも近代的とはいえない駅には不似合いなモノ。

「きみ、全然可愛くないよ」
史織は切符を改札に吸い込ませるとそのまま外へ出た。

頭の真上では、太陽が腹が立つほどキラキラと輝いてる。
でも九月に入ったからだろうか。思ったほど暑くない。

立ち止まって大きく息を吸い込んだ。
甘いような苦いような不思議な匂い。
ゆっくりと息を吐きながら辺りを見回してみた。

駅の向かいには「山本商店」と書かれた看板。
でもペンキはほとんど剥げかけて、辛うじて読める程度。
看板を掲げた当の店は、開いてるのか閉まってるのかすら分からない始末。

「やる気、全然ないじゃん」
よく見ると引き戸が少し開いてる。
開店してることは、してるんだろう。
「開店休業状態」ってこのことなんだ。

その隙間から黒い猫がひょこっり顔を覗かせた。
史織は小さく手を振った。
おいでよ。ネコちゃん。

「にゃーん」
そう一声、史織に向って鳴くと、すーっとどこかへ行ってしまった。
史織を横目で見ながら。
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