イタリア留遊 9日目

April 30 [Wed], 2008, 5:57
4月29日(火) 9日目 雨のち曇り 
il 29 aprile martedi pioggia, in seguito nuvoloso

昨日から少し風邪気味で、今日は一日家にいた。疲れが出たのかな。日本から持ってきたいくつかの宿題をやる日だと判断。
 それにしてもイタリア人ってやつは面白い。例をいくつか挙げてみよう。
 道の至る所に縦列駐車のための駐車スペースがあって、3台分が停まっているとしよう。すると車同士に隙間がほとんどないのだ。酷いときは2台目の前後とも10センチもないときがある。ではその2台目はどうやって出ていくのか。今日、偶然その光景を見た(写真を撮る勇気はなかった)。
 まずバックで後ろの車に優しく体当たりし、グイッと隙間を確保する。続いて前の車に優しく体当たり、グイッと隙間を確保する。そして再び後ろの車に優しく体当たりし、グイグイッと出られるだけのスペースを確保し、何事もなかったかのように出て行った。「バンパーはそのためにあるんだから」と言わんばかりの態度。不思議と前後の車に大した傷はない(もともときれいな車が少ないからよく分からんが)。恐ろしかったのは1台目がベンツ、3台目がアルファロメオ、そして2台目が俺の欲しい車、BMW,Z4 だったのよ〜!! すごいぞ、イタリア。


写真は部屋のバルコニーから撮った下の駐車スペース。
数時間後に2台目の車はいなかった…

 別の話。夕方、スーパーに買い物に行ったら、しめて29.51ユーロだった。
前にもこんな値段だったことがあって、俺は30ユーロと1セント(チェンテージモ)を支払った。日本ではお馴染みの、細かいお釣りを避ける簡単な計算だ。相手は50セントを戻してくれたらよろしい。
ところがレジのお母さんは俺の優しさと言う名の1セントを見て「チョエー??」と奇声を発した。これは決して少林寺の掛け声ではない。「なんじゃこりゃ!?」みたいな意味。どうもイタリア人は計算が苦手らしい。
…と言うわけで今日は最初から30ユーロしか払わなかったのだが、なんとレジのお姉さんが「1セントはないの?」と質問してきた。そのスーパーは「Sma」(ズマ)という大型スーパーで、最初に行った時から親切だなーって思っていたが、ここまでとは!!
ドンキホーテで支払いのとき4円まで使えるサービスがあるが、きっとイタリア人のほとんどの人が「おい!!まさかの4円引きだぜ!!ブラーヴォ!!」ぐらいにしか思えないんだろうなあ…。


スーパーには水が何種類も。
毎回違うのを買っているのだが、どれもかなり味が違って面白い。


先日、お城の公園で遊んでいたら、異国の少女が「遊んであげる」ってな感じで。
お母さんが超美人だった(笑)

イタリア留遊 8日目

April 29 [Tue], 2008, 17:56
4月28日(月) 8日目 快晴 
il 28 aprile lunedi bel tempo

 まずは一週間、無事に過ごせたことに感謝しよう。←この表現、というか、こういった感情、考えを俺はしばしば抱くのだが、では、誰に感謝しているのかと言われると、ちょいと返答に困る。
母は神道、父はビール党の家庭に育った俺は、信仰について問われると「俺俺党です」と答える。大学に入り、俺の勉強している音楽が聖書とは切っても切れない関係にあることを知りチラッと勉強したけど、決して信仰しているわけではない(否定もしていない)。
ミラノの街を歩いていると、どこにでも教会があって(しかもどの教会も歴史がある)、ついフラフラと入りたくなってしまう。厳かなその空間は外よりも冷たく、歴史の重みを背負っているせいか、時間の流れすらも外界とは異なるのでは…そんな錯覚を覚える。
そこに座ることに悪い気はしない。半ば強制的に自分との対話を促される。
俺は音楽家になって「誰かに生かされている」ということを事実として認めるようになった。子供たちに、共演者に、お客様に、愛する人、家族に。
だけど現実的には、生命活動を行っているのは自分自身。つまり自分で生きているくせに、生かされているという発想を認めている。これは当然「他力本願」という意味ではなく、別の誰かの意思により俺が俺でいられるという意味だ。
最初の話に戻る。「誰に感謝しているのか」の問いに対する答え。
俺は、俺を俺として生かしてくれる、その誰かの意思に感謝しているのかもしれない。しかしそれは、決して「俺のことを大事にしてくれてありがとう」という意味ではなく(←もちろんその意思も十分あるよ)、その意思を認めているのも自分自身なのだから、自分の思考のよりどころ、その深い深い部分に潜むもう一人の自分、自分以上の自分に感謝しているのではないか。
人知を超えた存在(たとえばある宗教における神)は、どこか外にいるのではなく、自分自身の中に宿っている…そんな話は分からないことではない。
そんなことを「ビール党」の父を持つ「俺俺党」の俺が、人様の宗教施設で考えたような、考えてないような…。悪くない時間だった。
親父、今日もビール飲んでるのかな〜。

