フレーズ感を大切に。 

March 24 [Sat], 2007, 0:32
今日は古内東子さんを聴いていて、急に思い出したのだが、”フレーズ感”を意識して音楽することはやはりとても大切だなと。

フレーズ感というのは、例えばワンコーラスがあったらその最後の部分の歌詞もちゃんと意識して歌う、ということなのだが、これはドラムでも、他の楽器でもいえるし、日々の生活でも応用出来ると思った。


フレーズを意識していないと、どこで息継ぎをしていいか分からなくなるだろうし、息継ぎの場所を間違えたりもするだろう。というわけで、これは毎日の生活で言えば、ある目標を立てて、それに向かって精進していく、ということである。2、3日の流れだけで予定を決めるのではなしに、1週間、2週間、あるいはもっと近い未来を見据えて、生活のリズムを踏んでいく、ということである。

そうすれば、何かアクシデントや変更があった時にも、落ち着いて軌道修正が出来るのだと思われる。

富樫雅彦とセレンディピティ 

March 23 [Fri], 2007, 1:13
富樫雅彦さんの「ブラ・ブラ」を聴く。

彼の打楽器は打楽器という概念を打ち破っていて、言葉では表現出来ない。素晴らしい。
天才ドラマーの名を欲しいままにした時期に、彼は不慮の事故で下半身を使えなくなってしまったが、どうしてこんな音楽ができるのか分からない。

人は自分の何かが欠けた時に、何か素晴らしいことが出来るのであろうか。
といったら誰でもどこかに欠点を抱えているわけだから、ほとんどの人間に可能性は存在するはずだ。


今日は茂木さんの「脳整理法」を拾い読みする。

セレンディピティのコンセプトをやや紆余曲折して記憶していたと気付く。

serendipityとは、本来の目的を目指して人間が行動しているうちに、偶然、幸福に出会ってしまうことであるが、その偶然の幸福に気付き、また受容することがserendipityだという。

例を挙げると、魚屋に行こうとしていたのに友人と偶然に出会って、魚屋への買い物を「まあいいか」とあきらめ?納得し、友達と飲み会をして楽しんでしまう。幸福を味わってしまう。とつまりこういうことだ。


茂木さん曰く、serendipityを得るために大事なことは3つあって、1つ目は行動(家を出て魚屋へ向かう)。2つ目は気付くこと(友達と出会う?)。そして3つめはその偶然を受容することだと言う(プランA を変更してBにする)。

こう考えると2つ目が一番大事ではないかと見える。
しかしながら、プランAに固執しないでプランBを遂行する寛容さと言うか、思考の柔軟さというか、これがとても大事で、僕が今まで理解していなかったことなのだった。
男性に特に見受けられるかもしれないが、1つの事に集中し過ぎるあまり、固執し、そしてプランBを生かせない事があるのではなかろうか。


セレンディピティとは環境適応能力と、self-controll力と、さらに自分を客観視する能力と深い関係があるような気がする。

公園を散歩する。 

March 22 [Thu], 2007, 11:12
昨日は祝日で、天気も良かったので、近くにある大きな公園を散歩した。

バーベキューをする学生達、子供は木陰に隠れて作戦会議、サッカーに興ずる社会人達、若い夫婦は子供を連れて会話をしていて、又犬を引き連れるカップル、老夫婦と、まるで都心の景色とは別世界である。しかし、彼らの佇まいはとても自然だった。人は本来自然に帰属している生き物であるから当然か。住環境には、きっとこういったスペースが大事でもあり、必要なのにちがいない。

といったところでエントロピーの法則を思い出した。
都会の、人々が密集した環境の逆説として、緑と光りと風邪に囲まれた広いスペースが必然に求められているのだ。


個人の住宅において、リヴィングスペースにその家族を一つにまとめるような、なにか昔の囲炉裏のような要素が必要だと思っていたが、そしてもしかしたらTVなのか?と自問していた所だったが、本当に必要なのは”自然”なのかもしれない。安藤忠雄氏でいう、光や庭、又ヴォイドスペースである。


夜はNHKの”学校とは?”を視聴。現役のちびっ子達に「いま、一番知りたいことはなにか?」と聞いてみたくなった。

日本の教育というのはほぼ完全に西洋の"Education"のコピーで、日本においてはそれが目的を失ってただ形骸として存在している。そもそも日本社会には子供を教育して、どんな社会を作っていきたいのかと言う”意見”がない。

米国では少なくても、社会奉仕(positive feedback)という目的があるような気がする。だからこそvolunteerやdonationの考えが生まれるし、生きているのだ。

だからこそ、日本も早く、目的を見いださなくてはならない。

学習要領という形骸化した物を日本社会に押し付けるのではなく、いっそ子供達にどんなことを学びたいのか聞いて、自然に育んでいったらどうか、といったら強引だが、少なくとも日本の本当の”教育”のかたちが見えてくるような気がする。

はたして、日本社会にとってのpotive feedback とはどんな形だろうか?

