ひさしぶり! 

2007年04月12日(木) 11時12分
閉じようかなと思ったけど、何となくムカつく事がある時にはここに記そうかな…なんてね。

閉じるのはいつでも出来るので、このままでもいいかな〜なんてね。

それよりも今はmixiの方で好き勝手に書いてるし、
稲勝平さんも自分のBlogで自由にやってるのを見るのが楽しいし…

そのBlogで俺の嫌いなヤツの実態を知る事も出来てるし…

しかし、人の火災お見舞い金のとりまとめで、
勝手に封筒を開けて、集まったお金をまとめてたとは驚きの事実だったなぁ〜

お見舞い、お祝い、お悔やみの金額は「誰がいくら」って記録しておくことがとても大事なんだ。
お返しの時にも、次回先方が同じ立場になったときにもその記録が活かされるんだ。

自分で偉そうに「法律家」なんて言ってるくせに、そんな常識も知らないんだろうか?
封までしてあるものを開封する事がどれほど失礼で無礼で常識外れな行為なのかわからないんだろうか?

それなら「とりまとめ役」として手を挙げた時点で、
「個人として贈らない事」
「金額は皆統一する事」としておかなければならない。

ただの渡し役としてなら、預かったものはそのまま渡すべきだ。

おそらく、誰がいくら贈ろうとしたかを知りたかったんだろうね。
…で、結局はまとめて「とりまとめ役」して、【私が皆をまとめた!】
って事にしたかったんだろうね。

人ってそうされるとその人にだけ特別に感謝するんだよね。
実際は仕事欲しさにやっただけでもね。

仕事の為なら、死ぬほど忙しいなんて言っても、
連日連夜飲みに行く人だから。
仕事の為なら旦那なんていない風に出来る人だから。
仕事の為なら主婦や事務員を平気でバカに出来る人だから。

自分のBlogの反応が最近悪いなぁ〜と思ったら、
体の調子が悪いと同情を買いたい人だから。
でも、仕事が出来るオンナを見せたいので、
社労士であっても相変わらず法律家と言い張る人だから。
心構えとしては「法律家たれ!」でいいんだよ。
でも実際は社労士じゃん。

手伝いに来ているアルバイトを従業員や助手のように言う人だもん。
経営者大好きだもん。
自分で仕事をしている人と会うのが大好きだもん。

仕事に繋がる!と思えばどんな時でも駆けつける人だもん。
でも、会ってみて自分の仕事とは無縁だと思えば、もうどうでもよし!な人だもん。

また周りにいる奴らが俺から見ると皆傅いて腰抜けばかりだ。
ペコペコするばかりで、心なんてこもってもいないくせにさ。
綺麗事、飾り事ばかりで褒め称えたりしてんだもん。
…で、本人がいなくなると出るわ出るわ、出すわ出すわ罵詈雑言!

俺はあんな腰抜け共達とは連みたくもないので、早々に別れを告げた。
元々、知り合ったきっかけが友人を介してだったので、
身を引くように離れたけど、本来なら鼻っ柱を掴んで、
「お前!調子コクな!」と言っていただろうね。
実際、何度も言おうとしたけれども止められたので我慢した。

正直、女性としてのレベルもそれほどでもない。
なのに自分は綺麗とか可愛いと思っているのが困りものだ。
自分から擦り寄って行っているのに、人が寄ってくると思っているのも困りものだ。
頭の悪い手下のような男が一番陰で罵詈ってるのに、雑言っているのに…

そいつ、翌日になると「酔っていたから覚えてない」なんてしらを切るんだ。
その頭の悪い手下に惚れてるブッサイクなオンナもいるしね。

あの集まりはいったいなんなんだろう?

俺と同じ歳でありながら、そいつらにビシ!っと言ってあげられない情けない男もいるし…

その為にこのBlogで地味〜に糾弾してきたんだけど、
一向にあの舐め合い的な関係は改善されていないようだ。

まっ、最初に会った時から「馬が合う」とも「今後長い付き合いになる」とも思わなかった。
そこから淘汰されて付き合いが続いている人はいるからいいや!って感じだね。

とにかくあの俺が嫌いな女は叔父と同じ業界なので色んな話を聞くんだ。
やっぱりあまり評判はよくないようだ。

それをあいつは「若いから妬まれてる」と言う。
マジで若くないし、可愛くもないし、女性の魅力なんて微塵もないし…
仕事のやり方が汚いから、同業者が迷惑してるだけなんだぞ!


…とこのBlogをこんな風に使う為にもうしばらく開けておこう!

どこかのそうげんで… 

2006年10月20日(金) 9時24分

北のキムちゃんと米のジョージが二人っきりで戦え!
素手でどちらからバテバテになるまで戦え!

そして最後に二人大地に寝ころんで、
「お前、なかなかやるなぁ〜」
「お前こそな!」
「あはははは〜」

個人的に互い同士嫌いなんでしょ?
国民や世界まで巻き込んじゃダメだよ。

過去に実験を何度もやってる所が、お前のとこで実験やっちゃダメ!ってのも意味ないし、
今日食う食い物がない所がかなりの金でそんな実験するのも無駄だし…

これは国連や六ヶ国協議の問題じゃない!
米との問題だ!だって。

だったら米の「白家」まで飛んでくミサイル作って、それに核をのせな!
そしたら米も負けじと北を地図から消すくらいのを撃つよ。

ただし俺達に粉がかからないようにすぐに大きなボウルを被せてね。

一度、どちらかから電話してお付きの人なしで飯でも食いに行ったら?
案外、意気投合するかもよ。
「よ〜し!二軒目行こ〜!」なんてね。

「今度、うちの牧場に馬乗りに来ないか?コイズミも来たんだぞ」
「じゃ〜うちにも来いよ。あちこちに別宅があるんだ。冷麺も美味いよ」

「この前は実験なんてしてゴメンね。すぐに捨てるからさぁ〜」
「いいんだよ。うちにもたくさんあるからね。もし要る時はわざわざ作らずにうちのを使えば?」
「そう?貸してくれる?助かるよ。」
「米から米送ろうか?」
「マジで?助かるぅ〜、じゃ〜アサリ送るよ。ハマグリの代わりにクラムチャウダーに入れてもいいじゃん」
「マジ?松茸もいっぱいあるって言ってたじゃん。あれをさぁ〜ジャパンに共同で売ろうよ」
「うん、そうだね。今のソーリは我々の言う事をすぐに聞き入れそうだもんね」

「大丈夫、我々のポチだから!」

ひさしぶり〜 

2006年10月18日(水) 8時52分
mixiにばかり書いてたら、こっちの方が完全に置き去りになってた。
それほど見てる人もいないから、まっ!いっか!的扱いになってた。

こっちのBlogを虐めてた。

虐めと言えば…無理矢理結びつけてみたさ!

