我が家の開かずの文箱を開けたら、
祖父の遺品の眼鏡が出てきた。
遺されている祖父の写真で眼鏡をしているのはないので母に聞いたら「おじいちゃんは眼鏡をしていた」と言う。かけたりはずしたりしていたのか。試しにかけてみたら私の目にはあわなかったので近視用の眼鏡だろう。フレームの左右も小さくて私の顔にも合わなかった。
ボロボロの眼鏡ケースを見たら「
長崎市東浜町 松尾眼鏡店」とあった。祖父が長崎に赴任していたのは昭和15年(1940年)で48歳のときである。調べたら東浜町は今は浜町になっており、ここに松尾という眼鏡屋は現在、ない。
私はとみに
老眼が進み、会社では意地を張って眼鏡をしていなかったのだが寄る年波には勝てず、105円の眼鏡をしていたが、肩こりの原因が目から来ていると言われたので、まともな眼鏡を作ることにした。
どうせ作るなら祖父にあやかって同じデザインの眼鏡にしたかったので、↑の写真を持って新宿の
和真へ行ったら、最近はレンズ加工技術が進んで丸いものは少なく、四角や楕円のレンズが幅を利かせていた。
教科書に載っている
湯川秀樹や
東條英機が丸い眼鏡だったのは、そういう理由だったのだ。
大江健三郎は今でも丸い眼鏡だが、ノーベル賞受賞者やA級戦犯と張り合っても仕方がない。
おねいさんにいろいろ出してもらって、妥協したのがこのフレームである。
眼鏡の進歩、ここにあり。
太いフレームで丸いレンズもあるにはあったが、私の眼間距離には合わなかった。
かくして
36000円の眼鏡である。
ノーベル賞や祖父にあやかれたら幸い。