虫愛づる姫君おほふ蜃気楼 

2014年03月07日(金) 1時13分
『魂魄』、『魂』とは精神を支える気、『魄』とは肉体を支える気である。私は『魄』を盛んにすべししか。

サーカスのピエロを連れて梅見かな 

2014年02月21日(金) 3時03分
2月19日(水)の書道教室は先生とのマンツーマンであった。習い始めて2年近くになるが基本的な線が書けないことを告げる。師は『字は肝つまり丹田で書く』、『息を吐きながら書く』とのたまう。臍下3cmに丹田はあり。なにやら人生訓めいてくる。
何事にも動じないこころについて考えながら夜道を帰る。夜明かりに聖護院が浮かんでいた。

伸びるほど白さ増したる粥柱 

2013年03月22日(金) 12時59分
今年もはや3月も末近くになってしまった。持続することが当たり前だった頃から次第に億劫になって来ているのは老いつつあるかなと思っている。1月から急いで振り返りつつ。
元旦は長男唯史と智子さんの入籍届に付き合う。午後は朋子さんの実家に呼ばれ、ご両親と新年の挨拶を行なう。おせち料理も頂戴しつつ歓談した。帰りに唯史とスーパー銭湯に行く。
2日京都に戻る。3日は恒例の初歌会件初句会を虎時さん、登貴さんのお手配で「源八寿司」で行なう。令さん、愛(男性)さんの五人であった。短歌3首、俳句10句を作る。良い会であった。
6日(日)城南宮から朱雀大路を歩く。26日友人と「朱雀大路を歩く」会の下見である。時間配分がなかなか難しいかなと感じた。
11日(金)魚村短歌教室参加のために大阪に行く。久し振りである。
12日(土)人間ドックに行く。胃カメラ検査で異常があり、良・悪性の判別は後日連絡すると言う。私は医師、看護師に悪性の場合に直ぐ連絡するように依頼する。午後は「錦句会」に参加する。この日は飲酒を禁じられていたので飲めないのが辛い。詳しいことは言わず、句会を進めたが楽しめなかった。
15日(火)かねてより約束していた直子と夫大輔君の3人で茨木「あじ豊」に行き、てっちりコースを堪能する。
19日(土)俳友のKNさんと奥琵琶湖北の余呉に吟行する。湖西線で琵琶湖を右に見ながら進む。堅田から銀世界になる。余呉駅から余呉湖を二人で一周する。途中の食堂でワカサギ定食を食べる。美味である。当日・雪鬼の怒れるものか余呉の湖、など20句を作る。
23日(水)書道教室の新年会を四条麸屋町上る京料理「京四季」で行う。男性は私のみ。女性トークに加わる。料理に舌鼓を打ちつつ和やかに歓談する。帰ると健康診断結果表が送られていた。結果は悪性ではなかった。安心した。直ぐにアフラックのガン保険に「先進医療特約」を付けるべく動く。
25日(金)直子が勤務終了後、久し振りに立ち寄り二人で近くの中華店「竜宮飯店」で食事をする。
26日(土)「朱雀大路を歩く会」の日である。行程は京都駅正面広場前(バス停付近)・但し京都在住の方は竹田駅北口改札口10時半集合◎経路 京都駅屋上から朱雀大路眺望⇒10:24近鉄竹田駅10::29⇒安楽寿院・白川天皇陵⇒城南宮⇒鳥羽離宮跡公園⇒道標・鳥羽伏見戦跡碑⇒小枝橋(鴨川)⇒恋塚浄禅寺⇒羅城門跡⇒六孫王神社⇒梅小路公園(休息)⇒島原角屋⇒島原大門⇒東鴻臚館跡碑⇒壬生寺⇒八木邸・旧前川邸⇒朱雀門跡碑⇒大極殿遺址(千本丸太町)である。参加者は学生時代の友人田中さんら3名、会社時代の友人檀上君1名、俳句友人黒田さんら3人、短歌友人大石さんら2人、合計10名。打上げは虎時、登貴さんも加わり12名で「源八寿司」さんで行なう。皆んなが和気藹々と歓談しているのを見るのが何より嬉しい。
30日(水)、月曜日から体調が悪く、川村病院に行くとインフルエンザA型に罹っているとのことでタミフルを処方された。直ぐに回復する。
31日(木)直子が泊まりに来る。「鶏ムネ肉のトマト煮」を作ったが好評であった。