福岡で一週間前に中学生が虐めを苦にして自殺したんだ。
まだあるか?こんな『事件』
結果的に自殺だから、殺害に直接手を出した訳じゃないのに、
「見えない凶器」って感じはするね。

ただこの虐めってやる側の尺度ではなくて、
受ける側の強さ・弱さ・その時の体調ややられた内容で、
後々笑い話で済まされるような事でも、その時には心に深い傷になってしまう事がある。

言葉で「虐めはいけない」と言うのは実に簡単だ。
「セクハラはいけない」と何も変わらない気がする。

肩に手をやって「おはよう〜」と言うともうセクハラだって騒ぐバカ女もいる。
「髪型変わったね」もセクハラだって声を上げる調子コキ女もいる。
…そのくせ彼氏や旦那が髪型を変えたのに気付いてくれないなんてホザく。
セックスレスだと友人やBlogで告白する。

線引きがわからなぇ〜って!

虐めだってそうだ。

俺は虐められっ子じゃなかったよ。
かと言って虐めっ子でもなかった。
頭がよくなかったのでミジメっ子だったかもね。

それくらいの認識なんだ。

『虐めてる』とハッキリと認識しながらやってる子がどれくらいいるだろうか?
誰かが客観的に見て、「はい!それは虐め〜!」なんて指差し確認しないとわからないよ。

正直、「虐め」のようなチンケな事で人が自らの命の始末をするのはいけない。
本人にしてみると決してチンケな事ではないんだ。
でもやってる方はチンケな遊びなんだ。

その事実を把握しておきながら、保身の為に隠蔽する学校側の体質は許されない。

知り合いの親父が小学校の校長先生だったんだ。
大人になってから「今だから言うけど…」と話始めたのが、
「一教師として長年頑張って教頭になった時は嬉しかった」
「これで上の空き方次第ではもうすぐ校長だなと思った」
「校長になった時は定年までの数年間、校内で問題がおきなければと願ってた」
「ちょっとした怪我や事故でも、自分の在任中に…と思った」って。

事件・事故が起きると校長や教頭が記者会見をして、
「とても素直で勉強も部活も頑張っていました」なんて言うけど、
俺が知ってる校長や教頭はそれほど生徒と接触して、
そんな事を知ってるはずはないと思うよ。
さも知った気に言ってるけど、それはただ又聞きした事を言ってるだけじゃん。


一昨日・昨日と自殺した父親が学校を叱責する映像が流れた。
福岡の方言だから、その怒りや強さがリアルに伝わった。
…と思ったら大間違い。
「お前が殺したったい!」
「返せよ!あの笑顔を返せよ!」

確かに学校にそんな体質があって、それが野放しになっていた事は問題だ。

でも、自殺した子はどうして家族に何も相談出来なかったんだろう?
その家にも何かあっても親に言えない体質があったんじゃない?

俺も親父とはそれほど話す方ではなかったけど、
ここ!って時はやっぱり話してたよ。
自分だけの物差しで測って判断してはいけないな!って時はね。

それが「命」の事なんだよ。
毛がやっと生えたくらいのガキが勝手に決めちゃダメでしょ?

「毎日虐められて死にたいくらいなんだ」

それは家族としては一大事だよ。

後になってあの中学校にはずっとそんな噂があったとか、
荒廃してる学校だったとか、前々からそんな虐めがあったとか、
それを1000も2000も並べたって何も俺は感じない。

あのテレビカメラの前で大声を上げ、学校側に怒鳴ってる父親の弱さを感じた。
あの人の息子はあなた方両親よりも学校や学友の影響力の方が強かった子です。
もっと言えば、あなた方はあの子に影響力がなかったのです。
まだ「虐め」が深刻でなかった時から、あの子は何らかのメッセージは出してませんでしたか?

彼のおじーさんが亡くなった後のインタビューで自転車にイタズラされて帰って来たとか、
他の事も答えていたけど、何故その時にその事について親子で話さなかったのですか?
そんな「些細」な事でも家族で問題にして、学校に言わなければ!と思わなかったのですか?

虐めた生徒にも学校にも責任はあるでしょう。
でも、俺は一番の責任は話を聞いてあげられる環境を作っていなかった家族にあると思う。
実際に家族に相談をして、虐めを乗り越えている人の方が多いと思う。
そうじゃないと「虐め=自殺」は今の数倍、いや数百倍になるよ。

学校に対して「悔しい」と被害者面するよりも、
何故自分の息子は自分達に相談してくれなかったか、
何でも離せる家族に出来なかったかを反省する事の方が先だと思う。

今朝、父親の手記と言うものがテレビで流れた。
やはり学校へ対しての不信感ばかりが取り上げられてた。
テレビのコメンテーターもその事について話していたけど、
今は「遺族」なので、俺と同じように思ってもテレビでは言えないんだよ。

どの時代にも「虐めと思えば虐め」はある。
多分、これからもあるよ。
表だってやらなくてもアンダーグランドでは延々と続くって。

だからこそ、今だからこそもう一回家族ってのを考え直したら?
中学校なんてたった3年間だよ。
あの親子は何年親子をやってんの?

息子の自殺を人のせいにするのは感情としてはわかる。
けど、落ち着いたら「何故、俺に、俺達家族に…」って考えてくれないかな?

よくこんな事件の時に、
「何故うちの子が…」なんて親がいるけど、
じゃ〜うちの子じゃなかったらよかったんですか?と言いたくなる。

俺の答えは「そんなあなたの子だからです」
そんな時だけ「我が子面」「家族面」するあなたの子だからです。


けんちくやなのに… 

2006年10月08日(日) 8時36分


有名な料亭からある小さな部材の製作を頼まれた。
たった10gの小さなクリップ。
「プラスティックじゃなくて、アクリルじゃなくて、PETで作ってくれ」
「重さは全てビシ!っと10gに揃えてくれ」