イタリア留遊 7日目

April 28 [Mon], 2008, 21:12
4月27日(日) 7日目 快晴 
il 27 aprile domenica bel tempo

毎日毎日、晴れ。このままいくとイタリア農夫は強烈な雨男の存在を希求するだろう。日本に。
今日はイタリア滞在2日目に出会った日本人の友達がピアノを弾いているレストランに行く日。ワクワクしてでかけた。
家を出るとなんだか賑やかだ。それもそのはず、運河のそばで骨董市が開かれていた。むむむ…分かっていたら1時間は早く出たのに。じっくり見たい衝動を抑え地下鉄へと向かう。



少し早く着いたので散策。行く予定にしていたお城がすぐそばにあった。早速、入城。日本とは違うなあ。



で、店に戻り2時間ほど演奏を鑑賞。ワインとハム、演奏に酔う。歌っていたのは日本人のテノールでとってもいい声。歌い終わるとお客様から大拍手。すると一人のお爺ちゃんがマイ楽譜を持って登場。「帰れソレントへ」をグチャグチャになりながら歌う。「面白いハプニングだな〜」と思って見ていたら、近くにいた別のおとっつぁんが「あの爺さんはあれしか歌わねぇ…」と言ってニヤリ。歌っても歌わなくても、みんな常連なんだねえ。そのおとっつぁんにカフェを御馳走になってしまった。



その後、みんなでピザを食べに移動。なんと家の近所にこんなにおいしいピザ屋が!!あっという間に満席に。
ポルチーニってのは実に美味い!!



そしてまたもや家のそばに有名なジェラート屋があるとのことで移動。これも美味しかった。



心もお腹も満腹になった一日だった。

イタリア留遊 6日目

April 27 [Sun], 2008, 4:35
4月26日(土) 6日目 快晴 
Oggi è il 26 aprile sabato bellissimo tempo

 昨夜のママの手料理(ミラノ風リゾット)を満腹食べ、ワインを飲んでしたたかに酔ったせいか、今朝は8時半にママが出かけるまで目が覚めなかった。
 まずシャワーを浴び、語学の独習、発声といつものメニューをこなし、朝・昼食をとる。
 そして再び歌の稽古。調子が完全に戻った。天井が高く響く部屋なので、上手くなった気がして調子に乗る。
 午後はスカラ座博物館へ。5ユーロ払って中に入ろうとすると、偉そうな感じでケースに入っているチケット販売員のオジサンがグチャグチャ、マイクで言ってきた。俺じゃないと思ったら「待て、待て、中国人、待て」と言いやがった。「まさか…!?」周りを見渡すとアジア人は俺だけ。何かと思いきや「荷物はロッカーに入れていけ」とのこと。「預けるのはいいとして、何かあったらアナタ、責任とってくれるんでしょうな?」と、イヤミの一言も言いたいが、俺のイタリア語にそこまでの瞬発力はなく、日本人らしく「すみません…」と言ってしまうのであった。
 博物館ではヴェルディの自筆譜、カラスの着た衣裳などを見る。それよりも興味深かったのは、マゼールのオペラ「1984」のリハーサルをガラス越しに見学できたことだ。
 今日は電車移動に果敢にチャレンジ。そして地下鉄では念願の自動販売機での飲み物購入にも成功!! 結局、英語に頼ってしまったのだが…。



