30年ぶりの鶴の湯

July 22 [Fri], 2011, 0:00
温泉神社には「武州多摩郡小河内温泉之碑」が建っていて文政4年(1821年)、亀田鵬斎の撰文による漢文を刻む。

意味は「この温泉はこんこんと湧き出しさらさらと流れてよごれけがれを洗い毒気を消し全生物に健康を与える偉大な貢献物である。国内に温泉は200余あるが小河内温泉はその最上級だとされる」。

文人墨客の来訪もあって、多くの作品を残した。

後の英国公使アーネスト・サトウも入湯したという。

幾多の紆余曲折を経て30余年ぶりに温泉が復活したのだ。

奥多摩湖愛護会が管理する。

留浦地区のお食事処島勝ではちょうど浴槽に源泉を満たしてこれから沸かすところ。

硫黄の香りがぷんぷん。

長野 温泉宿ではしないにおいに少々戸惑う。

若奥方「毎日入っています。フツーの湯よりやはり温泉がいいですね」。

私は以前の鶴の湯に入っていない。

私が全入湯を意図したのは1959年9月であった。

これからの繁栄を願う。

こまどり荘は手造り料理がおいしいので著名。

毎年ここで会合するグループと一緒に夕食。

大愉快であった。

汐間温泉

July 11 [Mon], 2011, 0:00
例のふるさと創生一円で各地に掘削して温泉が湧出しつつある。

汐間温泉は末吉地区の南国温泉ホテルにある。

大露天風呂は太平洋に突き出た高台だ。

私ともども21人が同時に入ってなお余りある広さ、100人近くは入れそう。

長野 温泉宿の温泉も広いが、この温泉の浴槽も広い!

43度の薄茶色の湯が太い鉄管から大量に注ぐ。

太平洋の遥か彼方の水平線を眺めながら実に豪華な気分でいつまでも飽かず浸る。

2500湯にふさわしい大露天風呂であった。

近場の月並みな温泉場もいいが、この際誰も行ったことのない、しかもなかなか行きにくい温泉場、そして冬の真っ最中ということもあって八丈島を選んだのであった。

羽田からエアーニッポン航空機で45分の距離。

大露天風呂の上段には露天小浴場もありヤシの葉かげが南国情緒たっぷり。

大浴場は展望ガラス窓が円形に囲む大浴槽。

昔の鶴の湯

June 24 [Fri], 2011, 0:00
山腹の貯湯槽に湖底からポンプアップした源泉を溜めデカイ鉄管からタンクローリーに注いで配湯して回る仕組み。

傍らの石造湯飲台では竹筒から流下する源泉が飲める。

硫黄の香りが漂うなまぬるい湯だ。

長野 温泉宿でも一口舐めたが、人が入れる温泉なら口にできないものはないようだ。

糖尿病や痛風、便秘にいいという。

ポリタンクに何本も汲んで帰る人もある。

家庭風呂に入れて沸かすのであろう。

以前の鶴の湯が小河内ダムの湖底に沈み始めたのは1957年6月6日であった。

東京都民の水源地として戦前戦中から戦後にかけて建設され続けたダムがやっと湛水を開始した日である。

熱海地区の多摩川べりにあった鶴の湯は見る間に水底に没した。

湯の向かいにあったお食事処のんきやのお母上は共同湯に毎日入っていたそうだ。

80歳の今も大元気。

打たせもあって頭を3日も打たせると脳病もよくなり、次から次へと順番を待つほど大賑わいであったという。
P R
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