私がコーチングを体験してどうかわっていったか 

July 01 [Tue], 2008, 8:18
コーチングをはじめたのが2006年6月
コーチ21は電話で20名定員でうけるのですが、
どんなものかは想像もできませんでした。
いっきにコーチも入れると21名が電話でどんな会話をするのだろう。

それし、電話なんかまったく私はしないたちなので。今更ながら携帯電話ももっていないし

緊張はすごかったです。


でもコーチングをやりはじめて、ほんとうに色んな分野の人が参加されている。
その中でも多いのは、人材育成に携わっている人。あとは、お医者様とか、経営者の方とか。
なんだか、ふだんの生活では知り合えない人たちの話を聞けるわけです。

コーチングのツールはほんとたくさんあって、専門用語も多い。
はじめのクラスはほとんど聞くのが精一杯でした。

そして
 
なんと2ヶ月で挫折。クラスをうけなくなってしまったのです。夜ねむくてしょうがない
こんなしょぼい理由で挫折なんです
後、夜クラスをうけると、逆に目がさえて3時くらいまでねれないこともたた。

コーチングを忘れていて
仕事をしていたら、なんと
停滞していた、時間帯責任者をやらないかという話が浮上。

私のコミュニケーション能力が浮き彫りになったわけです

このままだと、従業員の方たちをひきつれていけない。馬鹿にされるし、きっと愚痴を言われるし。
と考えるほどふあんになりました。

そして、私が選んだ道は

3ヶ月で時間帯責任者 になるために
コーチをつけること

だったのです。


コーチ21に早速連絡して、コーチをつけてもらいました


それから、コーチとの1週間に30分の電話でのセッションがはじまりました

この体験で大きく私はかわったのです。

その体験談は 今度です

コーチングをうけようと決断した時 

July 01 [Tue], 2008, 6:41
この2,3日 自問自答している。
でも、ほんとういうとこのすばらしい質問たちは
17歳になる娘が私にしてくれたもので、ほんとうにすばらしいので、
日記に書きのこしておくことにした。わたしより率直な質問がココロを動かす。


私がコーチングを受けたいと思い出したものが、コーチングをしって
インターネットで調べていた時、そのころはコーチングもあんまり知られていなくて
すぐヒットしたのが、コーチ21のHPだった、2005年2月

でも、コーチングを受けるには65マンぐらいは高かった。。。。

なので保留。。

それでも、興味は薄れず、ある日ポストにはいっていた
大学のチラシに オープンカレッジという社会人も受けれる講義に
コーチングの講義を見つけた
そのタイトルは「素敵にコミュニケーション」と題してあり。
10回ぐらいで1万だったので、受講することに。
大学はうちから歩いて3分のところにあって、なんで今まで気づかなかったのだろう。

土曜日の午後3じからあったので
コーチングの講義をうけたいのでといって
仕事のシフトを少しはやめに終わるように店長に相談したら、いいよって言ってくれて
3ヶ月くらい1時におわっていた(土日はとっても忙しく人手不足なのに、店長はコーチングに理解在るなあ)

2006年4月
それで、大学でのコーチングの講義が始まった。
もう、グループセッションとかは、新鮮で楽しかった。

あるひ、講師のコーチに「コーチングを本格的に勉強したい」っていったら
私は「コーチ21で受講していた」ということになり、ぜったい受けた方がいいということに。。。。


それでも¥問題で、子供も私立高校進学を目指していたし・・・・・・・・
保留


そしたら、店長が、「コーチングを実践して」ということで、
新しく入ってくる子の教育をまかせるということになった。なんだか、私のことがよくわかってくれるよい店長になったのだ〜尊敬する

その子を育てていくうちに
実際に質問をしていくと、
きらきらとうれしそうな顔になって答える

そんなのを見ていたらコーチングっていい!って本当におもったのだ。


それでも、本などを読んだりして、自己流コーチングだった。




ある日、母が死んだ。



それから、私は転機だと思って 自己投資することを決意!
手に職をつけないと。21世紀はヒトとヒトとのつながりの時代だ!
もうCPの世界は安泰だし。
そして、準備する道具とかいらない、自分の喋りで¥がとれるコーチングは魅力的だった。


それよりなにより 自分の人間関係がうまくいかないのを克服したかった


ここで、コーチ21に申し込んだ。

2006年5月

きっかけ 

June 30 [Mon], 2008, 17:44
私がコーチングを受けるキッカケは?

私はまったく、コーチングというのを知らなくて
コンピューターの世界に居たので、人間とかそういうコミュニケーション能力がなかったのかもしれないし
CPを見つめてばかりで1日気づけば
太陽も昇ったのか沈んだのかわからない開発室にいて
ロボットを見ては、真剣な顔をして
ある日、プログラムを納品しようと現場に向かっていて
その荷台を一人で押してる時に
まったく1日わらっていないことに気づいた!

これって、もしかして私病気なんじゃない?人間らしくないし。

そして、夫がうつ病に。
それから、このままこの仕事を続けていても疲れてしまうと思って、これが転機だ!と思い辞めた
勇気はいったにきまっていて、収入がとてもよかったら、もうそこにはもどれないんだ
と思う覚悟はそうとうだった

そして、金じゃないぞ!好きなことをして自分をのばしていくんだ
今は少ししかお金がもらえないかもしれないけど道は開けていくと思い カフェに転職
給料は1/5に減った。
でもまず、お客様に挨拶するときに笑うので、1日に一回ぐらいは絶対笑えるとおもった。
それでも
接客業が10代のバイト以来だったからとても緊張したし不慣れだった

そうこうしてて、今までは男の世界で生きてきたけど
突然周りに自分の子供と5歳ぐらいしかかわらない女の子たちといっしょに仕事をするようになった

もう、人間関係で ずたずた、、、、、、毎日、おこれることもいっぱい
じぶんがみとめられたいって誰もが思ってると思うけど そのエゴのだしまくり

店長ともうまくいかずにはや1年たってた。
でも、自分のファンを100人つけるっていう目標は達成していた


ある日、店長と馬が合わず すごい けんかに。
わたしはやめる と 次の日から、バイトにいかなかった。(この年でフリーターになったのもそういえば初)

ほんとうにこんなに人間関係で仕事って左右されるんだ

「やめる」って店長に呼び出されていった時、めずらしくスパーンときる店長が
困るっていってくれた。よかったよ100人ファンつけておいて。。。。と内心。

でも、わたしは店長とはちがう っていった。やり方をおしつけられてもできない。



そして、それから半年以上、人間関係うまくいかず、浮き沈みも激しく毎日を過ごす



ある日のミーティングで 店長が
「やり方をかえます。いままで、厳しくしかって育てていたけど
 みなさんのサポートをします」って。


みんなの前で言った。この言葉は凄く心に響いて。
次の1on1で店長に聞いたら、コーチングをとりいれていくことをいった。
それまでも、店舗はコーチングとかフィードバックは基準に育成していってるはずだったけど
見本がなかった


わたしは、それから店舗がかわっていくのと
店長が私に対しての接し方が変わって私がぐんぐん成長していったのを自分でも感じた
これが

コーチング ってすごい とおもった きっかけ


2008年07月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:きなこ
  • アイコン画像 性別:女性
読者になる
最新コメント