LOVE PEACE, NO WAR

March 17 [Mon], 2003, 15:56
LOVE PEACE, NO WAR
 
3月15日平和集会に行ってきた。
 
2月15日は出張で大分に居た。別府駅から会場へ向かうタクシーの中で「アメリカは向こう2週間外交努力を続ける」とラジオで報道しているのを聞いて、いたたまれない気持ちだった。たった2週間?人類はいつまでおろかな戦争を繰り返すのだろう。
 
12年前、そのときアメリカはレーガン大統領、日本は海部首相だったが、あの時もアメリカはイラクに何度も攻撃するぞと脅しをかけ、そして実際に戦闘に踏み切った。イラクのフセインにも困ったものだが、眼前で戦争が開始されたことはショックだった。
 
友人知人誘い合って、海部氏とレーガン氏へのハガキを印刷、「NO WAR」と空色の字を白でふちどりしたアップリケを赤い布に縫いつけ、京都で一番の繁華街四条河原町で宣伝行動をした。せめてもの意思表示だった。
 
そして今回は前回と違って、フセインはクウェートに侵略したわけではない。
 
夜、ホテルのテレビで世界中で反戦の集会とデモが繰り広げられたことを知った。日本でもあったようだが、世界の各地に比べれば少数だった。世界有数の都市、東京なのに。日本人はいったい何をしているのだろう。
 
ひるがえって、私に何ができるだろうか。
 
3月15日に沖縄でも集会があると知った時、ぜひ参加しようと思った。手作りのプラカードもつくった。「NO WARもいいけれどLOVE PEACEのほうが好きだな」と思って、表には「OKINAWA LOVE PEACE」の花柄模様、裏には「NO WAR NO BASE」として葉っぱを散らした。今は自宅の洗濯物干しにぶらさげている。
 
会場で「新聞を見てきた」という知人に合った。前日の会議でも会っていたけれど、お互い集会に行く話はしなかった。組織に属さないものどうしとして、一緒にデモ行進した。翌日の新聞で5500名とあったけれど、もう一桁多くないと、世の中変えていけないと思う。
 
行動しても変わらないのか?でも、何もしなければ、それこそ何も生まれないだろう。いつ、どこであろうと、戦争はいやだ。「平和を愛する。戦争はいやだ」と言い続けていきたい。

次男の卒業2003.3.11

March 11 [Tue], 2003, 13:47
次男の卒業
 
次男がめでたく高校を卒業した。
 
卒業までに進路をどうするか、紆余曲折したが、結局卒業式の日には進路が決まっていなかった。「大学や専門学校へは行かない。働く」それだけが決まっていた。
 
卒業式の2日後「就職情報誌を買ってきて」というので親バカだと思いながら私がコンビニへ買いに行った。それを見て「パチンコ屋がよさそうだ。一緒に面接に行こう」などと友達と電話していたが、相手のほうは乗り気ではなかったようだ。そのうちに「これがいい」と早速電話をかけていたと思ったら、2日後に面接の日が決まった。そして、面接に行ったその日から、そこで働いている。
 
たまたま友人が来ていて「どんなところに行くの」と聞かれてよくわからない私は次男の言うままに「出勤が遅くて、給料がいいんやて」というと「それはまるで水商売や」と言われた。なるほど。
 
次男はおば様方に評判が良い。親がほったらかしにしていても、他人の家でチャッカリ食事をいただいてくるなど、得意だ。
 
そういえば、長男もおば様方に評判が良い。こちらは、今時の若者に珍しく、おば様方ときちんと会話もできるし、町内会の代表で地域運動会のリレーに出たり、豚汁の屋台を手伝ったりと、評判が良い理由はよくわかる。親としても、居てくれれば食事も作ってくれるし、買い物にもつきあってくれるし、なかなか重宝な存在だ。
 
次男はまったくそんなまめなタイプではない。でも、、親にはめったに見せない笑顔がかわいい。「ホストにでもなったら」と他人の子だと思って気楽に言う私の友人も居たが、見た目だけで勤まる仕事ではなし、どうなることかと思っていた。
 
販売の仕事で、水商売ではないようだが、まあ、何で収入を得、どう生きていくのか。親が替わってやれるものではなし、自分で決めてもらうしかない。
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