一転
2011.03.12 [Sat] 15:03

なんか幸せだ
 

(無題)
2011.03.12 [Sat] 01:51

なんか辛い
でもわたし自身は幸せなのだ
 

(無題)
2010.12.25 [Sat] 18:20

長期休暇

実家に帰って村上春樹のねじまき鳥を読む
忘年会のために出町柳に向かう
京都という土地でわたしはまともになる気がする


当時は癒しになっていた本を今読むと何とも言えない不安な気持ちになる
安定した地がぐらぐらと揺らぐように

その世界に軽い怯え覚えながら頭の中がぐるぐる渦巻くぐるぐる
わたしは出町柳に到着して見慣れた景色に立ち止まる

足元を見るのは怖いなあ
 

(無題)
2010.10.29 [Fri] 23:52

色々やり直せたらいいのにと思うキラキラしたせかいがあって
後悔なんてしたくないと思う、わたしは、ただ目をつむるたげなのだなあと思う
ただ目をつぶるだけ

それだけで今の素晴らしさは消えてしまい
今のわたしは、いまは
 

インプット/アウトプット
2010.10.22 [Fri] 21:57

基本的に20代前半まではインプットしたらアウトプットしないとダメだった。
アウトプットすることによって、あらゆるものが肯定され許されるような気がしたし、自分の中にある本棚みたいなのに一つ整理するみたいに。
そんでアウトプットしたものは形を変えて、また自分へ新しい価値観としてインプットされる。
そういう循環は絶対的に正しいと思っていた。アウトプットされるものが正しいわけではないかもしれないけど、そうやって自分の価値観を世間に向けて循環させる行為は絶対的に正しいと。
場所だっていくつか用意していた。TPO?に合わせて吐き出すべき物を選らんでちあように思う。
今だって絶対的に正しいと思っているふしがある。
でも吐き出さなくなってきた。
きっとそれはもうある程度経験したり予測がつくものだったりして、アウトプットすることによるデメリットが大人になった今では恥ずかしいことだったりする、とても残念なことだけど。
でもまあそんなことは、些細なことで、どうでもよくてほんとにアウトプットできることに比べたらどうでもいい。
あたまがわるい、それが問題だ。
 

(無題)
2010.10.22 [Fri] 21:34

いまの わたしは インプットもアウトプットも必要としない
27歳 その先には。
死ぬように生きていたくはないのにね
 

(無題)
2010.09.07 [Tue] 23:28

なんか 疲れた
どうしよう
こわいなぁ
 

(無題)
2010.03.29 [Mon] 01:09

きっとダメ、ぜんぜんダメ
あいしてる
 

(無題)
2010.03.27 [Sat] 21:50

言葉をはいてもはいても、相手が聞きたい言葉以外は通り過ぎる。
虚しく消えていく言葉の片鱗にわたしがとりこぼしてきたであろう言葉を思う。

さよなら世界
 

(無題)
2009.12.17 [Thu] 01:19

なにかが崩れて 何かがなくなる

さよなら 全て

すべてがしがらみだ
さよなら愛しいすべて