いつだって 

2005年05月10日(火) 20時02分
少しずつ、本当のことに近いことを夢で見て、そして忘れていく。
去年の春の水曜の昼から続いている夢で。
私が忘れさえすれば消えてなくなる。

だけど夕方は何度でもやってくる。
何も無い日の朝が今になる日。

原因が夢だったから、結果だけがぽかんと浮かんでいる。
それだって明日は修正されるかもしれない。
僕は待っていて、且つ、暮らしている。
夕方をくりかえしながら。

だけど…

まどろむぐらいに 

2005年05月11日(水) 16時06分
現実だと思い込んでるだけで本当はそうじゃないことって、けっこうたくさんあるのだろう。
あ、なんだ。夢だった。
すぐにまたなまぬるい幸せがもどってくる。
だからずっとそうしていよう。そのために生まれてきたんだよ。
ここはいいところだなぁ。
荷物も全部ここにあるよ。私がここにいるためなんだ。
私を悪い方向に持っていこうとする人がいたら、それはちがうってちゃんと言うんだから。
僕がちゃんとここにいることをまもってさえいれば、お空は悪いことはつれてこないんだから。
さぁ、もう大丈夫。

理由のない劣勢 

2005年10月14日(金) 15時36分
起こった事は全て、なんでもないはずなのに。
いつであってもどこであっても同じはずなのに。
私だって。誰だって。
ただ状況と反応があるだけで、困難も停滞も何もない。
知っていたはずだった。

起こりえる無限の出来事を驚かずに迎えられるだろうか。
他人の不幸を受け入れられるだろうか。
他人の苦しみに怯えずにいられるだろうか。
目をそむける自分を安易に許し虚構の世界にばかり遊ぶ。

どうか今度は無関心でいられますように。

個人的趣向 

2005年10月17日(月) 16時22分
食べ物は食べやすさが重要である。
(ぽろぽろこぼれないとか骨が無いとか)

勉強は効率が重要である。

字は書ける速さと見やすさが重要である。

髪型は鬱陶しくないことが重要である。

服装は無難であることが重要である。
(あと、動きやすさも)

毎日は楽しくあることが重要である。
(且つマターリであればなお良い)

文房具は使いやすいことが重要である。

部屋は掃除がしやすいことが重要である。

言っていないこと 

2005年11月07日(月) 18時57分
知らないことについて予想しなければならない時に
平均的なものを持ってこざるをえないのはしかたないことだ。

目の前の世界を 

2005年11月09日(水) 23時31分
隠すなら覚悟しろ。
知らしめるなら覚悟しろ。
そうでなければ俗人はおまえをおとしめる。

心中一人青春 

2005年11月09日(水) 23時33分
まるで選択肢があるかのような。
だから逃げきろう。
一人でうたおう。

まるで選択肢があるかのような
偽物のような世界。

どこに行こうと誰も少しも知らないのだ。
私がときどき天秤でもって策することを。
そんな世界に居る。

この狭い部屋からは想像もつかないような
かけ離れた世界。

だけど守っていきたい。
ずっと変わらない。
僕の僕による僕のための
至高のひとりあそび。

食卓の悲劇 

2006年05月28日(日) 13時26分
野菜サラダが食べたくて、「サラダ買ってきて」と頼む。

そして買ってきてくれたのがポテトサラダだったとき。

とりあえず微妙な気持ちを表情に出さないように注意しながら、お礼を言い、食べる。
食べ終わった頃には、自分でもう一度正しい方を買いなおして食べる腹は残っていない。
そのどうしようもなさ。



出された食べ物は基本的に食べなければならないという不文律と、一般人の胃は宇宙ではないという事実によって、私たちは他にもさまざまな悲劇を経験している。(カロリーオーバーの要因が食欲だけではないなんて、人間はなんと発達した動物だろう。)

他人の家で食事をよばれるときなど悲惨である。
食事を出す側は客を満腹にしなければいけないわけなのだが、客の腹の容量がわからないため、とりあえず多目に出す。
いただく側としては、せっかく出してもらったものを残すわけにもいかないので、とにかく全部食べきる。
悲しいかな、こうしてお呼ばれのたびごとに人は体重を増やしてゆくのである。

飲食店で出される食事さえ、代金がもったいないという貧乏人根性を捨てきれずに結局完食してしまう。

さらに自分の家でさえ悲劇は起こり得る。
家での食事は、残り物の処理という逃れがたい使命を伴うのである。
もはや生ゴミ処理機と化した人々がさまざまな残り物を処理していく食卓。
そして、残り物ばかりではいけないという料理担当者の良心のために、処理すべき残り物でうまった食卓にさらなる未来の残り物候補が追加され、悪循環は続き…

カロリーオーバーする日々は終わらないのである。

文章の練習をするにあたって 

2006年05月28日(日) 14時44分
面白い文章が書けるようになりたい。

ただの感情のメモではなく、他人に読んでもらってもいいような、内容のある文章がかけるように。
そうなれれば強いと思うのである。

文を書くのは好きだ。
自分のために思考の流れをそのまま書くというのが好きなのだ。
そうして書きながら考えていると更なる思考が沸いてきてまた書いて、というのが楽しいのである。
推敲などはしない。
自分がわかればいいメモなのだから。

そんなふうに、他人に向けた文章をほとんど書いてこなかったわけで、このたびそれができるようになれればと思い、練習するのである。
できたほうがかっこいい。

しかし、思考を垂れ流して書くのか、ちゃんと整理して書くのかどっちかにしなければいけないと思った。
中途半端に両方取り入れようなどと考えたら大変なことになる。
ちょっと書きかけて思った。

「とりあえず書き始める」なんてことをするといつもの調子でだらだら思考を垂れ流してしまう。
そして後から推敲し始めたりすればもう、いつまでもこねくりまわして止まらなくなってしまうのだ。
消したり付け加えたり、最初にあった文が全部消えて、そっくりそのまま別なものになってしまいそうな勢いである。

だからやっぱりどちらかにしないといけないようだ。
割り切って思うままに書いていくか、書くことをまとめてから書き出すか。

というわけでこの文章は、考えないで書き始めたので、推敲しないことにした。
…できるだけ。

次元の話など全般に関する前置き 

2006年06月02日(金) 13時00分
せっかく勉強もさぼって時間費やしたんだから、
ここにでも書いてみようと思う。

こんなこと面白がる人いるんだろうか。





数学の話であるようだ。

(最初にことわっておくが、ろくに知識も無い私が勝手に言ってることなので
間違っている可能性も大いにあります。用語とか適当です。真にうけないでね。)
2005年05月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
最新コメント
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:sonnakibun
読者になる
Yapme!一覧
読者になる