山田正紀「屍人の時代」

May 25 [Thu], 2017, 2:57
あとになって智恵子は、この夜のことを思い出し、すべては夢だったのではないか、と思うようになった……



“本来書かれるはずのなかった幻の小説、奇跡の刊行!!”

あゝなんて謎めかした帯の惹句……
闇夜の灯りに誘われる蛾のように、妖しい惹句にふらふらとおびき寄せられて、山田正紀「屍人(しびと)の時代」を手にしてしまう。
「人喰いの時代」につづき、謎の探偵・呪師霊太郎(しゅしれいたろう)が登場するシリーズの連作短篇集!
収録作は次のとおり。

【収録作品】
@神獣の時代
A零戦の時代
B啄木の時代
C少年の時代

今回、霊太郎は、不機嫌そうな顔した大きな黒猫の耕介――“耕助”じゃないのね(笑)――を連れて登場。

@は、昭和初期でしょうか、雪と流氷に閉ざされたオホーツク海の孤島を舞台にした不可能犯罪もの♪
オホーツク海の漁場では、齢百歳を超え、人の心を読み、操る妖力をもつ――と囁かれる獰猛で慓悍な大海豹“ウエンカム”が跳梁。
漁民の長の娘で巫女の力をもつカグヤの婿の座を巡って、択捉漁団のカワグチ、漁協の五十嵐、恋する若者オサムらが、この海獣の悪霊を捕殺を競うことに――。
霊太郎は、函館の漁協の依頼を受け、ゆくえを晦ました五十嵐を追って、ここに辿り着いたのだが、ひょんなことから霊太郎もまた海獣捕殺隊の一行に加わるはめに(笑)なってしまう。
ところが、雪原にカワグチの屍体が忽然と現出する。
あゝなんたる摩訶不思議!
それは、屍体の周囲の雪上に下手人はおろか本人の足跡すら見当たらぬ“雪の密室”だった……。
本集のなかではかなり頁数の少ない一篇だけれども、海獣を仕留める海洋冒険譚のような味わいをもちつつも、多重解決の趣向に加えて“ある”ユニークな技巧も凝らされているなど、トリッキーな短篇(≧▽≦)!!


つづくAは、平成六年八月半ばのできごと……
零戦にまつわる悲恋をテーマにした映画のオーディションに応募した女優志願の劇団員・緋内結衣子が、狐につままれたような体験をする場面からはじまる。
なぜかオーディションそのものが幻ででもあったかのように、なかったことにされてしまったのだ――!
そこへ“呪師霊太郎”と名乗る謎の人物から、怪電話がかかってきて……。

――と、ここまででも充分魅力的なのに、これは単なる導入部。
舞台は変わって、時を遡り、終戦直後の美母衣航空基地。占領軍のタナカから、軍医の長内が、佐々木二飛曹の起こした“ある事件”について尋問されている場面へ――。
長内はなにか隠しごとをしていることがあからさまにわかるような書きっぷり。
“椿がえし”なる急降下の戦法を得意技としていた佐々木二飛曹は、終戦の翌くる日、戦闘機で飛び立ち、滑走路に立つ従軍看護婦の清水晶子めがけ特攻したのち、彼女をかすめて急上昇、海に消えたという――。
いったいなにが起きたのか、なにが秘密なのか……ヴェールを一枚一枚ゆっくりとはがすように真相に迫る、じわりじわりとしたサスペンスが横溢。
尋問がすすむにつれ、佐々木二飛曹が、広島でお座敷芸者弓松と“零戦心中”と呼ばれる醜聞事件を起こしていたことが明らかになってくるが……
昭和史の闇や浪漫がない交ぜになった謎解きが堪能できる力作中篇!
忘れがたきは、真犯人との対決場面。
いつもは飄々と描かれる霊太郎の、見知らぬ一面を――恐ろしい貌を――ちらりと垣間見せられたようで、その一種異様な迫力は、思わずぞくり……とさせられるほどの凄まじさ。
佐々木二飛曹が操縦席に白い夏椿を持ち込んだのはなぜか?――という謎も、ことに魅力的。
個人的には、乱歩の変格ものや連城三紀彦の作を思った。


このAのように、山田正紀の作には、いったい何が起きているのか、何が謎なのか……朦朧と靄がかかったようなまま物語がすすめられる作――いわゆる“ホワットダニット”とでも云うべき作がままあるけれども、次のBもまた、まさにそのような云いかたがピッタリくる作ではありますまいか。
啄木の短歌をモチーフとし、大正、明治の函館と昭和三十年代の日活の映画撮影所が交錯するプロットで、霊太郎が「啄木はピストルを持っていなかったか。そして――そのピストルをどこか砂山のようなところに埋めはしなかったか」と訊いたり、女優の卵で主人公の榊智恵子のおじが「啄木は、子どもの頃、死んだ人間を地中に埋めるか、誰かがそうするのを目撃したのではないか」という奇怪な説を唱えたりするなど、ぞくぞくさせられる一篇。
啄木が事件を目撃したのでは、それを短歌に詠みこんだのでは……という妖しい着想には、妙に惹きつけられるものが。
なにやら、にわかに啄木の短歌がぶきみで秘密めいたものに思えてきて……。
終盤では、銀座のサロンで、土砂に埋もれた“呪師霊太郎”の屍体(!)が発見される“密室殺人”が起きたり、夭逝した俳優・赤木圭一郎の扮装をした若者が唐突に登場したり……極めてシュールに転調。
この、異界にさ迷いこんでしまったかのような感覚もまた、この著者独特の魔力と云ってよく、時空を超えて出没する、都市伝説のような呪師霊太郎の存在――そもそも昭和の怪奇漫画に登場する主人公みたいなネーミングだし(笑)――をのぞいては、あくまでもファンタジックな設定ではないはずなのに、白昼夢をみせられているような気にさせられるのが、げに不思議。