  
京都駅大階段       白河天皇陵         梅小路公園

  
余呉湖            余呉             余呉駅

  
京四季            同              同

冬雷や梵天王の耳深く 

2013年01月10日(木) 4時10分
12月15日(土)恒例のトレールメンバーによるウォーキングを京都から大阪に場所を移して行った。「熊野街道を歩く」題して「僕も私も後鳥羽院」。午前10時に京阪電車天満橋駅改札口に集まる。今回の参加は8名、初参加は大学時代の先輩Y氏と俳友のRさんである。後は旧知の方々である。経路は八軒家船着場跡⇒窪津王子(座摩神社行宮)⇒坂口王子(朝日神明社跡)⇒上野王子(上之宮台ハイツ前)⇒四天王寺南大門(熊野権現禮拝石)⇒天王寺駅⇒安倍晴明神社⇒阿部王子(阿部王子神社)⇒万代池⇒住吉大社であった。打上げを住吉神社駅前の店で行なう。私はマッコリで酩酊状態となる。この道は一昨年行った道なので上手く案内できた。俳人4人は京都で句会と相成った。10句を出した。
16日(日)やまとの湯で寛ぐ。回数券11枚綴りを初めて購入した。17日から20日は雑事をこなす。
21日(金)西大路ウォーキングクラブの二人がワインとチーズ、ハムを携えてやってくる。私は食事をもてなす。題して「西京極膳」@牡蠣のマリネ、Aパプリカスープ、B鮭のトリフオイル、C牛しゃぶしゃぶ、であった。喜んで貰った。ワインと料理に随分酔ってしまった。良い忘年会であった。Kさんは自然に後かたずけをしてくれる。感謝の極み。
22日(土)錦句会である。この日も10句作る。23日(日)やまとの湯で寛ぐ。
24日(月)俳友Rさんの呼びかけで嵐山猿山吟行に参加する。初めてSさん、俳句結社主宰H氏とご一緒する。ニホンザルの毛並みのふさふさした状態に驚く。猿山の中には日本人より外国人の方が多いと感じた。外国人には秘密のルートがあるらしい。嵐山駅前の喫茶店に場所を移し吟行句36句を出した。
25日(火)唯史の入籍手続きのために東淀川区役所(淡路出張所)へ戸籍謄本を取りに行く。26日(水)本年最後の書道の日である。先生曰く「やはり一杯書かなくちゃ、書道三昧しなければいけない。」なるほど「三昧」とはいい言葉である。仏教では禅定によって精神の集中が深まりきった状態のこととある。サマーディ(Samdhi)の音訳。
27日(木)直子の結婚後初めて新居に招かれる。2LDKの新築ハイツである。直子の手料理を二人で食べる。仕事と主婦業を彼女はこなさねばいけない。二人うまくやっているように感じて帰宅した。
28日、29日と福岡に行くための準備をする。
30日(日)福岡に行き、天神で唯史と落ち合う。天神のレストランビルにある博多魚家「すし磯貝」を案内してくれた。魚が新鮮で美味い。値段もリーズナブル。伊勢エビの刺身、何と1800円也しかも伊勢エビの味噌汁2人前付き。
31日(月)大晦日を唯史、智ちゃんの3人で迎える。NHK紅白歌合戦を見ながら「婚姻届」の証人欄に記載する。書類が書き終わったところで三人で乾杯のシャンパンを開ける。美味い。婚姻届を掲げた二人を写真に納める。


