えにし・・・不思議な連鎖・・・ 

2006年07月10日(月) 14時04分
てっちいの具合が悪くなり始めたのが、去年5月13日。

私はその前年、妊娠をしていました。
そしてお腹の子の出産予定日がてっちいが倒れる5日まえの、去年の5月8日・・・

その妊娠は11週であっけなく終わりを迎えました。
痛みも何も無いし・・・
お腹に留まって終わりを迎えてしまった命を、信じられませんでした。
私はショックからか、酷い喘息の発作を起こして10日程入院し、
一緒に稽流流産の手術も受けました。
流産処置の手術の前日まで、命を終えた見たことも無い我が子を、
お腹の上から擦って、お腹から出したくないなんて、思いましたっけ・・・

その流産は、私にとって2度目。3年前にも流産していて、
そのときは自然に出てきてしまう、極々初期の「科学的流産」
今回は心臓の動きも見ていたし、大丈夫だろうと思った矢先でしたので、
とてもショックでした。

あと11日で11歳だったのにね。 

2006年07月07日(金) 16時13分
てっちいがご飯を食べられなくなったのは、6月8日。私の誕生日の次の日でした。
動物は、食べ物を口にできなくなると、死が近いんだよと、誰かが言っていました。
私はてっちいを抱いて2階へ上がると、てっちいの好きだったベランダに出て、二人で
上からお庭を眺めました。外の空気を少し吸い込んで、てっちいは私の方を見ました。
その表情から、生気は消えていました。

その日の夜、てっちいは、テーブルの下から動きませんでした。
私が布団の上に連れて来ても、また、リビングテーブルの下へ戻り、
箱座りをしてしまいます。
お水もカリカリも、大好きなマグロも鰹節も、何にも反応を示さず、
嫌がって口にしようとしません。
今日のエコーで見たてっちいの胸膜内は、もやもやとしたクモの巣のようなものが
大量に増殖していて、胸水を抜いてもそのもやもやが心臓に纏わり付いていて、
お水を抜いてもどうにもならない事を知らしめていました。

その晩、私もてっちいも、一睡も出来ずに夜が明けました。
そして、その日がやってきました。

虚ろな顔で、もう反応さえ返ってこないてっちいを抱いて、6月9日、
私は今日も病院へと向いました。
そして、先生と一緒に流動食をてっちいに飲ませました。
すると、てっちいはもがき苦しんで、暴れながら、その液体を吐き出しました。
先生は、病室の一室を高密度の酸素室にし、てっちいをいれました。
そして、もうこれ以上、治療どころか処置をすることもできなくなりました。
あとは、最期を待つだけです・・・と静かに仰りました。
私は、酸素室にいるてっちいを見つめて、涙が止りませんでした。
やせこけたてっちいは、起き上がっていることもできず、
何処を見つめているかもわからず、ただ、漠然とそこにいるだけの状態で、
時折、酷い痙攣を起こし、呼吸が止りそうになったりしている状態でした。
最期の決断の時が迫っていました。。。

私は、てっちいがこんな冷たいステンレスのお部屋で最期を迎えることを
とても辛いことだと思っていたので、かねてから、
最期は家の2階の私達2人と1匹の寝床で迎えさせたいと思っていました。
先生には前々から話してありましたので、今晩、
注射で、てっちいの人生に終焉の時を迎えさせてくださいと、お願いしました。

最期のプレゼント 

2006年07月07日(金) 15時45分
殆んど毎日。空いても一日。
そんな間隔で病院に連れて行かれるてっちい。
元々、瀕死の状態で、新宿歌舞伎町のかに道楽の前で倒れていた子猫・・・
そんなてっちいは、大きな音と、なれない人、家から出ることを
酷く恐れていました。だから、病院へ行くのも一苦労。
元気な頃は、ベットの下にもぐりこんだり、あちらこちらへ逃げ回っては、
私を梃子摺らせていましたが、もうこの頃には、そんなに動ける体力も、
それに見合った肺活量もなく、部屋の角へ逃げ込むのがやっとで、
悲しそうな顔で、私を見上げていました。

これから何処へ連れて行かれて、そしてどんなに辛い処置が待っているか、
嫌というほどわかっているのですから。
そんなてっちいに、私は、謝ることしかできませんでした。
治療ができれば良いのにね。
処置じゃなくって、治療ができれば・・・・良かったのにね・・・

