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青森でもそもそ暮してます。FTM・TXトランスジェンダーです。
地味にセクマイ(LGBT)ボランティアサークルやってます。
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命のこと / 2016年02月03日(水)
※今回の記事は、自分の子どもの頃からのことを振り返っています。
とてもネガティブなこと、自死に関することも書かれています。
人によってはフラッシュバックしてしまうことがあるかもしれないので、
不安がある方は、広告の下の「続きを読む」からご覧ください。

*****

よく、「性別違和について、いつ頃気づいたんですか?」と聞かれることがあります。
この質問の答えは、僕の時代ならまだ難しいものでした。
性別違和というものがあるということが、知られていなかったので、
知られていないものには、気づきようがなかったから。

物心ついた保育園児の頃から、何か表現しがたい感情は持っていました。
自分の性別への嫌悪・落胆と、男の子達への羨望です。
でも他の女の子たちの感じているものが、自分とは違うということには、
その頃は気がついていなかったんですよね。

小学生になって、スカートも赤いランドセルもジャージも嫌だなと思いながら、
どうして自分がそんなに嫌だと思うのかもわからないままでした。
親に言っても嫌な顔をされる、わがままと思われる。
自分がこうしたいと言ったときの周囲の大人の表情から、
僕は「これはいけないことなんだ」と学んで育ちました。

小学校の中・高学年くらいになって、
恋愛、二次性徴、自分自身にそういうことが降りかかりはじめて、
ようやく僕は「自分は周りとは違う」とはっきり気づきます。
そしてそれは、「異常」なことなんだと思いました。

親には言えませんでした。
子どもなんて、親に好かれたい一心。
僕は自分の親が大好きだったんです。
自分は「異常」なんだ、なんて。
どうやっても言えなかった。

小五で女の子を好きになった時、僕は絶望していました。
このことは絶対に誰にも言ってはいけない。
人間としておかしい、間違っているんだ。
恋をすることは、僕にとって自分の存在を否定することでした。
心を引き裂くことでした。

子どもの頃、僕はセクシュアリティを理由にいじめにあったことはありません。
周囲にも明かさず、ばれないようにしていたから。
周りと違うということが、たまらなく怖かったからです。

でも、直接誰かから何かされたわけでもないのに、
自分は世の中に必要ない人間だとはっきり思っていました。
その思いは、成長するほどに強くなっていきました。

中学の頃は、自分の生きる理由がわからなくなりました。
何のために、嫌だ、苦しいと思って生きていかねばならないのか。
誰も悲しませたくないから、生きていかねばならないのに、
自分の内にあるこの悲しみは何なのか。

悲しませたくない、生きなければという気持ちは、
小学校の頃からありました。
どうにかして生きなければと、
夢を持とうとしたりもしました。
でもいつも、心の内には人生への諦めがあったんです。

中学まではどうにか来たけれど、
進路や将来を考えるようになった時、
そこに自分が本当に望んでいる未来がないと感じてしまった時、
僕は命を絶とうとしたのでした。

しかし命は続き、
母は何も聞かず、何も責めなかった。
ただ悲しそうにそっと微笑んでくれたので。
僕もただ悲しくて悲しくて、
やっぱり、生きなければと思ったのです。

そうして高校に入ったものの、
僕はいよいよ自分の人生について何もわからなくなりました。
何のために?誰のために?
生きようとする心が折れない理由がほしい。
自分のために生きるなんて考えられなかったんです。

それまでひとりでぐるぐる考え続けたために、
思考はこんがらがって、絡み合って、
僕の心を縛り付けてしまっていました。
親や友達の悲しみ、世間体、常識、
そんな重たい鉄の鎖を何重にも自分にかけて、
出口の見えない真っ暗なトンネルを、
たったひとりで歩いている。
僕の頭の中には、何度もそんな映像が浮かんでいたんです。

僕はいつも僕を罵り、嘲っていました。
苦しいと言うことすら許しませんでした。
ただのわがままだろう?
自分が弱いだけだろう?
誰かの気を引きたいだけなんだろう?

