檻に入っているのか 檻を見ているのか 

May 02 [Sun], 2010, 1:16
集団生活を行っているとふと思ってしまうことがある。

自分が実はそこに存在していないのではないかということを。






放課後のある風景。



クラスメイトA「先生、お先に失礼しまーす」

クラスメイトB「お先でーす」



私が教室で作業をしているときのことだった。

いつもなら時間いっぱいまで作業していくクラスメイト二人が珍しく途中で帰っていった。

あとで知ったが、その日はあるクラスメイトの一人の誕生日で、誕生会をやっていたらしい。

それをあるSNSで知ったとき、私はとても辛くなった。



『どうして私を誘ってくれなかったの?』



頭に流れる文章。

そこに私は確かに存在しているのに相手にされていない感触。

私は友達と思っていても、相手からしてみればただのクラスメイトでしかないように思える。





客観的に見るのであれば、こういうことを

【自己中心的 -ヒガイモウソウ-】

と言うのだろうか。





ここはとりあえず、私の言い分も聞いて欲しい。

まだ接点がそんなに無いなら判らなくも無い。

しかし既に1年もクラスメイトをやっていて授業外でもコミュニケーションをある程度取ってるはずだ。

そんな相手を邪険にするような真似をするものなのだろうか。

友達っていうものはそれほど脆いものなのだろうか。

それとも向こうにとって私は元々友達というものでは無かったということか。

どちらにせよ憶測の範囲でしかない。

ひょっとしたら、気を使ってくれたのだろうか。

何故か。それすらも憶測の範囲を越えない。






どこかの掲示板で「友達のいないひとにありがちな事」みたいなスレがあった。

その中にあったのが「日記を書き出す」。

そうか、私が友達だと思っていた人たちは友達じゃないのか。

なら納得だ。友達じゃないなら呼ぶ理由がない。辻褄も合う。





本当の友達とはどんなものなのか。

そんなことを夢想して今日も一人眠りに就こう
P R
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:srk1d
読者になる
2010年05月
« 前の月  |  次の月 »
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
最新コメント
Yapme!一覧
読者になる