もしも僕が偉くなったなら 

May 04 [Tue], 2010, 0:06
やっと新居に電話を引けました。

この四月から異動により
新しい学校に赴任しましたが,常軌を逸した激務に
リンゴならずとも「HARD DAYS NIGHT」とぼやかずにはいられません。
初出勤した四月一日から,翌朝をそのまま職員室で迎えました。
以来,丑三つ時に家に帰れれば,
「今日は早く帰れたな」とほっとしてしまうような日々です。

読書とロックと映画を楽しむ私の人生,台なし。
やりきれん。こんな狂ったような人間性否定学校で六年も働けってか。
冗談でしょ。

先日,ひょんなことから私の勤務個票を
ちら見することがありましたが,
そこの最下段に,「異動希望:研修校」と記されてあり,唖然としました。
私はこれまで一度たりとも,
そんなことを言ったことも書いたこともありません。
むしろ積極的に,全身全霊をかけて拒否をしてきたのです。
校長にももっと上の偉い人にも,臆することなく一貫して
「興味ありません。ぼくには向いてません。行きたくありません」と
表明し続けてきたのです。
おいおい,前任校の校長,おふざけがすぎるだろ。

四月から,エンドレスで心に鳴り響くのはタイマーズの「偉人のうた」。

「当たり前だろう そんな権利はないさ
 いくら偉い人でも 当たり前だろう
 どういうつもりなんだろう どこのどいつなんだろう 
 当たり前のことすら よく分からない偉い人」

昨日も今日も,
明日も明後日も学校に行くさ。

今,世間はゴールデン・ウィークなんだってね。


機械仕掛けの少年 

February 21 [Sun], 2010, 23:13
四谷シモン『人形作家』読了
















殺人的に忙しいのだ。

丑三つ時に、ふらふらになって帰宅し、
少しだけアルコールを入れて、すぐ床に入る。
しかし、抱え込むものが多すぎて、
意識はすぐには眠りに落ちてはくれない。

寝入るまで少しと、ひもといた本書。

四谷シモンの自伝。

毎日、「人形ってなんだろう」と考え続け、
新聞紙に「人形」と書き続けては
ストリップダンサーの母に心配をかけていたという
のちの四谷シモン、小林兼光少年の狂気にぞくりと寒気がした。

そんな小林少年が
金子國義と出会い、唐十郎の状況劇場に跳び込み、
そして、ハンス・ベルメールを語る澁澤龍彦にたどりつく。
「遅れてきた青年」である私のような者には
あまりにもまぶしい60年代の新宿のシーンが描かれている。

一気に引き込まれて、読みきった。
で、もう、寝坊が怖くて眠れない、という時間になっていたのだった。

 (講談社現代新書、2002年11月20日/2004年10月1日二刷)

虫みたいなもの

日本文学史上最初のライトノベル 

February 02 [Tue], 2010, 22:52
ああ、恥ずかしい。

象徴としての夜会服

さきの記事のなかで
角川文庫版『夜会服』を「初の文庫化」なんて書いていますが、
すでに集英社文庫で出てました。

しかも、私、持ってました。

もうじき引越を余儀なくされるので、
部屋にあふれる書物を少しずつ段ボールに詰めているのですが、
そんなときにひょこっと出てきたわけです。


解説は篠田一士。

篠田氏はここで
『永すぎた春』『お嬢さん』など一連の通俗小説について、
「ライト・ノヴェルとよんでみたら、どうだろうか」と提案しています。

ウィキペディアをひらいてみると、

 「「ライトノベル」の命名は、1990年初めにパソコン通信ニフティサーブの「SFフ
  ァンタジー・フォーラム」において、それまでのSFやファンタジーから独立した
  会議室を、会議室のシスオペであった神北恵太が「ライトノベル」と名付けたこ
  とが始まりであるとされる」

とありますが、実は1977年に篠田一士が造語したのだった!
日本文学史上、最初に「ライト・ノヴェル」と称されたのは
三島由紀夫先生の『夜会服』だった!!!