僕はそんな価値のない自分から離れたくて、
もう一度命を絶とうとしました。
そしてまた命は続き、また同じことの繰り返しでした。
悲しくて悲しくて、
大学まで行けばそれでも夢も見つかるだろうかと、
大学へ進学したのでした。

進学して僕の頭の中に見えたのは、荒野でした。
何もないんです。なーんにも。
そして、誰もいないんです。
あぁ、僕にとって人生とはただひたすらに、
ひとり荒れ地を歩き続けることなのだと思いました。

そこには何のきらめきもなく、
何の達成も喜びもありません。
それはもう、無、でした。
悲しみと痛みだけをともなう、無でした。

僕はここで三度、命を絶とうとしました。
いや、絶とうとしたというよりは、
もう、何も考えたくなかったんです。
何も感じたくなかったんです。
もう目が覚めなければいい。

でも命は繋がりました。
同じことの繰り返し。でも一つだけ違ったことがありました。

もう僕は、命を止めることさえも嫌になったのです。

ここまできたらもう何でもいい。なりふり構わず生き延びようと。
自分で歌を作って、ギターで弾き語りを始めました。
自分がずっと抱えていたものを、歌詞にこめて。
その歌に立ち止まってくれる人達がいた時に、
僕は初めて本当の自分が受け入れられたように感じたのでした。


こんな風に育ち、生きながら、
僕は小学校からずっと、
家でも学校でも、ほとんどの時間「明るくて楽しい子」だったはずです。
気付かれて、周りに誰もいなくなってしまったらと思うと、
家族が白い目で見られたらと思うと、
絶対に心の内を悟られてはならないと思っていました。
それでいながら、気付いてほしいというSOSは出していたのだと思います。
ただそれを、家では絶対に出せませんでした。

僕の人生で一番荒れていたのは、高校時代だと思います。
生んでくれと頼んだ覚えはない、
勝手に生んだんだから最後まで責任持てと、暴言を吐いたこともあります。
本当は親が大好きだった。恨んでなんかいなかった。
ただ生まれ方を間違えたのだと思っていました。
生まれた時を後悔するしかなかったんです。

弱い人間です。呆れる方もいるかもしれない。
でも苦しくても生きていける強さ、失敗しても立ち上がれる強さは、
自力だけで身につけられるものではないことも知りました。
幼い頃から、自分を否定して生きてきた僕にとって、
自己肯定感・・・自分に価値があるという感情は、大きく欠落していました。

夢は生きる力になる。夢を持とう!ということがよく言われるけれど、
夢は、自分自身がかなえるもの。
自分が自分でなかったら、それは夢にすらなり得ない。

中学時代、将来の夢を語ってみてもそれが自分の強さにならなかったのは、
本当の夢・・・あるべき自分で生きる人生を、語ることができなかったからです。
僕の場合は、一番最初に、
自分で在らねばならなかったんです。

 
 続きを読む…  
Posted at 11:01 / 思ったこと / この記事のURL
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過去を取り戻す、ということ / 2015年12月03日(木)
僕が、生活上の性別を男性に変更したのは、
ホルモン療法の効果で見た目や声が男性化した、5年ほど前だ。
手術も済んで戸籍の性別を変更したのは、昨年の初めになる。

女性として暮らしていた頃は、まだFacebookも使っていなくて、
mixiやtwitterなど匿名で利用できるSNSしか使っていなかった。
マイノリティである自分(トランスジェンダー)と、リアルな生活上の自分(女性)を分けていた。
僕の30年はそういう時間だった。

男性として生きるようになって、
マイノリティである自分を知っていた人達とはそのまま人間関係が続いているのに対して、
そうでなかった人達とは、一旦分断されてしまうような状態になった。
何しろ、僕は名前も性別も変わってしまったのだから。

女性として生きてきた記憶は確かに自分の中にあり、写真もあるし、間違いはない。
けれども、そこで出会ってきた人達との関係性は、性別変更したことで、途切れてしまうように感じた。
「同じクラスの女子の○○さん」では、もう繋がれないのだ。

そしてまた、性別変更してから出会った人達にとっては、
「女性だった○○さん」は存在しない。女性だった僕は過去の存在として、
今はもうどこにもいないように感じてしまうことが多かった。

