いよいよ出産O 

September 03 [Wed], 2008, 16:10
予定日が3月28日だった。
3月に入ってから毎日のように夜中〜明け方に前駆陣痛が2回ほどあり、毎晩ハラハラしてました
そのうえトイレも近くなり、眠れない日が続いて寝不足気味…

3月25日の夜、布団に入り寝付いたものの1時すぎに目が覚める…「また前駆陣痛だ」生理痛のような下腹部痛。どうせすぐに治まる。
やはり、すぐに治まってホッと安心して寝ると30分後にまた痛みが。
「え?また??」
それを何度も繰り返し、結局朝には、15分間隔になっていた…アタシは気になって、一睡も出来なかった。
隣に母親が寝ていたが、もしも本格的に陣痛が来たら付き添ってもらわないといけなくなるので、「ここはユックリ寝ていてもらおう…」(と、何故かそこは妙に冷静

朝起きた母に「なんかお腹痛くて、今15分間隔くらい。」というと…
「なんで早く言わないの」とお叱りを受ける。
でも陣痛ってのはもっと痛いと思っていたので、生理痛のような痛みじゃ産まれないよ〜

一応、病院に連絡。7分間隔になったら来てと言われた。
私はまだまだ余裕だった。
グーっと痛くなるのを何度も繰り返し10分間隔になったのは夕方。今日出産になるかもしれないので早めに御飯を食べ、お風呂にもゆっくりつかる(お風呂でも痛くて何回か動けなくなった)

だいたい7分間隔になったところで、病院に連絡し母と入院用意を持ってタクシーで向かう。
旦那ちゃんに連絡し仕事を切り上げて静岡から大阪に向かってもらう。
先生の内診では「子宮口はまだ開いてないけど、かなり赤ちゃんが下がる来てるからここのまま入院ね。」
看護婦さんから病院の説明を受けながら病室へ…里帰り出産で旦那ちゃんが泊まるので個室。

母とはしばらく話をして、面会時間が過ぎると病院から出れなくなるのでおさらば

旦那ちゃんが着いたのは夜の11時半頃。
陣痛が7分から10分になったりとバラバラで強くなる気配がなかった。
結局、朝を迎える。

赤ちゃんが下がってるのがよくわかり、腰が常に何をしてても痛い
でも、陣痛の間隔が全然縮まらず、ピークが来ない…。シモの処理もして浣腸もした、こっちの準備はバッチリなのに子宮口が開かず…
陣痛の間隔も長くなったりでイイ陣痛が来ない。夜も眠れない日が続いていたので、体はバテバテ…陣痛の痛みを耐えるだけの時間が過ぎていった。

28日痛みが増す…イキミが出て早く産みたい出したいモード
陣痛は5分間隔になったけど、子宮口はまだ4aまだまだ全開まで程遠い看護婦さんに何度も「イキんだらダメですか」とすがるが「まだ子宮口が開いてないからダメ
呼吸法で5分ごとに来る陣痛とイキミを乗り切るが、陣痛が来始めたタイミングで上手く呼吸法を始めないと呼吸が乱れてイキみが逃せなくなる。

ここからがまたまた長かった…

29日になっても産まれない。子宮口が開かない…8aから進まず、7aに戻ったりでアタシの体はボロボロ呼吸法ばかりしていたので、唇はカサカサで痛みで顔はシワくちゃ…そのうえ子宮口が開かないのに赤ちゃんは出たがっていて、すぐそこまで下りて来てた。
イキミ逃しだけでは耐えられず、常に正座をしてカカトを肛門に押し当て、それに付け加え腰が割れそうに痛い…拷問ようだった。
アタシが入院した産婦人科は「99%自然分娩」っホームページにも載っている位、薬を使わずよっぽどでないと帝王切開はしない。
アタシは入院の長さから看護婦さんの間では有名になっていた。小さい産婦人科だった為、看護婦さんとは皆顔見知りになり、休み明けの看護婦さんからは「まだ産んでなかったの」と言われる始末…
旦那ちゃんもずっと仕事を休み付き添ってくれていた(夜はイビキかいて寝てたけどね)、でもそばに居てくれるだけで有り難かった
アタシのあまりにも陣痛の長さに旦那ちゃんもヤキモキして、薬を使った方がイイんじゃないか、切って出した方がイイなどと横でハラハラしていた。
その時の旦那ちゃんは、目の前で苦しんでばかりの妻がかわいそうで仕方なかったらしい…何も出来ず無力さを感じていた
周りもなかなか産まれない事にハラハラしだし、「早く楽にしてあげて」と看護婦さんに頼んでいた。
その頃はイキミも逃せず、体力も限界…4日寝れず3日水しか飲んでなかった。もちろん風呂に入る事も歯を磨く事も出来ず、陣痛の間にトイレに行くのが精一杯でした。
アタシの後に入院した人がどんどん産んで行くなか、面会に来た母に「どうにかして」と叫んでいた
(父は娘の苦しむ姿を見るのが辛いと1度会いに来たが、それからは来られないみたいだった)

その日はいつ破水になるかわからないからと病室へは戻してもらえず、朝から分娩室の近くの部屋のベッドで過ごし、夜にはベッドで破水したらそのまま移動出来ないからと分娩台で寝かされる。
もう上向きでなんか横になれず、NST装置も付けるのが辛くなって止めて欲しかった。が、赤ちゃんが元気か確かめないといけないから、とほとんど付けっぱなし。

その時もまだ子宮口は8aから変わっていなかった

陣痛の間隔は29日の夜から3分間隔にかわり、分娩台の上で痛みに耐え切れず何度もイキんでしまう。「赤ちゃんが…」大丈夫かと心配で心配で…
でも容赦なく陣痛が続くのでどうしていいかわからない

何度も看護婦さんが子宮口を確認に来るが、まだ少し被さっているから、もう少し開かないと子宮口が裂けると言われ、内心「子宮口は裂けてもいいです」と思うくらい限界を通り越していた。

朝になり、気を失ったように10分くらい眠ってしまっていたらしく、看護婦さんが「しばらく眠れたね」と子宮口の開き具合を見に来た。
9aだね出産の準備をしましょう
着々と準備が進み、陣痛の間隔が3分のままだが出産になった。
イキミにやっとOKが出て、イキミが来るのに合わせて力を入れる。
分娩室には「やっと産まれるわ」というように看護婦さんが続々と集まってくる
「上手、上手」と皆に声をかけられながら無事に出産
頭が大きかったからか、先生に何度かお腹の上に乗られ、吸引までされたが元気な男の子の赤ちゃんだった

SHUSHU出産
2008年3月30日
午前9時40分
体重3680cの男の子。

SHUSHUの母子手帳の陣痛時間の欄には、約85時間と記されたのであった…
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:shu_shu_shu
読者になる
2008年09月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
最新コメント
Yapme!一覧
読者になる