デリバリーサービス 

2008年10月06日(月) 21時16分
届けたくないんです。でも届いてほしいんです。
聞き分けのいい子になれない。
理性と感情が相反する。
どこまで続いていくの?
幼稚な思いを制御できない。繰り返し。終わらない。
どうして苦しいの?何がしたいの?

いきがくるしい 

2008年09月14日(日) 17時28分
何もみたくない
どうして次から次へと現われてくるんだろう
マイペースにいけばいいのに
惑わされる必要なんてないのに
正常にものを判断できてる自信がない
あなたたちになにがわかるの?と言ってしまいそうな自分がいる
雑音ばかりが耳に付く
助けを求めて発信しているのは確かに自分なのにどこにも届かないテレパシー
このままどこかに逃げてしまいたい
なにもかんがえていたくないらくになりたい
息ができない

あたまがいたい 

2008年09月06日(土) 21時38分
もう何も考えたくない

Come September 

2008年08月22日(金) 2時07分
自己投資という言葉を使ってみる。
私がリーズにいる理由、それは自己投資のため。
限界への挑戦なんてかっこいいことでカモフラージュすることはもうできない。
率直に言って投資。お金をつぎ込んでその分をお金で取り戻す。
そんな生々しいものでしかない。
なんて素直に認めるのは勿論癪ではあるんだけど、事実らしいからどうしようもない。
それでも最初は純粋に自分の可能性を信じてた。
私にはまだ何かできることがある。ここで終わりじゃない。
その背景にもう一度受験をする気力が残っていなかったことももちろん挙げられるけど、まったく何も期待も希望も抱いていなかったかと言われれば・・入学前後は正直微妙なところだけど、エントリーを決めた時は少なくともそうじゃなかった。
けれど入学後に急激に冷めていく闘志。
自分は何のためにここにいるんだろう?
私は他の別のどこかにいるべきなのにどうしてこんなところで無為に時間をすごさなければいけないんだろう?
こんな何も得るものもないところで無気力に学生時代を過ごしてこの先の人生に影響を及ぼさないんだろうか?
後悔しないんだろうか?
そんな感情で頭はいっぱいで、日本帰国への夢と憧れはふくらむばかり。

だけど何も得てない訳では決してなかった。

あの苦しみ続けた三年間。
あの三年で培ってきたものは私の財産。
苦しみの中で身につけたものは誰にも奪えない私だけのもの。
その内容には今でも自信と誇りを持っていられる。
苦しみの中でも得るものはたくさんあった。私を成長させてくれたものたち。
それなら今のイギリスの生活の中でも何かがきっとあるはず。
あの一年で私は自分の努力の末得たものが正当に評価される喜びを知った。
自分にも何かが出来ると思って素直にうれしく思った。達成感があった。
それが日本でいう学生生活の中での活動での充実感とどう差があるんだろう?
もちろん人との関わり、いわゆる切磋琢磨して高め合う精神、を求めてやまない私にとって日本での学生生活は今でも憧れの一つでもある。
だけど自分で選んだ道を途中で放り投げることをこの自尊心の強い私ができるなんて本当は思っていない。
たとえ不本意であっても諦めたり投げ出したりすることはできない。
だからこそあの三年があって、だからこそ今の私がいる。
別に日本に帰ることが逃避だと思ってるわけじゃない。
きっと自分にとってとても大切なことだと解ってる。
天秤にかけても両方引けを取らないかもしれない。
それでも今こんな形で終わらせて良いんだろうか?
確かに軌道修正はいくらでもすることができる。
一本の道を進み続けることが最善で最良かは解らない。
自由に人生を生きることは素晴らしい。
だけど信念のない自由はただの甘えじゃないだろうか。

高校時代はとにかく自分を追いつめて困難な道に導こうと思った。
苦難の道にこそ求めるものがあると思っていたし、
自分の廃れきった精神を新しく構築し直さないといけないと思ってた。

