JR西日本の対応の悪さ、というかすでに
犯罪が事故の余韻をさらに悪いものにしている。会社の責任に直面せず、他に転嫁しようとするその姿勢はかつての雪印に通じるものがある。だいたい、雪印事件で企業が学んだことのひとつは、「
いつかは事故は起きてしまうがそのときのダメージを最小限に食い止め次につなげる」ことではなかったか。それがまったくできていない。
まず「
置き石説」である。事故直後からJR西は線路上に粉砕痕があり、これは置き石でできるものだと、あたかも第三者が置き石をした結果起きた事故で、JR西こそ被害者だ、という立場を強調した。
しかし私は4分おきに頻発している朝の時間帯で、どうやって置き石ができるのだ、と感じていた。この件はすぐに
事故調が分析し、脱線しながら走ってバラストを巻き上げてできたものだとの結論に至った。
次に、カーブでの限界速度は計算上時速133kmで、これを超えると脱線すると発表したが、乗客0での机上の空論に過ぎず、実際は
120km以下でも脱線の可能性があるとわかった。
情報開示は重要であるが、あまりに拙速かつ稚拙だ。なぜなら、事故の遠因とも思える伊丹駅でのオーバーランによるロスタイムを回復しようと、運転士が相当の速度を出した結果の転覆と思わせているのが見て取れるのだ。が、それ以下でも脱線するとなると、線路設計そのものに無理があったと言える。現に、JR東西線を作った際に、これまでの半径600mのカーブを
300mときつくしていたのだ。
うがった見方かもしれないが、これら会社の安全管理責任から逃れ、運転士に責任転嫁しようとしていると思われる。
交通機関の競争が激しく、鉄道業が生き残るためにはそのメリットである、
・安全性
・定時性
・快適性
を追求することだが、あとの2つを優先するあまり、1番目のどんな業種(運輸業でも食品業でも不動産業でも)でも最優先しなければならない項目を、忘れてしまった結果の事故であるのは間違いないだろう。