エスペラントのブログと統一したいのですが 

2006年08月13日(日) 21時35分
エスペラントの人ともクロスオーバーしてほしいなとおもったので、統一ブログを作ろうかとおもいます。ご意見を賜りたいです。

父とマージャン 

2006年08月09日(水) 21時40分
小学校三年くらいのころ、父が正月に家庭マージャンをしようとした。私はドンじゃらをしたことがある程度で妹は保育園児でなにもわからない。
本格的なマージャンパイセットを持っている父はうれしそうに炬燵の板を裏返し私たちにマージャンの仕方を教え始める。しかし妹も私もコレハナンダである。結局父は三人分のパイを見ながらこれを捨てろこれを残せと忙しい。
妹が「中」(ちゅん)を握ったまま放そうとしない。何故かと言うと飼っている十姉妹の名前がちゅんと言うから愛着があるからだ。「何でそれを捨てんのや」「ちゅん、ちゅん」

家庭マージャンはこの一回だけになった。

カラオケ 

2006年08月06日(日) 20時44分
歌人の小池光さんはカラオケで桑田佳祐の「月」を歌うそうである「角川短歌」より
この人は私に谷山浩子のナンバーを歌えといってくれるのだが、谷山浩子はマイナーなので数曲しかない。この人は35年歌手してるんだから、330曲は軽くナンバーがある。つくづくマイナーを思い知る。
私がまだ学生のころ「猫の森には帰れない」を歌ったのが印象にあるのか。
(東京のラジオでは時折彼女の曲がかかるそうである)
私は高音の曲なら、初見でなければたいてい歌う。男性の曲も一オクターブ上げて歌う。

アニマルズの「朝日の当たる家」を歌ったら夫がたまげていた。だからメロディーを覚えればたいてい歌う。「The eye of the tiger」(ロッキーで出てきた歌)も歌うがこれは歌いづらい。

父とお風呂 

2006年08月03日(木) 21時00分
小学校いっぱい父とお風呂に入るときがあった。銭湯にいっていた幼いころ父と男湯に入っていた。そのころ私は男湯でも女湯でもどうでもよかったので記憶がない。ただどうして自分は男の子みたいに立っておしっこができないのか疑問に思って、男湯の片隅で立っておしっこしてみた。失敗と言うか足を伝って気持ち悪かった。

家風呂になって、父が早く帰ってくるときはたいてい父と妹と入った。私の足はその頃もそうとうまがっていたようで、父は足のマッサージをしてくれた。ただ妹が自分もおんなじにしてとわめくので妹の足もこすっていた。日曜などは母も一緒に入って「ガス代の節約や」と言っていた。

学校を休んだ近所の男のこのうちへ給食のパンを持って、宿題のことも伝えにいくと(そういう決まりで、私が休めばそのこが来るのだった)「Sはねえ、五年生にもなってお母さんとお風呂にはいっとるんやよ、恥ずかしいねえ」とおばさんはいった。私は黙っていたが、恥ずかしいことなのか?と思った。

赤ん坊の芸 

2006年08月03日(木) 19時51分
今日は内科に行ったら赤ん坊がたくさん来ていた。と言っても一人診察室に入ると一人出て行くといった感じ。最初に会った子はもうはいはいするかもと言った大きさで、半年くらいかと思いきやまだ三ヵ月半だと言う。首は座っている、人を見てにこっとする。
もう一人の子はねんねしていた。まだ肌に赤味があって時々指を動かす。涼しそうなピンクのつなぎを着ていた。