大好きなベットの上で・・・・

六月に入ると、てっちいの容態は更に悪くなり、
殆んど動かない日々が続きました。とても苦しいのか、枕に頭を乗せて、
うっつらうっつらと船を漕ぐ程度の睡眠で、横に成ることも儘なりません。
しかし、いつも一緒に寝ていた寝室で寝たいようで、2階に上がりたがります。
先生からは「できる限り体力を使わせないように」といわれていますので、
1階のリビングに布団を敷いて、家族3人で寝ることにしました。


6月7日。私の誕生日の日。
歩くことも殆んどしない、ゴロゴロと喉を鳴らすこともなくなったてっちいが、
私の横になっている布団の中に入れて欲しいと、前足でタオルケットをたたきました。
私はてっちいがきてくれたことが嬉しくて、
急いで布団の中にいれて、腕枕をしました。
私の腕に抱かれたてっちいは、小さな小さな『ゴロゴロ』を聞かせてくれました。

胸が張り裂けそうでした。
てっちいの肺と心臓は、胸膜内に一杯になった胸水で、
押しつぶされてとっても苦しいはずなのに・・・
その小さな身体で、一生懸命、喉を鳴らしてくれました。


もう、残されている時間が少ないことを、予感させる出来事でした。


私の誕生日に、てっちいがくれた、最期の最期の『ゴロゴロ』
今でも私の心の中で、小さく鳴っています。
本当にありがとう。てっちい・・・

てっちいの闘病生活 

2006年07月07日(金) 15時21分
てっちいの病気が悪性中皮腫と診断されたのは、1週間後のことでした。
あの悪夢のような水曜日からは毎日、てっちいに付きっ切りで呼吸の状態を見たり、
苦しい所為か食が細いてっちいに何とかご飯を食べてもらおうと、それだけを考えるような
そんな生活をしていたので、病院で「予後はかなり悪く、あと何日生きられるかどうか・・・」
と言われたときは、堰を切ったように、嗚咽と涙が止りませんでした。


もう二度と、この温かなぬくもりを感じることができないと思うと、
あの時、もっと優しくしてあげればよかった・・・・とか
あの旅行のとき、お留守番で寂しい思いをさせてしまった・・・とか
もっと、健康管理ができなかっただろうか・・・とか
もっと、もっと・・・と、悔やんでも悔やみきれない想いが、
溢れ出して来ました。。。。

それからの一ヶ月は、殆んど家から出ないてっちいと二人、充実した日々を送りました。
それを蔭で支えてくれた主人に、本当に感謝しています。
ほぼ、カリカリを食べれなくなったてっちいに、美味しそうな上等のマグロ赤身を
毎日買ってきてくれたり、買い物に出られない私に代わって、
夕飯の食材を買ってきてくれたり・・・・今思うと、
お手伝いのない産後の我が家の予行訓練になっていたみたいです。

見る見るまに痩せて行くてっちい。
下を向いてお水を飲むことも苦しいようで、ダンボールの上にお水を置いて、
少しづつ飲みました。
本当に僅かな量しか飲めなくて、毎日、どれくらい飲めたか計量カップで計っては、
殆んど減っていないメモリに、ため息をつく日が続きました。

あの日のてっちい 

2006年07月07日(金) 14時34分
去年の6月9日。
どんよりとした曇り空の下、私は動物病院へと急いで自転車をこいでいた。
てっちいが昨夜から一睡もできずに、ずーっと苦しそうにしていたので、
今日が「その時」なのかもしれないと、半べそをかきながら、
自転車の籠の中にいるてっちいを見つめた。

辛い一日・・・・だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

てっちいの異変に気が付いたのは、5月13日。
朝方少し寒かったので、てっちいの為にガスファンヒーターのスイッチを入れた。
すると、嬉しそうにストーブの前に座るてっちい。
でも、なんか変?てっちいのお腹が大きく波打ち、鼻の穴が見たこともないほど膨らんでいた。
とても苦しそうな呼吸をしていた。「これはおかしい・・・」
私は急いでてっちいを抱っこして、動物病院まで向った。
しかし、動物病院まであと数十メートルの所で、突然てっちいがもがき出した。
ただならぬ事態に驚いた私は、慌てて走りだしたが、間に合わず、
てっちいは失神し、失禁した。。。

