即興劇2002.12.19

December 19 [Thu], 2002, 16:31
 やりとげた!環境問題テーマに即興劇公演!

12月15日(日曜日)。即興劇『過去の夢・未来の現実』公演が行われた。私が担当するゼミの学生たちが実行委員だ。半年のプログラムで、教職をめざす学生を対象に環境問題をテーマに即興劇をするゼミを担当している。今回、たまたま縁あって羽地さんを指導者にプレイバック・シアター沖縄のメンバーの力も借り、またミュージシャンKuriの協力もあって、学生たちとプレイバック・シアターのジョイント公演が実現した。


1時半開場、2時開演。まずKuriが演奏をしてくれ、場の雰囲気をほぐしてくれる。ふたりの副実行委員長による開会宣言と挨拶の後、学生たちがグループに分かれ『身近な環境問題』をテーマに即興劇。「ペットボトルのリサイクル」「台所から海の汚染」「使い捨てしないこんなファストフード店があったら」と3題続けて演じられた。午前中にウォーミングアップと簡単な練習をしたが、本番は格段のでき。けれど、即興劇の身上はお互いが演じあい感じあうことにあり、見せるだけと言うのはやや無理があるのかとも思う。しかし、引き続きプレイバック・シアター沖縄のメンバーによる環境問題をテーマにした劇は、さすがだった。ここで羽地さんは環境問題で日頃感じていることを会場からつのる。「こういう場になると考えるけれど、日常はまあいいや」という相反する気持ちがだされ、アクターによって表現される。ここで会場からTさん登場。「子どもが食べながら歩いてその包み紙をポイと捨てる。大人も地球上どこでも灰皿という人がいる。何を考えているのか。親の顔が見てみたい」。実際にポイポイ紙を捨てながら語る。この話をもとに羽地さんのコンダクティングのもと、子ども、それを見ていやな気持ちになっている人、子どもの親がアクターに振り分けられ、即興劇が演じられる。さらに羽地さん「じゃあ、ここで4人一組になってみましょう」。会場に戸惑いが走る。けれど、半数は昨日から午前中までたっぷり即興劇に浸かってきているので、その面々につられるように輪ができていく。「4人で、子ども、親、見ている人、ゴミの役割分担してください」の呼びかけに「ただ見に来ただけなのに参加しない自由はないのか」という会話もきかれる。なんの予備知識もなく義理人情で参加した観客が多いだけに戸惑ったことだろう。「分担できましたか?では、それぞれの役の人が集まってください。子どもはこのあたり、親は・・・」。こんどは大きな輪が4つできる。それぞれの役の気持ちを話し合う。再びもとの4人の輪に戻って、それぞれの役を演じあって、感想を語り合った。私もひとつの輪に加わり、親の役をしてみたが、子ども役は気持ちよさそうにポイポイ捨てる。親の声は耳に入らない。ゴミは忙しく駆け回る。見ている人「腹が立つ」ゴミ「忙しい」親「子どもより見ている人が気になる」などそれぞれの気持ちが話される。


前半はここで終了した。環境問題でここまでつなげていく羽地さんはさすがだと思う。


後半は本来のプレイバック・シアター。会場からテラーをつのる。友人のお見舞いに行く時の「久しぶりで嬉しい。でも、病気についてどう声をかけていいのか戸惑う」気持ちがペアーズと言う手法で表現される。「次々やることがあって忙しい」気持ちが、動く彫刻という手法で。課題を達成しようとしてどうもうまくいかず、「まあ、いいか」という気持ちと「次がんばろう」という気持ちがペアーズで。さらに、会場から出てきた話し手が語った二つのストーリーが演じられた。「幼い頃家族と映画を楽しんだ国映館がなくなってしまった」「大きな手術をして再び歩けるようになった時の喜び」。いずれも、Kuriが即興で音楽をつけ、雰囲気を大いに盛り上げる。歩けるようになった時、思わず拍手がおき、目に涙がにじむ。Kuriが最後に演奏を聞かせてくれ、大きな感動をさらに深めてくれた。2時間と少々の公演は、実行委員長の挨拶で終了した。