一才近くなると、親はいろいろ「芸」を教えてみる。手を叩く。お辞儀のようなものをする。ばいばいをする。

昨日は三兄弟の末の子がまだ赤ちゃんでひこうきぶーんをやっていた。自分でブーンとやって楽しんでいるようだった。

父と傷痍軍人 

2006年08月01日(火) 16時13分
夏祭りの季節だ。小学校低学年までは、父と夜店に行った。妹は小さいので目に入る何でもほしがる。しかもそれがなんなのかわからないらしく、ただ指をさしてうなっている。うなっているのは地面に踏ん張って動くまいとしているからだ。父は苦もなく抱き上げてずんずん歩いてゆく。父はお面を買ってくれない。大体おもちゃらしきものは買ってくれない。おもちゃはおもちゃ屋で買うものと決めている。
食べ物も子供はべたべた汚すので後で母が鬼になるのでだめ。ただりんご飴かハッカパイプかどちらかは買ってくれる。私がやかましいからこれで口をふさぐからである。

見世物小屋というものがあって入ってみたかった。ろくろ首とか蛇女がいるから。父は「あんなのうそんこや」と断固入らない。

三年生くらいの正月初詣の帰り、包帯をした兵隊のような人が募金してくれと言っているようで、お金を入れて来ていいかと聞いたら父が「うそんこや」と言ってだめだと言う。その当時父は半失業状態だったので華と思ったが、実際そういってみたが「十円や二十円が惜しいんやない、あれがうそんこやからいかんのや」といった。先日夫に聞いたら「きわめて素朴な詐欺だな」と言った。夫は十一年上である。

夕食に卵 

2006年07月30日(日) 18時40分
冷蔵庫を見てみたら20個あるので使わないとと思った。しかし折からの暑さでばてきっていて簡単に済ませたい。半熟の目玉焼き、いいなあ。スクランブルエッグ、いいなあ。
なんか朝食みたいだがいいなあ。
スクランブルは形も気にせずすぐできる。目玉焼きは絶妙だが今ばててるし。

うちの母はとろろに卵を入れていた。まだすり鉢があってゴリゴリ、ゴリゴリと言う音がしていた。
うちにはゴマをする小さいのしかない。

結局は何の料理になるのやら ふゆのゆふ

夢で 

2006年07月29日(土) 17時52分
昨日の夢である人と手をつないでいた。私が知らないところを歩いているので迷子にならないように手をつないでいた。人気がほとんどない、二人だけの空間を言葉もなく歩いていた。手は温かだった。
起きたら布団のへりをつかんでいた。

温かなはずよ布団のへりだった ふゆのゆふ

祖母の話と母の話 

2006年07月21日(金) 18時28分
祖母は相撲が好きだった。老人ホーム併設の病院に見舞いに行くと「この人は男前」「この人はもち肌」「この人は強い」と喜んでいた。しかしもっと経つと「最近はいい人がおらん」というようになった。

母が子供の頃天皇のお召し列車が通っていくというのでみんなひざまずいて、と言うか土下座していたらしい。母は「見ると目がつぶれる」と言われていたのにちょっと見てみたらしい。

「目、つぶれんかったよ」戦後の話なのだがなあ。

浴衣・みたらしだんご 

2006年07月21日(金) 12時24分
浴衣がそれこそ湯上りに使えるほどある。安売りのものや、柄が気に入ってどうしてもほしくなったものや、身幅が広くないとと見知らぬ人にいわれ買ったトールサイズのものやある。かといって仕事に着ていくわけにも行かないので、駅前留学やちょっとしたお出かけに来ている。家でも着ているときがあるが、ナルシシズムを満たすのと、料理などでやはり動きづらいので脱いで肌襦袢だけで、と言うのがちょっとなんだなあと思う。浴衣の兵児帯だけは曲がりなりにも結ぶことができるようになった。

あまり暑いときに着ていると帯とか紐で締めたところがあせもでかゆい。

浴衣で食べるのは和菓子がいいかもしれない。カキ氷とかがいい。私はみたらしが好きで、とはいえみたらしは高いので、串団子にしている。みたらしは串に五つ、たれはべったりというよりしゅっと塗ってよく焼いてあるのがいい。

蕩尽を思えば絞りの浴衣なりいつかきっと買ってやるとも ふゆのゆふ
P R
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