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引越ししています。 / 2005年02月08日(火)
「日々雑記」は現在こちらのブログに引越ししています。
http://yapeus.com/users/skal/
ぜひご愛読いただけるとうれしいです。

S+K+A+L 代表:シキナミ
http://www.geocities.jp/sillybilly1845/
 
   
Posted at 11:48/ この記事のURL
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アート縁日追伸 / 2004年10月09日(土)
マックだとリンクがうまくいかないね。
直接アドレスを
http://www.japandesign.ne.jp/portside/
横浜駅東口の湾岸地域です。結構おもしろいランドスケープの公園ですよ。
 
   
Posted at 03:20/ この記事のURL
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アート縁日 / 2004年10月09日(土)
またまた休んでしまいました。

さて、いきなりなのだが10/9.10(9日は台風のため中止決定)と横浜で「アート縁日」というお祭りがあり、作品を出展する事になった。といっても建築作品ではなく、犬小屋。
実はうちの犬達の主治医の先生(現在建築学科在籍中で建築学んでます)に誘われて、インテリアとしてのドッグハウスを作りましょう、という感じで、始まったんです。
お暇な方、覗きにきて下さいね。10日は日没までやってますよ。目印は2匹のフレンチブルドッグ(暑すぎたら連れてかないけど)。犬小屋やってるブースは多分うちだけです。
 
   
Posted at 03:08 / 家庭的雑記 / この記事のURL
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古民家 / 2004年09月17日(金)
現場に向かう途中で「→古民家」と書かれた看板を見つけた。案内をたどってたどり着いたのが本郷ふじやま公園。なんと再生された古民家が無料で見学できるのだ。早速中を見学した。極太の梁に吹き抜け、土間空間、縁側、間取り、参考になるものがたくさんあり、非常に勉強になったのだが、たくさんとった写真のデータが壊れてしまい、全部消えてしまったのだった…。というわけで、雪辱戦をするので詳しい報告はそのときに、ね。
 
   
Posted at 09:38 / 仕事的雑記 / この記事のURL
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9.11B / 2004年09月12日(日)
次の日、インターネットカフェで再び情報収集をした。そのときすでにビンラディンだということは分かっていたんだっけな?イラクとかの事もニュースで言ってたような気もするな。日本からはいますぐ戻ってこいとのメールが入っていた。家族としては当然だろう。僕らもその頃にはNYには行けないだろうな、と思い始めていた。そうすると航空券を払い戻してもらわなければならないので、再び空港へ行くことにした。前日と変わらずドア一つからの出入りの制限が続いていた。空港ではアラブ系の人達が片っ端から連行されていた。顔が似ているというだけで連れて行かれたのだろう。すごく嫌な気持ちになった。航空会社のカウンターに着くと、職員に「チケットは払い戻してくれるのか?」と問い合わせた。結果はNO。格安チケットであったため、払い戻しやルート変更が効かないのだそうだ。復興後に同じルートでならこのチケットは使えるよ、という結果だった。日本行きのチケットを新たに探さなければならなかった。異国の地で言葉が通じない。ツアーじゃないから2人だけという状況の中で、インターネットのありがたみをしみじみ感じた。これなら日本語でミラノの旅行会社を探せるのである。早速探し出した日系の旅行会社に行って、日本行きのチケットを買おうとしたが、最短でも1週間以上先しかない。仕方なくそのチケットを買った。ホテルの予約もこの日で終わりだったので、ホテルを探さなければならなかった。今回ミラノでは2箇所のホテルに泊まっていたのだが、最初に泊まっていたほうのホテルに幸い空き室があったので、歩き回ることなくホテルは決めることが出来た。こうして、10日間ほどミラノに滞在した後に日本へと帰った。
このように、僕にとって9.11は事件としてだけではないのだ。9.11の映像を見るたびに、僕はこの旅での出来事を思い出すおかげで、この旅は色あせることがないものになってしまった。
 
   
Posted at 00:43 / 家庭的雑記 / この記事のURL
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9.11A / 2004年09月12日(日)
ミラノは見本市が多く開かれていて、その日のホテルもビジネスマンばかりだった。ホテル中もパニックになっていて、みんなCNNを見ながらなにやら論議をしていた。ぼくらもパニックだったが、とりあえずインターネットカフェに向かった。そこでやっと日本語の情報を得ることが出来、事件の詳細を知ることが出来た。CNNでは戦争が始まったと言っていたのだが、日本では全然そんな記事はなかった。なにがなんだか解らなくなっていた。とりあえず、日本の家族へメールをして無事を伝えることにし、空港へ向かうことにした。空港に着くと、すでに周りを機関銃を持った軍が囲んでいた。入り口はドア一つに制限され、入り口へ入るための行列が出来ていた。航空会社のカウンターへ行くと大勢の人が集まっていたが、職員は一向に現れない。それもそのはず、僕らの旅行中の飛行機はユナイテッド航空だったのだ。数十分待った頃に職員が出てきて、「現地がパニックになっていて何も分からない」とだけ告げられた。待っててもしょうがないと思い、その日はホテルに戻った。

