勤務変更。 

February 21 [Thu], 2008, 4:31
明日、単発夜勤の予定が、通しの夜勤になりました。

なんでも、お子さんを持っている方が身動きが取れない状態になっていると。

仕方ないですねってことで、わたしに話が回ってきました。

まあ、一人もんですし、ね。

次の日は休みをもらえると言うことなので、頑張りましょうね。

紅葉狩り 

February 14 [Thu], 2008, 10:26
抜粋






紅葉のこと

戸隠の鬼女、紅葉(くれは)について書いてみようと思います。

・魔王の娘〜紅葉〜
戸隠の鬼女として有名な紅葉は、幼名を呉葉といい、承平7年(937年)の11月に奥州は会津にて生まれた。
両親の名前は笹丸と菊世という。二人は子宝に恵まれなかったため、第六天魔摩利支天に子宝を祈願して、娘を・・・呉葉授かった。
魔王の申し子である呉葉は、生まれながらにして鬼の娘、鬼女であったのだ。
そんな呉葉は、誰もが振り向くほどに美しく、また琴の名手であった。そんな呉葉に男が目をかけないはずもなく、成長した呉葉は近在の豪農の息子に見初められ、そこに嫁ぐ事となった。
しかし、呉葉はその息子を快く思っておらず、結婚は不本意なものであった。しかし、逆らうわけにもいかない。
そこで呉葉は、第六天魔王に願い「一人両身」という妖術を会得して、己の分身を嫁がせて、自分は家族と一緒に婚礼支度金を持って都へと逃げたのだった。鬼女としての力を発揮した、最初の事件がこれであろう。

・戸隠への流刑
都に移ってから、呉葉は紅葉と名を改めて、四条通りに化粧品や髪飾りを扱う店を開いた。さらに、店の合間に琴を近隣の子女に教えていた。そんな紅葉の評判を、平経基(たいらのつねもと)はき着付けて、やがては寵愛を受けるようになった。
経基は紅葉に執心していたが、その愛と時を同じくして経基の正妻は奇妙な熱病に犯され苦しむようになった。
さらには、毎夜、丑三つ時になると鬼女が現れうという噂まで流れた。
そんな夫人の病を治すための祈祷がおこなわれると、ある信託が降りた。「護符を看病している者の襟にかけよ、さすれば魔物は退散する。拒む者あれば怪しき者と思え。特に紅葉に注意せよ」と、いうものであった。
そして、護符が経基の周囲の者に配られた。ところが、紅葉だけは頑なに護符を拒んだ。
経基が問いただすと、紅葉は夫人を呪詛していた事を認めたのだった。
紅葉の罪は死罪に値したが、この時すでに紅葉は経基の子供を身ごもっており、罪1等減ぜられて、戸隠へと流刑された。
天暦10年(956年)9月、紅葉は戸隠にある荒倉山の岩屋に護送された。この時、紅葉の両親も一緒に流されたようである。
そこで紅葉は心を入れ替えて、里人の面倒を良く見た。
特に、紅葉の持っていた「檜扇」は傷ついた者を癒す力を持っており、紅葉は里人の医者のような役目を担っていた。

・山賊?鬼女紅葉
里人との関係も良好であった紅葉だが、しだいに都が恋しくなってきた。すると、鬼の本性が疼き出し、紅葉は荒くれ者を集めては旅人を襲い、金品を奪い始めた。そうしていると、それを苦にしたためか紅葉の父が病死した。それで、紅葉を止める事のできる者はいなくなり、紅葉の略奪行為はエスカレートしていった。戸隠だけではなく、近隣の里や遠方の里にまで出向き、略奪を繰り返した。
そして、安和2年(969年)7月、第63代冷泉皇帝は平維茂を信濃守に任命、悪名高い戸隠の鬼女、紅葉討伐を命じた。
勅命を受けた平維茂はただちに兵を集めて、信濃に出向くと、自らは雲水坊主に変装して様子を探りに出たのだった。
妖術によってこれを知った紅葉は、平維茂を陥れるために一計を案じた。
宴の席を用意して、毒酒を飲ませて平維茂を殺害しようとしたのだった。しかし、平維茂はこれを罠と見抜き、紅葉を討伐したのだった。
この、紅葉が宴の席で平維茂を毒殺しようとして失敗し成敗されるという降りは、能の「紅葉狩」で有名である。

