東北関東大震災で被災された方々に、心からお見舞い申し上げます。
実は、ししまると私は、両親と一緒に横浜の姉の家に遊びに行っていました。
そして、震災が起こる1時間ほど前に東名高速を抜け、愛知県あたりまで帰ってきており、
通行止めにも遭わず、無事に家まで帰って来れました。
途中の高速で、車が揺れ、すぐ横に見える海の波が高かったので、
「そんなに風強かったかな?」とみんなで不思議に思いながら過ごしていました。
今思えば地震だったのでしょう。
富士川SAまで何十台もの自衛隊の車両と並走していたのに、急に見かけなくなったのも不思議でしたが、
きっと東北関東方面に引き返されたのでしょう。
15時すぎに、携帯のヤフーニュースを偶然見て、東北の地震のことを知りましたが、
まさか横浜も大地震になっていたとは、夕方に姉からのメールで知りました。
さっきまで近くまでいたこと、それに、姉だけを残して帰ってきたことに大きなショックを受けました。
会社で仕事をしていた姉は、ヘルメットを付け、社外に避難したそうですが、その後断水や停電に
なったので、電車も動かず、1時間かけて歩いて会社から家に帰ると連絡がありました。
ケガもなく、無事だったことに安心しつつも、家に着いたという連絡があるまでは、心配だから
今の位置などをメールで連絡し合っていましたが、最寄駅まで着いたというメールを最後に
何度メールしても返事がなく、携帯だけが頼りなので、電話は電池をたくさん使うのでやめとこうと
言っていたので、本当に心配しました。
街灯もなく、真っ暗になっているところで、もしかして、カバンを盗られて連絡できないんじゃないか…
とか、心配で仕方なかったのですが、ニュースで、携帯が使えなくなっているので、連絡が取れなくても
心配しないでくださいと言っていたので、私とししまるは実家から家に帰りました。
朝方、センターに止まっていたメールが何通も届き、無事に家に帰ったとあったので、ようやく安心
できました。
こんな時に、よく治安が悪化すると聞きますが、日本人ってすごいなって思いました。
みんなで協力して、1日も早く復興できればと思います。
私も何かできることと思い、パソコンの電源も入れず、節電に協力しようと思っていましたが、
関西の電力は関係ないと報道で知ったので、パソコンは使うことにしました。
献血は、2週間後くらいがもっと不足するらしいので、その時に協力することに…
今回、姉と数時間連絡が取れなかったことだけで、こんなに心配だったのだから、
まだご家族の安否不明の方々の苦しみに、心が痛みます。
旅行の記事は、しばらく自粛したいと思います。。