自分の過去を失う。
性別違和の軽減と引き替えに、少しだけ僕が体験したことだ。
個人を表す要素として、性別というものがどれほど重いか、改めて思う。

僕は、今は男性として生活しているし、それを疑われることもないけれど、
できるだけ自分の周囲の人にはカミングアウトをしたいと思っている。
それは、僕が僕としてあなたと向き合いたいということ。
女性だった自分も、男性である自分も、どちらでもない自分も。
そのグラデーションの全てが自分だ。
どんどん聞いてほしいし、どんどん話したい。

僕にとってカミングアウトとは、自分の過去を取り戻す作業なのだろう。
それを繰り返すことでようやく、僕は生まれたときから今まで、
一人の人間として生きてきたことを誇れるように思うのだ。
 
   
Posted at 10:10 / 思ったこと / この記事のURL
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「芯」って何だろう / 2015年11月25日(水)
よく、「芯がしっかりした人」とか言いますよね。

僕には、例えば自分の意見がはっきり言えるとか、
ぶれないとか、リーダーシップがあるとか、
何かこう、頼れそうな人のイメージがありました。

僕は人の言葉に流されやすいところもあるし、基本イエスマンなので、
自分のことを「芯がしっかりしている」と思ったことはありませんでした。

でも最近、ちょこっと、
もしかしたら自分にも芯っていうものがあるのかな〜と思い始めました。

それは、自分自身に問うことが増えたからかもしれません。

「何故それをするのか」

何か、物事の進退を決めようとする時に、
そうして自分に問いかけているように思います。

そこにどんな意義を感じているのか。
自分自身が、どうしたいのか。どうなりたいのか。

この問いには、どうやら芯がないと答えられない気がするのです。

芯というのは、
「自分」ということなのかもしれません。

僕にもついに、ようやく少しだけ、
自分というものがわかってきたのでしょうか

周りから見たら、僕はどんな人に見えるのかなぁ。

とりあえず、割と親しい人たちからは、
「なんか、あーテンパってる、助けてあげないと!って感じ」
とか言われたりします(笑)

芯がしっかりしたとしても、
僕の場合はチキンなおどキャラなんでしょうね(笑)
 
   
Posted at 17:06 / 思ったこと / この記事のURL
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にんげんのちから / 2015年11月11日(水)
ここのブログ、最近「思ったこと」カテゴリしか使っていないような
さっと書けることは、Facebookとかtwitterで書いちゃうもんな〜。

まぁいいか←
考えたことも忘れっぽいから、記録用ということで(笑)

さて、このところ仕事以外でも、
サークルだったり、知人のお誘いだったりで、学びの場やらイベントやらありました。

そんな中に、オーストラリア・ニュージーランド文学の研究大会がありまして。
仕事かセクマイ以外の学びの場って、すごく久しぶりだったかも。

同じ文系とはいえ、自分が過去に学んだこと(国史学)ともジャンルは違うし、
しかも扱っている国も違うし、
ついていけるかなーと一抹の不安も抱えながら参加。

英文や歴史背景には案の定理解できないところもありましたが、
少しはついていけたかな?(一部ググりながら)

でも、内容についていく、全てを理解する、ということ以上に、
僕は、その研究のテーマとなっているものは、
”にんげん”なんだ、ということの方が、大きな発見でした。

文学って、文芸に関する学問っていう認識をしているけれど、
そもそもそれは、文化や思想から生まれてくるものなのですよね。
人の物語なのです。
つまりは人を研究する、学ぶ学問なんですね。

一番僕の心に残ったのは、ヒロシマの話でした。
ニュージーランドでは、戦後、占領地日本へ派遣される兵士の募集があって、
派遣された人たちが、ヒロシマの現実を見てきた。
それまで、核爆弾は戦争を終わらせるために必要だったと教わったけれど、
現実を見て、激しい罪悪感に襲われたと。
そうした思いが、ずっと忘れられることなく、反核という姿勢で今も続いているのだそうです。

会場から質問で、
なぜニュージーランドではヒロシマを忘れないと言い続けられるのか、
日本はそこから何を学べるか、ヒントがほしいという話が出た時に、
お話してくださった方は、
「多分、ニュージーランドでそのことを質問したら、逆に聞き返されると思います。
私たちは、ヒロシマから学びました。
あなたたちは、ヒロシマからいったい何を学んだのですか?と。
答えになっていますか・・・?」