準備期間は短かった。学生たちはこの日のために、全員で役割分担をし、それぞれの役をみごとにこなしてくれた。前日夕方のプレイバック・シアター・ワークショップへの参加から、当日朝9時の会場設営、練習、後片付け、ふりかえり(反省会)まで。授業の一環とはいえ、本当によくやってくれた。役割分担をした後は、ほとんど私の出番はなかった。学生たちの顔は達成した充実感で輝き、記念撮影にだれもがいい顔で写っている。


ただひとつ、見通しの甘さから観客を十分集めることができず、赤字になってしまった。これは、私の責任だ。初めての取り組みで、ひとつくらい失敗があるのは仕方がないだろう。


私にとっても、学ぶことの多い取り組みだった。翌日はほぼ放心状態だった。


忙しい中、公演に駆けつけ、時間とお金を割いてくれた友人たちに感謝する。最後にワークショップも含めた学生たちの声を一部紹介し、関わってくださったすべてのみなさんに、感謝をささげたい。









 



♪プレイバック・シアターを通し、人の気持ちを即興で演技するということは「相手に共感できる」ことが大切だと感じました。そうすることで、伝える側、伝わる側にもそれぞれの思いが感じられるのではないでしょうか。


♪2日間通してみて、授業とはまた違った形で劇をできてよかった。始めはすごく恥ずかしかったけど、初対面の人たちとも深く話しをすることができ、自分から行動すること、気持ちを表現することの大切さを知ることができたので、よかった。楽しかったです。もうひとつ、音楽は、言葉よりも気持ちを伝えられる部分が多いと思った。感動!!


♪とってもよかった。特に新しい表現方法を知れたことやプロの技術、羽地さんのトーク(感情を聞きだす技術)を間近で見れたことは本当にいい機会だと思いました。


♪いろんな人たちと出会って、コミュニケーションをとることができたので楽しかった。パフォーマンスは緊張したけれど、無事終わっただけで感動!!プレイバック・シアターというものがわかったこと。この経験は絶対ものになると感じた。


♪2日間参加して、すごく緊張し、感動し、本当に良かったと思っています。最後に感動して涙を流しましたが、大学生活で心に残る2日間でした。プレイバック・シアターの皆さまやKuri、先生、そしてゼミのみんなに出会えたことをすごく誇りに思うし、いろいろな話ができてよかったと思います。


♪即興劇を通して私は多くのことを学んだ。まず1つの言葉や気持ちを聞いてもその受け取り方は人によって様々だということ。そして、自分の気持ちを表現してもらった時は自分に対して客観的になれるということ。特に感じたのはプレイバック・シアターさんたちの劇を見て、わずか何分という短時間でも人をこれだけ感動させることが出きるのだということだ。プレイバック・シアターさんたちと観客との間に羽地さんが入ることで舞台と観客が一体になっていたからこそできたことだと思う。


♪この2日間で今までとはまた違うみんなの素顔が見れたような気がします。こんなにステキな人たちとの“出会い”があるとは思ってもみなくて、本当に参加できてよかったです。“プレイバック・シアター”それだけを通じてたくさんの事を学び、感じ、心で受けとめることができたこと。とってもうれしいです。ひとつの事をみんなでやり遂げることの達成感、中学での部活以来久しくて、感激しました。



今回から、文字を大きくしてみました。









 


 