確かに日本が恋しい。何気ない毎日がとてもいとおしい。
だけど認めてみよう。私は外国で暮らす日々も決して嫌いではないはず。
冷たい空気の中一人歩く自分の姿を誇らしく思っていること。
ここまで自分はやってきたんだと思って過ごす生活のこと。
全てを手にすることはできない。
だけど私は何も手にしてない訳じゃない。得るものは確かにある。
たとえそれが将来否定されることになるとしても自分の中には生き続ける。
形として証明できなくても自分が自分であることの何よりの証明になる。
プライドを捨ててはいけない。
しぶとく生き延びなきゃいけない。
安穏と暮らすにはまだ早い。
私の欲しいものは既に手中にある。
甘えるのはもうやめにしないといけない。
まだ何も始まってない。終わりにこそはじまりがある。
だからまずは二年間。ごたくを言わず全力でやるしかないんだ。

160808 

2008年08月16日(土) 22時04分
今リーズの天気見たら11℃だった・・
8月なのにこれは・・帰りたくない・・(気温面で)

何だかじっとり暑い名古屋にいると普段自分が寒々しいイギリスに住んでるのが夢のようです。
ビジター卒業したいな。だけどビジターじゃない自分って誰なんだろう。
中途半端な存在でいることにいつの間にか意義を感じつつあったのかなぁとか。だってそれが一番リスクが少ないし。逃げ道多いし言い訳だってできるし。
そんな自分の未熟さだったり若さだったり、嫌な側面ばっかり目については色んなことを投げ出したくなる。

いつでも全力疾走していたい。何かに夢中になっていたい。
自分自身に価値があると信じてやってきたい。
だってそうじゃない人生をどうやって面白おかしく生きてけって言うんだろう。
ゴールを見る前にスタートダッシュを切れ!

260408 

2008年04月26日(土) 0時35分
世界の時事ニュースとか見てると何となく自分が引き戻されたような感じになる。
人って何でどこまでも閉じこもれてしまうんだろう。
少し部屋から出ずに誰とも接触しないだけで、そこに一つの閉鎖された空間が構築されてしまう、意図的でもそうでなくとも。
でもその間に世界というのはどんどん動いていっていて、自分は取り残されていくばかり。
世界はいつでも動いてて、私が今こうしてこんなものをタイプしている間にも紛争は起きていて貧困に飢える人たちがいて聖火リレーで混乱が起きて民族問題が新たに提示されたりして。
そういうときに現実に戻されたような気になるけど、そうやって自ら率先して自分が世界の一員だということを意識して飛び込んでいかない限り、その先の世界っていうのは本当に非現実的なまやかしに見えてしまう。
でもそういうことを意識してるだけで何かが本当に変わるのかと言われれば決してそういう訳でもなくて。
自己満足にすぎないと言われればお終いだし、実際そうなんだと思う。
そんな自分に安心してるだけ。そういう人間に憧れを抱いているため自分もそんな人になれたような気がして安堵してるだけじゃない?
だってそんなことを思いつつボランティアでボリビアに一年間とかルワンダに一年間とか行けるわけない。私にそんな度量ないし器もない、優しさもないし信念もない。なーんにもない。
本当に私には何があるんだろう。
何かしなきゃと思いつつこれだと思えるものにはやっぱり出会えない。
綺麗な景色とか写真とか芸術とか、そういうものに触れて感動することはあるけど、自分もそういうものを誰かに与えたいとハルクのように思うことはできない。
私の出来ることなんて、自分の想像の世界で生きて自分を憐れんでそれでおしまい。
ハッピーエンドを探して奔走してるだけ。
何かしら譲れないものがあるって盲目的に信じてるけど本当にそんなものあるの?
自分には覚醒の時が訪れるはず!なんて思ってるけど本当にそうなのかな。
確かに私にはオンの時とオフの時がある。
乗ってる時は波に乗れる。不可能なんてないって信じられる。
そういう自分は正直嫌いじゃないし、そういう人間でありたいって常々思ってる。
でもそんな自分もいつしか影を潜めてしまって、自分に本当にそんなポテンシャルがあるのかどうか疑わしく感じてしまう。私には何が出来るんだろう?・