共感、って一言で言うと、
一歩間違ったら、同情とか、哀れみみたいなものと一緒にされちゃう感じがします。
でもそういうことではなくて、
焼け野原や、被爆者の人たちを見たニュージーランドの方が、
罪悪感と言ったのは、「自分事」ととらえているから。

これは、日本でヒロシマのことを伝えている人たちとは、
また違う視点から見ているのですよね。
核を落とさせたこと、それが必要なんだと教えられたこと、
たとえ直接に関わっていなくても、加害者なんだという罪の意識に近いのかも。

ヒロシマを忘れない、という言葉は、
間違いを繰り返さない、という誓いのように感じました。
正直、日本で暮らしていると、あまりそういう感覚をもって過ごせる時間は多くないように思います・・・。

他にも、マウリで語りの前に言われる言葉の意味とか。
白人の文化が入ってきて、多様性をどう受け入れていくのかとか。
静かな衝撃。

思わず感想を伝えたくて、お誘いくださった方にはメールを送りましたが、
それでも足りなくて、自分の気持ちを整理する意味もかねて、ブログを書いているわけです(笑)

文系の学問は、経済成長に直接は関係なく見えるし、
あまり就職活動でも求められなかったりします。
でもね、人の成長なくして世界は進んでは行けないよね。

にんげんのちからを信じたいね。


こちらのゼミでの卒論のテーマのことを、以前小耳に挟んだのですが、
「自分の内にあるもの」をテーマにするのだそうです。
文学の研究じゃないの??って疑問だったのですが、
この大会に参加させてもらって、なんだかものすごく納得したのでした。
 
   
Posted at 15:15 / 思ったこと / この記事のURL
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思いがけないところで / 2015年11月07日(土)
先日、仕事がらみで研修に行ってきました。

あ、この「仕事」はサークル活動ではなくて、生業の方ね
たまーに、サークル活動で生活していると思われることがあるのですが、逆ですよ
活動費払ってます。月100円

さて、話を戻して。

その研修の中で、危険ドラッグの危険性についてのお話があったんですよ。
渡された資料も読みながら、ふ〜むと思って聞いていたら、
説明している担当者さんが、
「○○(ある危険ドラッグの商品名)は、巷では同性愛者が使っていると言われていますが」
みたいな補足?蛇足?情報を口にしたんですよね。

は?

疑問や違和感を感じると同時に、さーっと血の気が引きました。

これが、たとえばセクマイのメンタルヘルスに関する研修であって、
その中で、話題にされることであれば、まだわかります。

今は、一般向けに危険ドラッグの危険性について解説する時間なわけで。
会場には、仕事で関わる方たちが大勢参加しています。軽く100人以上いました。
ご年配の方も多いし、堅い仕事の方も来ている(むしろ話している人がそう)。

”ネタ”ですよな。別に笑いをとるためですらない。
僕には、
「そんな人たちがいるんですよ、あなた方にはご縁もないですが」
みたいに聞こえてしまった。
無関係だと思うからこそ話題にしたわけですよね。

怖いような、悔しいような。
いったいこの人はどんなつもりで話したんだろうか。
いったいみんなどんな風に聞いたんだろうか。

会場内には他にもセクマイさんがいたかもしれない。
でも、僕には自分が一人のように感じてしまったのです。

僕はそこで手を上げて何かを言うような勇気も持ち合わせておらず。
一言で言うなら、怯えていました。
スマホに表示されていたFacebookの友達のレインボーカラーが、
隣の参加者に見えないように、隠しました。

サークルの活動をしていて、「勇気があるね」と言われることがあります。
でも、違うんですよ。
勇気はないんです。怖いんです。
だからサークルで活動しているし、友好的な人がいる場でしかお話できないんです。

自分が、一人では何かを言い出せないことを、
責めたり恥じたりしても、どうにもならないから。
そういう自分でもできそうなことを、しているだけなんです。

当事者だから言えることもあるけれど、
当事者だから言い出せない時の方が圧倒的に多い。
その場にたった一人自分しかいない、味方がいないと「思って」しまった時は、
自分の感情を押し込めていることしかできないんですよ・・・。


