最大の課題 

2009年06月07日(日) 8時04分
こんなことを言うと大げさかもしれないが
私は今おそらく
人生で一番重要な局面に立たされているのではないかと思う

今私が
「勇気」
というものを得ることができたら
その後の人生に大きく影響してくるだろう

一生逃げの人生を送るか
生きた人生を送るか

それが今決まると思う
おそらく「勇気」というものは
私に最も欠けている点であろう

私は安全主義者であり
石橋を叩いて渡る安全を確かめてから渡るタイプである
勝負事も
ほぼ確実に勝てる見込みがないと勝負をしないというタイプである

しかし
やらなければいけないときというものが
生きているうちに何度かあるだろう

勝率とかそういうものが一切不明
もしくは低い
しかし
やらなければならない
そんなことがあるだろう

見ていろ

そんな時に必要な
「勇気」
私は
絶対持ってみせる

恋の最強の武器 

2009年05月20日(水) 0時18分
人が人に恋をする際に
最もその人の心を動かし
そしてより深く恋をさせるための武器として
私は今まで
愛情の強さ

つまり

「強い愛情」
が最強の武器
(強く愛したい、強く愛されたい、両方)
だと思っていたのですが

もうひとつ
意外な武器を発見しました

それは

「年季(経験)」

です

昔の男(女)
はとてつもなく強敵なのは
周知の事実かと思われ
その強さの秘訣として
初めての体験
というものがあげられます
それは
いろんなことが初めての体験なので衝撃が大きく
心に残りやすい
そのため
強い想いとして残りやすい

↑このようなわき道にそれた話もありますが
その話は大きく分けると
最初に最強の武器と述べた「強い愛情」のうちに入れときます


初恋(初恋人)は人によって大きさが違うでしょうが
その存在が大きければ大きいほど
攻略が難しくなってきます
(注:我々がその愛する人のトップを目指しており
そこにたどり着くことを最大の目的とする
という前提は理解しておきましょう)

それらを含め、過去最大の恋人を超えるには何が必要か
・相手がその恋をしてる間以上の自分との時間
(自分と恋仲にあることが望ましい)
そして
・その相手を超える自分との経験
が不可欠なのです

・相手がその恋をしてる間以上の自分との時間
についてですが

さっき述べた
過去最大の恋をしてる間というのは
その人がいなくなってからも
想い続けている時間
も含めるから
たちが悪いのです

それが5年ならば
それを超えるのは5年以上かかることを
覚悟しましょう
相手の想いの強さや自分への想いの強さとの関係によって
それ以上かかる場合もあることは覚悟しましょう

自分といる時間は大まかに言うと
その初恋をしている相手のことを想い続けている時間
ではないのです
仮にその恋についての話をしており
自分の目の前でそのことを思い出している時間であったとしても
今この瞬間は自分と接しているため
それは自分との時間なのです
(むしろ↑のような話を相手がするということは
それぐらい深い関係に自分がなれているという意味なので
もしその相手と恋仲にあるのであればおそらく
既にスタート地点には立てているでしょう)

次に
・その相手を超える自分との経験
についてですが

その相手とすることができなかった願望なんかは
全て満たすことは当然しましょう
この際に絶対満たしておく条件としては
自分と恋仲にあることが必要です
でなければ
やっぱりこの人は違う
となってしまう危険性があります

相手が10個大きな思い出があるとすれば
10個以上の自分との経験を
目指していきましょう
相手の思い出が大きすぎる場合は
数で勝負しましょう
10倍の想いだった場合
自分は100個を目指す

相手を否定するのではなく
それ以上に自分がなるのです


時々ある何が足りないのかわからないという時は
「年季」というものも
考えてみてもいいと思います
その場合は無理に今一番に立つことはしなくてよい
すなわち
ただ待つ
ということが必要な場合もあるのです
何もしないでよいこともあるのです

今はまだそいつより下だということを自覚しつつ
負担にならないように(その相手との恋のことを否定してると感じさせない程度に)
そいつを超えることを目指している
ということは感覚として相手も知っている
その状態で時間をずっと過ごしましょう
常にすきがあれば自分がトップに立つつもりで
接していきましょう

我々は
ナンバーワン以外は目指してはならない
オンリーワンで満足していてはいけないのです
オンリーワンもすべて含めた
何者にも負けない
ナンバーワン
を目指していくべきなのです

