人生やり直すならどのタイミングから?

April 27 [Wed], 2016, 4:58
例えば、「小学校六年生から」と言って理由は「なんとなく」、...で終わるのではなくて、「なぜ小学校から」「そうすると、今の何を変えられるの」と、続きを
ちょっと突っ込んで考えてみたら、思いの他インパクトがある。

どういうことかというと

・【同じ過去に戻っても、同じ今になる】
単純に「小学生時代に戻った」ことができたとする。
でもその時の小学生のあなたの好きなもの、思い描く夢は、
あなたである以上やっぱり同じものになる。

クリエイターになりたいか、宇宙飛行士になりたいか
頑張るガッツはどれくらいあるか、
頭はどれくらい回るか、
私立に行きたいか、公立に行きたいか、
専門学校に行くか、4年生大学に行くか
就職するか、作家を目指すか
恋人探しをするか、いまは受験勉強に専念するか

すべての趣味を犠牲にして勉強に打ち込み、工学部の教授を目指すか

安定したサラリーマンになる人生を捨ててでも、
クリエイターとして単身飛び出す勇気があるか

という人生の分岐点にあるとき、
真剣に考えると、意図的に逆をやろうと思わない限り、
同じに近い選択になりえる

「あのとき挑戦をする度胸がなかった自分は、やっぱり挑戦をする度胸はないからだ」

そうすると、普通に考えて、やっぱり今のあなたと同じ判断を繰り返し、
今にいたると思う

・【「過去からやり直す」というこは「今の自分」を否定する】
でもそれじゃあダメだからこの「過去に戻ってやりなおす」という問いを立てたんだ

その予定の流れを変えたい
いまの自分をいまの自分にした原因を捻じ曲げたいという願望がここには秘められている

それはつまるところ、「いまの自分は失敗」であるという考えになる
いま、自分は幸せではない、本来望んでた人生ではないということが、
「過去に戻って、望んでた未来が欲しい」という形になって現れている

それが、この問いの本当の意味だ

例えば「或るサラリーマン」の望んでなかった今とは例えば、
毎日残業して、
一人で狭い部屋に帰って、
コンビニの弁当を食べて、
洗って
寝る
自分らしさとか、夢とか、そういうのは考えないようにする
そうやって年だけを食っていく
そのことも、考えないようにする


・【「今」の自分に対する問題意識になる】
もう一回、最初の問いに戻る
人生をやり直すとしたら、いつからやり直したいか
例えば、
「小学校高学年から」
と答えたとする

それはなぜか
この理由を突き詰める
「算数をもっとちゃんと勉強してきたかった」
「もっと早くギターに触っていたかった」
「好きな人を見つけたかった」
というような答えがでる

さらになぜを問う
「算数をもっと勉強したかったのはなぜか」
「ギターを早くから触っていたかったのははぜか」
「好きな人と出会っていたかったのはなぜか」

この答えは、
あのとき〜をしていたら
「今頃〜になっているから」
という理由になる

ここで、
「なっていたかった今」
「現実の自分の今」
二つの自分の今が現れる

「あのとき、数学を勉強して、理系大学に入って、
コンピューターサイエンスを履修していれば、
今頃人工知能のエキスパートとして
業界を引っ張る技術者になっていたかもしれない」
自分と

「代わりの効く3次請のSIerとして、ピンハネされた単価で
毎日お客さんの圧力にさらされて、息苦しい職場で長時間残業して、
家に帰っても、何もない」
自分。

※注意:僕の話ではないぞ!w

この二人の自分を比べてみてわかるのは、
自分が、いまの自分の人生の何が問題だと考えているのかが
現れる

いまの生活の、なにが嫌で、変えたいか、
ここで、さっきの例の「或るサラリーマン」は、
自分の「本当の望み」を思い出す手がかりを見つける。

・【本当の望みはなんだったのか】
過去に戻って、やり直して、作りたい自分というのは、
自分が本当は今なっていたい自分ということになる

例えば、またでてくる「或るサラリーマン」
は、
「本当は、自分は医者になりたかったんだ」
ということを思い出す。

そして、想像する今頃の自分を夢みて、
ふと白昼夢から覚めて、
冷たい布団で、明日が不安で眠れない自分を思い出し、
やっぱり悲しいだけになる、
考えなきゃよかったと思うw