ラストCは、東北に忽然と現われた〈花巻温泉遊園地〉なる人工楽園を舞台にした怪盗もの。
ロマノフ王朝から伝わる秘宝〈白鳥の涙〉を頂戴する――と〈少年二十文銭〉なる怪盗から富豪の竹内氏に予告状が届く。
怪盗〈少年二十文銭〉、探偵の霊太郎、岩手県警きっての辣腕刑事御厨……三者入り乱れての物語のゆくえや如何に――!?
怪盗が霊太郎に化けていたり、思わずニヤリ……とさせられる“いかにも”な場面もあり、物語としてのおもしろさ、探偵趣味の濃密さは@ABとくらべて遜色ないけれども、謎解きとしての主眼は“ホワイダニット”で、四篇中もっともシンプルな印象。
もっとも、プロットは他の作同様に複雑で、事件の全貌はなかなか容易につかませない。
童話めいた趣もあるのは、宮沢賢治が隠しテーマ(?)だからでしょう。
それにしても、ミステリの洋書を読み耽って、温泉三昧な――黒猫の耕介もいっしょに温泉に浸かります!――霊太郎がうらやましい(笑)
遊民なご身分ですなぁ……(*´∇`)
なお、V・L・ホワイトチャーチ『ギルバート・マレル卿の絵』、小栗虫太郎『完全犯罪』のネタバレしてるので、未読の方はご用心あれ('∇`)


封印された作か埋もれた“幻の”作でもあるのかと思いきや、どうやらそんな曰くがあるわけでもないようで……

帯のあの惹句は、いったいなんだったのか……と思ってしまう(苦笑)

……とは云え、“昭和ミステリ”の香り漂う、郷愁を呼び覚ます探偵小説であるにはちがいないけれども。


【お気に入り度】
★★★★☆


【次回は…】
鷲尾三郎「屍の記録」


★以降、ネタバレもありです!★










@について。
霊太郎が捏造した、カグヤを下手人とする偽の解決――意外な兇器のトリック(凍った巨大な鱈)――は、食料庫に白菜数束と1メートルほどもありそうな大きな鱈が凍って放り込まれている記述(15頁)の手がかりも周到。
ただ、注連縄の張られたなかにいるカグヤには犯行が不可能では……という反証と、それに対して霊太郎が示したトリックは、枚数不足のゆえか、読者に機能していない憾みがあり、もったいなく感じられる。
駈け足ぎみの感は否めず、もうすこし枚数を割いてほしかったところ。
真の解決としては、被害者を海に転落させたのはトガシだったことが明かされたのち、屍体を海中から雪原に投げあげることができたものは……という論理展開で、動物犯人――否、神獣(!)犯人トリックが明かされるのだけれども、さらなる驚ろきが待ちかまえている。
58頁に到って、本作は、神通力のある海豹の王“ウエンカム”の視点で語られていたことが明かされるのだから――!!
じつは、すでに16頁で“こちら”と、わざわざ傍点を振って強調しているのだから恐れ入る。
“語り手”の存在が垣間見える、物語的な語りを操る著者だからこそ可能なたくらみと云えるのではありますまいか。
でも、海豹の王なのに、耕介から逃げる、って……(笑)


Aについて。
(ア)佐々木二飛曹の“零戦心中”の謎

(イ)長内軍医がひた隠しにする秘密

(ウ)映画「零戦心中」のオーディションがなかったことにされた理由

――これらの真相が重層的に絡み合う複雑怪奇な謎解きで:

(ア)文字どおり零戦との心中――人ならぬものへの恋情を抱く倒錯的な性癖を描いて、変格ものめいた味わい。

(イ)ひとつめは、清水看護婦の恋人が佐々木ではなく長内自身(!)であったこと

ふたつめは、毒ガスの実験(白い夏椿は毒ガスが漏れたときの検知用)を秘密裡に行なっていたこと

ここで、平成六年――という設定がにわかに耀きを帯びてくる。
なんと、毒ガスから“サリン事件”という史実に結びつく衝撃ときたら……!

(ウ)オウムを内偵していた公安が暗躍し、オーディションを闇に葬ってしまったという解決へのリンクが秀逸。


Bについて。
なんと云っても“銀座のサロン”が、オープンセットのそれであった――という、いびつな着想の叙述トリック(?)に尽きるでしょう。
でも、優れたセットなら、映像化もできますね(笑)


Cについて。
Bが石川啄木ならば、こちらは、宮沢賢治を――“健二”として書かれているけれども――モチーフとした作。
トリック的には、動機探し(隠されたダイヤではなくて、差し押さえられた石灰粉を貨車の積荷として搬送するのが真の目的)が見どころで、御厨が片棒をかついでいたことを回想するエピローグは、感慨深い。

それにしても、エピローグが二回ある……というのもなかなか稀では(笑)

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