拍手御礼 お題『花束』 9題+ボツ。 

2009年06月27日(土) 19時42分
@土方の場合。
差し出された花束を、土方は受け取らなかった。
「すまないが、誰からも受け取らない事にしている。」
花束、だけなら良い。
そこに込められた気持ち、と言うものが今の自分には無用だからだ。
それでも尚、真剣な面持ちで花を差し出され、土方は気付かれない様に溜め息を吐いた。
「花だけ、頂く。ありがとう。」
泣かれるのは苦手だった。


A大鳥の場合。
差し出された花束を、大鳥は優しく抱き留める様に受け取った。
「ありがとう。きっと貴方もこの白薔薇の様に、香しくていらっしゃるのでしょうね。」
花束から1本抜き取ると、大鳥はその甘い香りを愉しむ。
そして視線を合わせながら、意味深に片の瞼を閉じた。


B星の場合。
差し出された花束を、星は周りを魅了してやまない微笑みで受け取った。
「ありがとう。でも…。」
花束から明るい色を1つ選び、それを髪に挿してやると、星はそのまま流れる動作で頬に口づけた。
「この花は貴方の方が、ずっとお似合いだ。」


C高松の場合。
差し出された花束を、高松ははにかみながら受け取った。
「ありがとうございます。」
こういった事は度々あるが、どうしても慣れない。
「あの、すみません。これから手術の予定がありますので。お礼は後日改めて…。」
医局に逃げ帰った高松の飾った花束は、診察室の空気を明るく変えた。


E野村の場合。
差し出された花束を、野村は暴れる心臓を抑え付けながら受け取った。
「…ありがとう。……あの、ホントに俺に?隊長宛てじゃなくて、俺にくれるの?!ホント?間違えてない?後で返してって言われても、俺返せないよ?!」
頬を染めながらの小さな頷きに、野村は花束共々両手を振り上げ、特大のガッツポーズを決めた。


F相馬の場合。
差し出された花束を、相馬は受け取らずに尋ねた。
「なぜ俺に?」
それの意味するところは簡単に察せられたが、無言の意思表示というものは自己中心的な行動で好感は持てない。
小さく消え入りそうな一言が耳に届いた時、相馬は花束を受け取った。
「ありがとうございます。」
その声は随分と優しい響きをしていた。


G島田の場合。
差し出された花束を、島田は快活な笑顔で慎重に受け取った。
「ありがとうございます。確かに島田がお預かりしました。責任をもって隊長にお渡しします!」
何かを伝え様と慌てる仕種に気付かず、壊れ物を扱う様に優しく花束を胸に抱え、島田は逞しい歩幅で詰め所へと帰っていった。


H土方の場合。
差し出された花束に、土方は気付かれない様に溜め息を吐いた。
今日はこれで何度目だろうか。
日頃、この類の物は絶対に受け取らない事にしているのだが。
一途に向けられる好意と言うものは、純粋であるほど邪険にあしらう事も出来ず、些か厄介である。
「花だけ、頂く。ありがとう。」
健気な花に罪はない。


I土方の場合。
差し出された花束を、土方は戸惑いながら受け取った。
「……ありがとう…。」
こういった事には慣れていない。
「………………………。」
結局。
他に掛ける言葉を見付けられないまま。
土方は部下が見付けに来るまで、その場に立ち尽くしていた。

幼い日々に君の名を呼ぶ。 

2009年06月25日(木) 19時40分
それは、思いがけないフラッシュバック。


「権平いるか?」
初夏の清しい朝。
穏やかな空気の流れを断ち切る様に、診察室の扉はノックと共に寸時の躊躇いもなく快活に開けられた。
「……ノックの意味がありません。」
溜め息を吐きながら高松凌雲は診察の手を止め、入口を塞いで立つ古屋佐久左衛門へ顔を向けた。
「それはすまん。
…と、土方さん、怪我でも?」
ブーツを脱ぎ、軍服の裾を捲った足を椅子に乗せた患者に、古屋は近付き上から声を掛けた。
「古傷が痛むんでね。
たまに高松先生に診てもらっているんです。」
昨日までの長雨が止み、水分を含んだ朝の空気は涼しく気持ち良いが、昼になれば随分と蒸し暑くなり、不快なものに変わるだろう。

