Serching him between the lines

March 18 [Fri], 2016, 22:02
 
 読んだよと聞いた本の行間に貴方を探し頁を繰る 
 姿なき人の心が知りたくとも
 連理を誓う枝はまだ細すぎて
 貴方が取り組んだ知識の層は厚すぎて
 私は死ぬまで退屈とは無縁だろう
 理解がおぼつかぬ自分の情けなさに涙が滲む
 正答など無い解釈の森の中で
 貴方へ近づく道は本そのものにあるのだと信じて
 閉じた表紙をまた開く

 読書の時間は 祈る心を預けているから
 片翼のみでも空を越えて届いてほしい
 無事を 
 平穏な眠りを
 永き健康を 
 貴方の、あなたなりの幸せを 
 
 そうして、私が岸辺に立った時は迎えに来てほしい
 あるいは 一緒に川を渡ってほしい
 その願いの成就を賭する


Greed for Information

February 22 [Sun], 2015, 22:10

 インターネットは「情報の坩堝」です。但しそれは本当に自分にとって必要なものなのかを取捨選択するという二段階の確認作業の必要があり、その手間と費やす気力と時間の無駄さに疲弊。すべてが中途半端なまま繁忙と忘却の彼方に消え去るのがオチとなりました。

 知名度の高い方の訃報が流れると、必ず反応をしなければならないような気持ちにさせられるのがとても嫌です。
10年程前まで「ご冥福をお祈りします」を省略するR.I.P(Rest In Peace)ということばすらネットで見かけることはありませんでした。デマや出典先の確認の必要のない、確実な情報と一瞥で私が判断可能な確かなネット情報=訃報です。そこでは「自分がその情報を受信し了解した」という意思表示のため、即時RIP的一文を発信しなければならない気持ちにさせられるような強迫が付きまといます。
 ニュースが流れ、即「ああ…」と言った感情を発露することで、その著名人が自分に及ぼした影響(=自分の関心先が著名人を著名たらしめた業界であることを匂わす)をアピールするような軒先借りのハリボテ情報通気取りを感じてしまう、と言っては露悪すぎるでしょうか。勿論そうでない方も沢山居られることを私は知っているのですが、問題は、ざっと見ているだけでは「誰がハリボテで誰がそうでないか」が識別できないということにあります。特に匿名性を高めている人々も多いSNS界隈などは地雷が多く埋まっており、このような対話がきちんとかみ合う事の方が少ない(=炎上)ように感じています。

 現代の「虎の威」とは情報である、と痛感します。欲深になればなるほど、借りた威に食い殺されそう。

 そして、本当に脅威となりうる情報とは、この10月に施行されるマイナンバー制度であり、それにリーチできうる人々が本当の「虎」であることについて、誰も語ろうとはしないのはとても趣深いなと思います。
 
 自分が必要な情報ほど、ネットには無いと思い始めている昨今です。ならばなぜ私はずっとネットに居るのでしょう。密かに密かに小さく発信し続ける事を止められないのでしょう。0と1の渦巻く電脳の海に流すメッセージボトルが、誰かの心に届くことを祈っているのでしょうか。例えそれが共感でもなく、同意でもないにせよ。


Border line

September 08 [Mon], 2014, 21:53

 アーリーティーンの頃から、あり得ない場所に居る人を良く見かけていました。大きな幹線道路の中央分離帯沿い、クルマに轢かれそうな場所にふんわりとした影…というにはくっきりと様子が解るスーツ姿の中年男性、大きな木の真下でメトロノームをさかさまにしたように動く着物姿の女性の足が地についていない、簡単には人がたどり着けない大河の河口に置かれた波消しブロックにできた隙間に入り込もうとしている小さな男の子のズボンとばたつく足。よく利用する高速道路のあるポイントに必ずしゃがみこんで居られる老婆や若い青年。
 雨上がり、視界に一枚薄いオブラートがかかったようなうっとうしさを感じる空気の中ではそんな人たちが私の視界によく入り込んできます。かといって彼らと意思疎通ができるわけでもないし、向こうも此方が自分を見ているとは思ってもいないでしょう。彼らを「霊」といえるのかどうかもわからないのです。すべては私の精神的不安定が見せる幻視かもしれないと考えると”私って見えるんだよね〜”などと軽々しく口にすることは在りませんでした。
 その証拠に、するべきことに集中しながら移動していたり、楽しみなことで気持ちがいっぱいになって高揚していたり、嬉しくて嬉しくて仕方なくてカーステレオから流れる楽曲に合わせて口ずさんでしまうくらい良い事があったりすると、彼らは私の視界に入ることはないのです。本当に”見える”人ならば、どんな精神状態のときであろうと同じようにうつつの向こう側で私たちの日常に存在する人たちを意識することができるはずだからです。
 
