【異色OEMシリーズ】Vol4 忘れ去られた歴史
May 09 [Sun], 2010, 14:42
さてさて相も変わらずのオーストラリアネタです(^^;)
皆さんはWIKIPEDIAという物を御存知でしょうか。
様々な有識者が集って書きあげてゆく電子辞書のような物ですが、重箱の隅をつつく程の詳しい記述に私もよく利用させて頂いております(^^)
今回のホールデンネタもウィキペディアから調べた物が多く、大変重宝していたのですが、そんな中にも「未掲載」の物があるようです。これぞ「究極のマイナーカー」でしょうか。
さて、何が未掲載であったかと申しますと・・・
「ホールデンアストラ」です(^^)b
「記述されてるじゃんか!!」って思う貴方、ウィキペディアをちゃんと見てますね〜〜♪
1970年代以降は、自社開発の大型セダンとその派生車種のほか、欧州・日本のGM系メーカー(オペル、いすゞ、スズキなど)の一部車種をライセンス生産もしくは輸入している。1980年代後半から1990年代前半はトヨタとも提携し、カローラとカムリのOEM供給を受け自社のブランドで販売していた。
こう記載され、現行車種の欄には
アストラ(オペル・アストラの豪州仕様車)
と明記されています。
ここで終わったら「ナンジャソリャ」って話ですが、ここからは重箱の隅をつついて塗膜を剥がして中を見る・・・って事で。
ボブホーク政権の「バトンプラン」の先駆けともなったケースですが、当時の豪州にはVW,オースチン、ルノー、クライスラー、日産、三菱、トヨタなどの国外自動車メーカー工場が乱立しており、唯一の豪州メーカーであるホールデンをも含めて各社の競争が激化していました。
そこで自動車生産の合理化を進める為に開発費用が莫大なるエンジンやトランスミッションを他社から仕入れたり、モデルそのものをOEM供給受けると言った「バトンプラン」へと繋がって行きました。
ホールデンは1986年、日産自動車から当時としては最新鋭エンジンであったRB30E,RB30ET,RB20E等のエンジンが供給され、日産自動車へはGMから4速オートマチックが供給されました。
さて、思いっきり脱線してしまいましたが、実はこの相互OEMの前にもOEMでホールデンに供給されたモデルがありました。
日本名「日産パルサー」
実はこのクルマこそがホールデンアストラの初代ともいえるモデルであり、残念ながらウィキペディアにも記載されていないモデルなのです。
アストラとは元々は同じGM系のボクスホール(英国)で生産されていた小型乗用車であり、日本では「ジェミニ」という名前で販売されていたと言えばお分かり頂けるでしょう。
当初は英国内だけのネーミングであり(オペルはカデットという名称で販売)1991年の名称統合によりオペルでもアストラと言う名称で販売されるようになりました。
さて、そんなホールデンアストラも実は導入されたのは比較的新しく、当初は「ホールデンジェミニ(いわゆるいすゞジェミニ)」を販売しておりました。
しかしジェミニにはセダンタイプとクーペタイプしか無く、マルチに使える小型車を早急に導入する必要がありました。
しかし激戦区での小型車販売は利益率が悪く、背景にはOEM供給を受けて生産コストを抑えようと言う動きとなったようです。
1985年から「新型車」として発売されたものの1986年には母体となるパルサーがモデルチェンジとなり、その後はトヨタ自動車からカローラ(ホールデン・ノバ)をOEM供給受け「初代アストラ」は「歴史に残らない薄幸なモデル」として消えてゆきました。
合唱(><)

何となく「オーストラリアっぽい」感じですね(ハワイっぽいって言ってもいいか^^;)

ホイールカバーは日本での採用はされなかったデザインです

基本的にはパルサーそのものなんですよね(^^)