「高松先生の名前は、権平と言うのですか?」
土方は前の古屋の言葉に聞き返す。
理性と知性、慈しみの溢れる優しげな、ともすれば中性的で儚げな印象すらあたえる高松の容姿には似合わない様に感じた。
「あぁ。
今では王室主治医で“凌雲”なんて偉そうな名前になってるが、親から貰った名前は“権平”で、俺達は庄屋の次男と三男だよ。」
「……偉そうで、悪かったですね。」
からりと話す古屋に、些か拗ねた様にぶすりと高松はこぼした。
「そりゃあそうだろ。
“雲を凌ぐ”なんて…。」
「今は診療時間中です。
用がないなら帰って下さい、勝兄さん。」
高松は既に古屋を見向きもせず、捲られていた土方の軍服の裾を直しカルテに何事かを書き込んでいた。
そんなつれない弟の行動に首の裏をぼりぼりと掻きながら、これみよがしに盛大な溜め息を吐いた。
「昔は“勝にぃ、勝にぃ”って、何処に行くにも俺の後ろばかり付いて回って可愛かったのになぁ。
どこで間違ったんだか。」
「うるさいですよ。
診察の邪魔です。」
すっかり機嫌を損ねてしまった高松は、事務的に古屋を追い出そうとする。
そんな弟の様子に口の端を上げると、手にしていた本を診察台に腰掛ける土方に無言で預けた。
「またな、権平。」
高松がいらつきを抑えきれずに、勢いよく振り向いた時には、すでに古屋の姿は閉じた扉の向こうだった。

ペンを固く握り締め、高松はゆっくりと深呼吸を一つする。
「…すみません、土方さん。
診察の途中に兄が邪魔をしまして。」
前触れなしに訪れたかと思えば、弟をからかうだけからかって、来た時と同じに唐突に帰ってしまったのだ。
「……まったく何をしに来たのだか。
暇なわけでもあるまいし…。」
まだ朝だというのに、一日分の疲労に襲われた様な錯覚に陥り、高松はがっくりと脱力した。
普段は常に落ち着き払い理性で行動する高松が、兄の一言で感情を現にする様子に、珍しいものを見せてもらったと土方は頬を緩めた。
「これを渡しに来たみたいですよ。」
古屋から預かった本を差し出すと。
高松は目を見張りながら、ゆっくりと受け取った本の縁をなぞると両の腕で胸に包み込んだ。

常に最前線で戦う荒くれ者達の集まる一隊を指揮する兄には、暇な時間などあるはずもなかった。
本来ならば隊務、もしくは体を休める少ない時間に寸暇を惜しんで、部下を遣わせるでもなく、わざわざ自ら弟へたった1冊の本を届けに来たのである。
その本は以前廊下で偶然会った時の取り留めもない会話の中で、高松が何の気はなしに口にした書物だった。
そんな弟の何気ない一言をも、兄である古屋はきちんと記憶していて、何事でもない様に当然として実行する。
抱いていた本の擦れた表紙を開き、ページをめくると所々に線が引かれていた。
兄が昔に使っていた本だ。
今は使う事もなく仕舞い込んでいたこの本を見付けるのには、どれだけの時間が必要だっただろうか。
高松はそんな兄を邪険に扱った事を恥じた。

「古屋さんの名前は…勝……?」
物思いに耽り、土方の存在を忘れていた高松はその声に我に返った。
「勝次です。
養子に入ったので、古屋姓になった後に佐久左衛門と改めましたが。
……何か?」
瞳を細め視線を伏せた土方の様子は、眩しい夏の陽を避けるのに似ていた。
「昔からの馴染みに“勝太”ってのがいるんですよ。
そいつも養子に入って名前は変わりましたけどね。」
少し響きが似てますね、と小さく笑う淋しげな土方に、その人はもう此処にはいないのだと高松は察した。
「今でこそ私は“近衛隊隊長”なんて肩書ですが。
子供の時分はそりゃあ悪知恵ばかり働く悪ガキで、地元では“バラガキのトシ”で通っていました。」
そんな時に出逢った“勝太”。
喧嘩っ早く、奉公先を2度も飛び出した跳ねっ返りの、それでいて頭の回転は早いが為に扱い辛い子供と周りの大人達が手を焼く中。
幼い土方と等しい目線で語り合い、根気よく諭し。
時には土方の買った不利な喧嘩に飛び込んで来ては、共に大荒れをした事もあった。
その“勝太”の懐の深さに惹かれ、無二の友とも兄とも慕い、または尊敬し、己の一生をその人に賭けても悔いなしと誓っていたのだが。