・紅葉異聞
さて、そんな盗賊にして鬼女である紅葉ですけれど、紅葉についての伝承にはもう一つあります。
紅葉狩り(鬼女ではないほうの紅葉を愛でに来た)にやってきた平維茂が、戸隠で会津生まれの呉羽という女に出会った。呉羽は都で源経基の愛妾となり子供を身ごもったが、それを妬む人々によって陥れられて、戸隠へと追放されたのだという。
貴人の血を引きながら山奥で果てなければならない我が子を愛する心は、やがて妄執へと変わり、彼女は鬼女なった。そして、平維茂によって討たれた。
この物語は戸隠村に伝わっており、「鬼無里」という地名は紅葉が討たれて鬼がいなくなった事に由来しているという。
しかし、奇妙な事に、鬼無里には鬼女紅葉がいたという伝承は無い。むしろ、紅葉は村人にとって尊敬される貴女であったという。

・紅葉の肖像
そんな、様々な姿を持つ紅葉とはいったい何者か?
物語が語られていた当時、鬼と呼ばれる存在は朝廷に反発する地方の豪族達であった。かの酒呑童子や悪路王などが、その代表例である。つまり、紅葉も地元である戸隠での伝承を信じれば、戸隠地方への圧政や朝廷の横暴に抵抗していた戸隠を守っていた存在。と、いうのが紅葉の正確な姿であると思われる。そして、盗賊行為は朝廷への献上品などを襲っていた・・・。と、考えるのが妥当である。
しかし、物語を語るのは朝廷側の人間。そして、紅葉を悪役に仕立てなければならない。そこで、都で呪詛をしていたエピソードと、都が恋しくなっての略奪、などが加えられたものと思われる。

・紅葉の子
さて、そんな紅葉の子供は、実はかの四天王の一人「坂田公時」であるとされている。
足柄山の金太郎、として有名な、彼の母親が紅葉だというのだ。
と、いうのも、紅葉鬼人という鬼女が、八面大王と恋仲になり、大王の子を宿した。この子供を金時である。と、いう伝承がある。
この金時という人物は酒呑童子を討伐した源頼光の配下の四天王の一人で、幼少は金太郎として知られている人物であるとされている。
この話の凄い所は、母親の鬼人紅葉、鬼女紅葉といえば、先に紹介した紅葉。父親は坂上田村麻呂に討伐された八面大王だという所につきる。二人とも、鬼の中ではかなり高位に位置している鬼なのだから。
そして、そんな二人の子供が。鬼の子供が、鬼の王を討伐する者の仲間だというのだから。実に驚くべき内容である。
金太郎の立場から、この伝承について見てみると。
金太郎の母は鬼(山の鬼女、山姥とも呼ばれている)で、父親は龍であったり、雷神であったりと不明である。
八面大王は、その名が示すように様々な姿に変化する鬼で、まさに正体不明の鬼である。つまり、伝承と合うのである。
さて、そんな金太郎の母である紅葉は、八面大王が討伐されたのを悲しみ、金時山を去っていくと、水内の方へと行き、そこで舌を噛み切って死んだという。そこが、鬼無里、現在の上水内群鬼無里村であるという。

これらを総合すると、鬼女紅葉は八面大王と恋仲になり、その子供を身ごもる。八面大王の討伐命がその頃降ったので、金時山で隠れながら子供を育てていた紅葉であったが、八面大王は討伐されてしまう。子供を残し、八面大王の後を追った紅葉は、そこで愛する人の死を知る。そんな、失意の紅葉を村人が励ます。励ましてくれた村人のために紅葉は色々と自分のできる事をするが、自害して果てる。
そして、二人の子供は討伐をした朝廷に連れられていって、親の仲間を討つ武人として育てられた・・・。
と、見るのが良さそうである。
しかし、最も真実に近いと思われる紅葉異聞の話に登場する、都で紅葉が愛した相手の名前は「源」。金太郎の上司にして、酒呑童子を討伐したのは源頼光。もしかして、紅葉は源氏と繋がりがあったかもしれない・・・。それも、あまり良いとはいえない繋がりが。
でなければ、親の仲間を殺させたりはしないでしょう。愛妾であった事からして、嫉妬にかられたのは紅葉ではなく、源氏のほうであったのかもしれません。そして、その嫉妬から、息子に親の仲間を殺させたのかも。
さて、そんな金太郎ですけれど。金太郎についての記述は、酒呑童子の討伐以降はまるで存在しましせん。
もしかして、これは親の仲間を自分が殺したと知った金太郎が、悲しみと怒りに何か、後世に残されると困るような事件を起こしてしまって、それを抹消するために歴史から消された・・・の、かも。