2002.12.2

December 02 [Mon], 2002, 17:07

那覇マラソン体験記

12月1日。那覇マラソンに出場した。

7月に研究室の女子学生たちが出場の話で盛り上がり、ついでに私もさそってくれたので、ついその気になってしまった。もともと乗りやすい性格だから。インターネットで登録して、お金は誰が払いに行くかジャンケンして、2日後には登録完了のメールが来た。そのメールを見て、とても後悔した。胃潰瘍が悪化して、胃の調子がとても悪くなってきていたから、走るなんてとんでもない。それから2ヶ月ほど、胃の調子は悪かったけれど、ぼちぼち良くなってきて、9月末から練習開始。ここで、K監督(小出監督ならぬmy husband)登場。彼はかれこれ10年近いマラソン歴がある。

一生懸命走る必要はない。楽に呼吸ができるペースで、始めは短い距離から、物足らなくなったら距離を伸ばしていく。週に3〜4回走る。トータルで月に100km走る。

最初、4kmを走ってみた。自宅をでて、琉球大学のループ道路を一周して自宅まで。時速7kmぐらい。これなら走れる。何回か走るうちに距離が増えていった。北谷まで走って行って、買い物をして食事して、バスで帰る。これが我が家のレジャーとして定着してきた。最大は14kmぐらい走ったけれど、これは走りきれず途中から歩いた。けれど、10月、11月と目標の100kmを走ることができた。1ヶ月が過ぎてみると体調もきわめて良好。気がつけば時速8kmぐらいになっていた。11月28日から学会出張のため、最後の練習は27日だった。自宅から普天間基地の周辺を1周して自宅まで約13km。これを最後まで歩かずに走りとおすことができ、しかもまだ余力があった。タイムは85分。時速9kmぐらいの計算になる。このとき初めて、「ひょっとしたら完走できるかも」と思った。

一方、教授がつくった寄生虫の写真をTシャツにはりつけ、「寄生虫学講座」の文字も入れて、おそろいのTシャツ完成。私のゼッケンは17566番。

11月30日。午後7時50分羽田発の飛行機で帰ってきて、自宅到着11時10分。疲れた。すぐ寝た。

いよいよ当日。6時起床。眠いけれど、それほど疲労は残ってなさそう。ご飯と味噌汁で腹ごしらえ。サーターアンダギーでさらにカロリー補給。7時出発。K監督と東京から来た鈴木さんも一緒だ。8時会場に着。K監督から最後の指導。「中間点までは、とにかく走る。中間点まで行けたら、あとは食べたり飲んだり歩いたり走ったり、楽しめばいい。」ジャージのズボンポケットに携帯電話とお守りの1000円札(いざというときの資金)を入れる。8時半ごろ軽くストレッチをして整列。同じ教室のメンバーとはすでにはぐれて、携帯で連絡を取り合ってみると、彼女たちははるか前に居ることがわかる。けれどお互いあまりにも大勢の人に囲まれて歩み寄ることもできない。

9時にスタートの合図があったけれど、私がスタートラインを踏んだのはそれから15分後だった。人、人、人。周りどこもかしこも人。自分のペースで進むことは到底無理。スタートライン近くで足を踏まれ、靴紐がほどけて早くも立ち止まらざるをえなかった。天候、晴れ。練習中は水分補給の必要はほとんどなかったのに、5kmの初めての給水地点で早くも喉が渇き、コップを手にした。でも飲みすぎると良くないと思い、ひとくち、ふたくち飲むとあとは手や顔にかける。太陽をまともに受けて、ほっぺたが熱い。5km地点で50分経過。もう少しスピードアップしたいけれど、前には人だらけで、抜かそうとすれば隙間を選ばなければならず、横向けの移動がわずらわしい。学生風の背の高い男性が前の人を抜かそうとしていたのでしばらく付いていったが、すぐ置いていかれた。