名前は変わっても“勝太”は最期まで“勝太”のままだった。

「名前は所詮、個体を他人が識別する為の一般的な記号でしかない。」
土方にとって、彼が“勝太”である様に。
古屋にとって高松は“権平”であり、高松にとっての古屋は“勝兄さん”以外のものにはなり得ない。

からかわれ拗ねた弟を包み込む様な、古屋の優しい微笑み。
寸暇を惜しみ会いに来た兄を邪険に扱った事を悔やみ、高松の寄せられた眉根。
「仲の良い兄弟で羨ましい限りですね。」
自分にはもういない。
心の奥底までを晒し、慈しみ合う人。


ブーツを履き軍服を整えると、土方は腰掛けていた診察台から立ち上がった。
「随分と長居をしてしまって申し訳ない。」
王国随一の医師の患者は扉の向こうに列をなして、自分の順番を今か今かと待っている。
「こちらこそ…。」
謝ろうと開く口を片手を上げて制する。
高松は笑って頭を下げた。

背後の扉の向こうからは、土方と入れ違いになった患者へ語りかける柔らかな声が聞こえる。
廊下の窓から見上げた初夏の陽射しに、あの日の川辺のキラキラとした反射が瞼に浮かび上がった。

今日は随分と暑くなりそうな予感がした。
せめて風が吹けば良いのだが。

君の王子さまは目の前に。 

2009年05月29日(金) 23時28分
はっきり言って、ウチの隊長は女グセが悪い。
ぱっと見でも“手当たり次第”と言う言葉がぴったりくる印象だ。
だけれども、何故かモテる。
隊長の女グセは周知の事なのに。
僕が納得いかないのは、そこだ。


現にこうして今日も、隊長宛ての手紙なんて“大層ツマラナイモノ”を預かってしまった。
四隅に小さな草花の描かれた薄桃色の可愛いらしい封筒。
いつもならば隊長にそれを渡した時点で僕の役目は終りで、隊長が受け取った手紙をどうしようと、差出人とどうなろうと僕には一切関係のない事で、“ツマラナイ”手紙との縁もさっくり切れるのだが。
「……どうしてよりによって…。」
今回ばかりは少し事情が違った。
この、僕の手にある封筒の裏。
右下の隅に控え目に書かれている差出人の名前は、医局の手伝いをしている女の子。
僕の、気になるコ。
その事実が、この手紙をいつもより“大層ツマラナイ”手紙にしていた。

今だって隊長には何人もの恋人がいて(僕が知っているだけでも5人は固い)、その隣にはいつだって綺麗な女の人が寄り添っていた。
ウチの隊長は見た目だけは凄ぶる良いので、それはとても絵になる光景なのだけれど。
「今更これ以上恋人が増えなくても良いじゃないか。」
隊長を探しながら歩く廊下で、手にした“大層”な封筒を陽に透かしながらぼそりと呟く。

そもそも。
恋人が何人もいる事自体が理解できない。
好きな人が出来たら、その人だけを大切にするものなんじゃないのだろうか。
好きだからデートしたり手を繋いだり、キス、したり…他にもイロイロ、とか。
好きなコとするから、それが楽しかったり、ドキドキしたりするんじゃないのか?
だいたい、恋人の女の人だって、隊長に自分以外の他の恋人がいて嫌じゃないんだろうか?
「…大人の事情、てヤツ?」
そんな事情が理解出来るのが大人で、モテる男の条件ならば、僕は大人になんかなりたくないし、モテなくて良い。
…全くモテないのは哀しいけど、隊長みたいにはならなくて良い。

僕の歩みの先には随分と古い石造りの建物。
王立図書館。
最近、隊長が詰め所と自室にいない時には真っ先にここに来る事にしている。
理由は…。
隊長の恋人がいるから。
しかも、今一番のお気に入りの。

意識せず溜め息を吐きながら重い扉を開けて、吹き抜けの図書室へと向かう。
天井近くまでの大きな窓から降り注ぐ午後の陽射しを浴びながら、隊長はひなたぼっこの猫よろしくカウンターに頬杖をついていた。
気持良さそうに瞼を閉じて。
司書の女の人に髪を撫でられながら。