硫黄島からの手紙 

March 21 [Wed], 2007, 0:31
「硫黄島からの手紙」を観る。

あまり期待しないで観たせいか、なかなか面白かった。特に主演の渡辺謙とは対照的に、ジャニーズ出身の二宮クン?の演技が好演だった。しかし、映画の主題はかなり曖昧であった。


今日は街を歩いていて、人々のエゴをたくさん垣間見たような気がした。

エゴはエゴでも他者を無価値と認めてしまうような利己である。利己主義の蔓延というのはモラルの低下とも言い換えられるのかもしれない。


ちなみに、戦争は侵略行為であるが、戦争ほど究極のエゴイズムはないのではないかと映画を観ながら思った。なぜなら戦争とは他人の土地を我が物にしようとし、他者の生命などどうでもよいと考え、もせずに行うことだからである。もちろん、戦争という手段を決めるのはいつも少数の人間によってなのだが。

ところで、茂木健一郎氏が言うように、メメント・モリ(死をいつも身近なものとして感じること)も大切だが、セレンディピティ(偶然の幸福、もしくは偶然の幸福に出逢うための能力)も忘れちゃいけないとやや久しぶりに思い出した。

ヒトに(生命に)とっての本質とはpositive thinkingではないか。
いつも、一歩踏み出すことによって、もしかしたら幸福が待ち受けているかもしれない、と思う気持ちが大切なのではないか。

岡崎嘉平太 

March 20 [Tue], 2007, 0:07
NHKスペシャルにて岡崎嘉平太(かへいた)の特集を観る。

岡崎は1972年の日中国交正常化に尽力した人で、彼の言葉はとても感動的だった。特に、”信はたて糸 愛はよこ糸 織り成せ 人の世を美しく”という言葉は彼の人柄と、彼の歴史が込められていて、まるで年季の入った革のように美しい。

岡崎の父は彼が若い頃既に亡くなって、母親だけからの教育であったというが、そのしつけは岡崎に多大な影響だったという。母親は他人への思いやりをよく説いたというが、岡崎の場合は中国の人達に対しても心からの尊敬と愛を持っていたようだ。

彼が日中正常化に多大な貢献をしたのは事実で、彼がそれほど偉大な人物に成り得たのは、やはり年少期の母との接し方が有ったからではなかろうかと考えてしまった。

小さい頃から両親の愛情をたくさん受けて育った子どもは大成するとでも言えば良いだろうか。
その環境があるためには、家庭の経済環境も影響するだろうし、親自身が受けた教育の質も関係するかもしれない。日本人の階級、血筋などを踏まえて言えば、中産階級以上の家庭で育った子どもは、教育をたくさん得ることが出来て一般市民よりも有利な状態だったと言えるのではなかろうか。

ともすると、青年期に入ってモチベーションが低かったり、行動力が少なかったりするのは幼少期の影響なのではないか。

親のエネルギー(愛情、ポジティブな考え方など)をたくさん受けた子どもは、やはりたくさんのエネルギーを抱えて飛び立っていけるのではないか、などと思った。

チョコ柿ピーと友人 

December 21 [Thu], 2006, 3:30
昨夜、とあるバーにて
友人との談笑中聞いた話し。

彼女は”すっぱあまい”ものや”すっぱからい”ものなどが
好きだと言う。

例としては
チョコ柿ピーなるものがあるそうな。

すごい。知らなかった。


、、、友人とは
色んな世界があることを教えてくれる
貴重な存在なのだと、
ふと気付くことができた。

病気とは”闘うもの”なのか? 

May 15 [Mon], 2006, 13:22
先日は
五木寛之さんの本に、
興味深いことが書いてあったので
紹介したいと思います。

ーーーーーーー

西洋医学は、病気を”悪いもの”
(もしくは、やっつけるべきもの)
と見ていて、

それに対して東洋医学は、
人間はもともと生まれながらにして
四百四病(しひゃくしびょう)を
持っている。身体の調和が崩れた時に、
病気は身体の表に出てくる。
(つまり、病気はやっつけるものではなく、
消去は出来ない?)