10km通過。10時23分。これから15kmまでが快調で気がつくともう15km。携帯の時刻表示を見るのだが反射してよく見えない。となりを走っていた人に「おにいさん、いま何時ですか」ときくと「11時5分前」とのこと。そのおにいさんを軽やかに追い越した。20km地点に到達するまえに、しんどくなってくる。とにかく、走ったことのない距離だから。20kmまでは走ってその後、ほとんど歩いて中間地点。11時40分。足切り時刻まで20分の余裕。ゴールできそうな気配。ここでスポーツ飲料をくれた。これがおいしくて、おいしくて、グーっと1杯飲んだ。走り出すと急にトイレに行きたくなる。飲みすぎたか。「トイレはどこだ」と思いながら走るけれど、なかなかない。男性はキビ畑に駆け込んでいるけれど、女性はそういうわけにはいかない。ファミリーマートの看板が目に入り、ここならと駆け込んだら10人ぐらい並んでいた。もっと、女性用のトイレを増やすべきだし、トイレ設置の間隔も短くすべき。全部で2万人ぐらい走るのだから。けれど、ここでゆっくり休憩できたのは結果的に良かったのかも。

やっと走り出してしばらくすると、「お仲間はどこですか。寄生虫のお仲間は?」と声がかかる。同じ研究室の男子学生のおかあさんだった。Tシャツでわかったからと、声をかけてくれた。「もっと前を走っているはずですよ。探しながら走っているけれど、全然見あたらないから」というと、「このあたりで追いつくと思ったのですけれど」と軽やかに走り去った。25キロ地点で「6000人」と言われた。気がつけば私の周りは16000番代から20000番代の人ばかりだったはずなのに、いつの間にか四桁の中を走っている。1万人も抜かしたのか・・・?係の人が「次の足切り時刻まで1時間」といったので、あと7kmを1時間で走れるか不安になる。かなり筋肉痛がきていた。ここからは歩くことが多くなってきた。お腹もすいてくるけれど、疲れて食べる気にはなれない。沿道の人が差し出すみかんやお茶や黒砂糖をいただきながら(ありがたかった)、水をときどき口に含み、残りは腕と顔にかけて走った。気温は高いけれど湿度が低い分、助かる。中間地点を過ぎると向かい風が強いとも聞いていたけれど、あまりにも周りに人が多いせいか、感じなかった。

30kmに来ると、さすがに誰にも会わないことに不安になる。追いつくのは永遠に無理なのか。携帯で女子学生の一人に連絡をとると「女子3人はすでに中間地点からバスで帰ってきていますよ」とのこと。とすると、どこかで追い抜いたらしい。あまり多くの人で、気がつかずに通り過ぎてしまったのだ。もうすぐ32kmの足切り地点だと思いながら走ったり歩いたりしていると、赤いヤッケを着た高校生が両脇に並んでランナーとタッチをしている。「若い男の子とタッチできるなんで、出場したればこそだなあ」と感激しながら、ここだけはがんばって走って何人もタッチしながら通りすぎる。それにしても、足切り地点はどこだと思いながらまた歩いたり走ったりしていると、35kmまで来てしまった。どうやら、タッチのところが足切り地点だったようだ。37kmあたりで女子学生から電話が入る。「いまどこを走っていますか?」「走ってない。歩いてる。37kmぐらいかな」「すごーい。がんばってください」「まだ時間がかかるし、夫も居るから先に帰ってね」「わかりました」。さらにすでにゴールして待っているであろう監督と鈴木さんに連絡をと思い、鈴木さんの携帯に電話するも留守電。「いま、37km地点をとろとろ歩いています」とメッセージを残す。このときが1時57分。

袋に入れた氷をくれた人があったので、それで顔を冷やしながらずーっと歩いていたけれど、あと3kmの表示を見たとき「3km?始めの練習距離より短い。走れるかも」と走り始めた。するとどんどんスピードが出てきて、ごぼう抜き。ゴール地点近くでは2度もジャンプして本部席にアピールをして、自分でも意外なくらい元気だった。

5時間31分19秒。6572番。これが初出場、初完走の記録。やったー。まだまだ、おばさんパワーは底知れないのだ。おそれいったか。

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