 先日、三陸大船渡市を訪れる機会がありました。
 本来民家や商店が建ち並んでいたであろう場所は平野に帰し、緑の草を風がないでゆく地となっていました。3年かけて瓦礫撤去が為され、最近すべての処理が完了したそうです。芭蕉が『奥の細道』を著し、義経を悼むべくその地を訪れた平泉には「夏草や兵どもが夢の後」の句碑がありました。合戦場となった史跡や城跡、たくさんの方がお亡くなりになった場所には独特の圧迫感がいまも満ち満ちています。そのような場所を「ひなびた」と形容することが多いようですが、全然さみしくもなければあかるくもない。1000年の時を経ても尚そこには念というものがとどまっているのだと肌でびりびりと感じます。

 どんな追悼も無力のような気がして、彼らに何をいう事も思うことも出来ずじまいでした。
 「俺らは生かされている、先に彼岸に渡った方々と自分らとの差などないのだとしたら、そこで冥福を祈るもとても大事だが、同じくらい自分たちは前向きに強く生きてくることを誓ってこい」
 そういうことばを私に向けて投げてくれる人が居なければ、私はまた再び狂気と正気のボーダーラインを超えていただろうと実感します。

 私はひとりで生きていけるようになれと言われて育ちましたが、漸く自分の生来の気質として「ひとりでは何の目的も意味も人生に見いだせない」人間なのだと解り、受け入れる事にしました。そうしたら、たくさんの人が自分の周りにいてくれて気遣ってくれたり支えてくれることを感じられるようになりました。わんわんと立ち上るたくさんの気配を目にしながら、草原を駆け抜けて思うことは、わたしを求めてくれる人には全力で返す、それだけです。

Color of the words

August 25 [Mon], 2014, 21:01

 好きなように好きなだけ語る、ということがだんだん出来辛くなってきています。

 積極的に好かれようとも嫌われようとも思って居ないけれど、何かを大声で語る事・目にできる場所に意見を置くことの凶暴性について意識的になればなるほど、ことばが上手くつむげなくなりました。特に、何を読んでも琴線に障り、奏でる音は神経を逆撫でするような不協和音を体の内に抱えているときに出てくる言葉は、耳にする自分自身に嫌気がさす程の荒い、毒の強い、人を病ませることに長けた呪文のようです。

 誰も読むことのない、紙の日記に綴られる文章は自分でも感じていないような本当の自分を映し出す鏡です。書く内容もさることながら、筆致ひとつを見返しても当時のきもちを推し量ることが出来ます。怒りのあまり震えすぎてなんと書いたか解らない単語、疲弊の極地にあり文章自体が意味をなさない内容、跳ねるような文字から思い返して笑みが出る喜びのメモ…自分の字の上手下手を超えて、感情がこもりすぎて心情の再現率の高い筆致に苦笑が漏れます。


 誰かのこころに届く日等きっと無いと思い続けて勝手に自分を綴ってきた日々


 なぜ、誰もが容易に読む事の出来ないノートでなく、インターネットにむやみに日記を公開し続けていたのか、今なら解ります。誰かに自分を許容してもらいたかったから、認めてもらいたかったからなのだと。共感であれば嬉しいし、自分は一人ではないと思える幻想のよすがとなって心を支えてもらえる。否定なら憤る理由を見つけられるし、(顔も見たことすらない)相手の拒絶を受け入れるでなく憎み攻撃する切っ掛けにもなりました。どちらにも利点があったし、どちらにも虚しさがありました。


 インターネットが無ければ、読んでもらえなかったであろうたくさんの人に自分の文章を読んでもらいました。文字で会話もたくさんしました。一期一会の出会いもあれば、20年近くに渡る交友となった関係もあり、それこそ有難い世界だと思います。
 インターネットでは6人のつながりの先を辿れば超大国の首相とも「知己の認識」を互いに得ることは理論上可能だという説を読みました。一方で、一人の人間が普通に生きて会話なりの接触を持てる人間の数は千人から二千人、職業によっては一万人という説もあるようです。私は一体どれくらいの人と「知り合っている」のか、よくわかりません。皆、私の中の良い”思い出”に生きていて、それぞれの方がそれぞれの日々を真剣に生きていることが嬉しく懐かしく、そして未だにこのような場所で独り言を紡ぐしか息抜き先の無い自分の変化の無さに嘆息するばかりです。