病院では、「胸膜内に大量の水が溜まっています」といわれ、
胸水を抜くことになりました。もう少し遅れていたら、ショック死していたと言われるほど、
てっちいの小さな身体には、大量の水が溜まっていて、心臓と肺を圧迫していました。

待合での私は、張り裂けそうな自分の心を、どうすることもできず
只々時計の針を見つめているしかありませんでした。
一時間ほど経って、先生が処置を終え出てきました。
そして、もしかしたら『悪性中皮腫』の可能性があるので、
胸水を検査に出しても良いかときかれた。


『悪性中皮腫』なんて聞いたこともなかった。
丁度テレビで騒がれる一ヶ月くらい前のこと。
「何が原因なんでしょうか?」と尋ねると
先生は「アスベストが原因といわれています」と。
続けて、「非常に予後が悪く、特に猫は抗がん剤に非常に弱い・・・」といわれた。
一先ず、これからは胸水が溜まったら抜きながら、様子を見て行きましょうと言われ
帰宅した。

私は、てっちいの「これから」を考えて、只々泣くしかできなかった・・・

5月19日の出来事 

2006年06月12日(月) 19時36分
こちらは特別な個室『LDR』。
入院初日も、術後も、一般の病室(三人部屋)が空いていなかったので、
『LDR』に入れてもらえました。
『LDR』は、陣痛・分娩・休息を一つの部屋で過ごせる、画期的なお部屋。
家族の立会い分娩も快適だそうですが・・・帝王切開の私には、
用のないお部屋だと思っていましたので、とってもラッキーでした。
ホテルの一室みたいな、豪華な個室なんですよ〜っ。

昨晩(5月18日)は、何とか立って、ICUから一般病棟に移ってきた私ですが、
お腹を切ってから1日半しか経っていないので、如何ともしがたい状況・・・
痛くって痛くって、真直ぐに立てない(汗)
でも、我が子の寝姿を一目見たくって、恐る恐る歩いてみる・・・痛たたたっ。

流石「赤ちゃん」って言うだけあって、お顔が真っ赤♪
生まれたてのベビーは、ほっぺが気持ち良い〜。


大あくび〜☆



娘を抱いて、戸惑う父の図。
起こさないように、落とさないように、緊張は続きます〜。
頑張れ!パパ!

我が娘『智薫(ともき)』誕生♪ 

2006年06月12日(月) 19時19分
5月17日午後0時5分・・・予定通り、帝王切開術にて我が子『智薫』を出産しました〜。


手術室から、ナーサリールームに運ばれる智薫。
パパとの初対面です。始めてみる我が子を、初撮影するパパ。
緊張していたんだろうな〜っ。この時、私はお腹を閉めている最中です。


こちらは、身長や体重などを量ってから、術後の私のいるMUICUにきた智薫です。
今は、術後まもなく(2〜3時間後)に、おっぱいを飲ませるようで・・
痛み止めのアレルギーがある私(喘息)は、麻酔が切れてしまい、
痛み止めもなく、ウンウンと唸っているところ・・・そんなところへ、
助産師さんと智薫さん登場!
痛〜いところへ、おっぱいマッサージ。それで、智薫さん、初授乳。
乳首は痛いは、お腹のキズは痛いは、子宮の収縮で痛いは・・・
グロッキーになる母の図です。

とっても痛くて辛かったけど、子供の顔を見ると・・・一番の鎮痛剤になりました。
(智薫が頭にかぶっているお帽子、可愛いでしょ?
小さな赤ちゃんにとって、頭が冷えると体温が下がってしまうらしく、
入院中はこんな可愛いピンクのお帽子を被っていました。)

5月15日はこんな日 

2006年06月12日(月) 18時35分
最後のマタニティー写真です。5月15日。丁度、入院する前日に撮影しました。

この後、クレールも私も、後ろに写っている車も、みんなリニューアルしました。

私はお母さんになり、クレールは美容院を変えて綺麗なカットになり、
車はセダンからステーションワゴンに買い換えました。

チョットの間の出来事だけど、私にとって凄いイメチェンです。
この車は、私と主人の初デートの時も、お嫁に来たときも・・・色んなところに行った、
たっくさんの想い出が詰まった愛車でした。
でも新たな家族の誕生に、セダンでは無理があったから・・
思い切って買い替えたんだけど・・
今頃、どこかの街中に並んでいるかと思うと、
とっても切ない気分になります。

