四角都留造の場合  シーン 7

2006年10月23日(月) 20時25分
「……本題に入ろう」都留造は近くの椅子を引き寄せて座った。「これ、まだ他のヤツには内緒なんだけど……俺、資格を取って独立しようかと思うんだ」

「独立? お前、それってもしかして」徳井が魚のように丸い目をして都留造を見つめた。「会社を辞めるってことか?」

「ああ。そういうことになるかな。俺さ、今まで会社のために忠実に働いてきて、会社も俺のことを信頼してくれていたと信じていたんだ。でも、それは俺の幻想だってことがよくわかったよ。馬鹿正直な俺を、会社はうまく使っていただけだったってことがよくわかったんだ」
 都留造は下を向いた。椅子の座面が破れているのが目に入った。中綿がこぼれかけており、都留造の惨めな姿を映し出しているかのようだった。
「なんかここにきて目が覚めた、って感じだ。今回の人事異動で、そのことがよくわかったよ。まったく、いい年こいて世間知らずのお坊ちゃまだったってことさ」

「どうでもいいけど、四角」徳井が眉をしかめながら椅子に座った。いつのまにか右足の靴下を履いていた。「椅子の中綿をほじくり出すのはやめてくれないか。後の掃除が大変なんだよ……ま、そういうことだったのか。なんだ、もっとはやく相談にくればよかったのに。悩みを自分ひとりで抱え込んでいるのは、お前の悪いクセだぜ。なかなか直らないなあ。俺の水虫といい勝負だ」

「……俺は水虫と同レベルか……」都留造ががっくりと肩を落とした。「ま、それはおいといて……話を戻すけど、徳井、お前が資格のプロだってことがわかってほっとしたよ。相談に来た甲斐があったってもんだ。実は、俺が知りたいのは、何の資格を狙ったらいいか、ってことなんだ。徳井、俺って、お前から見て、どんな資格が合っていると思う? 自分ではよくわからないから、客観的に判断してほしいんだ」

「お前に向いてる資格? なるほど、そういうことか。つまりは適職を助言してほしい、ってことか」徳井が水虫の薬のフタを閉めながらうなずいた。手に付着していた薬の残りを上着の袖にこすり付けて拭った。「四角よ、ここは焦っちゃいかんぜ。こういうことは一生に係ってくる問題だ。慎重にことを運ばないといけない。とは言っても、要はお前の得意分野や性格から判断するのが確実なやり方なんだけどな。ときに四角。お前、泳ぎは得意か?」

「は? 泳ぎ?」予想もしなかったワードに、都留造が首を傾げた。「泳ぎって……そりゃまあ、普通程度には泳げるけど。でも、それがどうかしたのか?」

「そうか、泳ぎ、得意か。そりゃあよかった」徳井がポンと手を打った。「四角、喜べ。いい職業があるぞ。海士さんだ。海にもぐって魚や海藻を採る仕事だ。なんなら、ウチのばあちゃんを紹介するぞ。瀬戸内海の田舎に住んでいるんだが、万年人手不足で悩んでいるらしい。お前のような若者が来たら、ばあちゃん、泣いて喜ぶなあ。俺も人助けができて、泣くほどうれしいなあ。よかったよかった」

「……あのね徳井」都留造がぽつりとつぶやく。「ふたつ、質問があるんだけど、答えてくれるか? 一つ目は、俺の得意分野や性格から、どうやったら海士さんが出てくるんだってこと。二つ目は、お前、手についた薬、いつも服にこすり付けるのか?」


     ( 続 く )


本日のポイント : 自分に向いている資格って、案外、他人のほうがズバリ言い
           当ててくる場合もあります。耳を傾けてみるのもいいかも
           しれません。


        注:上記のような特殊なケースは除く(汗)
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