仏教から見た「死んだらどうなるか」I 

June 27 [Sun], 2010, 11:40
 仏教では、はかり知れない地下の底に等活地獄があると説かれている。
 この地獄に堕ちた罪人達は、どうしたことか、互いに顔を見合わせると憎くなり、つかみ合いのケンカを始める。鉄のツメで相手をひっかき、鮮血はあたりに飛び散り果ては肉もなくなるまで争う。白骨だけが残ると、そこへ獄卒がやってきて骨を微塵に砕く。トタンに一陣の凉風が吹いたかと思うと何処かで「活!! 活!!」と叫ぶ声がする。
 この声を聞くと粉々になった骨が何時の間にか、くっついて元の骨組みになり、辺りに飛び散っていた血肉も忽ち、元の身体になる。元の身になると、また、鉄のツメで引っかき合って、苦しみが絶えることなしと説かれている。
 我々の心の無底の底にある、等活地獄の業相を教えて余すところがない。自己を内観すればする程、その適切な表現に慄然とせざるを得ないではないか。
 亭主が、したゝか酒を飲んで、夜おそく帰ってくる。女房はフテ寝をして、タヌキ寝入りして起きて来ない。亭主は酒の勢いで「オイ、開けんか」と玄関の前で怒鳴り散らす。 隣り近所の手前、しぶしぶ起きてきた女房と、一言二言いゝ争ううちに、ハデな大ゲンカが始まる。ところが、これで夫婦別れをするのかと思うと、翌朝は二人ともケロンとしている。
 家庭の中では夫婦生活が空中分解し、親子が対立し、職場では労使が、いがみ合いそれが遂には南北ベトナムの血戦にまでなっている。 因果応報
 車輪が際限もなく転ずるように、こう言う六道輪廻をくり返しているのが、仏教から見た我々人間の実相なのである。