笹本がショウリョウバッタ

May 21 [Sat], 2016, 2:36
断捨離ということばも洗いざらい定着しましたが、『我々たちに、いよいよ品物は無用。-断捨離からミニマリストへ』(佐々木典士著、ワニブックス)の作者も、「見切る」ことによって徳義心を取り換えることができたのだそうです。

“ もち品物を自分に必要な最小限に講じる、ミニマリスト(最低方針者)という進め方。その進め方を通して見えてきたのは、ただただ広間がスッキリして気持ちがいいとか、扶養がしやすいとか表面的な恵みだけじゃなく、一段とアイデンティティーについて。つまりどうして通じるか、誰もが求めてやまない「ハッピー」を、自分の心中で考えなおして行く場合だった ”




とはいっても、作者手動もともとは品物を溜め込み、それが自分の収穫や幸せにつながると感じていたのだそうです。が、振り返ってみれば、クライアントとくらべてばかりいて、自分がすべきことがわからず混乱ばかりしていたのだとか。でも、品物を年中捨てた契約、日毎ハッピーを噛みしめながら生きられるようになったのだといいます。

こんな実話があるからこそ、本書では「品物から一度離れて見る場合」を勧めているわけです。でも、品物を燃やすためにはどうすればいいのでしょうか? 第3章「かなぐり捨てる手結果目録55!!」から、いくつかを引き出してみたいと思います。
「捨てられない」という見解を「断ち切る」

捨てられない「キャラ」はゼロのだそうです。つまり、ただ自分で「捨てられない」と思い込んでいるだけだということ。ここで作者が引き合いに出しているのが、「研究性無力インスピレーション」という心的学用語。実際には自分で改善できる状況で、その器量もあるのに、「捨てられない」というケアレスミスを何度も味わうと、クラスを改革決めるという元気すらなくなっていって仕舞うという場合。

でも、なぜ捨てられないかを明確に気配りできれば、これから捨てられるようになる物質。そして「捨てられないスタイル」も「捨てられないキャラ」も位置付けせず、自分が悪いわけでも無く、そのまま「かなぐり捨てる工学」が未熟なだけ。だからこそ、「捨てられない」という見解を排斥すべきだという感覚だ。

“ 自身は汚広間に住んでいたが、今はミニマリスト広間にいる。我々が変わったのは、キャラではない。断ち切るための工学と習慣を身につけたのだと思っている ”
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