日々の生活には、思いもかけないところで、
何とも言いがたい疎外感を感じる出来事が起きるのですよね。
 
   
Posted at 09:53 / 思ったこと / この記事のURL
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それぞれに違う / 2015年08月20日(木)
人はみんな、それぞれに違ったアンテナを持っていると思う。

例えば、
「○○しなければならない」
「○○でなければならない」
という言葉。

そこに熱意とか、使命感、やりがいを感じている人は、
プラスの意味でこれをとらえるだろう。

一方、そこには熱意を持てない人にとっては、
押しつけのように感じてしまったり、
あるいは、引け目のように感じてしまうこともあるだろう。

例えば、良かれと思って言う言葉。アドバイスのようなもの。
相手によっては、また相手の状況によっては、
マイナスになってしまうこともある。
こういうことは、身内とか、
近い関係ほど起きやすい気がする。

乞われたものではない”アドバイス”というのは、
「自分は相手にこうなってほしい」という期待の表れでもある。

僕もいらぬアドバイスじみたことを言ってしまうことがある。
それで、あとで「またやってしまった…」と思ったり。

相手のために、でなくて、
これは自分が勝手にそう在ってほしいと望んでいるだけだ、ということは、
肝に銘じておかなくちゃいけないよなぁと思う。

自分が尊重されているという前提の上で話せないと、
やっぱり、そこには居場所がないと感じてしまうよね。

以前、会ったばかりのある人に、
「30にもなって恥ずかしい」と言われたことがある。
この言葉のニュアンスには、
自分、または周囲に比べて、
あなたは劣っている、という意識が含まれている。
それって今思えばとってもナンセンスだし、失礼なことだと思う。

自分の物差しで、誰かと比べていないか。
そんなことを考えていると、
大人だって子どもだって向き合い方は同じだよなと思う。
”一人ひとり”大切にされたいのは、誰だって同じだ。
 
   
Posted at 11:07 / 思ったこと / この記事のURL
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誰かを助けるつもりでやっているのではないのだ / 2015年06月30日(火)
前にも同じような話しているかもですが(汗)

僕はセクマイのサークルやっているけど、
「支援している」と表現されるのはあまり好きではありません。

「支援」…他人を支えたすけること。
だそうです。

対外的に説明するために、やむを得ずそういう表現をすることもあります。
でも自分の気持ちとしては、どうもこの言葉が好きではありません。
僕は、他の人を助けるために活動しているのではないように思うのです。


僕には、とてもしんどい時に話を聞いてくれた親友がいました。
その人がいなかったらどうしていただろう、って、今は思っています。
その後も、色んな場面で、色んな人に助けられてきました。

でも一番しんどかった当時、僕は話を聞いてもらって、
「救われた」なんてちっとも思っていなかったのです。
当時の僕は未来に絶望していたから。
長く暗いトンネルに、結局光は差さなかったのです。

苦しいものは苦しいし、辛いものは辛い。
自分の苦しみ、自分の痛みを、
原因をそのままにして、
誰かがコントロールすることはできない。
代わってもらうこともできない。

例えば、もう消えてしまいたいと思っていたあの時に、
誰かに「死ぬな」なんて言われていたら、
僕は「じゃあ僕の人生に責任をとってくれるのか」
と言うつもりでいました。
もっとも、死にたいとも言わなかったと思うのだけど。

生きていればいいことがあるなんて、安易に言うもんじゃない。
いいことがあると誰が保証してくれるだろうか。
絶望して、頑張れないことも、待てないことも、あるのだ。
もう、明日目が覚めたくないことだってあるのだ。

人間は誰しも身一つ、一日24時間。
どうやっても、自分以外の誰かを常に支えることはできない。
誰も、誰かの人生に責任など負えない。
これは今でもそんな風に思っている。

(寂しい考え方かもしれないけど、
期待をしすぎないということは身を守るためにも大事だと思う)

幸い僕の親友は、
死ぬななんて言わなかったし、
いいことがあるなんて言わなかった。

やがて僕は、セクマイの人たちと出会い、
ようやくトンネルの出口を見つけ、僕の人生を歩み始めた。
希望を見つけ、喜びを得ることもできるようになった。
それを祝福してくれるたくさんの友人ができた。

