トール君との出会いその2 

2007年05月05日(土) 16時09分
彼から後日連絡がありスタジオに入る事にした。今では演奏してない「衝動」という曲がある。このドラムパターンはひじょ〜に難しく今まで出会ったドラマーで叩けた人はいなかった。彼はタムを一つだけにしシンバル、ライド、を低い位置にセッティングし、この曲のドラムパターンを叩き始めた。・・・俺とヤスヲ君は驚いた表情で顔を見合わせた。一気にテンションが上がったヤスヲ君は
「なんで叩けるの〜!?」と笑いながら大きな声でいったが彼は「ん?ちょっと練習したから」
と低いテンションで言った。
板橋トール、鋭い目でやたらと大きい音でドラムを叩く!不器用丸出しでとっつきづらかった君は今ではやさしい瞳になったなぁ〜。

トール君との出会い 

2007年05月05日(土) 14時58分
タカちゃんと別れて俺達は「ドラム募集」の貼り紙をライブハウスやスタジオに貼りまくった。知り合いに紹介してもらったり総勢10人以上のドラマーと会って話たりスタジオに入ったりしたな。1年以上がたち俺とヤスヲ君はイライラして気まずい空気が充満していた。そんなある日   「貼り紙を見た」と電話をくれたドラマーと吉祥寺で会う事になった。待ち合わせ場所に行くと自転車にまたがり革ジャンを着た長身の男がいた。髪が長く目が鋭い!ちょっと「悪」の匂いがする。俺達の音源を渡し気に入ったらスタジオに入ろうって事になった。
ドラマーは他の楽器と違い人口が極端に少ない。だから複数のバンドにオファーしてたり声が掛かってるもの。彼も今まで俺達が出会ったドラマー同様、後は彼が俺達を選ぶのを待つしかないんだ。
彼に何故俺達の貼り紙に目が止まったのか聞いたら
「好きなバンド名が書いてなかったから」
と答えた。バンド募集の貼り紙には大抵好きなバンド、目指してるバンド名が細かく書いてあるんだが俺達はあえて書かなかった。違う畑(聴いてきた音楽)が違う者同士がスタジオに入ったらどんな音楽が生まれるのかを知りたかったからだ。・・・狙い通りのヤツが来た!しめしめ、「いい予感」がした。

タカちゃんとの別れ 

2005年10月05日(水) 18時39分
3年くらい前。いやっ、そのまた1年半くらい前。当時ドラムを叩いてくれていたタカちゃん。俺とヤスヲ君の2〜3コ上でやさしくていい姉貴分だった。札幌出身で地元では元ジュディマリのYUKIとバンドを組んでいてコンテストで審査員特別賞をとった裏話がある。そのタカちゃんがある日
「2人に話がある。」
と言ってきた。ドラムセットの椅子に座るタカちゃんは淡々と話し始めた。
「私は癌なの。すぐ入院しなくてはならないし退院してもリハビリに時間がかかるから新しいドラマーを探すか1年後、私が復活するのを待つか選んで。」
・・・俺とヤスヲ君の時間は止まり無機質な空気が3人の周りに充満していた。
次に声を出したのは俺だった。
「新しいドラマーを入れたい。タカちゃんには悪いけど1年間ライブができないのは辛い。」
タカちゃんは軟らかい太鼓を叩くいいドラマーだった。だけどその頃、いろんなライブハウスに出るたびに「ドラムが弱い。」と言われていた。タカちゃんは裏のリズムが叩けなくなってきて体力も衰えてきていたんだ。しかし次のライブが原宿ルイードで決まっていた。これがタカちゃんとの最後のライブになった。作り途中の曲を仕上げ歌詞はぶつけ本番で歌う事になった。ヤスヲ君はこの曲にタカちゃんへの感謝の気持ちを歌った。今の俺達の曲には無い美しいメロディーで本当にいい曲だった。結局その後演奏する事がなくハート型の箱にしまい込んだ。とても哀しい気持ちになったけど「出会い」と「別れ」、「生」と「死」。いつだって手をつないでいるものだ。
そして俺とヤスヲ君はタカちゃんと別れの新ドラマー探しが始まった。

ある冬の出来事 

2005年01月18日(火) 10時28分
冬のある日、俺はバイト仲間の女の子からWRENCHのCDを借りっ放しにしていた。新しく出てばかりのアルバムで近々その子と俺とヤスヲ君と徹君でWRENCHのレコ発ライブに行く予定だった。俺はすっかりCDを借りてる事を忘れててその子から
「CD返してください。」
と言われてしまった。ライブの日が近づいていて早く返したい気持ちが高まる。シフトがかぶらない日が続き前に1度だけ訪れた事のあるその子のアパートにCDを返しに行く事にした。
夜中の1時過ぎに仕事を終え電話する・・・出ない。仕方ないからポストに入れようと思い留守電に
「ポストに入れとくからね。」
と伝えた。
バイクでその子のアパートに着いた。電話は留守電なのに灯りが付いてる。俺は夜も遅いし電気付けっ放しで寝てしまったんだろうと思いドアのポストにCDを入れて走り去った。そして気付いた・・・アパート間違えた。知らない人んちのポストにCDを入れてしまった!
そのアパートは正面から見て左下から右上に向かって階段があり両隣の建物に対して少し奥ばってる。創りがそっくりだ。しかも前回訪れたのはかなり前でその子と歩いて行ったが今回はバイクで違う道から行ったんだ。
すげ〜困った!俺は家に着くなり手紙を書く事にし、レターセットを買って帰り丁寧な言葉使いで文章を書いた。何度も書き直したから朝までかかっちまった。
明くる日そのアパートに行き手紙をポストに入れて家に帰った。するとすぐ女の子の声で電話があった。
女の子「あの〜、CD〜」
俺「ああ!すみません!!家間違えました!」
タワレコの前で待ち合わせする事にした。
正直に言うよ。俺は素敵な女の子を期待した!と、同時に逆も考えた!ドキドキしたんだ!タワレコに着く。するとベンチに座る女の子がCDを見せる。
俺「ホントすみません!」
目の前に現われたのはスラッとした美人だ☆俺はお礼と言うか、迷惑かけたので友達が経営してるカフェに誘った。俺は初対面の女性と二人でお茶する機会なんて無い。ナンパをした事も無いしその発想が無い。つまり会話ができるか不安だった。俺は女性・・・あえて女と言おう。女のために会話を合わせたり自分を受け入れ易く変えたりするなんて嫌だね。俺はダサく落ち着きが無く言葉が汚いひねくれ者で自分を出す会話しかできない。それなのに、会話できたしすごく楽しかった。色んな話をしたよ。音楽はもちろん映画、兄弟の事、ゲバラやアジアにおける日本、クソブッシュの話までした。本当に楽しくて時間が過ぎるのがアッという間だった。その後、俺は仕事だったから3時間くらいで別れたけどライブの時は是非呼びたいと思った。
ちなみにその子は俺を学生だと思ってたらしい。字が汚いからだそうだ。

