映画「カティンの森 」人間は、こんなこともしてしまうのだ

2010年05月08日(土) 0時09分
「カティンの森 」★★★★DVDで鑑賞
マヤ・オスタシェフスカ、アルトゥル・ジミイェフスキ、ヴィクトリャ・ゴンシェフスカ主演
アンジェイ・ワイダ監督、122分、
2009年12月5日公開、2007,ポーランド,アルバトロス・フィルム
(原題:Katyn )




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「アンジェイ・ワイダ監督が80歳を超えて監督した
1万5千人のポーランド人将校捕虜の殺害の事実の映画、
公開時時間が合わなくて見逃していた映画を
DVDで鑑賞した。
ワイダ監督の父親もこの事件で虐殺されている。」



不可侵条約を反故にしてとソ連軍がポーランドに侵攻した、
この時1万5千人のポーランド人将校が
忽然と行方不明になり、
その後1943年春、
カティンで数千人の遺体が発見され、
「カティンの森」事件が明らかとなった。



この事件はドイツ軍の宣伝にも利用され
ドイツのポーランドへの侵攻の口実ともなり、
事件発覚後、ポーランド人自身でも
語ることが禁じられたという。

ソ連崩壊後、少しずつ事実が明らかになってきたようだが、
この映画はその事実を明らかにするというより、
当時のポーランド将校たちの姿と
彼らの帰りを待つ家族の姿をじっくり描いている。



戦争が終わって半世紀以上、
まだ世界のどこかで銃で人は殺されているが
極東の日本にいる自分たちには
どうにもピンと来ない。

それは自分たちにとっては幸せなことだ、
自分たちの前の世代の人たちが
平和な日本にしようと今の基礎を作ってくれたのだから、
今の状態が良いに決まってる、
こんな平和なぬくぬくとした場所から
出られない自分たちがいる。

この映画は終始冷静にその時の
事実と向かいあっている、
機械的に頭を打ちぬく様子、
人間はこんなことも出来るんだ、
寒々とした風景よりもぞっとするほど心が冷える。


ここから何を感じるか
それはこの映画を見た各々が考えることだ。

第80回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品。

★100点満点で75点


soramove
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80歳を超えてたぶん作りたかったものを作り上げた情熱にホント感動した。
ホントに感動した。

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JUGEMテーマ:映画
本年最後のレヴューは、アンジェイ・ワイダ監督の『カティンの森』。といってもこの作品、2007年の作品で、日本での公開に2年も経ってしまった。『地下水道』、『灰とダイヤモンド』、『鷲の指輪』と、ワイダ監督は、第2次世界大戦におけるポーランドの国内軍の悲劇と、戦後から冷戦終結まで政権を牛耳る事になる共産主義政権(とその後ろ盾であるソ連)への恨み節を、一貫して描き続けてきたが、今回はポーランドとソ連(ロシア)との間の最大の確執の一つである「カティンの森事件」を描いた。この映画(というよりワイダ監督の映画)、とにかくポーランドが辿った現代史を予習しておかないと、内容がさっぱり分からないだろう。1939年9月、ドイツはポーランドに侵攻。第2次世界大戦の勃発である。ほどなくして、東隣の隣国ソ連がポーランドに侵攻。ドイツとソ連は、事前にポーランドの東西分割の秘密協定を結んでいたのである。東西から攻め込まれたポーランドはあえなく崩壊。西側半分をドイツに、東側半分をソ連に占領される事になる。映画冒頭で、ドイツ軍から逃げ惑う人々と、ソ連軍から逃げ惑う人々が、橋の上で遭遇する場面が出てくるが、まさにこの...
聴きたい、観たい、浮かびたい  2010年05月15日(土) 12時52分

1939年、ポーランドはドイツ軍とソ連軍に侵攻され、ポーランド軍将校たちはソ連の捕虜となった。
アンジェイ大尉(アルトゥール・ジミエウス...
心のままに映画の風景  2010年05月10日(月) 18時24分
さて、続いて『カティンの森』の感想を。