ヤツは、僕が希望を見つけたことを心から喜んでくれた。
ヤツ自身が希望をくれたわけではない。
だが、希望を見つけるまで繋がっていてくれた。
繋がっていたから、その希望がどれほど僕にとってかけがえないものかを、
痛いほど知っているんだ。

ヤツは、僕を「助けよう」なんて思っていただろうか。

ある機会に、ヤツはこんな風なことを言っていた。
最初、一瞬迷ったと。僕と友人になるかどうか。
もしかしたら、悲しいことが起きるかもしれないことも感じていた。
トンネルを抜け出すには、この先十数年かかるかもしれないとも思っていた。
それでも自分はこいつと友人になるのかと。

そしてヤツは、僕と友人になった。

友人が辛かったら辛い。
でも、だからといって具体的には何もできない。
何もできないからこそ、
「友人としての痛み」を伴うだろう。
ヤツは友人として、
その痛みを抱える覚悟を、
してくれたということではないのかな。

そして嬉しいこともまた、
友人として、大いに喜んでくれるのだ。
痛みを知っているからこそ。


僕は、サークル活動をしながら、
世の中に「友人」となる人が増えたらいいなと、
そんなことを考えている。
自然体で、当たり前に、生きたいから。
嬉しいことを一緒に喜んでくれる人を増やしたい。
長く暗いトンネルでも、
繋がっていてくれる人を増やしたい。


まとまりなくなったけど、まとめる時間もなくなった(汗)

後日追記で書いてみた。
 
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Posted at 16:50 / 思ったこと / この記事のURL
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負の感情を乗り越えるにはどうするのかな? / 2015年01月26日(月)
怒り、悔しさ、妬み…etc.

そういう負の感情を乗り越えて、
心穏やかに過ごしていくには、
どうしたらいいのかなぁとよく思います。

成功体験?受容体験?
その積み重ねなんだろうか?

悟りを開くってどういうことなんだろうなぁ。

今まで、怒りを感じたりした時って、
何故自分がそれに怒りを感じるのかとか、
怒りの中に別な感情はないのかとか、
感情を分解するような感じでやってきたかな。

昔はそれで、綺麗事も善という一つの動機ではないと思って、
自分のことも偽善者だと思っていたのだけども。
今はまぁ、人間だものね、と思っている。

人はそれぞれに正しいものや信じるものがあって然り。
ならどんなに避けようとしても衝突することもあるだろう。
でもやっぱり、僕はなるべくは衝突したくない(人生に疲れる)から、
僕が何に怒り、相手は何に怒っているのか、
そこにどんな背景がある(と思われる)のか、
それは根本的にはお互い個人の問題ではとどまらず、
最終的には社会の中に原因がある、とか、
だとしたらここで言い争うことは何の利益もないとか、
そんな風に考えてしまう。

それでも負の感情を転嫁しきれないと、
余裕がなくなってくる。


以前、映画祭で見たドキュメンタリーで、
ゲイだというだけで連行され、収容され、暴力を受け、命の危険にさらされた人が、
「私は許します」と言った。

「許すことが最大の復讐です」
と言った。
この言葉がすごく頭に残っている。

僕は復讐する相手がいるわけではないのだけど、
怒りや妬みを越えていく力、身につけたいなと思う。
自分を許す。相手を許す。なかなかに難しい。
人生は修行だなぁ。
 
   
Posted at 12:39 / 思ったこと / この記事のURL
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一年を振り返り… / 2014年12月22日(月)
もうすぐ2014年も終わりますね〜(ブログ絶賛放置プレイ中)。

結婚もしたのですが、
実は、妊活もしました。
ありがたいことに、思いがけなく早く新しい命を授かり、
サークルで、頼りないお父さん風(おじぱん風?)でしたが、
無事に生まれてきてくれたら、
本当にお父さんになります。

予想外の未来。
でも夢ではなくて。

知らなかったこと、気付かなかったこと、
自分の立場が変わったことで、
また見つける色々な思いがあります。

それは、僕にとっての気付きであって、
誰かより先を行っているとか、後を行っているとか、
そういうことではないです。


実は、ずっと後ろめたい気持ちもありました。
自分の場合は条件が合ったから、こういうことができた。
自分の場合はGIDで診断をもらえたから、こうなった。
ただ、これではまるで、
マジョリティになることが幸せだと言っているように見えるんじゃないか。