  
四天王寺熊野権現遥拝石  嵐山のニホンザル  すし「磯貝」の伊勢エビ

綿虫のゆらと落ち行く帝都かな 

2013年01月10日(木) 3時04分
12月8日(土)は大輔君と直子の宮崎神宮會館での披露宴である。新郎側からは大輔君の母上が神戸から来てくれた。私の親族と亡妻の親族が遠くは沖縄、大阪、福岡から宮崎に来てくれた。私の母にとっては今回は6度目の孫の結婚であり、義母にとっては初めての結婚式であった。ウェディングケーキは弟の店からサービスして貰った。二人のケーキ入刀の後の弟によるケーキの取分けも見所の一つだった。義母も母も喜んで食欲も進んでいる。二人にとって今回の披露宴(パーティ)も3回目とあって、昨日の司会者と会場スタッフとの打合せ1回だけで進行はスムーズであり心地よい。各テーブル代表の家族紹介スピーチも和やかで良かった。余興も良かった。奈津ちゃんと早紀ちゃんの「ハナミズキ」、弟の「やっぱ好きやねん」、息子唯史と智ちゃんの「バンザイ 好きでよかった」、定昭さんと辰夫さんの「骨まで愛して」と大いに盛り上がった。直子の手紙も良かった。私の娘に対する手紙を司会者の方が変わって読んでくれたがそれが良かった。式後、皆んな良い顔で記念写真に収まった。二次会は小松台の我が家で行ったが皆んなが来てくれた。楽しい雰囲気で皆んな幸せな顔をしていた。
9日(日)宴の後、大輔君、彼の母上、直子は10時過ぎの全日空機で大阪に帰って行った。私は3人を空港に見送った後、唯史、智ちゃん、姉、母と合流して5人で養白寺に亡妻を参り、その後宮崎観光ホテルのステーキレストラン「みやちく」で宮崎牛を味わった。そして唯史と智ちゃんは福岡に帰って行った。
10日(月)夕食を妹夫婦、母の4人で海鮮茶屋「うを佐」で行い歓談した。食後妹宅で寛いていたところに姉が合流した。
11日(火)友人奥平君が昼前に来てくれて二人で「青井岳温泉」に行く。私のお気に入りの温泉である。肌がなめらかになる。彼とゆっくりと湯に浸って話し合うのが至上の喜びである。その後弟の店まで送って貰う。店は多忙を極め皆んな忙しくしているのも嬉しい。合間を縫って弟と「さといもラーメン」に行く。夜は姉、母、妹の4人でイタリアンレストランに連れて行って貰う。姉にご馳走になった。
12日(水)京都に戻る日である。妹が空港まで送ってくれた。空港内のレストラン「夢かぐら」で二人でしばし話し合った。母は最近から週3回ディサービスに通っている。少し陽気になり声にも張りが出てきた。母のことをよろしく託す。一人京都住まいをするのも心苦しく感じてしまう。1時40分発の全日空機で伊丹空港に戻ってきた。
13日(木)ヤマダ電機にキャノンインクを買い行き、ライフに食材を買った以外は家にいた。
14日(金)1時からの魚村晋太郎さんの「短歌講座」を受講するために大阪に行く。受講後2時半に京都へ戻り京カレッジの「人間と宗教」を受講する。自宅に戻り7時半から西大路ウォーキングクラブのKさんと二人で五条葛野大路から五条、御池を経て五条西大路でKさんと別れた。


  
鵜戸神宮          披露宴           ウェディングケーキ

玉敷の都にひらり雪螢 

2013年01月08日(火) 1時26分
12月1日(土)料理の日を決め込んで、ブリのしゃぶ風を作る。ブリの生臭さを如何に消すかがポイントである。
2日(日)諸事を行なう。宮崎のガス、電力、水道料金の支払いをコンビニエンス・ストアで済ます。また久し振りにクリーニング店に行く。
3日(月)俳友Nさんと下鴨神社で待ち合せる。鴨長明「方丈記800年記念展」の招待券が手に入ったとのことで吟行と相成った。下鴨神社へ行く途中に私は鴨川の川原に降りて置石の亀石を渡った。元の水かどうかは分からないが、流れが早くしかも深い。Nさんと会い、まず河合神社へ行く。ここに方丈庵が再現されているが中々昨日的で真ん中の囲炉裏も心地よい。折りたたみ式で何処へでも持ち運び可能となっている。木漏れ日の美しい糺の森を通って下鴨神社境内へ行く。そこでスタジオジブリ「定家と長明」原画展をじっくり見る。大炊所、御所車を見て、同研修所の「方丈記・式年遷宮特別展」を観覧する。方丈記を堪能して下鴨神社を後にした。食事は四条烏丸近くの「前田珈琲本店」に行く。スパゲティを頼みそして私はビールを別に頼む。店内には異国からのサンタクロースがいてお客さんと記念撮影などをやっている。面白い光景である。場所を近くのCafe VELOCEに変え俳句バトルに移る。Nさんと携帯メールを使い交互に作句してゆく。スタートは4時5分、エンドは5時半。双方20句づつ計40句が完成したところでNさんと別れた。
4日(火)終日家にいる。5日(水)書道教室へ行く。習い始めてもう9ヶ月ほど過ぎた。
6日(木)宮崎での直子の結婚披露宴のため帰郷する。バスで市内まで行き、行きつけの天婦羅「江戸ッ子」で食事をする。主人としみじみ話しているところへ新たなお客が加わり随分話し込んだ。互いの子供のことなどで盛り上がる。
7日(金)直子、大輔君、彼の母上を迎えに宮崎空港に行く。レンタカーを借り大輔君の運転で日南海岸を観光してゆく。堀切峠に感激して貰い、鵜戸神宮へ参拝した。運玉を岩穴に投げ入れ無事入ると幸運が得られるのだが見事大輔君の母上が命中した。神戸から来られた甲斐があった。昼食を「港あおしま」で取る。伊勢エビの刺身を注文して勘定は彼の母上が払ってくれた。満足して自宅へ戻る。披露宴会場である「神宮会館」に二人は向い母上はホテルに向かった。打ち合わせを終えた二人と母上が我が家に集まり、自宅で寛いだ戦場坂の後焼鳥「恵屋プラス」で夕食を取る。直子と母上は先に帰り、最後は大輔君と二人だけ残り飲み直す。私は「シダックス」に誘いカラオケを交互に歌い続けた。11時頃帰宅した。