全てを超える

これを目標として生きていきましょう


「年季(経験)」って
偉大ですね



さて
ターミネーター サラ・コナー クロニクルズ
でも見ることにします
これって映画じゃなかったんですね
でもけっこう面白いです

では

失敗パターン 

2009年04月29日(水) 12時51分
とある人づきあいにおいての失敗パターンのひとつが
感覚的につかめるようになってきました

私がこう動いたら相手がこう動いて失敗するだろうな
と予期しているため
あえてしないことに対して(自分のこの部分は語らない、とか)
相手が不満を抱き話してきた場合
その不満を埋めようと相手の望むままに与えてみる
すると
予期していたとおり問題がおこり
そして喧嘩
最悪の場合
別れ
となる

この失敗パターンについての対策が
しばらく私のテーマになりそうです

考えても対策が思いつかない
さて、どうしたものか…


まず一つ目
その不満はそのつど対応し
あえて不満の元は取り除かない
(これも相手に不満がたまっていき、そのうち別れとなりそうだが…)

次に自分が予期していたとおり相手が動いた場合の自分の対応を考える

二つ目
・相手に気づかれないように話題を変えることを目指す
(あえてこっちから別れを切り出してみる。とか?これもどうだろうか…
NOと言わすためにそう言っても、YESと言われたら危険だし…)

三つ目
・一旦は相手の望むままに動いてみてとりあえずその場を乗り切る
(とりあえず、とは、それを続けていたらこっちに不満がたまるため一時的にそうする)

ん〜
やはり思いつかん


やはり最終的には…
人はその人が思っているより自分のことをわかっていない
状況は自分より見えていない
そのため
相手の言うことをどう扱うか
すなわち
その問題が元々おこらないようにするように心がける
ということを自分に再認識させるということになるのですが…

起こってしまった場合の対応が思いつかないし…
ここに書いているような本音を語ってしまったら
そういう問題じゃない!ときれられ
一発アウト
だし…

さてどうしたものか
難しいです

フロイトとユングの違い 

2009年04月27日(月) 21時43分
全く興味のない人はないと思うが
フロイトとユングの違いについて
どうしてもまとめておきたいと思いました
自分なりになんとなくまとまったので…

いろいろ書いている人もいるようで
そいつらの気持ちもわかるけど
なんか比べたくなるんですよね

まぁその人らの言ってることは
自分からしたら
ほとんどが、しょーもないことばっかり言ってるわけですが

私としては
フロイト=症状を中心として心を見ている
ユング=心を中心としてみている

もっと詳しく言うならば
フロイト=症状が無数にあり、基本的にはそれを別々にみている
ユング=心の状態がどういう状態になったか、によって症状を見ている
と言うことになると思われます

私はユングが好きで
フロイトについてはそこまで詳しくはないので
ユング的表現になってしまうと思いますが

心を
フロイト=∞(複数の症状の集合体、症状を中心としてみているので心については見ていない)
ユング=1
と捉えているような気がします

だから絶対にかみ合わない
しかし根本的には一緒のことを視点を変えて見ているだけなので
理論は違っても、かみ合っている
というような状況になるのでしょう

扱っているのが「心」ですから
当然と言えば当然でしょうけど

フロイトについては心というより症状を見ているような気がするので
心には興味がないような気もしますが
すなわち心については興味がない
みたいな意味です

医者ですからこれも当然でしょうけど

えらそうに書きましたが
私はしがない一般人ですので
えらそうに言う資格はないんですがね


次に考えるのは
なぜ私がこのことを
こんなに気にするのだろう
ということですが

私のものの考え方が
ユング的であり
フロイト的な見方をしている普通の人々に
物事を伝える時は
フロイト的な伝え方をしなければならないから
それは
理解しておかなければならない
ということになるのでしょうかね…

私にとってはわかりやすい表現で言うならば
フロイト=堅いものをぐにゃっと変形するような感じ
ユング=柔らかいものが形を変えているような感じ
という感じになります

この時に
粘土のようなものを想像すると
ものすごく私にとっては
しっくりきてわかりやすいのです

が、しかし
普通に考えて
こういう表現では
普通はわかりにくいですね

自分を他人に伝える時には
伝え方
を考えていかなければならない
ということでしょうね

心が脆すぎる 

2009年04月18日(土) 11時56分
どうか今日だけは
休ませてほしい
また明日から
がんばるから…


どれだけ生きてみても
どうしても
私の変わらない部分がある

それは

弱さです


最近私は、またひとつの別れを経験してしまった
友達になれたのかどうかもわからないその人との別れ
友達と認めてすらいない人との別れですら
これだけ私の心を苦しめる

私の心は
別れに
弱すぎる…


私はおそらく
生涯であと一人の人しか
愛せないでしょう
もし私がもう一度人を本気で愛することがあるならば
友達以下の人ですらこれなのに
その愛する人との別れに耐えられるほど
私の心は
強くない…