ん〜多少のニュアンス不足、認識不足はあるけど、
要望には出来るだけ応えたいと思う。

…がしかし、全て相手の言うままにやるつもりもないし、
やれないこともある。

そもそも「プラスティックじゃなくて…」が違う!
PET自体がプラスティックの仲間なんだもん。

これまでは下敷きを切ったような素材で作ってあったんだ。

長さ10cm、幅3cmほどの部材をクリップ状に折り曲げて、
計量した明太子を詰めた袋を箱詰め直前まで止めていたんだ。

数年前に別の業者で間に合わせに作ったから、それぞれに重さが微妙に違うらしい。
最後の箱詰めの段階でもう一度計量するとわずかに重さの差が出るんだって。

ほんの何gくらい別にいいじゃん!って思うけど、
年間の総生産量ではその違いが相当になるんだって。
だから毎回ビシ!っと決めたいらしい。

でも、問題が結構あるんだ。

そもそも、PETってのはポリエチレンテレフタラートってポリエステルの一種で、
加工しやすく、リサイクルも出来る。
リサイクルの事を考えて、普通は透明で作るんだ。

これまでのクリップはビニール袋を止めると言う事もあって、
ブルーのプラスティックの板だったんだ。
外し忘れとかがないようにね。

以前は色付きのPET板も普通にあったのに、
これだけ猫も杓子も「リサイクル・リサイクル」と言うものだから、
98%くらいは透明の材料になってしまったんだ。

飲料用のペットボトルなら中身の色や外側にフィルムを貼る事で、
商品名などを表示する事が出来る。

でも、今度のは明太子を作る過程で使うクリップだ。

料亭も企業としてこの「リサイクル」精神がありますよぉ〜って事でPETを使うらしいんだ。
また最近はPET素材を食料品などの製造過程でも使うように指導されてるみたいなんだ。

ボトルなどの成型品はPETの原料のPET樹脂を溶かして型に流し込む。
今度のようなクリップなどは既製の板を切って加工するんだ。
どうしても色が欲しければ加熱して白色にするとかになるんだ。

ペットボトルの飲み口部分が白いでしょ?
あれは加熱して結晶化させてるんだ。
キャップは違うけどね。

そうやってシートを切って、加工して、加熱して、果たして重さを揃える事が出来るのかな?
一個や二個、それが少数なら簡単な話だ。
それが何千個の話だもん。
どうしよう…

依頼を受けた以上は、やりましょう!と言った以上は俺は絶対にやりたい。
だからこそ、ただ使う側だけだったPETの事も少しは勉強したよ。

とりあえず1シート分作るようには指示を出した。
指示を出したから後はそこにお任せ!っては実際の話なんだけど、
もし「重さが揃わない」「色が出ない」なんて事になったら、
こりゃ無い知恵をブルブルグルグル回して、あの手この手を考えなくちゃなんだ。

俺は普段、ネガティブな考えはしないのに、
今回ばかりは「大丈夫!出来るよ!」とポジティブになれない。

だって、俺建築屋だもん。
そんな物の加工屋じゃないもん。

これまで建築以外の注文・依頼もそれなりにこなした実績があるからこそ、
今度も何の迷いもなく「…で頼むね」なんて言われちゃったもの。

「遊びじゃないんだから、いくら断れない性格でも出来ないものは出来ないと言えばいいのに…」
これもまた俺の中では違うんだ。
出来ないと決めつける理由がないんだ。

この世に「ビシ!っと出来ますよ」っている人がいる以上は、
やれるだけ、努力するだけ、勉強するだけでもやってみたいんだ。

本業ではないよ。
専門家じゃないよ。
知識ないよ。
経験もないよ。

でも、俺がシートを買ってきて、ハサミで切って、ドライヤーで暖めて曲げる訳じゃないもん。
加工はその道の人がやるんだもん。
そのプロフェッショナル達が「ダメ!出来ない!」と言うまでは、
出来る「可能性」があるんだから、やるだけはやってみようと思う。

後々、クリップ屋になるつもりもないし、PETなら我が社へ!なんて気もない。

ただ「出来ないと思った事をやったよね」
もし、出来なかったとしても、「出来るようにやろうとしたよね」

これこそが俺と加工屋さんには残るんだ。
結果×でも途中は前向きだったんだ。
最初から停滞・後退はしてないんだもん。

来週からどうやれば…こうやろう…この手は…なんて打ち合わせしなくちゃなんだ。

一個130円を3000個
大きな仕事をやっている人からすれば、たかが39万円の仕事だ。
ケッ!なんて金額だろうね。

いいんだ。
俺はPET加工屋じゃないんもん。

このわずか39万円で勉強が出来るんだもん。
39万円払う訳じゃないんだもん。
貰う方なんだもん。

それが相手が「◎!」ってものになれば、
この先何か頼まれても、勉強と努力をすればどうにかなる気がする。

俺は建築屋だから建築以外の事は知らない・わからない、出来ないってのは、
最終的に言えば良い事で、いつだって言える。簡単に言えるもん。

便利な言葉がちゃんとある。
「やるだけやってみましょう」

ところが、だ!
やるだけやってみるってのが俺が親から受け継いだDNAの中にはないんだ。
やるなら出来るまでやる。
このシステムしか組み込まれていないんだ。

これこそが困るんだ。
結果、39万円の仕事でも赤字になってしまうかもしれない。
だって、こうやってここに「来週は…」なんて書いている以上、
もう引き受けた!請け負った!って事だもん。
請け負ったって事はやらなくちゃなんだ。

何が何でも◎をもらわなくちゃ、考えた意味も動いた意味もないんだ。

「こんな事を俺に頼んだ相手の方が悪い!」なんて事は言えないんだ。

知ってる奴に顧問契約を引き受けておいて、
公のBlogで堂々と自分の仕事が上手くいかないのは、
相手の考えや姿勢が悪い!だからこっちから契約を切ってやった!なんてのがいる。

フザケんな!

「おい!それはお前の仕事が出来てないんだよ」
「相手の考えや姿勢が間違っていたのなら、正すのも含めての顧問契約なんだよ」

自分がやれなかったのを頼んだ相手のせいにするのは、
どれだけ偉そうな事を言っても、「出来る奴」じゃない。

出来る奴は出来るんだ。
自分が人より優れていると力説する人は本当は普通、いや普通以下だと思う。

やれる奴は優れているなんて結論を今の時点で出せないよ。
一生途上なはずだ。
優れていると言うのは「人の評価」だ。

だから俺はやるよ。
引き受けたんだから。
俺に話しをふられた以上は出来ないなんて言葉は俺の口からは出ない。
「難しいな〜」と思えるからこそ、ちょいと燃えてきてるんだ。
無理難題な事の方が俺は好きだ。

若い頃に使っていなかった脳みそを使えそうな気がするもん。

のっぺらな脳みそのまま死ぬは嫌だもん。

あんがい… 

2006年10月04日(水) 13時17分
俺ってあまり迷ったりしないんだ。

道にじゃないよ。
方向は常にバッチリ!
体内に方位磁石でもあるんじゃない?ってほど、
一度通った道は次からは「知った気」に走る事が出来るんだ。

買い物だって、目標を持って出掛けた時は他に目もくれず、
ビシ〜!っと買うんだ。
その場で欲しい物が出来た場合にも迷いなく買う。
後で後悔する事があっても、その時に満足ならばそれで◎!