  
糺の森            同              同

冬麗の父の燻らすジタンかな 

2013年01月07日(月) 2時20分
16日(金)午後1時からの魚村晋太郎さんによる短歌講座を受講するため大阪梅田へ行く。久し振りの大阪だ。日に日にこの界隈は変わって行く。変わっていないのは地下街の阪神百貨店地下食品街とその通り、全国物産土産物店、もっともここも閉店が相次いでいる。西梅田界隈の飲み屋街などである。さて短歌受講者によるメールによる歌仙も佳境を迎えている。OEさんと私のデスマッチの様相である。講義を受講し終わると大急ぎで京都駅へ向う。この日は生憎JRが遅れ、キャンパスプラザ京都での講義に数分遅刻してしまった。本日の講義は「金子みすゞ」であった。彼女の人生と作品に触れてゆく。味わい深い。平易な言葉を使いながら新鮮な驚きと感動がある。
17日(土)はかつての会社の方々と名阪チサンカントリーGCでプレーである。朝8時過ぎのスタートであり阪急南茨木駅で待合せを檀上君と彼の友人と待合せて車にのせて貰う。名古屋方面から山内君とクラブで落ち合う。楽しいメンバーである。雨中のプレーとあって中々思うに任せないが陽気に歓談しながらのプレーは何にも代え難い。帰りに山内君と檀上君から娘の結婚祝いを頂戴する。恐縮するやらご配慮に感謝する。自宅に帰る。7時過ぎに西大路ウーキング仲間のKさんがワインを携えてやって来た。宮崎からの土産を渡す。しばし二人でのんびりとワインとツマミで歓談する。美味いワインで私はぐいぐい飲んでしまった。このような付き合いも心地良い。
18日(日)、19日(月)、20日(火)と自宅で過ごす。つかの間の休息である。
21日(水)俳友のNKさん、HRさんと三人で鴨長明が隠棲した方丈庵跡を訪ねに日野に向う。地下鉄石田駅を降りて緩やかな坂道を登って行く。三人での吟行も久し振りだ。途中で日野誕生院に寄る。信者や観光客で賑わっている。東京から学生がバスで駆けつけていた。授業の一環の様子。庵跡地へは尚進まねばならない。坂道も険しくなってきた。谷間の巨大な磐座が見えてきた。この上に庵があったと言う。しばしここで休息する。ここに佇んでいると人間が住むには方丈あれば充分だということである。人は一旦手に入れた物を終止我がものとしようとして場所を拡げて行く、捨てることが出来ない。死んだ途端に不要のものとなってゆくのに愚かなことだ、などと感じ入ってしまう。手頃な場所で弁当を食べる。帰りに萱尾神社に寄る。紅葉が美しい。三人で感嘆する。ここから醍醐寺まで歩くことにする。一言寺に寄る。閑静な佇まいの寺である。ここの紅葉も見事である。ここで銀杏の実をRさんと一緒に買う。醍醐寺の「時雨茶屋」でしばし寛ぐ。二人は珈琲、私はビールを飲む。三条駅に戻り喫茶店で句会を行なう。・枯蓮や女人の沈む沼の中、など10句を作る。午後7時過ぎに散会し、私はコインロッカーに預けていた書道セットを抱えて教室に向かった。
22日(木)オランダからマーテン君がやってくる。ほぼ半年振りの再会である。この間彼は父上を亡くす不幸にあっている。お悔やみを言う。盆栽、道具の買入れのため来日し仕事を終え京都に寄ったとのこと。
23日(金)直子も来てマーテンを交えて三人でしゃぶしゃぶを食べる。直子のハワイでの結婚式の写真で盛り上がる。ヨーロッパの人はハワイに行くことは滅多にないらしい。
24日(土)泉涌寺界隈で行われている「紅葉まつり」という窯焼きを見に行く。私はすっかり泉涌寺窯と清水焼に嵌ってしまって随分買い込んでしまった。4つの窯で小皿、小椀、大皿を買い込んだ。かつて会社京都支店に仕事をしたIさんら3人に偶然会ったのは驚いた。一緒に写真を撮った。本日は句会である。烏丸駅近くでマーテン君と待合せ、彼を連れて句会に臨んだ。
25日(日)本日は昼に直子の夫大輔君の親族との顔合せのため神戸ベイシェラトンに行く。10名程のメンバーで穏やかな和気藹々とした良い会合であった。帰宅してマーテン君と寄せ鍋を食べる。
26日(月)マーテン君が風呂に行きたいというので久し振りに島原「誠の湯」へ行く。帰りに「すし市場」で回転寿司を食べる。彼はマグロが美味いと言ってしこたま食べていた。トロではなく赤身であるのは幸いだが、でも随分食べ私の想定予算を遥かに越えてしまった。27日(火)朝早くにマーテン君は帰国するとあって京都駅高速バスセンターまで送る。
28日(水)風邪を引き書道教室も休む。29日(木)やまとの湯で寛ぐ。
30日(金)キャンパスプラザでの講義の帰りのエレベータで女性に話しかけられる。東京から講習会にこられたというHさんという方であった。聞けば「本日9時半の新幹線で帰るのだが、その間紅葉が見たいが何処か言いところがありませんか。」と言うことだった。今の時間が5時過ぎである。私は京都検定2級!?の実績で時間内の観光コースを見定め一緒に案内することにした。初めて会った方であったが親しく話した。鎌倉在住とのことであった。河原町→高瀬川→先斗町→鴨川→南座→目疾地蔵→一力茶屋→花見小路→祇園お茶屋界隈→安井金比羅宮→八坂の塔(法観寺)→高台寺→ねねの道→八坂神社→円山公園→知恩院→出雲の阿国像→鴨川→木屋町→四条通→四条駅を案内し四条駅地下の喫茶「Stazione」でビール、スパゲティで歓談する。京都駅に送り別れた。鎌倉へ来られるときには案内しますと言われる。京都には思いもかけない出会いがある。やはり京都は面白い街である。