 帰りはトラム(路面電車)に乗る。車内にある切符のチェックをする検札機? に戸惑う老婆に助け舟。感謝され、少し得意顔。



 そんなわけで今日は早く家に着いたので、20時から食事の準備。パスタとサラダの用意。たったそれだけだけど、全く、一切、絶対料理をしないワタクシが厨房に立つのは、奇跡と言っても過言ではない。記念すべきショットはこれだ。



 加藤さんの「こもりうた」を聴きながら出来の悪いパスタを食べたのだが、なぜか涙が出てきた。

イタリア留遊 5日目

April 26 [Sat], 2008, 2:16
4月25日(金) 5日目 快晴 
Oggi è il 25 aprile venerdi bel tempo

昨日たくさん歩きすぎて疲れていたのか、なかなか起きられなかった。夢の中で子どもの声がする。孫のシモーネ君が昨夜から泊まりに来ていたのであった。最初は緊張気味だったシモーネも、俺を手下のように遊び始めた。可愛い。俺のトランクをゴロゴロ転がしたり、すぐ飽きて俺の携帯で遊んでみたり。



 俺の手帳にグチャグチャと何か書いたと思ったら「ショーレ、ショーレ」と言うもんだから、何を言ってるんだ〜と思ったら、どうやら「太陽」(sole) のことらしい。
 ママが迎えに来た時は嬉しそうに興奮したくせに、帰る時になると、嫌だ嫌だと床でゴロゴロと転がって泣いていたシモーネ。可愛いなあ、本当に。
 午後は歌の稽古。技術が落ちないように、毎日、2時間は稽古することにしている。まるでプロの声楽家みたいだ。ピアノはなくてもいいのだが、無いよりはあったほうがいいに決まっている。ロールピアノを借りた。パソコンに楽譜を立てかけて、立派な稽古場の出来上がり。



声の調子は昨日まで最悪だったんだけど、だいぶ戻ってきて嬉しい。なぜか「あしたのうた」を練習した。ミラノ初演である。加藤さん、プロフィールに書いていいよ。
夕刻には散歩に出る。近所に立派な教会があったり、美術書専門の本屋があったり、なかなか楽しい街だ。
シモーネに次合う時のために絵本を購入。15.50ユーロ(2.500円くらい)。結構高いなあ…。ま、可愛いから許す。




さて、観光モードも切り替え時期かな。明日からは持ってきた仕事と、語学と、とにかく計画的に過ごそうっと。
時間があると、心に余裕ができて何事もはかどる。日本での忙しさは何だったんだろう。ちょっぴりこの「イタリア留遊」の意義を感じ始めてきた。

イタリア留遊 4日目 後半

April 25 [Fri], 2008, 16:22

 何分前から開場なのかな〜と、1時間前からスカラ座前の広場で座って待つ。町の人を観察しているとおもしろかった。外国人が多い町で、この場所は半分以上が外国人なのでは!?と思うほど。英語で会話するご婦人たちが、懸命にマクベスのリブレット(台本)を読んでいる。俺の隣のオッちゃんも「マクベス」と書いた紙(英語で粗筋が書いてあるようだ)をフンフンと鼻歌交じりで読んでいる。


リブレットを読む人↑

 40分前から動きがあった。お洒落した人たちが劇場に入り始めた。劇場の係がホテルの係のように車のドアを開けている。「イタリア人がサービスしている!」と、ちょっと驚く。
 いや、と言うのも、イタリア人の商人ったらちょいと偉そうなんだもん。俺が買い物するとき、ついつい臆病になって、何をしてもらっても「ありがとう」と言う癖があるんだよね。そしたら奴ら「どういたしまして」って答える。日本だと逆だろうよ?
 劇場に入ると黒い修道女みたいな格好したお姉ちゃんが、親切に席まで案内してくれた。俺の席は決して安くない席なんだけど、普通に座ったら舞台の1/3観えるか観えないか…。だから俺の後ろの席なんて、絶対に観えないと思う。現に立って、しかも乗り出して見ていた。わざわざ見えない席を何で作った!?