だから買い物であれこれと悩む人と一緒だとダメなんだ。
ただでさえ人酔いするので、ひとつの建物の中にしばらく居るのがダメだ。


そんな俺が悩んだ。

秋になって「蚊」が多くなってきた。
それも結構大きな横縞Tシャツを着たような典型的な蚊。
そいつが俺の顔の周りを「散々弄んでポイ」するかのように飛ぶんだ。

まだまだ、これくらいで俺の迷いは出て来ないよ。
顔であろうが、カッターの刃の上であろうがもし止まったら思いっきり叩く俺なんだ。

それが今日に限って、部屋着のポコチン部分に止まった。
いつも俺が見ている蚊は、「叩くぞ〜」なんて雰囲気を出しただけで飛ぶじゃん!

ところが、だ!

今日、ポコチンエリアに止まった蚊は全然飛びやしねぇ〜
居心地がいいのか?
それとも異様な臭いでもするのか?
俺をイカせたいのか?

蚊は中途半端に叩くと当たったのに何食わぬ顔で飛び立つじゃない。
いやいや、これまで「何食わぬ顔」の蚊の顔を見た事はないよ。

例えだよ。
大人としての上辺だけのその場を取り繕う為の言葉だよ。

なので思いっきり叩こうと思っても場所が場所だ。
これまで野球をやっていて、何度もポコチンにボールが当たった事はあるよ。
20代の頃には喧嘩した彼女に蹴られた事だってあるよ。
その痛みは男性以外には説明のしようがない。

これこそ例えようがない。
大人として饒舌に上辺だけの説明は出来ない。

だからさ、どうしようかな〜なんてしばらく悩んだ。

いいんだよ。
俺の痛みくらい。
それよりも家の中に蚊が一匹居る!って事の方が実はダメなんだ。
蚊は色んな病気の媒体となるので、犬達にフィラリアや他の病気を移されては困る。

一瞬、俺のポコチンは潰れてもいい、相当痛くてもいいから、
心おきなく叩こうかな?なんても思ったんだ。
腕も手のひらを広げた状態で耳の横辺りまで上がったんだ。

後はそれを振り下ろすだけで、今なら確実にこの蚊を退治出来る!って間際まで行ったんだ。

でもためらった。
躊躇した。
hesitation manになった。

「まだ使うしね」
こう思ったんだ。

使わなくなった時にはバシ!ビシ!っとやるよ。

でも、まだ使うんだ。

5分ほどポコチン蚊を眺めていたら、フワ〜っと飛び立とうとする仕草を見せた。
そりゃそーだ。
あいつらだって、何もなしに飛び立つ事は出来ないんだ。
一応、肩を動かしてみたり、羽の状態は良いかなんて振り返って見てみたりしたんだ。

俺は見逃さなかった。
遠視ではあるけれども、マクロ機能も付いてるんだ。
案外、倍率のいい眼球なんだ。
薄暗かったけど、結構明るめの対物レンズなんだ。

飛び立った瞬間にお手手のシワとシワを合わせて、バシ〜!だ。

一気に押し花みたいになってやんの。
それもちゃんと横縞Tシャツ模様を残してね。

ただ、血も出てた。
…って事は誰か刺されてる。
吸われてる。
結構な量の血だ。
ディープにスロートされてる。

チクショー!

メスの蚊の卵巣を発達させる手助けをしてしまった。
でも退治したので卵を産む事はない。

【知ってた?のコーナー】

蚊は血を吸って生きてるんじゃないんだよ。
蚊はミツバチと同じで普段は花の蜜を吸って生きてるんだ。
血を吸うのはメス。
人間や動物の血を栄養にして卵巣を発達させて卵を産むんだ。

【知ったかぶりのコーナー】終わり



もしかして、俺のポコチンから吸ったんじゃないかな?


…なんて思った途端に痒くなってきた。

こぴー 

2006年10月03日(火) 10時17分
これはもうひとつの方に書いた記事のコピーだ。
…と言うのもこっちに書くネタがなかった。

丸々コピーしてやる!って急に思ったので…

言っても言っても、書いても書いても懲りない奴がいるので、
俺も書いても書いてもってのをやめた!

自信、自意識過剰な奴は何を言ってもダメだ!って話ですよぉ。
格闘家と名乗るなら格闘しろ!
法律家と名乗るなら嘘は言うな!書くな!
メークはメイクだ!
やったところで…って話だ!

ん!まだ毒は抜けてないぞ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結局、延期かよ!

目の上を切ったんだって。
それも練習中だって。

あの時の「おう!今度はキッチリ倒したるわい!」って意気込みはどこへ?

数日前、弟が試合で目の上を切った時には絆創膏を貼ってすぐに会見してたよね?

昨日はジムの会長さんだけ?
あのチンピラ親父も会見なし?
理由が「ショックで…」って。

あれれれ〜

きな臭いなぁ〜

結局、12月の中盤以降って大晦日なんじゃないの?
ちゃんとしたルールは90日以内なんじゃないの?
いくら認められたと言っても、それはやっぱりカッコ悪いよ。

やりたい放題じゃん!

まさか!今月の試合で自分達に都合のいいジャッジの買収が間に合わなかったとかって訳じゃないよね?

あれだけ9月に騒がせたんだから、スッキリと試合すればいいのに…
あと二週間ちょっとだったんだよ。

夏場であれだけ減量に苦しんだって事は涼しくなった今頃はもっとキツいよね。
12月までかけてじっくり減らしますか?

この前の弟の試合もボッコボコにやられて、それでも判定勝ちだもん。
…んでやっぱり主催はカメ所属のジムなんだもん。

なんだろうね?
自分達で主催して、自分達で審判やジャッジの手配もして…って。
もちろん所属する協会の審判やジャッジであっても、主催者側に楯突く人はそうそういないもんね。

主催は第三者がやるべきだと思うな。


そりゃ〜あんたは目の上切りました。
12月に延期してくださいでいいかもしれないよ。
でも、相手はどうなるんだよ。
今月の試合に合わせて、「今回は文句なしに勝ってやるぞ!」ってつもりで調整してんだよ。

だったら「これだけ切ってしまいました」って出てこいよ。
あれだけタンカ切った親父まで出てこないってのはどうなんだい?
漫画家とは番組に出るのによ!