IDとブログ名について 

February 02 [Sat], 2008, 7:39
マジで関係ないですけどIDとブログ名に入っているのlegobilderですが、実はuが抜けているんですよ。
アホ丸出しだよー。それとまだ画像が載せられないんですよ。週末になったらできるかも。

Vol 23 四万十川を渡る 

January 19 [Sat], 2008, 17:38
       宿を出ると海岸沿いを歩き、浮鞭(うきぶち)で入野海岸へ入っていく。



       とても綺麗な砂浜で夏のシーズンはたくさんの海水浴客で賑わっている。



       そしてお盆には毎年、恒例になっている花火大会が明日に迫っていた。



       松林を抜けた、県道42号線を進む。



       双海(ふたみ)の集落で右に進み四万十大橋を目指す。



       去年の春まではこの先にある下田から四万十川の対岸まで渡し船が通っていたが、



       採算が合わないのか廃船になってしまったのだ。








       四万十大橋で橋の下を眺めると、モーターボートが水上スキーを引っ張っていた。



       中州では鷹の目がそれをうるさそうに追う。



       四万十川から離れ、右手に「大文字」を見ながら進むと、1620mもある



       伊豆田トンネルにさしかかった。



       このトンネルは、3年ほど前に中央付近で交通事故があった。



       車が燃えてドライバーが亡くなったという、その跡はトンネルの側壁に黒いススとなって



       残っているのだ。



       大師法号「南無大師遍照金剛」を唱えながら足早にトンネルを抜けた。



       ドライブイン水車が前方に見えてきた、その横には休憩所があり、真念庵遍路道との分岐になる。



       そこで休憩していた男性、年齢は60歳前後だろうか、改造した乳母車に生活道具一式を



       積み込んでいるようだ。



       きっと彼等が山陽新聞の記事に載っていたお遍路の格好をしたホームレスではないだろうか、



       そう感じた。









       ここを出発すると下ノ加江の集落に入る。



       民家の玄関先にあまり見かけないものが・・犬ではないようだ。



       近づいてよく見ると猪の子供、うり坊である、その家のご主人に訊いてみた。



       山に猟に行き母猪をしとめたのだが、そのそばにこの子を見つけ連れて帰ったという。



       でも 良く懐いている、鼻を頻繁に動かしながら、座っているご主人の腰のあたりで



       匂いを嗅いでいる。



       時々、遊んでくれといわんばかりに、ご主人の背中に足をかける。



       この男性に母親を殺されたとも知らないで、甘えている姿はなんとも言い難いものだ。



       ここから先は県道とはいえ、山が海に迫っているため道幅が狭くその上アップダウンが続く。



       何度か道路から離れて、海に張り出す山に登ったり下ったりを繰り返した。



       今日の宿は'''久百々'''を予約している。








           次の金剛福寺へは高知西南交通のバスしかない。

           '''中村駅'''から土佐清水にある「清水バスセンター 」経由で足摺岬へ行く。

           清水バスセンターからは「中の浜」を経由する'''西回り'''と「窪津」を経由する

           '''東回り'''があるが、どちらでも足摺岬が終点になるので問題ない。


           高知西南交通



       



                          '''歩行距離 33〜34〓'''