ああ、もう、とにかく、恥ずかしい。

(集英社文庫、昭和52年11月30日第1刷、昭和54年2月10日第5刷)

コップのなかの嵐、あふれる。 

January 23 [Sat], 2010, 22:58
小谷野敦『文学研究という不幸』読了
















文学博士号をとったものの定職がない、という
人文系難民あふれるオーヴァードクター問題の内実を
詳細に、赤裸々に暴き立てる痛快な一冊。

ここにあるのは小谷野トンの「私怨」である。

帯には本書のメインテーマとそれほど関連のない
漱石鴎外龍之介の写真が用いられているのだが、
こんな帯を巻いた出版社なり編集者なりの気持ちはわかる。
本書で延々と述べられる現役の大学教授連への痛罵はやばすぎる。

部外者の特権として、面白く読ませてもらってはいるが、
小谷野氏のこれからが少し心配になってしまった。

それでも、小谷野氏にはこのままガンガン突っ走ってほしい。

ぼくは小谷野氏を支持する。

              (ベスト新書、2010年1月20日)

みんな騙してやる。 

January 17 [Sun], 2010, 1:10
我孫子武丸『探偵映画』読了
















結末のシナリオを明かさぬまま、
撮影の中途で監督が失踪してしまった。
残されたスタッフと役者は
断片的な撮影済みのシーンから
結末をもっともそうに予想する。

基本的なデータを物語前半で提示した後で、
登場人物それぞれに解決を語らせる多重解決モノといえるが、
その登場人物が、映画の出資者でもある役者であり、
自分の役柄を印象的なものにしようと
都合のいいようにストーリーを創り上げるところ
(要するにみんな犯人になろうとするのだ)に、
多重解決の必然があり、実におもしろい。

しかし、ひっかかったことが一つある。

本作の冒頭(30頁)で、
ホドロフスキー監督の『ホーリー・マウンテン』の
ネタを割ってしまってしまっていることだ。
それは決してただのひけらかしでなく、
物語の要請として充分に了解できるものなのだけれど、
高校二年の時に観て、その衝撃的な結末に
のちのちまで残る深い傷を負ったものとしては、
まだ未見の読者に対して「かわいそうに」と感じてしまう。

解説やガイドブックの紹介、
最大限の敬意をもって模倣した実作でもそうだけれど、
これからその名作と出会うものの新鮮な驚きを奪ってはいけない。
推理小説を読むときにも、
それが「叙述トリック」だと知って読んだかどうかで
その読書体験が全然変わってしまうのだから。

米澤穂信氏の『愚者のエンドロール』の
あとがきで書名を知ってから、ずっと気になっていた作品で、
こたびの文春文庫での復刊を期に読んだ。

   (1990年作品、文春文庫、2009年12月10日)

教師と刑事と媚薬
探偵ではなく推理作家

うちの姉に限って 

January 14 [Thu], 2010, 23:20
緑川伸一『馬鹿姉妹』読了
















1月9日、タワーレコード近鉄パッセ店で
ミドリカワ書房インストアライブを観た後、
階をひとつ下りて、8階の星野書店へ。16:30。

そう、緑川伸一『馬鹿姉妹』刊行記念サイン会である。

サイン会では、生来の人見知りのため、
こちらから話しかけることもできなかったが、
緑川伸一氏は「フルネームで(いいで)すか」と、
さらさら為書きまで書いてくれた。

緑川伸一。
ミドリカワ書房その人であり、
『馬鹿姉妹』は氏の本名名義での作家デビュー作である。

1ページ目を読んだときには、
あまりの素人くささに書を閉じたくなった
(書店で手にとって見てもらえらばわかると思う)が、
「希望の光」という新宗教に突然入信してしまった姉と、
その妹の反発とすれ違いを描いたストーリーには、
個人的に興味深く感じるところはあった。

年会費やらグッズやら、追っかけにかかる浪費をもって
「アイドルやロックバンドのファンクラブ」を
宗教への献身的狂信になぞらえるあたりも、
ミドリカワ書房らしいといえば、実にらしい。

『みんなのうた4"ever"』に収録されている
本書のイメージソング「馬鹿姉妹」の理解の補助線として
ファンには不可避のものではあったというところか。

併録の中篇「憧れのシンガーソングライター」の
とてつもないぬるーい感じもそこそこ面白かった。
ただ、タイトルはひねりがなさすぎて、いただけない。

10部からの自費出版を請け負う遊タイム出版としては、
けっこう売れる出版物となろう。

             (遊タイム出版、2010年1月1日)

「腹は減ってないか?」
教師全員八つ裂き

腹は減ってないか? 