真相は闇の中だよ。
裏でやられた事は表の人間にわかる訳がない。


ん?
そう言えば9月の試合でも目の上を切ったんだよ。
でももう翌日にはテレビにも出てたよね?
その後はバラエティにも出倒してたよ。
…んで、誰もあの日の事は言えないでやんの。

聞けよ!
ビシ!っとよ。
各局丸抱えであいつの疑惑隠ししたって仕方ないって。

本当の格闘家ならビシ!っと表で見せなきゃ。

今回の「これ」もパフォーマンスだって言い訳するのかな?

どうせ弟の試合と併せて「カメけんか祭り」なんてイベントにするんでしょ?
だってこの前の弟の試合は地上波中継もなかったんだからね。

これじゃ〜いかん!って事かな?

やっぱりドカンとイベントにしなきゃ!って所かな?
そうだよね。
今月の18日って平日だもん。
テレビ局だって新しい番組が始まってすぐだから、特別に枠を取れないもんね。

俺は強い奴が好きだ。
あいつも強いとは思うよ。
でもまだ世間知らずの子供だ。
それを周りの大人達が金儲けの「材料」にしている。
「道具」じゃないんだ。
あの手この手に調理してるんだ。
可哀想だよ。
本当に応援しているファンだっているんだよ。
世界的スポーツメーカーのCMだってやってるんだよ。

それが毎回疑いの目で見る人の方が多いってのはどうなんだろう?

本気でビシ!っとやらせてやれよ。
そして本当に強い!って所を見せてくれよ。

俺はイベントなんて見たくはないんだ。
試合が見たいんだ。
小細工はもういいよ。

目の上の傷はクセになるから、本当に切ったのであれば次の試合でも早いラウンドで切れるよ。

「試合用より重いグローブだった」「フルフェイス型のヘッドギアじゃなかった」
それは理由にならないって。
じゃ〜試合の時もヘッドギアすんのか?
小さいグローブはもっと切れる確率が高いんだよ。

色々と言うだけ虚しいって。

俺は仕組まれた試合は見たくない。
負けたっていいじゃない。
またやればいいんだから。
作り上げられたチャンピオンは真のチャンピオンじゃないよ。

浪速のジョーが多くを語らないのがいいね。
やられても倒されても、ボロボロになっても、
どれだけ落ちてもまたそこから這い上がろうとする。
それだけでカッコいい。

キャラクターをジョーに似せたって、非なるものだよ。
ジョーはこのままでは終われないからってまだ続けてるんだから。
もう、返り咲くなんて事はないのに自分で納得するまでやりたいんだって。

だからカメちゃん、チャンピオンになる前にちゃんとした試合をやろうよ。

昔、「よねくらじむ」が隆盛だった頃の試合が良かったな。
今は強い選手はあまりいなくなったけど、
それでもあの会長さんはセコンドについて頑張ってるよ。

会長が主催者になったらセコンドにはなれないもんね。

検索でいちいち見に来られるとウザいので、あえてその手の言葉は減らしました。
マジで応援してたから、この所の試合はちょっとね
カメちゃん凹凹試合の話でした

今回はどんな手で勝つのかな?なんて思われながら見られるのは嫌だと思うんだけどなぁ〜

もし、なんらかの方法でここに立ち寄ったファンの人でそりゃ違うぞ!って人がいたとしても、
違う考えがあって当たり前。
10人居れば10、いやそれ以上の考えがあって当然!
俺の考えを人に押しつけてる訳じゃない。
押しつけられるのも嫌だ!嫌いだ!迷惑だ!
これは独り言なんだ!
これはあくまで「俺のパフォーマンス」
俺の場所だから俺の自由にやるよ。

それをわざわざ議論する気もなければ、究極他人事なのでどうでもいい〜っちゃどうでもいいんだ。
熱く燃えないようにね。
その燃える情熱を次の試合の応援に向けてちょーだい!

ちゅーがくじだい… 

2006年09月22日(金) 8時46分
テンサイからバトンが来て、中学時代の事を色々と思い出した。

考えてみれば幼稚園(俺は保育園だけど)から小学校に上がっても、
まだガキだったし、イマイチ先輩や後輩なんて意識はなかった。
それから6年間、ひとつずつ学年が上がり、
5・6年なんて天下取ったような気分で卒業して、
中学に入り、3年の間が一番凝縮した「時」だった気がする。

大人以外、たった一歳しか歳が違わない人に敬語を使ったりした。
昨日までそんな先輩でも普通に「○○君」なんて呼んでた人にだよ。
廊下ですれ違っただけでも挨拶をしたり、
名前ではなく「おい、一年!」と呼ばれたり、
毎日同じ「学生服」を着たり、授業の度に先生が替わったり、
幼なじみじゃない同級生がドっと増えたり…

小学校の時ってどうしても必要なノートや鉛筆を買う時くらいしか、
お金なんて持ってなかったし、校内ではなく校門前の文房具屋でしか使わなかった。

それが中学になると学校内でパンを買ったり、ジュースを買ったり、
土曜日なんて外の店に昼食を買いに行ったりで、
持ち金を考えながら使う事も覚えたね。

俺は中三の夏休みにかなり遠い所に引っ越し、
そこからバスと当時まだ走っていた路面電車に乗り換え、
1時間以上かけて残りの期間通学したので、
寄り道をしたり、バスの中で恋をしたり、
時には怖い高校生に連れて行かれたり、
同じ歳くらいの奴とケンカになったり、
何か毎日が刺激的だったような気がする。

そんな中学時代の始まりは入学式からじゃないんだ。
小学校を卒業するとすぐに子供にしかわからないソワソワモードになる。

いつ坊主にするか!ってのが我々の問題だったんだ。
一人で床屋に行ってバリバリ〜っとやってもらうのは怖かった。
近所にはのちに東京でモデルになってコカ・コーラのCMなどに出るようになった「室見湯」の息子・バンチューや、
チビでいつも皆の使いっぱだったシゲキ。
物静かで品のある顔をしているトッチン、誰からも話しを信じてもらえないドモチ、
ずっと学年一番で高校進学後も修猷館でトップだったハヤタ。

卒業して、会えば「いつ坊主にする? いつ床屋に行く?」なんて話をしてた。

中学入学の5日ほど前に皆一緒に床屋に行く事にした。
さぁ〜誰から坊主にするかってとこですよ。
当然、使いっぱのシゲキが最初なのは皆の一致した考え。
シゲキもそれは薄々感じている風で、覚悟もしている風。