我が家の庭に咲いていた「ホワイト・クリスマス」
ハイブリット・ティーローズです。



こちらは「クラウンプリンセス・マルガリータ」
イングリッシュ・ローズです。


こちらは「パット・オースチン」イングリッシュ・ローズです。
作者のデービット・オースチンの妻の名です。
うつむき加減で咲く姿が、可憐なバラです。
私が入院している間に、殆んどの蕾が咲ききってしまい、
一番良い時期を見逃してしまいました。

我が家のさくらんぼ{さくらんぼ} 

2006年06月12日(月) 18時12分

我が家の庭には「佐藤錦」の木があるのですが・・・
毎年、私の手入れが悪い所為か?はたまた、さぼり癖が付いてしまったのか?
あまり実をつけないのが特徴です。今年はこんな感じで、実をつけていました。



僅かしかない収穫を待ちわびて、色づくのを心待ちにしていましたのに・・・
小鳥がやってきて、色づいてきた美味しいところを摘ままれてしまいました。




今年、唯一私の口に入った、数少ないさくらんぼちゃんです。
主人は、果物が苦手なので、私一人で食べちゃいました。ごちそーさまっ。

お誕生日おめでとう〜♪ 

2006年04月22日(土) 18時01分
クレールが我が家に来たのは、去年の6月22日。
今日で丁度10ヶ月、1才になりました〜。
クレールを迎えに、羽田まで行った日から、もう10ヶ月経つんだと思うと、
短かったような、長かったような・・・

ブリーダーさんから戴いたお写真♪可愛いな〜クレ♪
これで生後20日くらいです。


この写真を見せていただいて、クレールに決めました。
ブリーダーさん宅にて・・・生後1ヶ月と2週。
おすましして、可愛いなぁぁ♪(本日、親ばかデー)


今日は、お兄ちゃんのマロンのおうちで、お誕生日パーティーをしたよ♪
マロンのママが、『マロン&クレール』って書いた
ワンちゃん用のケーキを用意してくれた!
記念撮影をした後、マロンのママがお皿に切り分けてくれて、
3ワン揃って、仲良く食べたんだよ♪
あんまりに食べるのが早すぎて、写真に撮り忘れちゃったけど(汗)
とっても美味しかったみたい。二人ともバクバク食べていた。
サムお兄ちゃんは、ケーキ、お庭に隠しに行っちゃった〜。


これは、マロンのママから戴いたクレールのお誕生日プレゼント。
この赤いボールは、今一番のお気に入りで、私達の元に持って来ては、
「ピーピー」と鳴らして、まるで楽器の演奏をするかの様に、
リズムを取って、ピョンピョンと踊ります♪


「記念写真だよ〜っ、こっちこっち〜!!!」パシャリ!
みんな良い顔してる〜っ。マロンの同居犬のサムおにいちゃんも、
マロンも、クレールも、みんな笑っているね♪
ほんと、楽しそうだったものね〜。これからもずーっと仲良しで、
おじぃちゃん・おばあちゃんになっても、元気でいようね♪
P R
◇てっちい◇ 家族構成◇主人(29歳)        私(31歳)         クレール(4ヶ月) そんなかんだで、よろしくおねがいいたしますぅー。                 趣味 ★音楽鑑賞(オペラ・クラシック他) ★観劇(オペラ・狂言・能等・・) ★お人形(スーパードルフィーなるもの・・金食い虫だー) ★ビーズ細工(最近ご無沙汰) ★シュタイフ社のベアー集め ★食器集め(マイセンやウエッジウッドが好き) ★部屋の模様替え ★旅行(一番良かったのはチェコのプラハかな〜。) ★美味しいもの食べ歩き(でも、健康に気をつけよう♪) ★ガーデニング(大きな木の植え替えまでやるよん) ★ヴィクトリアンキルト(勉強中れす) ★リボン刺繍(こちらも勉強中) ★そして、なんといっても我が家のクレール♪  
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