2/21(月) No.212 

February 21 [Mon], 2005, 13:24

また酒の話だけど、近所の酒屋は、「おいしいのはどれですか?」と聞くと、必ず試飲させてくれる。しかも、「居酒屋までとは言わないが、酔っ払うまで」飲ませてくれる。定期的に、近所のひとを集めて、「燗して飲む銘柄のビール」など変りダネの試飲会も開いている。日本酒に疎い俺は、近頃は週末になるとここで勉強させてもらっている。この時期、日本酒は鍋に合っていいですね。安いし。次は映画の話。「シルミド」っていう韓国映画をビデオで観ました。韓国では国家的大ヒット作だったらしい。朝鮮の戦争にまつわる悲しい実話に基づいた話で、感動はしたけど、戦争という名のもとで死なざるを得ない人々がいたのだ、という当たり前だけど実感として我々は抱くことのできない現実がやはり昔も今もあるのだと、戦争関連のことを思うとき、いつも気付かされることが、やはり胸を冷たく打った。いや、それより俺は、日本という国が北朝鮮や韓国の人々と過去にどのように関わってきたのか、ほとんど知らないことが分かって、これはいかんぞと思った。その詳細は学校で習いはしたものの、ただの丸暗記で終わっていた。例えば38度線は、いつ、誰が、どのような目的で作ったのか?とか。今いちど深く探求して、世界に対するしっかりとした見識を持ちたい。それからじっくり自分の立っている場所を確認し、自分の言葉で何かを言ったりするのもいい。

No.211 

February 14 [Mon], 2005, 12:52

もうじき開催の「愛・地球博」や中部国際空港開港などにより活気付いてきている名古屋。私の住んでいた西春日井郡師勝町という町も、今流行りの合併により「北名古屋市」と名称を変更するらしく、なんだかよい。今まで出身は?と聞かれて、名古屋の北区のはずれ、と適当にはぐらかしていたのだが、人によっては「北区の外れのなんてとこなの?」と聞いてきたりして、「むむ・・・それはね、そのう・・・西春日井郡」「グン!?なんだそれ、田舎じゃん、ダッセー」となるのが恥ずかしく「ほぼ北区。なにしろ15分ほど歩けば」と言っていた。しかし、これからは「北名古屋市!北だけど何か問題でも?」と強気に出られるではないか。俺シティーボーイ。うーん、VANS的アイヴィーワールド。ところで名古屋の食に対する関心も高まり、色んな店が東京に進出してきている。私は、友人知人の前で「この手羽先は何だ!?全くなっとらん。名古屋コーチン様が聞いて泣くわっ」などとしたり顔で本場の味が何たるかを力説してきた(本当は何も知らない)。しかしディープな名古屋食文化に浸りたいのであれば、以下の3つを自信を持ってお勧めしたい。まずひとつは、スガキヤラーメン(とんこつベース、290円。追加のあじ飯が最高。)。そして、喫茶店のモーニングセット(コーヒー1杯分の料金でトースト、サラダ、ゆで卵、ヤクルト、ピーナッツなどがつく)最後にコンビニのおでん(からしではなく、味噌付き)。この3つは、「安い・美味い・ポップ」である。特に、スガキヤラーメンは、先日高田馬場に東京1号店がオープンしたし(あじ飯無いかも?)、コメダ珈琲という名古屋スタイルの喫茶店も進出してきているらしいので試してみては?最後に、コンビニのおでんは、残念ながら実際に行かないと食べられない。停めた自転車の脇に座り込み、湯気立つ味噌おでんのスープをすすり、冬の寒さをしのいだ。あれは本当にポカポカして美味かった。

2/7(月) No.210 

February 07 [Mon], 2005, 14:09

先日の、「温情停車」の件についてですが、あれどう思いますか?受験生とその母親が、大学入試の朝、特急電車に乗ったのだけど、その電車は、残念ながら目的地を通過してしまう電車だったんですね。オロオロする母親をみて、車掌が例外的に本来の停車駅でない駅に電車を止めた、という話。電車側やりすぎ、ですか?それとも、大学入試は一生の一大事だからまあしょうがないっすか?受験に母親がついていくことは必要ですか?まあ、各家庭の考え方があるんだろうけど、受験くらい、というか、大事なことほど、期待せず、期待されずに気楽に臨んだほうが上手く行くんではないでしょうか?「温情停車」の件に限らず。友達とビールのんで相撲してから行ったら成功します(責任は一切持てんが)。上手く行く時いつもそうだ。実際俺は大学入試の前に、洒落で少しビール飲んで行ったら受かった。友達は「落ちても知らないぞ」と言っていたが。そして上手投げし、もしくはされて出来上がり逆にそれくらいの余裕が持てているときは強い。最近俺へぼいから、こんなことを思い出しては、自分を鼓舞しています。運命に身を委ねてリラックス!道免の友人氏お薦めの椎名誠著『哀愁の町に霧が振るのだ』は男臭く人間臭く焼酎臭くておもしろい。