その坊主っぷりを見て、俺達も「やるぞ!」モードに入るんだ。
シゲキのデコにバリカンが当たる。
ビュウィ〜ンと音を立てて刈り込みが始まった。
鏡越しに見ながら大笑いしたのをハッキリと覚えてる。
シゲキの泣きそうな顔を見た。
チビのシゲキがおっさんみたいな顔になった。
似合わねぇ〜

結局、誕生日順にしようと言う事になった。
…俺じゃん。
4月生まれの俺が二番手。

でも、俺はもう覚悟も出来ていたし、坊主は初めてではなかったので、
それほどドキドキもなかったね。
皆も俺の坊主は見慣れていたので「別に…」って感じだった。
ただ、小学校時代の坊主とは変えたかったので、
思いっきり短くしてもらった。

次々と坊主になって、それぞれの頭を撫で合って、
傷があるだの、ハゲがあるだの、形が悪いだの…

坊主が並んでいつもの町内に帰った。
近所の人から「あら?みんな坊主にしたね?」なんて聞かれた。

そう!中学生なんだから坊主にしたよ。
当たり前じゃん!
中学生なんだもん。

家に帰って、坊主に学生服が似合うかなんて思いながら、
何度も何度も着ては脱ぎ、脱いでは着てチェックしたな〜

今はどうだか知らないけど、当時は中学入学と言えば万年筆。
これを買って貰ったり、人から贈られたりするのが流行りだった。
バカみたいに何本も刺してる奴もいた。

入学式当日は帽子の違和感があった。
重たいしまだフィットしてないし、何よりカチっとした形が嫌だった。

あちこちから見慣れた顔、初めて見る顔が集まってくる。
入学式なので父兄も一緒だ。
皆、新しい学生服と帽子。
誰も脱ぐ奴なんていないもの。

クラス分けの張り紙を見て、それぞれの教室に入る。
教室に入り机に貼られた名札を見て席に着く。
そこで初めて脱帽だ。

あれ〜
坊主じゃない奴の方が多いじゃ〜ん。

『中学校の噂』
中学生は「坊主」と言うのが当たり前の時代だったから、
当然坊主にするものだと思っていた。
実際は部活で坊主かどうかが違うんだけど、そんなこたぁ〜知らないもん。

噂って言うかそんなもんだと思ってたもん。

時代がちょうど動き始めた頃だったんだね。
帝国主義、軍国主義で学生は坊主!青年は坊主って時代から、
「学生らしい髪型にしましょう」と変わりつつある頃だったんだ。

昭和20年以降を「戦後」なんて言うけど、
国そのものや制度など復興には15年はかかる。
その期間が「戦直後」
それからの15年が戦後。

薬と同じだ。
食直後と食後みたいなものだ。

俺達はまだ戦後だったんだ。
教師の鉄拳制裁なんてまだ当たり前。
殴られても誰も親にチクったり、父兄が学校に文句を言ったり、
それが教育委員会で問題として取り上げられたりはしない。
先輩と後輩の間にもシゴキや虐めも当然のようにあった。
それに不満もなければ、改善しなければぁ〜!なんて事もなかった。

そんなもんだと思ってたからね。

今はもう戦後ではないんだ。

東京オリンピックで復興したかのように思われているけれども、
まだ俺の周りには貧富の差がかなりあった。
手作りの小屋のような家に住んでる奴もいた。
給食費が払えないから飯は食わないって奴もいた。
「お兄ちゃんのお下がり」なんてのも当たり前だった。
「月極の小遣い」なんて奴は皆から羨望の眼差しで見られていた。
毎日10円もらってホームランバーを買うので満足してたんだもん。
それが20円になった時にはチロルチョコも買えるぞ!なんて思ったんだもん。

大阪万博が終わった頃から少しずつ現代日本が始まったんじゃないかな?
周りに新幹線に乗ったと言う奴が増えた。
飛行機に乗ったって奴もいた。
ブルジョア扱いだった。
車がある家が増えた。
テレビが白黒からカラーに変わっていった。
自転車に意味のないフラッシャーが付いた。
方向指示器なのに誰も使う奴はいない。
無駄に自転車が重くなっただけだった。

アメリカンクラッカーが流行った。
俺は子供の頃から遠視なので、あの揺れを見ているとすぐに酔った。
シャープペンシルが普通になってきた。
小刀がカッターナイフに変わった。

うちの親父が「計算尺の授業はないのか?」なんて聞いてきた。
ないよ。
そろばんだって一応やりましたって程度だもん。

中学の頃に日本と言う国も今とそれほど変わらないようになっていたと思う。
そんな小・中学時代だったから戦直後の悲惨さや苦労は知らない。
でも今ほど豊かで皆平等でもない。
夕方になると近所の家の煙突からはモクモクと石炭の煙が上がっていた。
台所はガスになっても風呂はまだ石炭なんて家があったもん。

学校の行き帰りには暖房で使った練炭の燃えカスが、
舗装されていない道路のくぼみにポコっと捨ててあった。
それを踏み潰すのがガキの役目だった。
円柱の燃えカスを誰かが捨てる、それをガキ共が踏み潰し、
それで月日が経てば踏み固められてくぼみがなくなるんだ。

便所の汲み取りをする車がいた。
福岡では「衛生車」と呼んでいた。
「臭せぇ〜」なんて言いながらも結構楽しんでた。
そうそう、誰も当時は「トイレ」なんて言ってなかった。
まだ「便所」だった。

遠足や写生大会で校外に出ると道の側溝に亀がいたりした。
野良の亀だ。
亀は祭りやペットショップで買うものじゃなかったんだ。

近所でニワトリと飼ってる家もあった。

犬は雑種以外見たことなかった。
スピッツがいると聞くとわざわざ見に行ったもん。
後にコリーが流行った。
「名犬ラッシー」のせいだ。

そんな時代を共に過ごした坊主友達は今どうしているんだろう?
中学時代の友人・同級生とは毎年年末に忘年・同窓会をしている。
でも「あいつら」は来てない。
消息もわからない。

数年前に初詣をしている時に風呂屋のバンチューのおふくろさんに、
「あんた、さ〜やんやろ?」と声を掛けられた。

あれれれれ、何でわかったんだろう?
すっかりおっさんになっているのに…
美人で派手だったバンチューのおふくおさんもすっかりおばーちゃんになってた。

あの風呂屋には世話になった。
ドブに落ちて臭い俺達を開店前に洗ってくれたり、
バンチューの計らいでボイラー室から女湯を覗かせてもらったり…

その度にあのおふくろさんからゲンコツを貰ってた。
その後にはいつもサイダーを貰ってた。

毛が生えてはい頃に知り合った友達とは色々経験出来たし、
大人になる素地を一緒に作り上げた気がする。
大人、それもすっかりおっさんになった今会うと、
回想話しか出ないけど、自分を振り返るにはたまにはいいね。