というわけで、
「過去に戻ってやりなおせるなら、いつに戻りたいか」
ということを突き詰めて考えることは、
同時に、
今の自分の生き方に対して、本当の自分の気持ちを突き詰めて考えることになる

今の自分の毎日に感じている嫌さとか、変えたいところとかを自覚するとともに
自分の望む本当の今の姿との乖離に自覚する契機になる。

この問いの本当の意味は、
そういうことである。

ーーーーーーーーーーーーーー
・【諦めるしかないのか?】
ここで終わらない、
本当に絶望するしかないのか?


絶対に埋まるわけない、というように思われる
本当になりたい自分と
現実の自分

このギャップに絶望するしかないのか?
もうちょっと突っ込む。

・【現状と本当になりたい自分のギャップはなにか】

もう一回だけ、「或るサラリーマン」にでてきてもらう
彼は、自分の本当の望みは
「国境なき医師団になりたい」
だったとする

今彼は下請けSIerの派遣エンジニアで、まさか医者にすらなれるわけがない。
じゃあ終わりか?

もうちょっと突っ込んでみる。
なぜ、「国境なき医師団でなぜ活動したいのか」

世界には、恵まれない地域があって、過酷な生き方をする人たちがいる
武器や殺人が横行していたり、衛生不良で自分より若い人たちが苦しむ様子に怒りを感じる

そういう人を、医師としての専門的な力で、助けたい
そのような地域をよりよい場所へ発展させたい

それが理由だったとする。
(※本当はこんな漠然とした理由もっと突っ込んだほうがいい「お前はなぜそう思ったの?」を直接経験を根拠に問うべき)

ここで、ちょっと逆転して考える

不安定な地域に暮らすような人たちを助けたい
助ける専門的な技術力をもって
世界で貢献する

ような人になりたいというのがこの人のやりたいことということになる
それをするのに、必ずしも「医者」である必要は、ない

その代わり、この人は、「開発力」「マネジメントスキル」「IT技術スキル」
を持っている
それを武器に、やりたかったことをやる方法、あるんじゃないか?

すなわち何が言いたいかというと、
本当にやりたいことをするのに、
今ある専門性で、別のアプローチからやれるんじゃないの?
ということだ

・【実は、変えられるんじゃないだろうか】
そうやって、考えると
端から諦めていた、理想の自分の今へのはしごをかけられる可能性がでてくる

まずは、理想の自分の「本質(結局本当にしたいのはなにか)」を、突き詰めて探ってみる
「宇宙飛行士」とか
「絵師100人」とか
「福山雅治」とか
まず絶対無理でしょ
から始まったとしても、
「なぜ弁護士に自分はなりたいと思ったのだろうか」
「弁護士ができるどういうことをできるのが自分の夢なんだろうか」
そうやって、本質の部分を問い続けると、
「それは弁護士でなくてもできる」ということに気づく

それって、今あなたが持っている得意なスキルでもやれるアプローチがあるんじゃないの

というのが見えて来る。
そうやって、理想の自分を荒唐無稽な夢から、具体的なビジョンに落とし込める

・【いまからスタートを切っても、いいんじゃないだろうか】
もはや、絶対にたどり着けないところではなく、いっぽいっぽ近づける姿となった
なりたい自分
ビジョンがたったら、
現状の自分の持っている力と
ゴールの間を埋める計画を立てる。

と、3行にまとめたが、
言うのは簡単。しかしいつもなぜかやれない、

よくある仕事術セミナーの罠があるが、

しかし、はしごはかかったんじゃないか。