ヘッドレスト形状は日本の物と異なります(^^)b
どちらかと言うと「アルファロメオ」の印象が強かった2代目パルサーですが、実はこんなモデルも存在した事を覚えておいてあげましょう(^^;)
皆さんはWIKIPEDIAという物を御存知でしょうか。
様々な有識者が集って書きあげてゆく電子辞書のような物ですが、重箱の隅をつつく程の詳しい記述に私もよく利用させて頂いております(^^)
今回のホールデンネタもウィキペディアから調べた物が多く、大変重宝していたのですが、そんな中にも「未掲載」の物があるようです。これぞ「究極のマイナーカー」でしょうか。
さて、何が未掲載であったかと申しますと・・・
「ホールデンアストラ」です(^^)b
「記述されてるじゃんか!!」って思う貴方、ウィキペディアをちゃんと見てますね〜〜♪
1970年代以降は、自社開発の大型セダンとその派生車種のほか、欧州・日本のGM系メーカー(オペル、いすゞ、スズキなど)の一部車種をライセンス生産もしくは輸入している。1980年代後半から1990年代前半はトヨタとも提携し、カローラとカムリのOEM供給を受け自社のブランドで販売していた。
こう記載され、現行車種の欄には
アストラ(オペル・アストラの豪州仕様車)
と明記されています。
ここで終わったら「ナンジャソリャ」って話ですが、ここからは重箱の隅をつついて塗膜を剥がして中を見る・・・って事で。
ボブホーク政権の「バトンプラン」の先駆けともなったケースですが、当時の豪州にはVW,オースチン、ルノー、クライスラー、日産、三菱、トヨタなどの国外自動車メーカー工場が乱立しており、唯一の豪州メーカーであるホールデンをも含めて各社の競争が激化していました。
そこで自動車生産の合理化を進める為に開発費用が莫大なるエンジンやトランスミッションを他社から仕入れたり、モデルそのものをOEM供給受けると言った「バトンプラン」へと繋がって行きました。
ホールデンは1986年、日産自動車から当時としては最新鋭エンジンであったRB30E,RB30ET,RB20E等のエンジンが供給され、日産自動車へはGMから4速オートマチックが供給されました。
さて、思いっきり脱線してしまいましたが、実はこの相互OEMの前にもOEMでホールデンに供給されたモデルがありました。
日本名「日産パルサー」
実はこのクルマこそがホールデンアストラの初代ともいえるモデルであり、残念ながらウィキペディアにも記載されていないモデルなのです。
アストラとは元々は同じGM系のボクスホール(英国)で生産されていた小型乗用車であり、日本では「ジェミニ」という名前で販売されていたと言えばお分かり頂けるでしょう。
当初は英国内だけのネーミングであり(オペルはカデットという名称で販売)1991年の名称統合によりオペルでもアストラと言う名称で販売されるようになりました。
さて、そんなホールデンアストラも実は導入されたのは比較的新しく、当初は「ホールデンジェミニ(いわゆるいすゞジェミニ)」を販売しておりました。
しかしジェミニにはセダンタイプとクーペタイプしか無く、マルチに使える小型車を早急に導入する必要がありました。
しかし激戦区での小型車販売は利益率が悪く、背景にはOEM供給を受けて生産コストを抑えようと言う動きとなったようです。
1985年から「新型車」として発売されたものの1986年には母体となるパルサーがモデルチェンジとなり、その後はトヨタ自動車からカローラ(ホールデン・ノバ)をOEM供給受け「初代アストラ」は「歴史に残らない薄幸なモデル」として消えてゆきました。
合唱(><)

何となく「オーストラリアっぽい」感じですね(ハワイっぽいって言ってもいいか^^;)

ホイールカバーは日本での採用はされなかったデザインです

基本的にはパルサーそのものなんですよね(^^)

ヘッドレスト形状は日本の物と異なります(^^)b
どちらかと言うと「アルファロメオ」の印象が強かった2代目パルサーですが、実はこんなモデルも存在した事を覚えておいてあげましょう(^^;)
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