正直、ずっと振り返るのは嫌だけど。

今でもずっと会ってる友人はいる。
現状やこれからの話ももちろんするけど、
たまに出る昔話が実に懐かしく楽しい。
一気に毛の生えてない頃に戻れるのが好きだ。

そんな頃があったから今があるんだな〜なんてね。

また、坊主にしたくなった。

ごえん 

2006年09月15日(金) 15時53分
俺の車は軽油で走るんだけど、ガソリンと同じように値段が上がってた。

昨日は何故だからいつも入れてるスタンドが5円安かったんだ。
平日だから特別って訳じゃないと思うんだ。

安く仕入れるルートでも見つけたんだろうか?
それとも原油価格高騰が頭打ちになったんだろうか?
俺には詳しいからくりはわからないけど、とりあえず5円下がった事は喜ばなくちゃね。

軽油なんて90円しなかったんだよ。
87円とかだったんだよ。
それが今、120〜130円だもん。
70Lも入るから満タンにしたら9千円くらいになるんだもん。

原油って何にでも関わってくるから上がっちゃダメだね。

地球温暖化やオゾン層破壊とか言葉では綺麗事で言えても、
実際はガソリンやガスなどを燃やすのは現代では必要不可欠だもんね。

燃やした時に二酸化炭素が出ないビニールなんかが売ってるけど、
作る過程ではどうなんだろう?

普段の生活だって何にしても熱量は出してる訳だからね。
将来の事を考えたら…なんて言っても、今すぐにどうしろ?って話なのさ。

早くガソリンや軽油が要らない車が出来ればいいけどさ。
出来だけ協力はするよ。

…とか言いながら最悪のディーゼル車に乗ってるけどね。
東京・大阪に行く予定がないし、大きいワゴンはトルクがある方がいいから、
しばらくはディーゼル車に乗らせてもらうよ。

ガソリンが一気に下がったりなんかしたら考える。
今回みたいに一気に上がったりしちゃ〜たまんないもん。

てんさいの… 

2006年09月13日(水) 13時44分
記事を勝手にバトンとして受け取った。

横浜で働く社長のBlog
『青い雑記帖 〜Biz篇〜』 Le Cahier Bleu

やります!
勝手にやります。
中学バトンのはじまり、はじまりぃ〜

1:中学生時代のあだ名を教えてください
  さ〜やん
  保育園時代からさ〜やん

2:制服はどんなでしたか?
  黒のオーソドックスな学生服。
  しかし、2年生からは黒の綿パン、今風に言うとコッパン。
  すそ幅を、○○cmにお直ししていました。
  シャツは、最初は、VAN。
  皆が着だしたので、KentやGANTに変えました。
  ちょっと大人になった気がしました。
  先輩の牛島さんが脇をミシンで縫ってビシ!っと締めていたので真似しました。

  スニーカーは1年の時はオニツカ(今のアシックス)のファブレ。
  バスケ部が履いていたので真似しました。
  二年からはアイビーぶってVANのサーバー、
  それからスクーナー、ブレーバーを履き、
  Kentモスグリーンのスニーカーなぞになり、
  その後TORYのバックスキンシューズに・・・

  TROYのセーターやカーディガンを中に着たり、
  VANのコートを着たり、布バッグに教科書を入れたり、
  我々の仲間は皆おしゃれさんでした。

3:恋をしていましたか?
  してました。バッキンバッキンしてました。
  
4:告白はしましたか?
  先に告発されたので中学時代は他にしてません。

5:告白されたことはありますか?
  一度だけ!
  河野さんに理科室に呼び出されて、
  「ヒラマツさんが好きだって」と言われました。

  その後22歳までその子と付き合いました。
  別れる時も何故か河野さんから先に電話があって、
  その後、彼女から別れを告げられました。
  6年もお付き合いをして、お別れは電話代10円でした。

  数年前に二人の母親になった彼女に会いました。
  後悔しました。

6:中学生時代に仲良しだった人とは今も友達ですか?
  当然!
  実際に会えるのは年に一度、毎年恒例の忘年同窓会。
  会えない人でも心の中で「絶対同級生友達!」と言える人が数人。
  一番多感な頃に出会った友人は宝です。
  毛が生えていない頃に出会って、もうそろそろ毛がなくなってる人もいます。
  今でも会うと当時のようにバカになれるので好きです。

7:部活はしていましたか?
  最初、野球部に入りました。
  シニアリーグの規制が出来たので中学の野球部は一年で辞めました。
  怪我をしたからと退部届けを出し、二年から剣道部に入りました。
  でもシニアの練習が週に三回あるし、週末は試合があるので、
  剣道部の練習はあまり参加出来ないし、
  試合には二度くらいしか行けませんでした。
  キャプテンでもないのに何故か、
  前キャプテンから伝統の白胴着・袴を譲り受けました。

8:当時はまっていたものと言えば?
  バンド!
  カー坊に誘われました。

  彼女がいたので一歩一歩大人の階段を皆に内緒で登ってました。

9:誰かと大喧嘩したことはありますか?
  ないです。
  嫌いな奴はいました。
  「君らのせいでクラスの平均点が下がるじゃないかぁ!」と言った奴です。
  君らって…

10:好きだった科目は?
  教室を移動する科目が好きでした。
  お出かけ気分でした。
  
11:嫌いだった科目は?
  嫌い!ってのはないです。
  得意な科目もないです。
  どの学年時も先生によってホっと出来たり、緊張したりしてました。

12:塾には通っていましたか?
  行ってません。
  周りは皆行ってました。
  僕はリトル・シニアと野球のリーグに入ってましたが、
  月謝があまりにも高いので絶対に秘密にしろ!と言われてました。
  それが苦痛でした。
  塾の3〜5倍くらいでしたから。
  金持ちでもないのにそんな所に入ってるのがバレるとマズいって。
  親父が。

13:「あイター」な思い出は?
  入学した時に前に小西君、横にテンサイとばーちゃんが座った事かな?
  あの日、あの席順でその後の三年間が決まった気がします。
  ばーちゃんがバカみたいだったから!
  今でもそのままです。