  
萱尾神社の紅葉      一言寺の紅葉       醍醐寺三宝院の紅葉


銀匙に冬蝶の蜜落としつつ  

2012年12月26日(水) 0時11分
11月1日(木)キャンパスプラザ京都へ行き京カレッジの講義「国語教科書を読み直す」を受講する。帰って夕食を作る。「タラのソテー・パプリカソース」我ながら良い出来。食後一人でウォーキングをする。
2日(金)この日もキャンパスプラザ京都へ行く。講義は「人間と宗教」である。すこぶる面白い。宮沢賢治、中村久子、金子みすゞ、マハトマ・ガンジー、マザー・テレサ、ダライ・ラマの生涯を追いながらそこに宗教との関わりを論じるという講義である。
3日(土)明日、長男の婚約者智ちゃんのご両親との顔合せのため福岡へ行くので大丸で「虎屋の羊羹」を買う。その後、ふと思いつき移転なった高槻「あら木」で行った。以前よりもスペースも広くなり若々しい雰囲気になった。ご主人と久し振りに談笑する。
4日(日)朝8時のANA便で福岡空港へ行く。両家の顔合せを11時半から桜坂「観山荘」で行なう。高台に位置し窓から市内の光景を見ることが出来る。智子さんも振袖姿でこられている。唯史が緊張しながら挨拶をするのも初々しく好感が持てた。私は先方の親御さんともたちまち打ち解け和気藹々とした雰囲気で双方語り合った。最後に何回も記念撮影を行い会は終了した。直ぐに先方の御宅に招待され伺った。再びそこで歓談しつつ良く飲んだ。福岡は嘗て勤務した場所で土地柄、人柄は心得ている。私の好きな土地の一つである。お暇して唯史のマンションに向う。大濠公園の近くである。私のマンションより立派であり心強い限りである。二人でゆっくり飲み直して寝た。
5日(月)朝、仕事に向う唯史と別れ、午後3時発の高速バスで宮崎に行く。時間があるので大濠公園を散策し、福岡城跡を観て回り、鴻臚館跡展示館でしばらく時間を過ごす。急に甥の健君のことを思い出し姉に電話する。彼は福岡で建築業に従事し博多駅ビルの改築工事に関わったが、その工事の記念プレートに名前が刻まれている。それを見るために姉に電話して場所を確認した。地下鉄で博多駅へ行き、ビル屋上の記念プレートを拝見する。難工事の説明を見ながら感激してしまう。多くの方々が関わり、その一人一人の名前を讃えて名を刻む、と言う福岡の気風、その佇まいが良い。昼食を1階下のレストラン街にある「菅乃屋」で「火の国御膳」を食す。熊本の馬刺しの店である。美味であった。こうして高速バスに乗って宮崎へ帰る。姉が迎えに来てくれ、リンガーハットで夕食を食べ小松台に戻って来た。
6日(火)昼に義母宅へ伺う。義母、義妹のまさこさんを混じえ、12月8日の直子と当地での披露宴の話で花が咲く。夜から自転車で街中に向う。「勝健鮨」で食事し「宝来ラーメン」で締めた。そのまま実家により母に会う。ゆっくり語り合う。自転車を置いてタクシーで帰る。途中戦場坂のシダックスで一人カラオケを行なう。