エッセイだってやる気がある時はここでしか自分の実力は発揮できないと思って結構気合い入れて真面目にやってる。ていうかそれは当然のことだって何となく思ってる(たぶん性格)
でもそれ以外の私って何だろう。今何してるんだろう?
毎日恋愛にうつつを抜かして、愛に生きるのが全てだみたいに思い込んじゃって。
それでそういう現実を見て目を覚まさせられて。
正直私は恋愛してない自分の方が好きかもしれない。
なりたい自分になれる気がする。
恋愛なんてやっぱり障害にしかならない。面倒なだけ。いやだな・・
自分より誰かを優先して考えてしまうのが嫌。
そして相手にもそれを要求してしまってる事実に気付いて、それが恐らく叶えられないことに気づくことが嫌。
幸せな夢を見るのはいけないことなのかな。
私が欲しいのはあの人との未来です。

000208-3 

2008年02月14日(木) 1時44分
最近このぐらいの時間まで起きてると急にテンションがおかしくなる。
寝てなくて頭が働かないのかただ単にやる気がないだけなのか解らないけど、何も頭に入らなくて調べる気にもならなくてただ単純に自分の低能さに嫌気がさして全部投げ出してどこかに逃げたくなる。
言葉にすれば気が楽になるのかとこうやって書いてみてもこんなの騒ぎ立てるようなことでもないし逆に自分の器の小ささを見せつけられてい
るようで何だか全てがどうでもよくなってしまって結局は書いた内容を消すことになって時間だけが無駄に消費されていく。
多分解らないことにしておけばやらなくて済んで楽だから脳が理解することを拒否してるんだとしか考えられない。
しがらみさえなければ自発的にでも知りたいことなのにどうしてストレスの根源にしかならないんだろう。
それこそnegative rightを有する身としては放っておかれる権利があるんじゃないんだろうか。いや、それ以前に大学という場で教育を受けれるpositive rightを堂々と行使している時点でそれは有効ではないのか。上手い具合に出来てるんだな。
うん、とりあえず終わりが見えない。
果たして明日の朝10時に間に合うんだろうか?何だかえらく取り乱しそうな気がして嫌だ。一年に一回はあるんだこういうの。もう無理だと思って教室を飛び出して言葉通り逃げる。のが通用するのは高校まで。


最近英語の発音が出来ないんだ。フランス語の試験のボーダーが越えられなくて相変わらず中学レベルの漢字すら書けない。どうして自分は学問以外で真剣に悩むことが出来ないのか本気で解らない。でももうそれ以外で自己主張出来る手段が思いつかない。だから相変わらず人生を心の底から楽しむことは出来てない。でも生きてるだけで感謝しなきゃいけないのにそれ以上のことを求めて自分はどうしたいんだろう?生きてる分何かを誰かに返せているのかな。どこで何を間違えたんだろう。それとも何も間違ってない?常に両極を行き気してれば少なくとも自分を慰めることぐらいは出来る。それに何の意味があるかは解らないけど。