とても綺麗な女の人。
隊長の今一番お気に入りの恋人。
医局のあのコとは全然違う、大人の女の人。

「隊長に預かって来ました。」
手にしている封筒を、ずいっと眼前に差し出す。
端から見れば“良い雰囲気”な2人に水を差す無粋な行動なのだけれど、そんなのは今更で、女の人は全く気にしていない。
もちろん隊長だって。
「誰から?」
うっそりと睫を上げながら右手の人指し指と中指で薄桃色の封筒を挟み取る。
それは整った綺麗な形をしていて、とても軍人の指とは思えない。
かろうじで人指し指の第二間接にある固い皮膚が、王国随一のライフルの使い手である事を物語っていた。
手紙の差出人は封筒の裏を見れば判る。
隊長は返事を待たずに封を切り、僕はそのまま踵を返した、のだが。
「待て、金次。」
いつもなら、手紙を渡した時点で郵便屋の役目は終り、僕は隊務に戻れるはずだった。
「使いを頼まれてくれないか?」
隊長は恋人にカードを貰い、さらさらと何かを書き付けた。
「これを差出人のお嬢さんに。」
カードとお揃いの封筒に入れ封をすると、憎たらしいくらいに清しい笑顔で、隊長は僕に手渡した。
こんな事は今までに一度としてなかった。
「……どうして…。」
「いいから行きなさい。」
隊長は粋に片方で瞬きをして僕を図書室から追い出した。

隊長宛ての“大層ツマラナイ”手紙がもたらした、大層厄介な返事の手紙。
手紙の返事を僕が隊長から預かった事なんて、これが初めてだった。
何が書かれているのか…すごく気になる。
これを読んだ時、あのコはどんな顔をするのだろう?
想像して、ひどく憂鬱になった。

偉そうに古めかしい図書館を背にして盛大に溜め息を吐くと、僕は重い足を引き摺りながら医局へ歩き出した。
暖かな午後の陽が目に痛かった。


「恂太郎さん、よろしかったの?」
知的な彼女が意地悪く微笑んだ。
「俺には貴女がいますから。」
いたずらな口唇にキスをした。
傍目にはどう映ろうとも“恋人遊戯”の相手はきちんと選んでいる。
年若い部下の想い人に手を出すなんて、そんな鬼の様な真似出来るわけがない。
「ちゃんと届けろよ、金次。」
封筒の端に描かれた小さな花の様な、可愛いらしい少女。
届けられたカードを読んだ時、それを運んで来た少年をどんな瞳で見上げるのだろう。
少年の淡い恋心の先を思うと自然、口唇が幸せな曲線を描いた。

常に君は可愛らしく健やかに。 

2009年05月01日(金) 12時54分
「大鳥さんは、いつも紅茶ですよね。
 コーヒーは飲まないんですか?」
昼の引き継ぎ及び、報告を終えた束の間の休息の一時。
執務机背後の大きな窓から降り注ぐ暖かな日差しに、ここ暫くの激務に些か疲労した身を浸して大鳥は午後のティータイムを愉しんでいた。

本来、大鳥に茶を給仕するのは一大隊を任されている本多の仕事ではないのだが、年若い従卒よりも遥かに紅茶を煎れるのが上手いが為にいつの頃からか大鳥の午後の一時のセッティングは本多の役割となっていた。
本多の問いかけに、大鳥は繊細で上品な彩色の施された華奢なティーカップに、すっと通った形の良い鼻梁を近付ける。
「ただ飲めれば良いというものではないのだよ。」
飴色の液体から薫る芳香に目を細める。
「私は何事も控え目な方が好みなのだよ。
 飲み物も…女性も、ね。」
からかう様に柳葉の様な片眉がひょいと上がる。
その返答に本多は肩を落とし脱力した。
(聞いた俺が、バカでした。)
「あー、まぁ確かにコーヒーは香りが強いですからね。
 色も真っ黒ですし。」
敢えて女性云々には触れずに会話を繋ぐ。
大鳥は椅子をくるりと反転し、窓の外に視線を投げる。
珍しく、こんな内陸の空で海猫が風を捕えて翼を広げていた。
「…泥水をすするのは、戦場だけで、充分だ。」
一口含み、胸に広がりかけた苦味を飲み下すと、代わりに落ち着きのある香りと僅かばかりの渋味が暖かく胸を満たした。