7日(水)友人の福岡君と弟の三人でタイ料理「まんごや」へ行きタイ料理を満喫する。福岡君は私の勝手気ままな帰郷の際、業務多忙の身ながら時間を取って会ってくれる。二人とも大学受験に失敗し浪人生活になって高校の予備コースクラスで一緒になって以来の付き合いである。この受験失敗がなければ理系の彼と文系の私が出会うことはなかった。色んな経験が幸いする。二件目は弟が行くワインバーへ流れる。二人ともワイン通でありよく飲むが私はこの時点でふらふらになっている。福岡君とここで別れ弟と昨日に引き続き「勝健鮨」へ行く。随分飲んだ日であった。
8日(木)は妻恭子さんの7回目の命日である。昨年7回忌を執り行ったが今年は母と妹の三人で養白寺にお参りした。妹は妻と中学時代からの親友であり私に恭子さんを紹介してくれて結婚したという経緯であった。お参りしてお寺に挨拶とお布施を済ませた。昼食はホテル「マリアージュ」の中華レストラン「マンダリン」で摂る。
9日(金)夕食に弟夫婦と母を小松台に招待する。タコのマリネ、アスパラ豚肉巻、舌平目のソテー、締めにエリンギのアワビ風焼きそば、を作る。皆に好評であった。母に泊まって貰った。
10日(土)今日は姉夫婦、姪の早紀ちゃん、妹夫婦、昨日に引き続き母の6人を招いた。メニューはタコとにべのマリネ、和牛シャブシャブ、オコゼのソテー、焼きそばであった。母がいたために昨日と同じメニューでは料理人(誰がや!)のプライドが許さない。ヴァリエーションを若干変えた。下ごしらえはしていたものの私自身も一緒に食べているので料理の順番の段取りが悪かったのが今回の反省点である。もっとスムーズに出さねばならなかった。この日も母に泊まって貰う。母も喜んでいる。食欲もすごくすべて平らげた。
11日(日)昼は炒飯、夜はステーキで母をもてなす。母の台湾時代の話を聞く。台湾で生れ敗戦により日本に引き上げてきた。南門小学校、台北家政女学校のことを聞く。
12日(月)義弟(妹の夫)の政信さんとレイクサイドGCでハーフを回る。実は今回この日のために私はゴルフバックを宅急便で京都から宮崎へ送っていた。兎も角二人でスコアに関係なく楽しく回る。その日の反省会(懇談会)を政信さん、妹、母の四人で「うを佐」で行った。母は今夜は妹宅に泊まった。
13日(火)朝、友人の奥平君が来てくれて私の希望で青井岳温泉に行くことにした。ここは美人の湯と称するほどに肌になめらかであり私の気に入りである。風呂に入る前に昼食を青井岳の蕎麦処「観」で戴く。二人で露天風呂に浸かり山の紅葉を見ながら又海外旅行でも行きたいねなどと話し合う。もっとも楽しいひとときである。夜は一人でおでんを食べる。連日良いものを食べていたので胃に優しくした。
14日(水)妹に来てもらい諸事をこなす。来月の娘の披露宴での司会料の支払いや土産等である。昼食はフランス料理「ル・フェーヴ」で妹と二人でBランチ1500円也を食べる。妹の運転で諸事を行った。感謝の極みである。夜は一人で豚シャブにする。明日京都に戻るため荷造りを行なう。今回は午前中はほぼ庭の草刈り、家周りの雑草取りなどを行った。流石に冬場は雑草に勢いが無く草刈は比較的楽であった。
15日(木)タクシーで宮崎駅まで行き、JRで宮崎空港へ行く。10時5分発のANA機で大阪空港に戻って来た。