1/31(月) No.209 

January 31 [Mon], 2005, 12:52

休日、喫茶店をハシゴして、一冊の本を読んだ。とても読み応えがあり、心に残る一冊になった。しかし、自分の存在基盤をも揺るがすような作品とまではゆかず、最後はおりこうさんに本を閉じた。本に限らず、映画、音楽、あるいは日常体験で、体を震撼させるようなものに出会うことは、近頃はめっきりない。それは、経験が増えてゆく中で、「ああ、これは知っているな」と言ったことが、時の中で自然と増えてゆくからだろうけど。そのかわり、今までなら「これはないな」と思える愚劣なものからも、何かを得たりすることができるようになった。価値基準が平均化した分、思いっきり好きなものや、またその逆もなくなったということであろうが、少し寂しいね。まあ、その分、多くの物事や作品から学ぶことができるってことだろうけど・・・。読書後手がぶるぶるして、また映画鑑賞後暴れ出したくて、持て余した感情をぶつけたくて芝居していたんじゃねえのかよ?といった声がどっかから聞こえてきます。一瞬の輝きは誰にだってあるはずだ。しかしそこから続けるのは大変だ。でも、もう一度ぶるぶる震えたくて、しょうがない。なんという愚劣な連中が多いことか。そしてTVに写っているそのトップランナーを見たら、俺だったよ。間抜け面はみたくねえ。ばか者が。すぐに振り返って「ふりだしにもどる。」れ!れ!れ〜!ルーレットを回せ。ちゃんと走れ。

1/24(月) No.208 

January 24 [Mon], 2005, 13:31

自分の心に問うてみてみなければならない。どうすべきなのか。そして、心の声に耳を澄ませねばならない・・・そりゃ大事だね、ちゃんと生きていくことは。でもさ、ちゃんと生きているフリをしているくらいなら、多少つまずいたり、ふらついたりしながらでも、自分の足で、自分の歩きたいように歩くべきだよ。それには勇気がいる。だから大概の人はいい訳をかまして、保身しながら歩く。それでもいいけど、俺は、違う道を目指して、歩き出したんだから、最後まで、自分のやり方を、つらぬいた方が、後悔しないんじゃないかな。そういった生き方は、バカみたいだけど、時として、人一倍の自由と、希望の光みたいなものに包まれることが、あるよね。もしかしたら、そんなことは、もうないのかもしれない。けど、俺は、自分が今まで信じてきた道で、色んな素敵なことや楽しいこと、ぞくぞくするようなスリリングなことを体験してきたんだから、それを、捨てるわけには、いかないんだよな。もう、それは終わってしまったことだとしても、そこで探求する心を、捨ててしまっては、もう、一生、あれを経験することはできないと思う。カタチは変わってゆく。人も変わってゆく。でも、俺の中にある、大事な場所で行われている、活動を、俺は、その景色を、色褪せさせる訳には、絶対にいかない。誰がなんと言おうとも、俺は変わってたまるか。勇気が必要だ。

1/17(月) No.207 

January 17 [Mon], 2005, 14:10

ところで、僕はお酒を飲まない休肝日を毎週水曜日に設定し、これを一年半近くきちんと守っている。もちろん水曜日以外にもお酒を一滴も飲まない日がある場合もある。週日における酒量は綿密に定められていて、これを越えることはまずない。具体的な数値を示すと、一日五百CCの缶ビール一本である。休日はこれの二、三倍といったところ。二年ほど前まで、日常的に結構な量のお酒を飲んでいたお陰で、体重が急増し、腹がたるんできていた。ひどい時期は二日酔いで目覚めない朝がなかった程だ。そのうち体を壊すだろうな、とぼんやり思っていたのだが、酒量を減らせる自信もなかった。だがこの一年ほどで順調に酒量は減り続け、体重も六キロ落ち、現在の状態でほぼ安定している。とはいえストレスは以前より増しているし、あまりパッとした活動のできていない今日この頃ではあるが、僕は僕の中に新しい自分自身を発見している。今までの傲慢さ、客観性に欠いた創作、それをごまかすための力み、発想の柔軟性の乏しさ、非論理的な思考など、多くの現実が一気に塊になって押し寄せ、潰されそうになったけど、なんとか持ちこたえている。酒はそれを忘れるための道具ではなく、食事の一つとして、味わえるようになった。そんな今の生活を、僕は親しみを持って送りはじめている。とりあえず暗いなオレ。中島みゆきも「カーニヴァルだったね」と言っている。カーニヴァルだったね、と言いながらお酒を飲める日まで頑張ろう。いみわからん。