14:当時流行っていたテレビ・アニメは?
  これ!と言ってハマって見たのはありません。
  こっそり見る「プレイガール」にドキドキしてました。
  映画の方が仲間内では流行ったかも…
  ビートルズやブルースリーなど…
  テンサイから「時計仕掛けのオレンジ」に誘われて見に行きました。
  一気に大人の階段を登りました。
  ばーちゃんと学校を休んで「エマニエル夫人」見に行きました。
  その勢いで初めてストリップにも行きました。
  「大人二枚」と言って追い返されました。
  ストリップでは大人と言わない事を知りました。
  「エマニエル夫人」の時はそう言ったのに…
  理不尽さを感じました。

15:「ちゅうがくせい」の文字で携帯変換のトップに来るのは?
  『ち』:稚加榮(登録してるので)
  『ゆ』:ゆで卵
  『う』:打ち合わせ
  『が』:我慢
  『く』:久留米
  『せ』:センス
  『い』:犬
     
16:実は不良でしたか?
  いいえ。
  とにかく毎日楽しんでました。
  学校に行くのが大好きでした。
  不良とは違うと思います。

17:異性を異性として意識していましたか?
  完全に性の対象として見てました。
  教育実習の先生が大人に見えました。
  同級生の女子が子供に見えました。

18:中学生の頃の将来の夢は?
  離島便のパイロット
  離島の先生(学校でも医者でも) 
  そんな朧気な夢がありながら、それに向かった勉強は何一つしていません。
  何故だか離島が困ってる!と思い込んでいたようです。
  両親が壱岐出身と言うのもあるのかな〜なんて今は思う。

19:一番クラスがまとまっていたのは何年生のとき?
   1年、3年が楽しかった。
   1年と2年の頃の仲良かった友達が、
   3年の時に見事に集められた感じ。
   楽しくないはずがない。
   皆、一瞬で思惑が一致して、一気にあれやこれややれた感じがする。

20:忘れがたい思い出は?
   技術室でボッコボコに殴られた明石先生がその後二十歳過ぎまで、
   ずっと手紙をくれて、いつも心の支えになってくれた。
   ある年、パタっと手紙が途絶えて亡くなった事を知った。
   お礼が言えなかった。

21:このバトンを回す人
   JUNちゃん!
   他、あまりBlogやってないもん。

楽しかった。
懐かしくなった。
今は服なんてあまり気にしないのに、あの頃はなぜだろう?
結構、服にお金使ってたな〜って改めて思った。

ぱわーあっぷ 

2006年09月13日(水) 9時56分
去年、自分のPCを作った時にCPUは3Gにしたんだ。
でも、メモリはちょっとケチった。
1Gで止めてたんだ。

大きい冷蔵庫から、調理する為に色んな食材を次から次に出す。
また板の上にたくさん並べる。
まな板がどうにも狭くて作業が出来ない。

俺はパソコンを始めたばかりの人には、CPUとメモリの説明をする時に、
いつもこう言ってるんだ。

それに付け加えて…、
調理を終えて食材を冷蔵庫に戻しても、
また板は一度使うと臭いや汚れが付いてるからそれを定期的に掃除しないとダメ!とも言ってる。

ファイルやフォルダの整理はもちろん、週一くらいで最適化をしてあげる事。

最も基本的に大事なのは、使わないものをタスクバーに置かない事。

windowsなら[スタート][ファイル名を指定して実行][「msconfig]と入力]
システム構成ユーティリティーの「スタートアップ」から不要な物を消しなさいと言ってる。
再起動すればタスクバーもスッキリするし、余分な物が常駐しないので快適に動くようになるんだ。

これを怠ると何もソフトを起動していなくても勝手に冷蔵庫からまな板の上に食材を引っ張りだしてるのと同じなんだ。

いらない物をゴミ箱に捨てて、それを「空にする」で綺麗になってると思ってる人が多い。
実はそれが間違いでちゃんと履歴として残ってるんだ。
システムの復元の時に必要かもしれないからね。

俺は完全に要らないものは、完全に削除するソフトを使って毎日掃除してる。
だから凄く快適なんだ。

ただ使うソフトの容量がデカいんだ。
冷蔵庫から出す食材そのものがデカいから、それをちょっと切ったりしてる時はいいんだ。
ドカ!っと切る時にモタるんだ。

CADで平面図を書いてる時はまだサクサクと動く。
それに色んな数値を入れ込んで、最後にポン!「パースを自動的に作り上げなさい」って指令を出した時にちょっとモタる。
まな板いっぱいに食材を広げた状態になってるんだね。

そりゃそーだ!
平面図なんて普通の書類と同じだもん。
それを立体的にして、色んなテクスチャーで材料をくっつけて、一階と二階と屋根まで作って、
中に家具や照明器具まで入ってるんだもんね。
それが3Dなんだから。
…で玄関から目的の場所まで自動的に「人の目線」で歩き出すんだから。
そりゃ〜食材切って切りまくり状態だよね。
また板が小さいと作業出来ないよね。

…って事でメモリを増やす事にした。

建築の仕事の他に音楽の製作や映像の加工もやっているので、
どうしても冷蔵庫とまな板のバランスが悪い。

下手でビッタレな主婦が出来もしないのにカマンベールチーズを丸ごと買ってきて、
無理矢理冷蔵庫に押し込んで、翌日それを無理矢理まな板の上に乗せて、
まな板だけじゃなく、流し台いっぱいに広げまくって、挙げ句の果てに根を上げる的なのは嫌だ。

どんなに大きな食材でもドスン!と入る冷蔵庫に、
ダっ!っと切り刻めるまな板が要る。

もちろん切る包丁は俺だ!
だから毎日研いでる。
冷蔵庫やまな板が広く大きくなっても包丁が切れないとね。
勉強しなくちゃなんだ。

とりあえず倍の2Gにする。

二回自慰をする訳じゃない!

CADもだけど、映像加工のソフトが案外メモリを使うんだ。
映像の素材を編集するのに切ったり貼ったりするんだ。
でもそれはあくまでも作業画面上で短くなったりしているだけで、
実際には素材そのものの長さがメモリには残ってるんだ。
最後に保存をする時には元の容量の素材と新たに作ったものが出来る。
結果的に増えて冷蔵庫に仕舞う事になるんだね。
出来た映像には特殊効果や3Dのタイトルなんかも入る。
当然、音楽も入れたりするから元の素材より重くなる事だってあるんだ。
出した物より大きくなってしまう事だってある。

快適PCライフを送る為にもまた箱を開けなくちゃだ。
メモリのスロットを余分に付けておいて良かったよ。

やっと出番が来るぞ!

こんにちは!
さ〜やんです
建築屋です
野球やってます
口悪いです
毒吐きます
地球に優しくないです




でも
心は暖かい(Hot)です
warmではないんです
2007年04月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:siryan40
読者になる
Yapme!一覧
読者になる