俺の席からの眺め。乗り出さずに撮った。

 隣も要注意で、昨日は隣のアジア人が体を乗り出して観たり、手をバルコニーの外に出して組まれると(彼も観えないのだから仕方ないけど)、俺の視界はほぼゼロになってしまった。韓国人かと思ったので英語で「手をどけておくれ」と言ったら、「ああ、申しわけございません」と日本語で言われドキッとした。頼むぜ、日本人。
 豪華な劇場は思ったほど大きくなく、これならどんな歌い方しても声が聴こえていいな、なんて考えていたけど、第一音を聴いて驚いた。全く響かないんだもん。これは歌手もオケも実力が試されますなあ…。
 今日はマクベスの最終日。レオ・ヌッチの好演に酔う。舞台は抽象的な衣装と装置で、視覚的にはとっても美しいんだけど、ハッキリ言って意味がさっぱりわからなかった。いや、分かろうと努力すれば解釈は可能なんだけど、芝居のスタイルと、その見せ方のスタイルに統一感がなく、極端なことを言えば「舞台を見ないほうが100倍感動した」ってな感じ。いや、正面からしっかり観たら違ったのかもしれないね。
 演奏は本当に素晴らしかった。指揮者の大野さんのリードも素晴らしく、歌手陣も総じて良かった。横に座っていたイタリア人の爺さんが、大野さんに「ブラーヴォ、ブラーヴォ!」と叫んだので、思わず握手をしてしまった。
 とりあえず、最後の最後まで拍手を続けた。すべての拍手が止むまで。最後まで拍手したのは間違いなく俺です。
 友人にも会い、写真を撮ってもらった。記念すべきスカラ座デビューを!!


宮本益光、スカラ座にてデビュー

イタリア留遊 4日目 前半

April 25 [Fri], 2008, 8:58
4月24日(木) 4日目 快晴 
aprile 24 giovedi bel tempo

 今日は欲張った一日になってしまった。
 スカラ座初体験の日ということもあり、俺は朝から興奮していた。20時開演という、日本では不思議な開演時間ということもあり、その時間までどのように過ごすのが最もスマートか、俺は考えに考えた。
 旅の勢いってのは恐ろしいもので、とりあえず2日目に見たDUOMOの中を見て上まで登ってみよう!! と、冷静に振り返ると無茶な観光計画を立ててしまった。疲れ果ててオペラで寝ちまうぞ!!



 と言うわけでまずはDUOMOのレポート。
その前にお断りしておくが、この「宮本益光のイタリア留遊日記」は海外旅行を経験した方、イタリア留学経験者、博識の方にとっては、なーんも面白くもない可能性のある、つまりただのド素人海外日記である。「なんだよ、そんなことも知らないの?」なんて言わないでね。一生懸命生きているのですから。
 閑話休題。
 まず入り口で警察官か何か知らないけど、全く笑顔のない兄さんが俺を止めた。実は俺ったら初めて観光施設に入るときは、なるべくツアーのふりして、団体に紛れて入っているのだ。だって一人だと寂しいんだもん。今回は中国人御一行様に続けて入ろうとしたら、なぜか俺だけ止められて「荷物を開けて見せなさい」って言うのよ。なんで、なんで。
 とうぜん悪いものは持っていないので、オッケーとなり中へ。入ったとたんヒンヤリとした空気に包まれる。そしてその厳かっぽい大空間に圧倒される。「〜ぽい」ってのは、厳かなのかどうなのか分かんないくらい大きくて、ただの観光地になり下がっている感じもあるものだから。でも素晴らしさが勝ったね。
いたるところに「静かに」の看板がある。先ほどの中国人御一行はお構いなしにやかましい。「おい、さっきの警官、何とかしろ!!」って言いたい。



 表から上に登れると聞いて早速トライ。上る方法は階段とエレベータがあって、2ユーロ(320円強)の差があるとのこと。なぜか階段を選んでしまった…。ちなみにここでも「カバンをアケロ、逮捕スル」攻撃があります。
ワタシの計算に間違いがなければ、一番上まで236段の階段デシタ。ひぃ。おかげさまで足はガクガク、つりそうなほど…。日本と違って自動販売機が全くと言っていいほどないので(地下鉄にはあるけど、使い方がよく分かんない)、ちょいとコーラでも…とはいかない。だから飲み物を持ち歩く癖が、早くもついた。しかも昨日のペットボトルを水筒代わりに。
 DUOMO、帰るまでに数回は通ってみよう。1回じゃ「大きい、すごい、きれい、しんどい」しか感想が出ません、アタシは。
と言うわけでスカラの話は次に。
DUOMOだけに、どぅおもアリガト。