大鳥の周囲は常に油断の許されない状況にあり、この一時は貴重な時間だった。
上質な皮張りの椅子に深く身を沈めて一杯の紅茶を、大切にじっくりと味わう大鳥の姿に本多は気付かれぬ様に奥歯を噛み締めた。
常に気を張り、不利益は最小限に収めようと策を練る大鳥には自身を労る暇はない。
せめてこの紅茶一杯の時間だけでも穏やかに過ごせたらと願わずにはいられなかった。
「明日船が入ります。
大鳥さんの頼んでいた本と新しい茶葉が届きますよ。」
「おぉ!それは楽しみだ。」
途端にぱっと花開く様な、まるで子供の様な顔になり、くるりと椅子を回して本多に笑いかけた。
この人の、全てに対して一途なところが好きだな…と本多は思う。

「明日のお茶請けはカレンデュラのケーキにしましょう。」
ほんのりと温かい、午後の日差しの様な花の焼き菓子。
大鳥の好きな香しい紅茶と共に、きっと彼を優しく労ってくれるだろう。
口元を綻ばせ、頬杖をつきながらカップの残り少ない飴色の香りを愉しみ、うっとりと瞼を伏せる大鳥の為に。
本多は2杯目のお湯をポットへ注いだ。
やわやわと湯気を立ち上らせながら、くるくると茶葉がポットの中で踊る。
今日のティータイムは、昨日よりゆっくりと時間が取れそうな気配がした。


君想う風の感触。 

2009年04月14日(火) 22時32分
俺は女性が好きだ。
可愛くて柔らかくて暖かい、か弱い存在。
誰だって、小さい動物は嫌いじゃないだろう?


図書館の天井は高く、その天井近くまではめ込まれたガラスが午後の暖かな陽を惜しげもなく降らせていた。
星はカウンターに頬杖をつきながら、日向ぼっこの猫よろしくその陽を浴びる贅沢に目を細める。
「随分と伸ばしていらっしゃるのね。お切りにならないの?」
カウンターの向こうから、細い綺麗な指先が髪を梳く。
優しい仕草に身を任せる。
彼女は知性溢れる美しい女性で、とても好ましい。
けれども“彼女”ではない。
「なかなか切る機会に恵まれなくてね。
 いつの間にか、こんなに長く。」
今関係のある女性達の中でも、彼女は特に好ましい女性の一人だ。
けれども“特別”ではない。
「私で良ければ、切って差し上げましょうか?」
俺にとって“特別”な女性は“彼女”だけ。
「いや、いいよ。
 切ってしまったら貴女にこうして、触れてもらえなくなってしまう。」
星はクスリと笑う。
(よくもまぁ、心にもないことを…。)
“彼女”はこんなふうに俺の髪に触れた事はなかった。
俺の髪を切るのは“彼女”役目だった。
初めは酷いものだったが、回を重ねる毎にまぁまぁ格好がつく様になった。
思い出してクスリと笑う。
「なにかしら?さっきから笑ってばかり。
 何方の事を考えていらっしゃるのかしら?」
弄んでいた髪を指に絡ませ、耳元で甘い声が囁く。
「俺はいつでも貴女の事でいっぱいですよ。」
(いつでも想うのは君だけ。)
僅かに顔を巡らし、すぐ側の花に口付ける。
真っ赤な、口唇。
(あぁ、この女も違う。)
触れる度に、触れられる度に。
嫌という程に思い知らされる、君と離れてしまった距離の大きさと、時間の長さ。
「もっと、髪を撫でてもらえますか。」
落胆が瞼を下ろす。
「今日は随分と甘えん坊でいらっしゃるのね。」
“彼女”と違う優しい手。
「俺は寂しがりで、甘えたなんですよ。…知りませんでした?」

早く君に会いたいよ。
俺の髪を切るのは、君だけの役目なんだから。
愛しい君。
たまには俺を思い出してくれているか?
早く、帰りたいよ。
俺たちの家に。

今日も誰かが髪に触れる。君といた時にはなかった感触。
午後の陽が通り抜け、明るく輝いた髪が窓からの風にふわりと揺れた。


可愛くて柔らかくて暖かい、か弱い動物。
寂しさを慰めるには、最適な存在。
誰だって、悲くなるのは嫌いだろう?