  
大濠公園          福岡城跡蓮池        菅乃屋火の国御膳

愛憐の故に詛いし貴船菊 

2012年12月05日(水) 2時09分
10月6日(土)田中さん、山口君、黒田君の4人で京都トレール北山コースを歩く。京都駅で待合せ、大原行きのバスに乗り込む。戸寺で下車、江文峠を越え静原で昼食、薬王坂を越えれば鞍馬に到着する。更に鞍馬山を越え奥の院魔王院へ行く。更に下って貴船神社に辿り着く。バスと電車で河原町まで戻り「ミュンヘン」にてビールで疲れを癒す。その後私の家で飲み直す。心地よい疲れを味わった。
7日(日)大学時代の同窓会を大阪お初天神の「ミュンヘン」(昨日と同じやんか!)で行なう。先輩の山〇氏、齋〇氏、横〇氏、藤〇氏、同年の田中さん(昨日に引き続き)の6名である。和気藹々と語らう。年に1回くらいの割合で会っている。楽しい会であった。
10日(木)昼食は書道教室の先生と仲間(ご婦人達)と一緒に七条中央卸売売り場傍の「すし市場」に行く。和やかに歓談しながら市場からの新鮮な寿司ネタを堪能する。その後「角屋」を見学する。今回も二階まで見ることができた。その後美術展を見に行く。夜は直子と待合せて、茨木の焼肉店「和幸亭」に行く。ここは私が会社に勤務していた当時たまに来ていた店である。
12日(金)直子の結婚式に参列するためにハワイに行く。ホノルル空港で唯史と待合せて、宿のコンドミニアムへ行く。モーニングを借りる。夜は二人でそば「松玄」でおでん、蕎麦で一杯やる。
13日(土)は結婚式である。「Honu Kai Lani」という人気の式場である。ヴァージンロードを直子と二人で歩いた。和やかな雰囲気の中で結婚式を終えることができた。終了後、昨日に引き続き「そば松玄」に行く。14日(日)は唯史と「アラモアナセンター」へ行く。唯史に衣服をプレゼントする。昼食は海鮮中華料理の店にする。美味であった。夜は新婚夫妻が婚式参列者全員を招待してくれてレストランで食事をする。夕陽が美しかった。
15日(月)唯史を空港に見送る。その後「ビショップ美術館」にタクシーで行く。ハワイ王国の歴史を学ぶ。この美術館は見どころが多かった。溶岩の実演まであった。帰りはバスでワイキキまで帰る。2ドル50セントとリーズナブルであった。夕食はステーキ「Suntory」でステーキとオマール海老の鉄板焼きを食す。美味しいけれども一人では楽しめないな、などと思う。16日(火)帰国につき日本へは17日(水)に着く。
10月21日(日)京都国立近代美術館に「高橋由一」展を見に行く。鮭の絵が有名だが近代洋画の黎明期の息吹を感じる作品であった。
27日(土)錦句会に参加する。・修羅道へ堕ちてみやうか夕紅葉、など8句を出句する。
30日(火)は直子と高校時代の友人であるゆきちゃんと烏丸「美濃吉」で食事する。11月17日直子の友人達で行なう結婚祝賀会にサプライズとして私の手紙を発表するとのことで、直子への手紙を幹事役のゆきちゃんに直子が席を外した瞬間に手渡した。三人で和気藹々と食事をした。美濃吉大橋さんの計らいで結婚祝として料理長から鯛の御頭を頂いた。心憎いばかりの気配りを美濃吉さんはしてくれる。
31日(水)書道の先生の都合で教室が休みとなり私は多忙だった10月の疲れを癒すために「やまとの湯」へ行きゆっくり寛いだ。来月は福岡に行くことになっている。