しかし
愛する人のいない人生など
生きている意味がない

愛せる人を見つけるため
ただそれだけのために

私は今

生きている


私は


弱い…



今日は
ゆっくり休みます

睡眠研究について 

2009年04月17日(金) 23時12分
私はいくつか文章を書き記している部分があるんですが
やっぱりこのブログが
本来の自分を一番出しているせいか
一番好きなところですね

一番好きだが
アクセスが一番少ないのは
何の因果か
興味をそそるが
寂しくもありますね


さて今日は
睡眠時間と性格について
考えてみました
ユングの言う
内向型、外向型についてと
同じことを述べているとは思うのですが
その見分け方についてです

どうやら睡眠時間でそれが大体わかるような気がします
ロングスリーパーは内向型
ショートスリーパーは外向型
大体この分類で間違いないでしょう

内向型は考えることが得意である
外向型は行動することが得意である
そしてそれぞれ
逆の立場のことが苦手である
すなわち
内向型は行動することが苦手である
外向型は考えることが苦手である

私は性格分類とかを見て
あーそーなんだ
って終わらせるのが好きではありません
性格分類とは
自分を把握するものであって
それをふまえてどう生きていくか
ということを考えるためにある
と思っております

すなわち私は
外の世界と接することが
元々苦手なんだと思います
それならば
元々持っている考えるという武器を利用して
外の世界と接していくべきなのです

昔私が述べた
天才型と秀才型
というのも
今となっては
どうやらこの内向型外向型
のことを述べていたんだと思います

私は外向型には
負けない
絶対に

文章にまとまりがないですね

一番の人でありたい 

2009年03月09日(月) 15時50分
私の目指しているところが
またひとつ
わかりました

私は、その人の心の中で
一番でありたいんだ


何をもって一番とするか
それは、相手の心です

相手が自分を一番と思うならば
それが私の目指すところ

自分が相手と別れることにより
永遠にその人の心に私が刻まれるならば
私は別れを選択したい

そんな人間でありたい

自分の愛する人が
自分以外の人間を
自分以上に愛することなど
耐えられるわけがない

そんな愛する人が
私には


まだ



いない

価値観の使い方 

2009年03月09日(月) 10時24分
人と人との関係とは
やはりこっちが維持していく姿勢を保たないと
簡単に崩れていくものである

私はそう捉えており
だからこそ
永遠というものに憧れるのでしょう

そう私は考えることにしました

というのも
私が今日思ったことがあります

人によって違う価値観というものがありますよね
この価値観、大体の人は
ひとつの価値観を採用しているのですが

私の価値観の使い方は異なっており
何が正しい、何が間違っている
ということはどうでもよいのです

正しいか間違っているか
ではなく
好きか嫌いか
どちらの価値観がより自分に都合がよいか
で価値観を選択していくべきだと思っております

例えば
世の中が素晴らしいと思ってる人と
世の中がくそだと思ってる人がいるとします
私は後者のほうが生きやすいから、後者を選択しているのですが

素晴らしいと思っていると
素晴らしくない出来事が起きたときに
へこむ
素晴らしくないと思っていると
素晴らしくない出来事が起きても
まぁ普通のことだ
と思えるし、ちょっとでも素晴らしい出来事が起きると
嬉しくなります
(ちなみにこれは、私の心の師でもある「※内藤 誼人」先生からの受け売りなのですが)

そのため、世の中がくそだと思ってるほうが生きやすいのです
人によっては
世の中が素晴らしいと思ったほうが
前向きに生きられる人もいるようですが
その辺は、へこみやすい体質かどうかというような
先天性のものではないかと思いますが

そのため、価値観というものは
自分の好きなように利用したらいいのです

その考えのもと
私は今日
冒頭に書いた考えを採用したいと思います
そっちのほうが生きやすい

※内藤 誼人先生、「信じるものは救われない」などの著書があるので
 機会があれば一度見てみてください

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書き終わったあとの感想

しかしこのブログにこのように書き込むということは
やはり何か引っかかるものがあるのでしょう
この価値観を採用したくない
という心の叫びがあるのでしょう
今はその叫びはほうっておこうと思います

そしてこういう価値観についての捉え方をしていると
いろいろ人とは異なるため、その価値観のやり取りが楽しいと感じる
いわゆる、雑談
ができづらくなってきます
またひとつ問題ですね…