続く
 
   
Posted at 00:42 / 家庭的雑記 / この記事のURL
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9.11 / 2004年09月11日(土)
9.11から3年が経った。この事件の背景についていろいろとテレビなどでやってるが、僕にとっては直接的に関わった大きな事件として、鮮明に記憶している。
僕らは10日前の9月1日に結婚式を挙げ、2日から18日までの予定で、パリ→バルセロナ→ミラノ→NYという行程で新婚旅行に出かけていた(旅行の詳細は「時々写真」を見てね)。9.11が起こったのはNY行きを2日後に控えたミラノのホテルで、TVを見ていたときだった。その日、朝食を済ませ観光の準備を部屋の中でしながら、何気なくテレビをつけたら、WTCが燃えている映像が映った(たしか時差2時間くらいだったかな?午前10時頃だったと思う)。WTCが火事だ!大変だ大変だと思いながら引き続き映像を見ていたら(たしかCNNでした)、燃えていないほうの棟にいきなり飛行機が突っ込んだ。何がなんだか分からず「うわー!うわー」と叫ぶのがやっとだった。英語がよくわからなかったので、映像だけで判断するしかなかったのだが、なにかとんでもないことが起きているということは理解できた。当日のCNNは画面の下のほうに速報をテロップで流していた。それを読んで、なんとなく状況がつかめてきた。「7機が行方不明になっている」「ペンタゴンにも墜落している」「戦争が始まった」「アメリカは対象に対して攻撃を始めた」…。このようにいろんな情報がテロップとして流れた。戦争が始まったと繰り返しテロップが流れたときは、血の気の引く思いだった。自分達は言葉の通じない異国の地にいて、安全に帰れる保証なんてどこにもないのだと頭をよぎったからだ。

続く
 
   
Posted at 22:49 / 家庭的雑記 / この記事のURL
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行き詰まり / 2004年09月10日(金)
最近行き詰ってる。
いい家とは何なのか、である。建築家としてこんなこといってちゃいけないのだろうが、結構定期的にこういう状態に陥っている。さて、今回の悩みはいつ解決されるのだろうか。そのときはどのくらい自分が成長できるのか。こういうときはいろんな建築見に行こう。それに限る。
 
   
Posted at 09:00 / 仕事的雑記 / この記事のURL
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つい / 2004年09月06日(月)
友人から使いにくいとさんざん言われてたが、買ってしまった。「美しさはなにものにも勝る」のである。
 
   
Posted at 10:58 / 家庭的雑記 / この記事のURL
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光と陰 / 2004年09月06日(月)
建築道場で「陰影」について議論になった。日本人は古来から暗さの表現に長けていた。最近の住宅は明るさを求めることに偏りすぎて、暗さを表現する能力を失いつつあるのではないか。暗さの美を表現する能力は日本人として継承しなければならない。…

なぜ日本人は暗さの美学を失ったのかをずっと考えていた。そうか、暗さの美の定義を考えればよいのか。



@暗くても快適にするには、まず広さと高さ。空間に広がりがないと快適にならないような気がする。
A素材の迫力がほしい。暗さの中でも存在感を保つようなそんな素材がほしい。そういう素材は暗がりの中で気持ちのいい香りを放つだろうし。

さて、僕なりに考えはまとまった。現在暗い建築が少なくなった原因は、まず住宅の大きさ。暗さに見合うだけの大きさが作れなくなってきて、だんだん明るくなってきたのではないか。もう一つは新建材。暗がりの中で五感が鋭くなった時に、新建材の質感と臭いに耐えられないのではないか。
そして、もうひとつ蛍光灯の存在も大きい。影のない明るさに慣れてしまったのではないか。

では、現代の住宅事情の中でどうやったら暗さの美を表現できるだろうか。その答えは二つ、「本物」と「光」だろう。
まず本物。本物の素材を使おう。木、紙、石、土、コンクリート、…など〜調〜風ではない本物の素材を使おう。
もう一つは光。暗さに光とは水と油のようだが、実は暗さを感じるには明るさに隣接させると、空間に奥行きがなくても、あるように見せる効果がある。暗さの中に一筋の光、または明るさの中にたたずむ暗がり。こういう空間を作ると暗さが美しくなる。建築の手法としては基本なんだけどね。
というわけで本物の素材で光を駆使して陰影を表現しようという結論。

 
   
Posted at 10:34 / 仕事的雑記 / この記事のURL
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