君と夜明けのコーヒーを。 

2009年04月13日(月) 22時21分
野村が昨日と同じく詰め所に出勤してくると、夜勤の隊士がビシリと背筋を伸ばして敬礼をする。
いつもは眠そうなのにな、などと思いながらも高く肘の上がった清々しい敬礼に軽く応えて、奥の幹部室に向かった。


一応ノックはするが、返事は待たずにノブを捻る。
毎朝この部屋に一番に来るのは自分だからだ。

自分は幹部連中の中でも、若い方だ。
若干、落ち着きがないと言われる、時も、ある。残念ながら。
…たまに、ほんの稀に、だ。
そんな俺でもやる時はやるんだゼ!締めるところはビシッと締めるゼ!と、行動で示す為に幹部に昇格したその日から毎朝一番乗りを果たしているのだが、未だにその点に対して周りから触れられた事はない。残念ながら。

そんな些か報われない感のある野村がいつもの様に扉を開けると、いないはずの人物の姿があった。
「土方隊長!?」
憧憬とか尊敬とか敬愛とか何とかそんなものを合わせて新しい言葉が作れるくらいの眩しい対象が、上着を脱いだラフな格好で飾り気のない白いカップを片手に苦笑していた。
「お前、何の為にノックをしているんだ?」
野村はカーッと血の気が頬に集まるのを感じた。
「す、みません!以後気、を付けます!」
「…ま、いいけどな。」
もつれつつも早口という何とも器用な返事に、土方はふっと破顔した。
「隊長は急用でも?」
隊長自らこんな朝早くに詰所に来るなど、戦線に変化でもあったのか。
しかしそれならばまず伝令が走るはずだと、ドクドクと血管が忙しなく騒ぐ頭でぐるぐると考える。
そんな野村の慌てっぷりを知らず、土方は部屋続きの給湯室へと足を向けた。
「んー、俺は部屋のコーヒーが切れたから一杯もらいに来た。」
普段は自室の隣に控えている従卒の市村が煎れてくれるのだが、如何せん朝が早すぎた。
夜遅くまで土方に従い起きていた少年を、たかだか自分の気晴らしのコーヒー一杯のために叩き起こすのは可哀想だ。
「それなら俺がやります!」
「いい、お前の煎れるコーヒーは不味い。」
隊長にそんな事はさせられないと申し出た野村の篤い気持は、土方の無情な一言に一蹴され砕け散った。
(ぇえ゛ーーーーーっ!!)
ゴロピカドッシャーン!と脳天に雷が直撃したかの如く、野村の脳は真っ白になった。
(…あーオレ、もう駄目かも。…立ち直れねーかも…。)
ぼんやりと土方の消えた給湯室の入り口を眺める視界が墨を流した様に暗くなっていくのを感じた。
「朝礼まで随分と時間があるのに、お前いつもこんな早くから来てるのか?」
姿の見えない土方の声に「…あー、まぁ…はい。」とか何とか上の空で答える。
「ふーん…。ほら。」
呆然と立ち尽くす野村の意識を、コーヒーの暖かい香りが揺り起こした。
しばたいた目の前には、湯気の溢れる給湯室備え付けの色気もへったくれもないカップ。
「毎朝ごくろーさん。」
カップを受け取ろうとしない野村に、土方は更にぐいとカップを持つ手を差し出した。
「俺の煎れたコーヒーは飲めないか?」
いまいち状況が把握しきれていない野村に、土方は意地悪く笑って見せた。
「ぅわっ!いえ!ありがたく頂戴いただきます!」
ハッと我に返った野村の台詞は、脳内そのままにめちゃくちゃである。
その様子に笑いながら、土方は自分の白いカップに口を付けた。
「野村が毎朝一番に来てくれているから安心していられると、相馬も島田も言っていた。」
「え?」
受け取ったカップを口に運んでいた手が止まる。
「だけどな…」
ニヤリと笑う土方の様子に、ゴクリと鳴らした喉が緊張に固まる。
「朝っぱらから不味いコーヒーは勘弁してくれとさ!」
土方は笑いながら言い、野村の肩を叩いて脇を通り抜けて行った。
「…〜〜〜〜っ!」
勢い良く振り返り、野村はカップを両手で握り締めて瓢々とした背中に叫んだ。
「土方隊長は飲んだ事ないでしょうっ!?」
顔を真っ赤にして奥歯を噛み締める野村に、土方は歩を止めないまま肩越しに振り返り、愉快そうにひらひらと手を振った。
「また後でな、野村。」
笑い声と共に部屋の向こうへと土方が去って行く。