 

烏瓜の燈火淡海に流したり 

2012年10月03日(水) 1時35分
14日(金)朝日カルチャーセンター「魚村晋太郎短歌教室」を受講するために大阪梅田に行く。今回は先輩の下村さんが不参加で気になった。講義後の懇談会を楽しみにしているのだが残念だ。今回の講義のテーマは短歌における「二物配合」についてである。魚村さんの講義、短歌秀作披露は常に現代短歌の地点を踏まえているので私にとっては有益である。私は現代短歌には全く疎いので大いに参考になる。実作指導では私は今回・限界集落に咲き乱れたる鳳仙花首を傾げる花多くして、とあと1首提出したが当短歌については「乱れたる」、と「傾げる」がそぐわないとの評を受けた。なるほど、そうか。参考になる。講義後今回は受講者同士で懇談の誘いを受け、近くの喫茶店に行く。私は場所をわきまえずビールを注文する。白一点これも悪くない。次回講義の前に句会をしようということになった。
15日(日)はゴルフに行く。待ち合わせ場所の阪急茨木市駅に早朝6時半に着く。檀○君、吉岡氏と一緒に名阪チサンCCに向う。名古屋からの山内君は既に来ている。8時15分にスタートする。第1打はフェアウェイキープ!練習などしていない割には上出来である。スウィングを大きくゆっくりとする。ハーフはどうにか50台で上がった。昼食時にビールを飲み良い気分になり後は知るべし。しかし気の合った仲間とのゴルフは最高に楽しい。山内君と又やろうと言って別れる。帰りも茨木市駅で別れる。ここに直子の新居もあり、食事でもしようと電話をしたところ、まだ荷物の整理で忙しいとのこと。仕方なく駅上の「ミュンヘン」で食事、ビールを取る。
16日(日)直子が泊まる。食事は松茸ご飯とキンキの煮付け、我ながらキンキの煮付けが上手くいった。
19日(水)書道教室へ向う。かな文字をどうにか褒められる様になってきた。褒めれば伸びる。
22日(土)錦句会に参加する。当日・箸でつまむ小さな領土と落鮎を、など9句を作る。
28日(金)京カレッジ「人間と宗教」を受講する。やっと後期の始まりである。これで水木金曜日のルーティンが固まった。今回のテーマは「宮沢賢治」である。彼の人生を丁寧にトレースしてゆく。受講者は僅か5名、女性3名、男性(私と大学生)である。これからは私は繁忙になるので欠席するのが申し訳ない。宮沢賢治は37歳で逝去する。昨日寝しなに私は「現代詩手帖特集版/ランボー、101年」の「ランボー年譜」をランボーが逝去した37歳から読んでいた。そしてこの日宮沢賢治の逝去の年と同じことに胸打たれ思わず先生にこのことを告げた。翻って私の37歳は甚だ頼りないものだった。今でも同じである。現在「銀河鉄道の夜」を何十年振りで再読している。
今月30日尽日迄予算内の家計で終えた。徐々に身軽にしていかねばならない。

「愛国心は卑怯者の最後の隠れ家」(サミュエル・ジョンソン)の言葉がある。ここは冷静沈着に物事を判断する必要があると思う。尖閣列島、竹島、それから蘇岩礁(中国名、韓国名では離於島)、スカボロー礁、などについての資料を冷静に検討することが重要と思っている。条約関係では「ポツダム宣言」「サンフランシスコ平和条約」「日米安保条約」「日韓基本条約」「日中共同声明」「日中平和友好条約」を把握することが必要である。それから韓国、中国の考え方はそれぞれ「朝鮮日報」「中国国際放送局」のニュースをインターネットで見ている。何らかの智慧が必要であると思っている。


 
「ザ・賢治」          日米安保条約
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