壊れていくのが怖くて仕方がないと思う日々 

2005年08月09日(火) 21時21分
あの子が俺に対して好きだといった

それは彼氏彼女の関係になれる合図ではなくて

それでつなぎとめておく鎖だということに気づいたころは

もう遅かった

弱かっただけだと純粋に思う

あのころは人を信じることしかできなかった自分が居て

ただ、離れていく恐怖を恐れてた

だから、手放したくはない

手放したくはないんだけれど腕を伸ばすたび

君は俺の手をするりするりと抜けていく

嫌だ

離れないで

嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ

こうして俺はまた一人

明るい詩が書けるようになっていた彼女を祝福することも

何もできず

ただ横に並んでいる人が俺じゃない

それだけだったのに

俺を深く深く

戒め

責め

追い詰め

傷つけ

踏みにじる

裏切られたという覚えはない

ただただ理不尽な妄想だが

それでも、なんか悔しくて、許せなかった

最後にとんだ鳥は一体何を思うか。 

2005年07月26日(火) 3時48分
必然的に思うことがある。

それは劣等や葛藤やそんなことの入り交ざって交錯することで成り立つことなわけで。

一方的な心身的な破壊を、その考案は生み出し、望む。

壊れていくのがわかる、今、自分でも。

そういう宿命にいるということさえ、はっきりと。

あがなえばあがなうほどわかることは、ただひとつ。

このままでは死んでしまうのではないかという恐怖。

自身がそれを望んでしまうようになることほどこの恐怖概念はぬぐいきれない。

俺が望んでいることは一体何か、というとまったくべつの話。

コンプレックス 

2005年05月29日(日) 19時56分
誰にだってそういうものってあるよね。

人との比較なんてわからないけどコンプレックスなんていうものが俺にはくそほどある。

昔は身体的なものでどうしようもないことばっかり延々言われ続けてきた。クラスの連中が俺のことみて「整形すれば?」なんていってくる。

苦しくても我慢した。
けど、親に生んでもらったからだが憎たらしくなったこともあった。
親に情けないなんていわれた日にはこんなことを言い返したことを今でもはっきりと思い出す。

「そんな情けない子を産んだのは母さんだよ」

母さんはすっげぇ辛い顔してた。あのときの母さんの顔を今でも忘れちゃいない。

疲れ果ててた母さんは俺に向かってこういった「ねぇ、あなたはそんなに死にたいの?」
そんなことを言ってた。
俺の所為で母さんめっちゃくるしんでたんだって、あの時わかった。
「いくら辛くてもそんなのちっぽけよ」
なんていうから俺のこと全然わかってくれてないと思ってた。
すげぇ心配してたんだな。胃潰瘍まで作ったって言ってた。
俺を心配させまいとがんばってくれてたんだ。

なんて馬鹿な息子なんだろうって、1年たった後に気づいた。

どんだけ感謝しても足りない。

母さんに辛い思いさせたから、今俺も罰が当たってるのかな。

母さん、ごめんな。
そして、ありがとう。
俺はいますげぇ辛くてつぶれそうだけど、がんばってるよ。

なき疲れました 

2005年05月26日(木) 1時49分
4月27日に彼女を亡くした俺。

其のときこんな手紙を書きました。
いや今日いろんなことがあって、俺字が下手だからワープロ文章で手紙なんて書きました。
ひでぇ。

最後の最後までこの手紙が彼女に読まれることもなく、棺の中に入っていました。

この手紙を見てたまに彼女のことを思い出しながら泣いています。

天国でも幸せそうにしてるかな。俺は幸せだけどなんだか今は辛いよ。
明日は笑ってるから、元気にしててな。

というわけで 

2005年05月25日(水) 0時43分
初めてのブログ行ってみよう!

まぁ何を語るのかっていうと日記的なものは一切合財語られないと思われますのでそこら辺ご容赦ください。

コラム的な要素多重に含んでおりますのでそこら辺もご覚悟を。

後これらはオタク嫌いやオレンジレンジ好きやモーニング娘好きが見るとなると怒りを覚える文章が書きなぐられていく可能性も出てきます。そこんとこ了承ヨロシク。

というわけで第一回のコラム。

MUZIEっていう大手音楽サイトのことを知らない人は今ではそう少なくはないはず。
其の中で上位を占めるONOKENって言うアーティストが好きです。
FELYSから始まりLataiaなどさまざまな名曲を発してきたONOKENさん、なんと今度I/Oというゲームを出すらしいではありませんか!
いやだいぶ前から知ってましたけど。
何か小難しそうでああいうげーむはやる気になれないです・・・

あ、音楽だけください

かくいう俺の音楽の出会いは3歳くらいの頃。
其のとき俺と母さんはこういうやり取りをしたという。

母「ちょっと○○(←本名)出かけるわよ」

俺「えー、やだよ、なんか母さん嫌なところに連れて行きそうなんだもん」

母「チロルチョコ上げるから」

其の頃純粋だった俺、そしてチロルチョコが大好きだった俺に、其のとき拒否権はなかったのだと悟りました。

まぁ詰まる話チロルチョコにまんまと釣られてYAMAHA音楽教室に通い始めたってだけなわけですが。
まぁそんなチロルチョコ一個なんかで奪われた自由で、母さんへの恨みが其の頃は耐えなかったですな。マジで。

そりゃぁもう当然音楽なんて糞食らえ小僧にもなるわけですよ。
しかしながら中1の頃、音楽の授業でピアノが教室にあるわけですよ、音楽室に。
ちょっと気まぐれで弾いて見たらみんなにちやほやされる始末。

最初から乗りやすい俺はもう、調子ぶっこきまくって3年連続合唱会の伴奏なんてやっちまうってもんですよ。

其の頃からピアノへの情熱があふれ出して、後に音楽そのものへとあふれて言ったわけですよ。

いやー、今となってはチロルチョコに感謝だな

ありがとうチロルチョコ。
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