鷲尾三郎「呪縛の沼」

June 28 [Wed], 2017, 2:08
「僕の家の人間は、誰も彼も一癖も二癖もある奴ばかりなのだ。まるで蝙蝠か、蜘蛛か、鼬のような連中だよ。蜘蛛男や、蝙蝠女が、療養所の中をゾロゾロと歩いているのだから、全く百夜行の奇観だね――」

暮れも押し迫ったある寒い日のことである。
三木博士の許に、一通の差出人不明の怪手紙が届いた。

水生植物のコロニー、ペトロネル、源泥池……

謎めいた言葉の散りばめられたこれは、恐るべき犯罪の兇兆なのではあるまいか――?
暗号の手紙にいたく好奇心を刺戟された博士は、予言された怪事件を未然に防ぐべく、“私”をともない一路京都の北郊へと向かう。
めざすは、源泥池の畔に建つ〈洛北結核療養所〉――血清研究の泰斗として名高い早川博士の療養所である。
この陰鬱な西洋館で、いったい何が起こるというのだろうか。
あゝしかし、紹介状を手に私たちが訪ねると、時すでに遅し、惨劇は起きたあとであった――!!
降誕祭前夜、皆がダンスパーティで浮かれ騒いでいるさなか一発の銃声が聞こえ、早川博士の屍体が発見されたというのである。
現場の書斎は密室状態。
兇器は“ペトロネル”騎銃――博士の珍奇な古典的小銃の蒐集品――が用いられていた。
殺された博士は、日夜見えざる影に怯え、幻想の跫音におののいていたらしい。
いったい誰がなぜ博士を狙っていたのか。
密室内の博士を殺害したトリックは?
そして、青黝く澱んだ沼の伝説にひそむ秘密とは――!?



……というわけで、引き続き鷲尾三郎の巻。
〈ミステリ珍本全集〉叢書「屍の記録」収録作品のうち、前回の稿で書けなかった「呪縛の沼」の感想であります。
〈編者解題〉に引用されたあとがきによれば、著者自身は「屍の記録」を:

“コチコチの本格ものではない”

……と考えていたようだけれども、その言に倣って云うならば、本作のほうは“コチコチの本格もの”!
奇怪な発端、謎の殺人、尋問、尋問、また尋問(笑)
そして、第二の事件……という展開は、楷書で書かれているようなたたずまい。
見取り図も挿入されたり、様式に則った本格……と云いますか、S・S・ヴァン・ダインを髣髴させる探偵小説でしょう。

読者諸君は、今でもあの年の降誕祭前夜に勃発した、療養所の怪事件を記憶しているに違いない。

……云々と読者を煽る仰々しい前口上からして、旧き良き探偵小説の魅力充分♪
名探偵に届く暗喩の手紙など、シャーロック・ホームズ譚「恐怖の谷」を思い出さずにいられない。
探偵役をつとめる三木要博士は、処女短篇『疑問の指輪』にも登場した人物。
作中で“マンホール事件”の……として紹介されています。
本作でも、旧臘に京都市内で十二米を超える突風が吹いたか気象台に問い合わせてくれたまえ――などと云うあたりなど、いかにも名探偵らしい。
探偵以外では、兵馬君がなかなか強烈なキャラ(笑)
じつに忘れがたい。

もちろん、探偵小説ならではの妖気に満ちたムードも横溢。
疫癘気漂う沼の畔に建つ療養所を襲う連続殺人、奇人狂人ぞろいの早川家の一族、密室の謎、底なし沼の恐怖、そして、血みどろの惨劇……!!
これは、たまらん人にはたまらんでしょう(笑)
――かくいう自分もそのひとりであります('∇`)
ただ、本作の謎解き上の主な創意は、密室殺人(註1)と隠し場所のトリック(註2)、それから、真犯人から読者の目を逸らさせるミスリード(註3)といったところだけれども、これでトリックも奇想天外なものであったら……と惜しまれるところ。
「悪魔の函」や『文殊の罠』を書いたアベレージからすると、すこしもの足りなく思えてしまうものの、どうにも嫌いになれない作品。


【お気に入り度】
★★★★


【次回は…】
甲賀三郎「蟇屋敷の殺人」


★以降、ネタバレもありです!★










(註1)
密室トリック……というよりかは、兇器のトリックでしょうか。
いかんせん、火縄銃に点火するトリックとして『ズームドルフ事件』のように独創的とは云いがたい。


(註2)
浮芝は『風魔』でも使われていますね。
あちらのほうがトリックとしての使い方が巧みで、驚倒させられたことをつい昨日のことのように覚えている。


(註3)
第一・第二の殺人の下手人(川田助手)は、狂人兵馬君の殺戮劇によって底なし沼に呑み込まれてしまっているのが、犯罪の構図として秀逸。
物語の佳境で繰り広げられた地獄絵図は、単なる怪奇趣味にはあらず、真犯人を隠匿するための巧妙なミスディレクションでもあったのでありました。
あゝしかし、あの惨劇は、博士を殺された復讐だったのか、はたまた狂気のなせる業に過ぎぬものだったのか――
その真相が迷宮入りであるというのも、また一種独特の余韻を曳くものでしょう。

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