
何とも神秘的なブルーの色が美しい、清冽な水面をのぞき込むカマキリが見ようとしているものは何なのだろうか。
少なくとも、ギリシャ神話に登場するナルキッソスのような自分自身ではなさそうだ。
蟷螂はカマ状の前脚をはじめ、その特異な形態が昔から人びとに強い印象を与えてきた。また、蟷螂が獲物をねらうとき、胸の前でカマをそろえて静止する独特のスタイルは、 洋の東西を問わず“祈り”を連想させた。日本ではカマキリを「おがみ虫」という方言で呼ぶ地方が多いらしい。カマキリ類の学名は、ギリシャ語の名前"mántis"に由来し、それは、「予言者」の意味でもある。これは英名の mantisの元にもなっており、Praying mantis(祈り虫)」と呼ばれている。
アフリカを初め、カマキリは多くの地方で民話や伝説の中に登場しているが、そのおおかたの役どころは“善玉”の扱いである。とは言え共食いをし、大人の指でもはね除け、傷つけてしまうほどの強い力と好戦的な性質を持つ。日本でもカマキリは虫として破格の知名度を持っており、身のほど知らずのたとえとして「蟷螂(とうろう)の斧」ということわざが有るほどだ。
ちなみに「韓詩外伝」には次のような話がある。
或る時、斉の荘公が猟に出たが、一匹の蟷螂が、あわや踏みつぶされ
そうになりながら、その両足を振るって荘公の車を撃とうとした。いち
早くそれを眼にとめた荘公は、
「ほほう、元気な奴じゃ、これは何という虫かな?」
と左右の者に訊ねた。
荘公の御者が答えた。
「これはカマキリという虫でございますが、
この虫は進むことしか知らなくて、
一向に退くことを知りませんし、
自分の力のほども弁えずに、
一途に敵に当る奴めでございます。」
荘公はこの言葉を聞いて、
「この虫がもし人間であったとすれば、
それは必ず天下に並びなき勇士であったろう。」
といって車を戻させ、わざわざ蟷螂を避けて進んだという。
「勇気と武術を自負する者は、力及ばずとも死力を尽くして働かないといけないことがある」→ 蟷螂の斧であっても、
市民一人ひとりが地道に声を上げ続けることで政治を動かすことができるのだ。(無駄ではない、の意味で使っている。)
「力の及ばない者が、身のほどもわきまえず、無謀にも強者に立ち向かうこと」
→ たかが一市民が増税に反対しても、蟷螂の斧に過ぎない。(だから無駄だ、の意味で使っている。)
さて、蟷螂には、どんな日本の、そして世界の未来が見えているのでしょうか。
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