・・今更だけど何故自分はこんなこと書いてるんだろう。深夜のテンション・・?まぁいいや。

100208 

2008年02月10日(日) 23時48分
泣くっていう行為は実はそんなに綺麗なものじゃない。
涙を流すということはいろんな感情の象徴かのように思われてる。
例えば悲しさだったり悔しさだったりその他色々。
だけど私の場合泣くという行為を通じて憐憫を醸し出しているだけにすぎず、
そのことで結果的に自分を憐れむことができる。
哀れんで可哀想に思って猫可愛がりするだけ。
可哀想な自分、何ていう悲劇なんでしょう。馬鹿っていうより何ていうか言葉にできない。
自分で満足しているレベルで済むなら別にいいけど、それに周りの人を巻き込んでいることが何よりも言葉にできない部分。呆れ?いや、それ以上のもので私の貧相な語彙力ではとても思いつけないくらいの呆れ。
冷静にちゃんと物事を考えられてるんだろうか自分は?
冷静なつもりで実は自分の世界に入りすぎてるんじゃないだろうか?
乙女は妄想する生き物だというけど自分の場合妄想を通り過ぎて空想の世界を勝手に作り上げてるんじゃなかろうか?
今泣けば楽になれるとか、今泣けば感情の波に浸ることができるとか、そうじゃなきゃ今の感情を表す術がないとか、あるいは今は泣くべき場面だから涙を流すのが必然だとか。
そういう思い込みによってでしか涙を流せないってつまりそれは全部計算なんじゃなかろうか?
理性的な部分が残っていて涙を流すってそれはつまり自然に内からにじみ出るものではないことであって、
一言でいえば無理して作ってるだけってことだ。
それが本物の感情だなんてどうやったら言えるんだろう?
正直にならなきゃ。私は嬉しいと思うはずの場面でうれしいと思わなかった。それはいったい何故だろう?
答えを考えるのが怖いから自分を偽ってみせる。そういうことでしょうか?
好きでいたら自分がだめになると思って好きじゃないとか忘れようとか冷静になろうとか思ってたら本当にそういう感情が消えてしまったとかそんな救えないオチになるんだろうか。
あ、でも今それ考えたら本気でちょっと波が来た。悲しいみたいな嫌だみたいなちょっと泣きそうなそんな感じ。
そうやって正直な感情だけ大事にしたいのに、どこまでが自分でそう仕向けててどこまでがそうじゃないのかそのボーダーラインがあいまいすぎる。
どこまでが計算なんだろう?どこまでが自然な自分なんだろう?本当の私って実は真面目に自分にすらわからないとか?そんなあほな話があって良いんだろうか。
私はここだけの話すごく不安です。本当の自分がrevealされるのがすごく怖いです。
だけど一緒に生きてみたい人に出会ってしまって今まで考えたこともないことまで考えてしまって、まっとうな恋をすれば皆こういうことを普通に考えるんだろうかとか思ったりして。実は私がそういう普通の幸せを知らなかっただけで、こんなの特別でも何でもないんじゃないだろうかとか思ったりして。そして相手はそういう感情を以前にも抱いたことがあるんじゃないかとか。いろいろ考えては日々の生活に集中できなくてああちきしょうってなる。

000208-2 

2008年02月06日(水) 1時32分
今日嫌なことを思い出して気分が急降下した。
同時に自分は今すごく平和な毎日を過ごしていることにも気付いて、昔の方が精神的によっぽどタフだったんだなって思った。

最近よく何かで悩んでる時、その内容はほぼ確実に勉学関連だという事実にそんな人生で良いのか?と疑問を覚えていたんだけど、本当は勉学以外のことに悩めるほど何かに興味や関心を持てないんじゃなくて、もう今更何も思うところがないからなんだ。
一言でいうと諦めってことなんだろうけど、自分は諦めて生きてる自覚がないまま過ごしてきたことに微妙にショックを受けた。
「自分はこういう性格だから○○は特に気にならない」って程度のものだと思っていたけど、本当は○○に該当する何か(何でもいい)を信じてた時期もあったんだ。それこそ友情とか信頼関係とか絆とか一口で言うと愛情とか。
正直私は今まで起きた嬉しいことも嫌なこともほとんど覚えてない。
その時感じたことや思ったことが影響して今の私があるんだろうけど、何を思ってそう変化してしまったのか、そこまでは覚えていない。
だけど意識的だろうと無意識的だろうと影響を直接与えたものを忘れたところでその時悟ってしまったものまでは消すことが出来ない。
非常に曖昧な形のまま自分の中に燻り続けて、知らない間に自分という人格を形成していってる。何だか愉快じゃないね。

000208 

2008年02月04日(月) 22時38分
デモクラシーデモクラシーデモクラシー。

まだ何も解ってないけど読めば読むほどdemocracy is a shamの言葉が重く圧し掛かる。
だけどシステムとしての民主主義じゃなくて一個人としての自分の所有する自由というものについて考えなければ。
いや、そんな義務はどこにもないし時間を無駄に消費しているだけなんだろうけど欝になる原因を根源から絶やしてしまいたいんだ。きっと無理だろうけど。
ほんと何だろう一体。自由って何?
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:rina
  • アイコン画像 性別:女性
  • アイコン画像 血液型:O型
  • アイコン画像 職業:大学生・大学院生
読者になる
2008年10月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
最新コメント