January 14 [Thu], 2010, 21:30
ミドリカワ書房「みんなのうた4"ever"」
















1月9日「マッハ弐」鑑賞後、
タワーレコード名古屋近鉄パッセ店へ。15:00。 

そう、ミドリカワ書房、
「みんなのうた4"ever"」発売記念インストアライブ。

いつものハマショウが流れたあと、
エレベーターに乗ってミドリカワ書房登場。
多くの客が登場前からエレベーターをちら見してるわけで、
私と同様に、リピーターが多い。

「CDが売れないんで、私もこうしてまわってるわけです」
とぼやきながら、歌い出したのは新曲、
微笑ましい自画自賛チューン「ミドシンを聴きながら」。

自賛か自虐のどちらかに振り切ったMCを挟みながら、
「大丈夫」「私の恋愛」「夢が叶った男」「だまって俺がついていく」と、
5曲をガツンとギター一本で歌い上げた後、
「あんまり歌っちゃうと、明日のライブに来てくれなくなるので」
なんて、ライブの告知をしてインストアライブは終わった。
教え子の成人式と同窓会がなければ私も駆けつけただろうが、
こればっかりはやむなし。

今回は、CDへのサインはなく、
ミドリカワ書房手ずから渡されたのはこんなサインカード。



















いいなぁ、ミドリカワ書房。

まあ、フツーに当たり前のこととはいえ、
今回は撮影禁止だったことが、ちょっと残念。

さて、この元旦、
世に問われた「みんなのうた4"ever"」。
ややルポライター的な要素は薄れたものの、
ネット依存の引きこもりを描いた「大丈夫」、
兄と妹の痛切な闘病記「妹の日記」、
いじめられっ子の転校を余分な説明抜きで
シンプルに描く「転校生」(「ごめんな」続編)など
シリーズ最終を飾るにふさわしく、長く愛聴できる曲が収められている。
ただし、登場人物や設定に集大成的な面があるため、
ビギナーにはまず「みんなのうた」一枚目から聴くことをお勧めする。

                   (桜桃社、2010年1月1日)

教師全員八つ裂き

ターゲット:恥骨、腹部、みぞおち。 

January 12 [Tue], 2010, 23:17
『映画の中のムエタイテクニック マッハ!!!!!!!!』読了
















まったくなんて本だ!

109シネマズで購入。
「マッハ!弐!!!」を観終わり、パンフを買おうと売店をのぞくと、
こんなんがガラスケースのなかに鎮座していたのだ。 ¥2000。
内心の驚きを、いもしない誰かに隠しつつ、さりげなく買い求める。
物販のお姉さんはちょっと探した後に、奥の棚から一冊持ってきたさ。

さて、本書は、
「マッハ!」のなかで用いられたムエタイのテクニックを
連続写真を用いて逐一解説したものである。
格闘ゲームの技一覧をイメージしてもらえるといいだろうか。
















用途を問われるとさすがの私も困ってしまうが、これがわけもなく面白い。

「ラアームマスーンクワングクワーン
 テクニック:体を前方に傾けながらジャンプし、肘を垂直に引き上げ
        空中で相手に振りかざす
 ターゲット:頭、頭天」

一見ただのジャンピング肘打ちにもこんなすごい名前があるわけだ。
解説も詳細なんだか、それさえもよくわからない。

また、ところどころにこんな注記が添えられてある。

「ハヌマーンダヤーンは相手ののどを狙うテクニックであり、膝で相手の
 のどを攻撃する。映画の中ではキャストに保護用具を使用できないので、
 パノムは相手をケガから守る為に攻撃力を弱めた。」