、、、という考えだそうです。

(↓以下は引用です。)

昭和五十八年の<日本医事新報>に、駒沢勝というかたの
エッセイが載っているのを偶然目にした。
これは医師である駒沢氏が、医学という科学の根本の姿勢に、
仏教という立場から光りを当てて、大きな疑問を提出されている
文章だ。

進歩とは何か、と駒沢氏は自問する。科学も、そしてそれにもとづく医学も、じつは人間を進歩させる形でそれを破滅に導いているのではないか、と。

医学は当然のこととして<健康>を求める。しかし、そのためにひどく無理をしているのではないか、と、氏は考える。はたして<健康>イコール人間の<幸福>であるのかどうか。<健康>と人の心の<幸福>は必ずしも一致しない場合もあるのではないか。しかし医学は常に<健康>を善として、無条件でそれを追求するのだが、じつはそこに大きな無理があるのではないか。(P, 224-225)

(中略)

氏によれば、その無理の本質とは
<医は否定を基本としている。例えば目が見えないのはだめだ、耳が聞こえないのはだめだ、四肢が不自由なのはいけない等々である。この『否定』を全ての出発点にしている>学であるという。(P,233)

(以上、五木寛之著「生きるヒント3」より)

これを読んで、僕は
アイヌの人々の考えを思い出しました。

The song of rain 

April 23 [Sun], 2006, 10:13

rain rain rain

cleaning of people


rain rain rain

smells of a soil

rain rain rain

tears of the sun

rain rain rain

songs of the sky


Today, people are listening to rain.


Akeboshi "Wind" 

April 18 [Tue], 2006, 6:13
つい最近、幸運にもAkeboshiのアルバムを聴く事ができました。


1曲目”Wind”のサビ部分

「Don't try to live so wise.
 Don't cry coz you're so right.
 Don't dry with fakes or fears.
 Coz you will hate yourself in the end.」

筆者訳:

「苦しみばかり味わなくていい  

 泣かなくったっていいんだ
 きみは何も間違っちゃあいない

 ニセモノたちに惑わされず 失敗を恐れず

 きみはいつも 素直なままでいいんだ」


、、、"Wind"の主題は、時代の風を切って進む、
ちょっぴり生きるが不器用な人たちへの
応援歌、といった感じでしょうか。

その他、このアルバム「Akeboshi」に含まれる
5曲目の"秋風のうた"や7曲目"A Nine Days' Wonder"
などもおすすめです。

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Akeboshiさんは78年生まれで
99年頃、イギリスの音楽学校在学中にインディーズデビューを飾り、
この曲”Wind”を10万枚も売ったそうです。
(今もまだまだ活躍中です。)

中音域が豊かで、キレとコシのある声や、
彼のリズム感、そして何よりも
メッセージを伝えようとする”気持ち”はずば抜けているので、
たくさんの人が、Akeboshiの音楽に惹かれるのも頷けます。

一聴の価値アリです。


*参考ウェブサイト
http://music.yahoo.co.jp/shop?d=p&cf=12&id=306948

*公式ウェブサイト
http://www.akeboshi.com/



パフォーマンスの難しさとLevel4 

February 26 [Sun], 2006, 5:22
大学も2週間の春休みに既に入ったので、
昨日金曜の夕方から、初めてニューヨーク地下鉄構内でソロでドラムパフォーマンスをしてきました。

今までたくさんの人に支えられて、この初めの一歩が踏めたと僕は思っているので、感謝の意味も込めて報告&感想などを書こうとおもいます。


警官から場所を移動するように言われたりするハプニングもありましたが、結果から言えば、3月の始めにやるライブでたいこを探してるから一緒にやろうって言ってくれた人と連絡先を交換できたのと、約1時間演奏して1ドル札2枚と小銭少々をもらうことができました○(1ドル札って、自分はよっぽど心に響く演奏ではないとあげたりしないので、もらって嬉しかった)。


そして僕の感想なのですが、
演奏会に来てくれる人とは違って、音楽に興味をあまりもっていない人達を引き付けるって本当に本当に難しいんですねぇ。。


、、、それは音楽ではなくても、絵や詩や写真、ダンス、文章、デザインなどにも言えることかもしれません。相手が全く興味がない時に、いかにたくさんのエネルギーをもって自分の世界に連れて来れるかどうかでしょうか。

僕の場合はある程度、人の立ち止まらせることは出来たので、あとはもう3段階ぐらいレベルアップしないと、人のこころ自体を振動させることはできないと思いました。

レベル1では、 立ち止まらせて、おやっと思わせる。
2   なかなかすごいじゃん!奴。と思わせる。
3   おおー!、こりゃあすごいよー!!!、と思わせる。
4   →まいった。

、、、みたいな。(^^: なんとなくわかってもらえたでしょうか。。。??ははは。