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懐かしの寝台急行「銀河」

 寝台急行銀河号は、東京と大阪の間を結ぶ夜行列車でした。東海道本線を横浜、名古屋、京都経由で結ぶ寝台急行列車でした。東京・大阪間の寝台専用急行列車は、「銀河」だけが残っていました。戦後の混乱がまだ残っていた昭和25年に日本で初めて急行列車に名前が付与された伝統のあるのが銀河号でした。
 銀河号を往復で利用すれば、関西圏からは、朝一番から夜遅くまで東京ディズニーリゾート(東京ディズニーランド)・お台場観光ができます。東京圏からは、ユニバーサルスタジオジャパン(USJ)や大阪展望台巡りで遊ぶことが可能です。古都京都の観光のアクセスにも使えます。東京、品川、横浜、大津、京都、大阪などへの出張にも、時間を有効に使えます。始発の新幹線では間に合わない場所や最終新幹線に間に合わないような場合にも便利な列車でした。ホテルに泊まった方が快適かもしれませんが、ベッド、枕、毛布などが備えられており、寝ている間に目的地に到着できるのは、夜行列車でしか味わえない醍醐味でした。懐かしの寝台急行「銀河」!!

下り銀河
東京(23:00)→品川(23:08)→横浜(23:26)→大津(6:33)→京都(6:43)→大阪(7:18)

上り銀河
大阪(21:53)→京都(22:57)→大津(23:09)→横浜(6:18)→品川(6:35)→東京(6:42)

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寝台急行「銀河」の沿革

・1949年(昭和24年)6月 国有鉄道の運営が、運輸省から公共企業体「日本国有鉄道」へ改められる。
・1949年(昭和24年)9月 大規模なダイヤ改正により、 東京駅〜大阪駅間で運行していた急行15・16列車に「銀河」と命名。これは急行列車では初の列車愛称であった。 新しく命名された「銀河」は、この改正で三等車を廃して一・二等車のみの“名士列車”編成となり、最後部には銀河をかたどったバックサインを掲げていた。しかしまだ三等車の混雑がひどい時代で、「銀河」は利用率が悪く常に短い編成でガラガラの状態で走る有様となったため、運転開始9日目には三等車が連結されるようになった。
・1950年(昭和25年)10月 前年に引き続きダイヤ改正により、「銀河」の運転区間が東京駅〜神戸駅間に延長。
・1956年3月20日:「銀河」、三等寝台車が連結される。
・1964年(昭和39年)10月 東海道新幹線が開業。
・1967年10月1日:ダイヤ改正により「銀河」、寝台列車化される。
・1968年(昭和43年)10月 ダイヤの大改正が行われ、「明星」は「銀河」に統合され、「銀河」は2往復となる。
・1975年3月10日:ダイヤ改正により、「銀河」は実質1往復削減の1往復のみになる。
・1984年2月1日:ダイヤ改正により、上り東京着が長年続いた朝9時台から現行のダイヤである朝6時台に変更。上り大阪発も若干早まる。
・1987年(昭和62年)国鉄は民営化され、JRとなる。
・2008年(平成20年)3月 寝台急行列車「銀河」、利用者の減少に伴い廃止される。

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寝台急行「銀河」 ラストラン(3月14日)

 寝台急行「銀河」とは、東京駅〜大阪駅間に運行されていた急行の夜行列車で、JR西日本が東海道本線経由で運行していた寝台急行列車です。1986年のダイヤ改正以来、一度も変わっていない伝統ある夜行列車です。
 全車両が開放型の寝台車(A寝台・B寝台)で、ブルートレインと呼ばれる寝台特急と同じ青色の車両を使用していますが、銀河は急行なのでブルートレインに含めないのが通例です。とはいえ、車内設備などは特急と全く遜色はありません。
 上り下りとも、新幹線の終発より遅く出発し、出発駅からの新幹線の始発より早く到着するようにダイヤが設定されています。(東京23:00発→大阪7:18着、大阪22:22発→東京6:42着)ちなみに新幹線の最終ですが、下り東京発新大阪行きが21:18、上り新大阪発東京行きが21:18のどちらものぞみです。
 また、特急ではなく急行列車として存在してきたのは、東京−大阪間が556.4kmしかなく、特急らしい速度で運行してしまうと、始発/終着のいずれかが有効時間帯から外れてしまうためです。
 しかし時代の変遷とともに、並行して運行されていた急行列車の改廃が進んだ結果、今では東海道線内のみで運行される唯一の寝台列車であると同時に、東海道線内のみで運行される唯一の急行列車という、二つの寂しい肩書きを背負うこととなっていました。
 そして、2008年3月15日のダイヤ改正に伴い、2008年3月14日発(始発駅基準)の運行をもって廃止されました。

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