監督:アンジェイ・ワイダ
出演:マヤ・オスタシェフスカ、アルトゥル・ジミイェフスキ
公式サイト:http://katyn-movie.com/pc/


■お話■
1939年、ポーランド。ドイツの侵攻から逃れるため、アンナは娘のニカを連れて東へ向
ふゆきにつき  2010年05月10日(月) 10時49分
 『灰とダイヤモンド』をはじめとする抵抗三部作を撮ったポーランドの巨匠、アンジェイ・ワイダの2007年作品。ソ連によって1940年に引き起こされたカティンの森虐殺事件を扱っている。
yohnishi's blog (韓国語 映画他)  2010年05月10日(月) 1時06分
監督:アンジェイ・ワイダ 出演:マヤ・オスタシェフスカ、アルトゥル・ジミイェフスキ ポーランド2007年 かなり混んでいるという噂だったので、正月休みの延長で取れた平日の昼間に行ってきた。観客は中高年ばっかり。観察すると、岩波ホールとブンカムラでは同じオヂサンオバハンでも客層がビミョ〜に異なるのであった。冬休みとはいえ、若い人はほとんどいなかった。やはり「巨匠」は敬遠されるものかね。もっとも、私にしてもワイダの作品を映画館で見るのは初めてなのだ(^^ゞ 1939年ポーランドは
ひねくれ者と呼んでくれ  2010年05月10日(月) 0時28分
(2007年:ポーランド/監督:アンジェイ・ワイダ) ポーランドの巨匠、アンジェイ・ワイダ監督が、戦後封印されて来た、「カティンの森事件」と呼ばれる、第二次大戦中のソ連兵士によるポーランド軍将校虐殺事
第二次世界大戦中の1940年に起きた“カティンの森”事件を描いた作品です。 二つの国に攻め込まれ、それぞれの国の理由で多くの国民の命を奪われたポーランドの歴史が 監督の真摯な想いを込めて創り上げられていました。
とりあえず、コメントです  2010年05月09日(日) 20時54分
霧の晴れた橋の上で、二つの集団難民が行きかう。1939年、ドイツがポーランドに侵入し、10数日後にソ連が進入した。二通りの難民が同時に発生したのである。「こちらに行くと危険だぞ...
再出発日記  2010年05月08日(土) 23時33分
《カティンの森》 2007年 ポーランド映画 −原題 − KATYN 西からドイ
Diarydiary!   2010年05月08日(土) 19時10分
久しぶりに「これはキツイ」と思う戦争映画だった。1939年ソ連のポーランド侵攻から”カティンの大虐殺”の真実が描かれたこの作品。情けないことに、”ポーランド侵攻”について不勉強な私は実は”カティン”の
たいむのひとりごと  2010年05月08日(土) 18時14分
「カティンの森■連合赤軍事件を想起させる」というエントリーに対して明彦さんからコメントをいただいた。ありがとうございます。そのコメントの中で、「人は『国家の命令』『思想...
映画と出会う・世界が変わる  2010年05月08日(土) 8時34分
アンジェイ・ワイダの渾身の作品である。アンジェイ・ワイダ自身、カティンの森事件では父親が犠牲者の一人であり、母親も失意の中で亡くなっている。この事件の映画化はワイダ監督...
映画と出会う・世界が変わる  2010年05月08日(土) 8時34分
2008年のアカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品。第二次世界大戦中にポーランド軍の将校がソ連軍に虐殺された「カティンの森事件」の映画化。監督はポーランド人監督のアンジェイ・ワイダ。監督の父親もこの事件の犠牲者であり、ソ連支配下の共産主義時代には語ることすら許されなかったこの事件の真相が今初めて語られる。戦争の歴史の闇の一つがまた明らかになった問題作だ。
LOVE Cinemas 調布  2010年05月08日(土) 0時52分
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