山あり谷あり 

January 13 [Sun], 2008, 12:54
官邸崩壊という本を読みました。登場人物たる首相補佐官の皆さんが最近党本部の会合にご出席されています。政権が変わり、それぞれ立場が代わり役割を一生懸命全うしようと汗をかいています。ついこの間までリーダーとして中心に居た総裁は過去の人となり、来年度予算、税制等に新体制の元で邁進するそれぞれの議員の姿に政治の逞しさを感じます。
日本公認会計士協会専務理事と面会しました。某監査法人で代表社員として仕事をしたちょっと年上の先輩です。法人解散、その後のご縁で協会活動に専念をした経過など企業小説にもなるようなドラマをお聞きしながら、様々な人生の荒波をお互いに話し合いました。山あり谷あり。だから人生は楽しいのかもしれない。

木星大の新惑星3つを発見 

December 29 [Sat], 2007, 8:47
WASP-3、WASP-4、WASP-5と名付けられた惑星群のそれぞれの星は、木星と同程度の大きさと言われている。

夢の平スキー場 NO3 

December 20 [Thu], 2007, 2:52
秋空とコスモス

今日から11月!! 

December 06 [Thu], 2007, 10:03
〜Fron秋to冬〜11月・☆・12月・☆・2008年〜




皆さん!お早うございます♪(^▽^)




今日から11月デスね!!今年もあと2ヶ月なりました。。。




何かと忙しい時期になりますが、カゼなどひかぬよう注意を!!




ということで今日、Shinはインフルエンザの予防注射に行ってきます!




皆さんもインフル気をつけましょうネ(^^)/

坂を上らなきゃダメなの…? 

December 03 [Mon], 2007, 20:02
昨日、横浜に行く際に持って行ったハンディGPSで記録した



トラックログ(走行軌跡)をPCに取り込んでみたんだ。





今まで、自宅(比較的小高い場所です)から多摩川の府中四谷橋に行くまでに



標高差があるのは感じていたのだけど実際は100mもあった。



ず〜っと下りならわかり易いけど、坂を上ったり下ったりしながら



少しづつ標高が下がっていくから、そんなにあるとは思っていなかったな…





自宅〜横浜までの標高差をグラフにしてみたのだけど、



多摩川の河川敷まで一気に標高が下がって



そこから横浜までダラダラと変化して…



縦軸(標高)も 横軸(時間)も長すぎるから



横浜で丘の上に上った部分なんて誤差か?って程しか変化がなくて面白くない。






折角、横浜まで行ったデータがあるので



'''元町から港の見える丘公園までヒルクライム'''の部分だけ切り出してみました。



計測中に標高値が変な表示をしてたのだけど補正したら見れるようになった。




グラフ表示の縦・横軸を変更すれば速度とか出来るのだけど



感覚的に見やすいのは↓標高値のグラフかな、



対応する速度とかも同時に重ね合わせられれば良いんだろうけど



ソフト使いこなせてないから…(そんなコト出来るのかもわかってない)









距離  :約400m  /  累積標高:25m



勾配最大:12.5%   /  速度Av:9.5km/h (Max:14.5km/h)



所要時間 2分30秒  だって。




TTをしようって訳じゃないから、'''ふぅ〜んそうなんだぁ・・・'''なんだけどね。







あと、もうひとつ。








ルートと地図を重ねてみた。



'''軌跡の表示色は勾配の変化'''にしてみた。距離が短すぎて測定点がすくないから



実際とはちょっとズレてるかもしれないけど、走った感じもこんなだったような気がする。



(緑色の部分、折れ曲がってる所が公園の入り口だ)



こういう表示をすると'''がんばりました!'''っていう感じがしますね。





ソフトを使えるのはまだまだこの程度、



あっちこっち行ってログデータも欲しいけど



カシミールって元々の発想が'''山登り系'''のソフトみたいだから



コレを楽しむにはやっぱり'''坂を上らなきゃイケナイ'''んだな、



坂道は苦手だけど、少しがんばってログ集めしてみようかな・・・

やっと咲いたのですが・・・。 

November 29 [Thu], 2007, 10:05
今日も天気が良く久しぶりに洗濯物を外に干しました。
でも乾き方は今一です(^_^)
久しぶりにHPの更新を試みています。
07年紅葉です、今まで撮った中からピックアップして作成中です。
単純作業、根気が無くなりましたね、この分なら大分掛かりそうです(^_^)
庭のダリアの開化も悪く、やっと一輪咲いたのですが何となくパッと咲いてくれない・・・。
P R
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