 
 あの人の心の内を知ることが出来たなら、私から溢れることばの色は変わるのでしょうか。
 

 

不思議星の住民

August 15 [Fri], 2014, 20:39

 Premenstrual Syndrome(プリメンストゥアル・シンドローム)、Pre-Menstrual-Syndoromeということで、PMS、月経前症候群となまえがつくようになってよかったな、と思います。

 こどもを授かって育むことを意識するよりも前に、結婚をしました。結婚をしたら、子どもが恵まれて当たり前という20年前の日々になつかしさを感じます。当時は月経不順もあり、四季リズムで訪れるものを強引に誘発させたりと四苦八苦しました。結局様々なことがあり、こうのとりを待つことからも降りる決断をして長く過ぎました。

 数年前、からだから始まるで無い恋をしました。その時からずっと、私のお月様はめぐり続けているのです。

 PMSは生理開始から2週間前より始まる、精神的に不安定な症状全般を指して言うのだそうです。
 夫はその状況下に自然とシフトする私を見て「ああ、不思議星の住民になったね」と言います。
 
 私は、努めて静かに穏便にその時期を過ごそうと努力してはいますが、やはり表に出てしまうようです。
 なまえがつくということは、ことばで説明が叶うだけのことわりがあるということなのだから、それをきちんと頭で咀嚼して、自分がそのような時期になったと判断がついたら対応をすべきことだと思うのですが、なかなか上手にできません。

 いつもなら笑って聞き流せることに対して反射的にカッとしてしまう

 車窓を流れゆく景色に対して、かなしくもないのに涙が溢れてしまう
 
 事実とは全く異なるのに、突如、孤独感に襲われて動けなくなるような心持ちになる

 たったひとりの人に向けてのはげしい性欲
 
 
 そっと隠し続けてきましたし、これからもそうする類のことです。
 不思議星の住民になったならば、ことわりを超えて、また地球に戻れる日までしゃがみつづけるしかないのです。
 すべての女性は数か月に一度、不思議星を旅しているのでしょう。男性の訪れることの出来ない、女性だけに許された旅先はどんな色をして、どんな景色なのか、誰も教えてはくれません。天国でないことだけは私の経験と同じだと言えるかもしれません。

 でも、私にとっては毎月の不思議星旅行を導いてくれた切っ掛けは素敵な恋でした。
 たくさん紐解いて、ふんわりと想像してはどきどきしていたお話の世界。
 そこで語られる類の「一生一度」は現実にあるのだと確かめる事ができたから、今があります。

 経済的事情や社会的責任や育てる艱難辛苦といった回避する理由に事欠かない現代で、この人の子どもがほしいという嵐のような感情から逃れられない強い想いが、どんな治療やクスリよりも的確に女性としてのリズムを刻み始める動機になったことは、子どもをほしいと思えなかった時間がとても長かった自分にとっては心底驚くことでありました。

 思い返せば自然と溢れる涙と埋めようのない孤独感に比肩するほどのたからものだと、不思議星旅行の最中は毎回確認できること。
 人ならぬ道を外した者と責められるのでしょうが、私とその方は触れあったことはおろか、直接お会いしたことも一度として無いのです。こうやって文章にしたためれば、私はメンタルヘルスに問題のある人間として映っても仕方ないだろうというくらい、変な話です。
 
 それでも、自然のみちびきに従って夫に八つ当たりをせずにいる、その抑止力としての秘めるべき恋は確かに存在したのだということを、毎月のPMSの訪れとともに実感するのです。仮定にすぎませんが、もしもその方と逢えたなら、私はどうなるのかわからないなぁと、憂鬱な中に笑みが漏れるのです。それが暗雲多き未来に対する、一条の光となって私を前向きにさせていることも、不思議なものです。
 

10years

August 10 [Sun], 2014, 17:29

メールが着信していたので何事かと確認。
04年に登録したままのサービスが残っていることが分かり、改めてチェック。
ありがとうございます、容量を貸したままでいてくれて。
そしておめでとうございます、10年サービスの継続の維持がどれほどに大変か。

しずかにしずかに
少しずつまた何かを紡ぐことが出来るなら
気付く人の居る限り 覚えていてくれる人が居る限り
その人に向けて近況を伝えていこうと思いました。


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