 あまりに疲れたので我慢できずガレリア(商店街みたいなもん)のど真ん中に椅子があったので座ってみた。
 電子ピアノの発表のための椅子らしく、みんな演奏に聴き入っていた。基本的に俺以外はみんな老人だった。ピアニストはペダルを踏みっぱなしでモーツァルトを弾いていた。自分の苦手な部分を弾くときはプッチーニのように自由にテンポを揺らしていた。しかも最後のハーモニーで不協和音になって終わってしまった。ピクッと眉をしかめるピアニスト。しかし老人たちは大拍手??? 座らせてくれたお礼か、本当に音楽が好きか、聴いていないか、聴こえてないか…。
 俺は聴いたことのないモーツァルトの解釈に、某教授の「アンタは自分のことを過信しとる」という言葉を思い出した。
 では、続きは明日。ドゥォーモありがと。しつこいね。

イタリア留遊 3日目

April 24 [Thu], 2008, 8:07
4月23日(水) 3日目 快晴 
aprile 23 mercoledi bel tempo

 家主のママ、Elena は、朝8時過ぎに仕事で出かけていく。寝坊した俺はママの出仕に間に合わず、起きたら誰もいなかった…。リビングに出るとママのメモが。優しいんだよね。


俺の持っていったお土産も並べてみた。意味はないけど。
平田の削りかまぼこ!!

 いろいろ習慣の違いはあるけれど、まずはお風呂。日本人は毎日肩までつかってホッと一息…が普通だが、イタリア人はそうじゃないんだね。話には聞いていたけど。昨日もシャワーを浴びようとしたらいくら探してもシャンプーとリンスがない!!どうやら石鹸で洗っているらしい(質問はしていないけど)。だから昨日頑張ってシャンプーを買いに行ったのさ。とは言っても、近所の何でも屋みたいなところにしか行けなかったので、本当にシャンプーかどうか怪しい品物ばかり。とりあえず、おフランス製のものを購入。そしてママがいないすきに、日本風にお湯を張ってお風呂タイムを満喫した。



 その後、午後にまだ行っていない場所を散策。やや大きめのスーパーを発見。外食だとお金がいくらあっても足りない危険を感じたので、調理を決意。パスタやチーズ、トマトにハムなど、イタリアン食材を中心に購入。
 そして緊張のレジ。値段を聞きとるのに苦労するのだ。店によってはきちんと電光表示されるので分かるんだけど、地域密着型の小さなストアーでは出ないこともあって、耳だけが頼りなのだ。そして必ずどこでも「袋はいるか?」と聞かれる。「持っていない」と答えると、有料でビニールをポンと渡されるのだ。街並みはきれいだけど、決して清潔とは思えないミラノ。でもエコの理念はハッキリあるように感じる。ママの生活を見ていても、あまり無駄がない。



 夜は昨日であった日本人の後輩が食事に誘ってくれて、イタリアで勉強する人たちと話をすることができた。みんなとってもいい顔で、楽しんで生活していることがよく分かる。とても刺激をもらった気がした。中国人街で食事したんだけど、安くておいしかった。「杏仁豆腐を食べたいな」とみんなに言ったら、日本語のわかる中国人の店の人が「杏仁豆腐、ナイ」と言ってきた。杏仁豆腐って中国では全く一般的でないんだって。
 帰宅したのが夜の12時半。夜の地下鉄は初心者にとって無言のプレッシャーを感じる。無事についてよかった。
 帰宅したら再びママのメッセージが。出かける前に俺がメッセージを置いて行ったからだ(この小さな作文作業が実に勉強になる)。
 ママの優しい心配りに感謝である。


イタリア留遊 2日目

April 23 [Wed], 2008, 17:30
4月22日(火) 2日目 曇りのち晴れ 
aprile 22 martedi nuvoloso, in seguito sereno