要するに、あまりに危険な技のため、
映画のなかでトニー・ジャーは力をセーブせざるをえなかった
ということなんだけども、いいね、いいね、この裏からの煽り方。

ちなみに、注にあるパノムというのは、トニー・ジャーの
タイでの名前である(トニー・ジャーは海外向けの芸名)。
本書では「パノム・イーラム(トニー・ジャー)」と記されている。
(しかし、「マッハ!弐!!!」の撮影の前後に、験を担いで、
 すでにタッチャコン・ジーラムに改名している。)

いやー、我ながらいい買い物をしたな。
                  

「全篇98分すべてがアクション!」 

January 11 [Mon], 2010, 23:22
『マッハ!弐!!!』
















1月9日、公開初日に観に行ったさ。

15世紀のタイ、
スコタイ王朝からアユタヤ王朝への過渡期を舞台とし、
両親を殺された一国の王子が、山賊「ガルーダの翼峰」に拾われ、
そこで身につけた武術をもって復讐を果たすというのが骨子である。

物語についてはここではまだ多くを語れない。
なぜなら、驚くほど尻切れトンボであるからだ。

本作制作過程における
制作費の不足やスタッフの不和、
トニー・ジャーの失踪や縁起担ぎの改名などの
漏れ聞くエピソードを思ったとき、
この中途半端なエンディングと続編の制作を
最初から想定して撮っていたかどうかは、かなり怪しい。
おそらくは、アクションシーン(やセット)に凝りすぎて、
資金だの時間だの、いろんなものをオーバーしてしまったというのが、
本当のところではないかと思う。

そう、アクションを詰め込みすぎなのだ。
創意工夫に溢れたアクション、
ねりにねられたアクションが一分の隙間もなく繰り広げられるのだ。
「全篇98分すべてがアクション!」という看板にまったく偽りはない。

ジャッキーへの敬意にあふれる
酔拳や各種の形意拳(蛇拳、蟷螂拳、虎拳)、
これがもう革新的に素晴らしい。いや、ホントに。
トニー・ジャーがクンフーの型をここまではっきりと打ち出すのは
もちろん初めてのことだけれど、
特に、ユーモアを徹底的に排除し、
トニー・ジャーらしい逆関節への打撃を巧みに織り込んだ
恐ろしく実戦的な酔拳は、観るものをびびらせるばかりである。

硬質な肉体を柔軟に駆使するトニー・ジャーのアクションは
これまでのアクション映画をいい意味で丁寧になぞりながら、
明らかに新しい地平へと進んでいる。
もう、別次元である。進化形である。
ハリウッドでも香港でも、もうこんなアクションを撮れない。
本作を前に、ただただ羨望の眼差しで呆けることしかできないだろう。

ダン・チューポン「鴉男」との決着は次作に持ち越されている。


さて、東海圏での上映は名古屋でたった一館であって、
1月9日、この公開を待ちわびたアクション映画ファンが
一斉に「109シネマズ」に駆けつけたわけだ。
しかし、258人が入るシアターに集まったのは、わずか22人。
後ろを振り返って、簡単に数えられてしまう人数だったさ。
「チョコレート・ファイター」でももうちょっと多かったぞ。

『ONG-BAK3』はどうなってしまうことやら。



















(トニー・ジャー/パンナー・リットグライ監督作品、タイ、2008年)


もういくつ寝るとお正月
怒れる不死鳥
堕天使マッハ!
邂逅
チョコレート・ドラゴン!
You can be disheartened, but do not give up
ONG-BAK2の邦題は?
取り戻したい象がいる!

では次の方、どうぞ。 

January 07 [Thu], 2010, 22:48
西澤保彦『腕貫探偵 市民サーヴィス課出張所事件簿』読了
















もともとが
論理の上に
論理を積み重ねる作風を得意とする
西澤保彦氏であるから、
野暮な捜査や取材の過程をぶっ飛ばして、
「聞き取り」から真相をあっさり見抜き、
端的に語る「安楽椅子探偵」ものは
氏の気質に合っていると言えば合っているのだが、
それにしても、腕貫探偵さんのその語り口たるや、
端的にすぎるだろう。

七編からなる連作短篇集だが、
「恋よりほかに死するものなし」が秀逸。

(2005年作品、実業之日本社ジョイ・ノベルス、2007年12月25日)

ぼくはまだ、ここにいる。
妄執の標的
「ただいま」というひとりごと
残留思念

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