それは、これまでのセクマイ人生で自分自身が感じてきたものがあったから。
結婚できないことは悲しかったし、
自分の子どもをもうけることはできないということが悲しかったし、
世の中の幸せそうな男女カップルが、親子が、
羨ましかったし、恨めしかったよ。心の奥で。

もちろん、色んな事情や悩みが誰にだってあるだろうけど、
僕は決して真っ白な心を持っているわけじゃないから、
悟りも開いているわけじゃないから。
素直に祝福する気持ちになれないことも、やっぱりあったと思う。

そんな過去の暗い感情があったり、
色んな人の話とか聞いていると、
まるでマジョリティであること自体が悪いことのように見えたり、
一見マジョリティになっていく自分が、悪いもののように思えてしまう。

でも先日、ある人に指摘された。
後ろめたいなんて思うのはやめた方がいいと。
それは洗脳されていると。

そう言われて、あーそうだ、祝福してくれる人たちに対して、
これはものすごく失礼だった、と思った。
僕は自分なりの壁を越えて、自分が願うように進んだのに、
心のどこかで、
過去の自分や、誰かの反感を買っているような気がして、
後ろめたい気持ちが拭えなかった。
喜びや感謝の裏側で、僕は僕を罵り続けていた。
それは悲しいことだ。

そうさせたのは、僕の気持ちの中だけの問題ではない。
今年は本当にしんどい年だったのだ。
気分転換など間に合わないくらいに。
言葉の暴力を何度も浴びた。
眠れない日もあった。
ツレさんと一緒に泣いた日もある。
不安を感じることがいくつも続いた。

そんな日々を過ごしたこの一年で、
僕は何をしても、誰かに否定されているような気持ちになって、
いつも不安が消えなくなってしまったのだ。
ある意味、たしかに、洗脳だ。

そんな一年を過ごしてきて、冬がきて、
引きずってしまっている自分がいる。
まだ全て解決したわけでもなく、
これまでの対処でよかったのかもわからない。

余裕がなくなると、人は自分を守りに入る。
弱い犬ほどよく吠える、という表現は嫌いなのだけど、
僕はそれを自分に感じてしまった年になった。
吠えられたら怖いし、吠え合うだけでは何も進まない。

しばらくお休みしたい気持ちだけど、
生きている限りは休めないから、
立ち止まってしまったら動けなくなるから、
何とか、動き続けて、
この負の連鎖から抜け出したいな。

早く洗脳から逃れたいです。
とてもいいこともあったけれど、
とても苦しい一年でした。


サークルを始めた頃だったかなぁ。
それとも、ツレさんと付き合うようになってからかな。
親友に言われた言葉がありました。

「ありがとうって言うようになったな」

それまでの僕は、ありがとうが言えない人間だったみたい。

有り難い、とは、
字の通りだ。
当たり前のことではないということに、
気付き、感謝すること。

来年は、こんな不安な気持ちを乗り越えて、
また心から、ありがとうと言える自分になりたいです。
当たり前のことなんてない。
絶対なんて世の中にない。
だから、ここにあるたくさんの奇跡に、感謝を。
 
   
Posted at 17:02 / 思ったこと / この記事のURL
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実はひっそりと、結婚いたしました / 2014年02月24日(月)
昨年9月に性別適合手術を受けた後、色々と手間取りましたが、
今年1月に戸籍性別が変更となり、
2月に、パートナーと婚姻届を提出、受理されました

これだけ書くと、僕を取り巻く記号はどんどんマジョリティになっていくみたいですが、
中身は相変わらずであります(笑)

5月に披露宴みたいなことをする予定ですが、
ウェディングプランナーさんにはカミングアウトしています
たまたま仕事を通じて知り合った方で、
話しても大丈夫そうだなーと思って(笑)
最初からカムして相談しました。

周囲のことは大変だけど、
同性カップルの結婚式だって、
頑張ればこの地元でも実現できそうな感じがします

いつか同性カップルな友人が結婚式する時は、
めいっぱい協力するし、お祝いするぞ
 
   
Posted at 21:55 / 普通の日記 / この記事のURL
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