昨日は移動で一日終わったので、今日が事実上のイタリア生活初日と言ってもいいだろう。
今日はまずイタリアで使用する携帯を購入に行った。DUOMO広場のそばにVodafone があると聞いたので早速行ってみることに。
ホームスティ先は地下鉄の駅でいえば PORTA GENOVA から歩いて5分ほどの所。TRAM なる市電の駅も近く、使いこなせればなかなか便利そう。
今日は地下鉄で移動することに。券売機、方向案内板、車内放送…日本がいかに親切丁寧かよくわかる。今日は一つ一つに時間がかかったけど、慣れると大丈夫そう。それにしても駅も電車もきれいとは言い難い。一度乗り換えて無事にDUOMOに到着。地上に出るとDUOMOの威容に圧倒される。



そのままスカラ座(Teatro alla SCALA)前に移動。「よう、来てやったぞ」などという気持ちにはなれず、「写真撮らせてください…」という謙虚な気持ちで観光客気分を満喫。24日のマクベス最終公演のチケットを手に入れる。指揮は大野和士さん。すごいぜ。



携帯の手続き、地図の購入などを済ませ、昼食。モッツァレッラ・チーズが美味すぎる。
再びDUOMO広場に戻ると、萩原流行さんに似たアジア人が歩いてくる…おおっ!!大野和士さんではないか!!これはまさに運命の出会い。「最終日、観に行きます」と、写真をおねだり。いいぞ、観光!! これぞ、観光!!



その後、行ってみたかった楽譜屋、RICORDI社に。日本人の後輩にバッタリ会う。当然楽譜を大人買い。
買い物と言えば、EURO(ユーロ)の感覚がつかめず、ついお金を使ってしまう。日本円のように「ワタクシは福沢諭吉ですが、使っちゃっていいんですか?」のような威厳がEURO札からまだ感じることができないせいかな。
帰りは道に迷いまくって2時間も歩いてしまった。だけど街並みを見て歩くだけでも楽しく、35歳になってこんなにも新鮮に生活に興奮できるなんて幸せだなと、喜びをかみしめて歩いていたので辛くはなかった。初めて東京に出て新宿の高層ビル街を歩いた日を思い出した。


イタリア留遊 1日目

April 23 [Wed], 2008, 4:52
2008年4月21日月曜日、成田空港に出発の4時間前に到着。
車で見送りに来てくれた友人の情けに感動し、
希望と悲しみの同居した旅立ちへの想いに拍車がかかる。

アリタリア航空では31A席。
非常口の横で、窓がない代わりに足が伸ばせる(エコノミー)。
横に座ったのは俺よりでかいイタリア人男性二人。
こいつらが終始いちゃつき、困る。

機内食を持ってきた無愛想なイタリア人スッチーが、
俺に英語で「日本食か?イタリアンか?」と尋ねてきたので、
陽気なギャグでこのスッチーを笑わせようとした俺は、
勢いよく「チャイニーズっ!!」と答えた。
するとスッチーはことのほか気分を害したらしく、
再びでかい声で「日本食なのか!?イタリアンなのか!?あぁん!?」
と脅してきたので「イタリアン・プリーズ」と答えてしまった…。
情けない日本男児である。

12時間の旅で最も心配だったのは、お尻が痛くなることで、
離陸して1時間45分後、第一次尻痛がやってきた。
ま、そこはウロウロしてごまかす。

映画を自由に選んで観ることができたのも良かった。
「フォレスト・ガンプ」「エリザベス」の二本を観る。
イタリア語だった…。なんとなく意味がわかるのはオペラと同じ。
着陸寸前に日本語でも鑑賞できたことが発覚。
これも、あの例のスッチーの呪いとみた。

マルペンサ空港では入国カードを書くのかと思いきや、
なーんにもなくて、しかも日本人だとあっという間にどーぞ状態。
だから荷物が出てくるのに1時間もかかったのがなお不思議。

日本を発って約15時間後、ホームスティ先に到着。
いい環境だし、家主のエレナ・ママもやさしいし、安心。
「今日は疲れているはずだから寝なさい」と言いつつ、
日本が大のお気に入りのエレナ・ママは、
いかに鎌倉の大仏が素晴らしいか語り始める…。

ふぃ〜疲れた。
イタリアにいる実感は、まだ、そんなにない。


これが俺のイタリアでの住まい。


そして部屋にあるバルコニーから見た外の景色。


そして家のそばには運河があって、
その脇にはたくさんのBARが立ち並ぶ。
夜は賑やかになるらしい。

ここから俺の3か月が始まる。


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