(…知ってたんだ。)
部屋を満たす暖かな香りに頬を緩め、カップの中で揺れる液体を覗き込む。
(土方隊長が煎れてくれた、コーヒー…。)
労いの言葉と共に差し出され、受け取ったカップの中身を一口。
「!……にが…。」
(隊長だって人のこと言えねー…。)
それでも、じんわりと自分の何処かに染みる暖かさ。
野村はカップを両手で包み直すと、へらりと笑った。

幹部室の窓を開け放ち、腰に手をあて仁王立ちになると、野村はガッと一気に残りのコーヒーを喉に流し込んだ。
「っしゃ!今日も一日やってやるゼーッ!!」
苦味に眉をしかめつつも
カップを持った右手を高らかに突き上げ、太陽の上る空に声高く朗らかに宣言した。


こうして昨日と違う、いつもと同じ野村の一日が始まったのである。

あいのうた。 

2008年07月31日(木) 9時56分
あいってなに?
知らない、知らない。
そんなモノ知らない。
わたしにはいらない。

きっとそれは、ひどく厄介なモノ。
そんなモノ、わたしに教えないで。

わたしはこのままが良いの。
そんな曖昧なモノを教えて、
わたしをけがさないで。

バーミリオン。 

2008年04月05日(土) 0時24分
他人に『君は幸せか?』と訊かれた時。
わたしは小さく薄ら笑って、答えを濁すだろう。
曖昧を美徳とする、凡庸で矮小な醜い人間の姿で。

1から10のうち。
全部の10は幸福ではない。
全部の10が不幸ではない。

1が幸福だとして。
残りの9が不幸だとして。
それは“不幸せ”と言えるのか。

1が不幸だとして。
残りの9が幸福だとして。
それは“幸せ”と言えるのか。

他人に『自分は幸せだ。』と確信を持って答えられる君。
その答えの根拠と自信は、何を材料として組上げられているのか。
わたしの目の前で、実験して立証してほしい。

“幸せ”の仕組みを証明し、世間に知らしめてくれ。

まさゆめ。 

2008年03月04日(火) 17時59分
アナタを撃ち殺す夢を見たよ。
お気に入りのS&WのM10、2インチで。
寸詰まりのシルエットがとても可愛いんだ。

ボクは射撃が上手くないから、めちゃくちゃに撃ちまくったんだ。
『下手な鉄砲 数撃ちゃ当たる』って言うだろ。

確かに。
大昔のヒトが言ったように、当たったよ。
たくさん。
シリンダーの弾を撃ち尽くす度に6発の弾を込め直して、何度も、何度も。
飽きるくらいに。
いや、実際飽きちゃった。

何発の銃弾が当たったかは知らない。
アナタの躯はぐちゃぐちゃになって、コンクリートの床に寝ていた。
背中が痛くて、冷たそうだ。
ボクだったら、そんな所で寝るのはゴメンしたい。
ふかふかのお布団が、ボクは大好きだから。

でも。
冷たいアナタになら、冷たいコンクリートのベッドもお似合いだね。
ボクは嫌だけど。

不思議なんだ。
めちゃくちゃにがむしゃらに撃ちまくったから、ぐちゃぐちゃなのに。
アナタの躯からは肉片も内蔵も脳味噌も飛び散らなくて。
ただただ、アカイエキタイ(血?)が溢れ続けているんだ。
今も。

随分と長い間、座布団に座って(コンクリートの床は冷たいから)見ているんだけど。
止まらないんだ。

ほら。
もうそこまでアカイエキタイが広がって流れてきた。
真っ赤な池に、ボクの座っている座布団だけがぽつんと浮かんでいるみたいだ。
そぉっと、手を伸ばしてみた。

あたたかい。

ボクはこのアカイエキタイが好きになれそうだ。
ふかふかのお布団は、あたたかくてボクは大好きだから。

アナタもボクが撃つまではあたたかかったんだよ。
2009年06月
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