1/10(月) No.206 

January 09 [Sun], 2005, 21:10

喫茶店、映画館、ラーメン屋が好きだ。それぞれに明確な始まりがあって、終わりがある。商品と同時に時間の断片(あるいは幻想)をお金で買う。自慢じゃないけど、東京に住んでいると時間のつぶし方が上手くなる。これは物理的にしようがないことで、その要因として人の多さと移動時間の長さが挙げられる。我々は出先でちょっと時間が空いた時、手持ち無沙汰でダブついた時間に見舞われる。こうした時、街を無闇にうろつき回ったところで、得るものはほとんどない。あるいはウィンドウショッピングも時には楽しい。しかし、そういったアクティブな行動をするには少し疲れ過ぎているというなら、私は迷わず喫茶店、映画館、ラーメン屋のいずれかに入ることにしている。その街に行きつけがあるというのならなお良いが、無いのなら無いで新規開拓する楽しさがある。もし失敗しても金額的にたかだか知れている。そうして、その街その街に自分の縄張りのようなものを形成していく。私のような田舎出の者は、そのようにして自分自身の渇きを潤そうとする。そう考えると、そこらを歩く人間達もほとんどが田舎者なのだから、ある程度親愛の情が持てる。近頃は、酒場に独自の縄張りを広げようと考えている。

お年賀だよ、全員集合! 

January 03 [Mon], 2005, 12:24

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。今年は、本公演があります。時期は未定ですが、決定次第、最新情報をお知らせしていきます。わたしのできることをすべてやって、またすべて捨てて、またすべてをお出しします。しぼり出てくるもの、あふれ出てくるもの、さまざまを混ぜこぜにして、それをろ過したり、蒸留したり、発酵させたり、化学反応を調べたりしている所です。これは孤独な作業ですが、やがて多くの人の手によって、食パン本公演が立ち上がって行くでしょう。今は何を言ってもアマチュアの強がり、もしくはアングラを目指す本当にアングラな人、風呂に入っているのにクサそうな人、そして、本当にただのフリーター、または、文句ばかり言っていて、さらに自分がそうであることに気付いていず、何もやらずにいいわけを言っている人間になってしまうので、何も言わないが(もう言ってるっつーの)←とかいうサブいツッコミをすることが関の山の、さむいさむい人間になってしまわぬよう、一年を過ごしたいものですっていう終わりなき微笑むべき失望に打ち勝つ俺。なあんていう、アングラを気取っている格好悪い俺。そんな一年を目指している、俺を、越えて行きたい俺。信じられるのは、自分の力だけ。微笑んでくれ2005。

No.204 

December 27 [Mon], 2004, 13:57

昨日の女子フィギアスケートで優勝した17歳の安藤美姫選手は、新しいスターですね。近頃ニュースなどで取り上げられているのをよく目にするので、その演技が楽しみでした。やはり四回転ジャンプという、世界中で彼女にしかできないという技の持ち主だけあって、しなやかな体躯でもって繰り出されるスケートィングは圧巻だった。でも、そのあとのインタビューで、結構ギャルっぽいしゃべり方をしていて、やはりまだ高校生なのだな、と思った。むしろ、準優勝の十四歳の浅田真央選手は、中学生とは思えない貫禄で「いい試合でした」と落ち着き払った様子答えていた。しかし、その目の奥には深い輝きをたたえていた。逸材。四十一歳に見えた。ところで、結構みんなコケてました。優勝した安藤選手ですら一回コケてました。やはり、どの世界も厳しいのだなと思いました。本番で四回以上コケていた選手もいて、コケたら泣きそうなわけですよ。でも、応援したくなってしまう。すぐに立ち上がって何事もなかったように笑顔で滑り出す人は、少しこにくたらしいけど、そのくらいの精神は欲しいものだ。いつまでも寝転んでいたって、しょうがないものね。

チョコレートって漢字で「貯庫齢糖」って書くんですって。漢字のほうも何か熟成されていそうで、趣深いです。今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いします。

ジミー&リーヴァイス No.203 

December 20 [Mon], 2004, 18:37

十年ほど前、リーヴァイスのテレビCMで俳優ジェームス・ディーンが出ていたのだが、それにいたくシビレた覚えがある。といっても、ほんの一秒か二秒、洗いざらしのジーンズにTシャツ一枚のジミー(ジェームス・ディーンの愛称)がレンズに向かって、全身で何かを訴えかけているというそれだけのシーンなのだが。それでも中学生の僕にとってこのワンシーンは忘れがたいものになった彼の演技彩り豊かなイメージを僕に喚起させた。彼の一挙手一投足に、その役の抱えている苦悩、煩悩、コンプレックス、そしてわずかながらも確固たる自信、希望、プライドという背反する感情が同時に存在しているように見えた。もしかしたら、作り手としてはそこまで狙っていたワケではないかもしれないが、少なくとも思春期の多感な僕には一瞬にしてそれが見えた。だからこそ今なお、このわずか二秒足らずのシーンが胸に刻み込まれている。記憶というものは、カタチあるどんなものよりも宝物になると思う。それはともかく、あの頃の何事にも身のほど知らずであった自分が、可笑しくもやや羨ましい。最近ジェームス・ディーンのことを知る人が少なくなり、CMにめっきり姿を見せなくなったのは、少し寂しい。

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