雑談をする際には、どっちかの価値観を採用している設定の自分
で挑めば問題ないのですが

こんなことを考えるから
私はよく一人でいることを好むのでしょう

そして
今日も一日過ぎていきますね

オセロって深いですね 

2009年03月02日(月) 6時04分
今日、ある人(学生)と未来のことについて話してて思いました
この人はまだ
未来が白でも黒でもないな


私は25才、自分の生きる道を大体つかもうとしてる年頃です
私が生きたいのは
黒の世界です
白の人間には黒のことはわからないが
黒の人間には白のことが見える
光る場所から暗闇は見えないが
暗闇からは光る場所はよく見えるのです

そんな黒の人間だからこそ
わかること
できること
そういうことがあるのです

白っておもしろくない
みんな白を目指しているから
おもしろくない
黒が悪いこととされ
人は黒くなることを嫌う

しかしそもそも世の中には
対極である白と黒のうち
黒の占める割合の方が圧倒的に大きいんですね

夜の空を眺めてみたらわかるでしょう
宇宙に閉める光(白とする)の割合は少なく
圧倒的に闇(黒とする)が多い

生を白、死を黒とすると
生はたかだか数十年
死はその前とあとに存在する無、すなわち時間で言うと∞
というかそこには時間すら存在しない

そんなことを考えていたら
私の目指しているものがわかりました
私の目指すものは永遠、すなわち∞
友情も愛情も
消え去るものには興味がないのでしょう
しかしそういうものも作っていく段階ではまだ
消え去るものから作られ始める
それなのに最初から永遠を目指すから
私は失敗するのでしょう

そして、その永遠が完成することはない
なぜならそんなものは存在しないから
しかし完成することがないからこそ憧れる
そして人は白になったり黒になったりして
最後には

真っ黒になる…

そんなことを考えていたら
オセロを思い出しました
今は亡き、祖母と昔よく遊んだオセロです
オセロでは、白と白ではさんだものは白くなる
逆もまた然り

深いですよねオセロ
人間もそうだと思います
白同士で囲まれたら白くなる
黒同士で囲まれたら黒くなる

しかしオセロと違うのは、最後には全て黒くなる

今日話してた若者のことを思って一言ここに書きたい
もちろん本人には言わないが

もしその未来が黒になったら
いらっしゃい

と…

本人が白であることを祈り
自分自身の寂しさから来る
こっちにも仲間がほしい(黒くなってほしい)とも思いつつ

今日も夜が明けますね

クラシックを聞き出した 

2009年02月25日(水) 18時57分
昨日より私は
クラシックを聞いてます

と言っても
その業界には全く詳しくないので
ショパンやら何やら適当に検索して
ユーチューブで出てきた
あ!これ知ってる!
と言うようなものを適当に聞いています

おそらく世間のクラシック好きの人は
陽のクラシックの聞き方をしているのであろう
陽の聞き方とは、朝起きた時に聴いたりしてさわやかに聞くような聞き方である

私は陰の聞き方である
その世界は他の人が入り込んではいけない自分だけの世界であり
言葉では言い表せない感情、情景
こういったものを堪能する聞き方である

この前たまたまNHKで見て私が感銘を受けた
グレン・グールドは
「芸術の目的は、瞬間的なアドレナリンの解放ではなく、むしろ、驚嘆と静寂の精神状態を生涯かけて構築することにある」
と言っていたらしいが(ウィキペディアより)

これに近いものであると思われます
人それぞれ聞き方はあると思うので、どちらでも構いませんが
構築という表現が興味深いところです
構築すれば精神の安定がもたらされるのかもしれませんね
今後考えていこうと思います

聞いてみて思ったのですが
うまい演奏者は演奏が終わっても演奏が終わらないのです
無音という永遠の静寂が訪れる感じ
またすぐにでも音楽の続きが始まりそうな感じ
しかし始まることは二度とない
そういうのを聞き、こういうふうに死ねたらよい
と聞き終わってから感じさせられたりします

寝ることは一種の死であり、死こそ最高の状態であると考える私にとって
寝る前にこれを聞くと眠れるという人の気持ちがわかるような気がします

言葉ではわからない、伝わらない
そんなものでもわかる、伝えられる
そんなものが芸術の世界である
と私は思っております

今後の隠れ趣味のひとつとして
クラシック音楽、置いておこうと思います

この状態の私は、ユングでいうところの
内向型のようです
外に感情を出すのではなく自分の中で感情が動いている
そのため外の人間には何もしてないように見えるのです
どっちが劣等か優越かはいまだにわかりませんが…
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文章に不適切な表現やおかしな書き方をしているところがあるかもしれませんが
もはや気にしないでいただきたい
というか所詮高卒なので
そんなに学に精通した人間ではないです

わからない部分があれば質問していただければお答えします

しかしこれを書いているときの私は、楽しい…
これは所詮アドレナリンの解放に過ぎないのかもしれないですね
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