【ボーダーその線を越える時】(2)死の境界…「自分らしく」最期は自然に13ページ

January 05 [Wed], 2011, 19:26
不自由を覚悟して「生きる」か、尊厳を保ちながら「死ぬ」か−。生死を分ける境界に直面したとき、究極の選択を迫られる瞬間がある。以前ならば自然に死を迎えた状態も、医学の進歩により人工呼吸器や胃ろう(胃に直接栄養を送る装置)を付けることで、生き長らえることが可能となったからだ。千葉県習志野市の清水富久雄(49)も10年前、その境界線に立った。自宅6畳間のベッドに横になった清水の体はやせ衰え、のどには人工呼吸器のチューブ。室内にはプシュー、プシューという呼吸器の無機質な音が繰り返し響く。平成11年、筋萎縮性側索硬化症(ALS)という難病を発症した。全身の筋肉がやせ衰える病気で、治療法はない。2年後には全身不随となり、食事や呼吸もできなくなった。呼吸器を付けて全身不随のまま生きるか、それとも付けずに死んでいくか−。ALS患者の約7割は「死」を選ぶ。しかし、清水は「人には生まれてきた意味がある」と生きる決断をした。声も出せない体だが、文字盤と目線で一文字ずつ懸命に意思を伝える。わずかに動くほおで器用に障害者用のコンピューターも操作する。2カ月に1回程度、介護系専門学校に出向き、臨時講師として自身を“教材”とした介護の実践授業に一役買うなど、生きがいも見つけた。「死にたいと思ったのは病気を告知されたときくらい。私は笑って生きていけると思ったから、生きることを選んだ」
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