ニューヨークに行ってきた!その16 

2004年10月10日(日) 13時14分
クイーンズ地区でエアトレインに乗り換える。新しくメトロカードを買わなくてはならなくて自動販売機に20ドル札を入れる・・・戻ってくる。何でだ?すると小柄な白人のおじさんが話し掛けてきた。
おじさん 「この機械は10ドル札以下じゃないとカードは買えないんだよ。」
俺の財布にはあと1ドル札が2枚あるだけだ。おじさんは駅員を指さし
「両替してもらいなよ。」
と言った。俺は駅員に
「両替できる?」
と聞いた。そこには4人の駅員がいたが口を揃えて
「NO」
と言いやがった。すげ〜困った。俺は10ドル札が無い理由だけでアメリカに不法滞在で身を隠しながらヒッソリ暮らすのかと思いビビッた。するとそのおじさんが近くを通る黒人のノッポのお爺さんに
「両替できるかい?」
と聞いてくれて無事カードを買う事ができた。
俺は本当に心から助かったって思った。だからお礼に今まで被っていた額に「龍」と書かれたキャップをおじさんにプレゼントした。おじさんはそれほど嬉しそうじゃなかったけどね。
エアトレインでJFK国際空港に着き凱旋帰国。
あまりにも短い旅だったけどニューヨークは最高の体験だったよ。もっと英語ができればもっと楽しめたはずだし心残りはたくさんある。次回はヤスヲ君、徹君と一緒に行けたらなぁ。恐ろしいほど楽しい珍道中になるに違いない!
またニューヨークに行こう!全てがいいんだ!
最後に姉ぇちゃん、結婚おめでとう!本人に言い忘れた。

ニューヨークに行ってきた!その15 

2004年10月09日(土) 17時12分
最後の地下鉄に乗り込む、思えば2日目、サイクリングツアーの待ち合わせ場所へと時間がなくて急いでいたのに改札口がなかなかメトロカードを読み取ってくれず10回以上カードをスライドさせてた。頭にきた俺は
「なんで通れないんだよ!」
と、怒鳴って改札口を蹴ってたりして駅員を見た。眼鏡をかけた黒人の駅員はただ目をつぶって首を横に振るだけだった。その時改札口を通れたのは23回くらいカードをスライドさせてからだった。
今ではもう昔。コツを掴んだ俺はもう1回で通れるようになっていたんだ。
俺は地下鉄が大好きになってた。
ある日、3人の黒人のオシャレな女の子達が電車の中で大笑いしながら歌っている時があった。すごく上手で俺の隣に座るアフリカの民族衣裳を着たおばさんが小さな声で時々口ずさんだりしていた。ドアをはさんだ向こう側に座る黒人男性は俺と目が合い、ニコリとほほ笑み首を横に振るし、向かいに座る茶色い髪の白人の女の子はなぜか腹を抱えて笑っていた。この車両にいたのはこの7人だけだった。
またある日、向かいの席にでかいゴミ袋を目の前にして座る緑のボロいコートを着た黒人のお爺さんがいた。突然大きな音をたて俺の隣に座る白人の青年に指をさし
「ジロジロ見るんじゃないぞ!白っ子が。」
とたぶん言った。青年は苦笑いをし、うなづいた。お爺さんの隣に座る白人のカップルは緊張している様子だ。するとお爺さんさんは近くに立つアラブ系の男性に一方的に話し掛けはじめた。男性はかなり困っていた。どうやらお爺さんは昔、白人から受けた差別の事を話してるようだった。俺はそのお爺さんをジーッと見てたけど
「ジロジロ見るんじゃないぞ!黄色っ子」
とは言われなかった。
消えない傷、癒えない痛み。
この他にも地下鉄で色々な場面があったな。さよならサブウェイ!俺は故郷に戻るよ。

ニューヨークに行ってきた!その14 

2004年10月09日(土) 15時49分
すっかりニューヨークの時間に馴染んでいた俺は最終日、やっぱり朝早く目が覚めた。
考えてみれば俺の日本の生活がメチャメチャなんだ。
夜寝る日もあるし朝、帰って来て昼から寝る日もある。2時間を3回に分けて寝る日も1週間に2回ある。
ニューヨークでの俺は日本にいる時より規則正しい生活を送っていた。
ニューヨークでは禁煙のマンションが多くレストランも全て禁煙。みんな外に出てタバコを吸う。俺の朝の日課はデリでコーヒーを買ってマンションの入り口に座り込んでタバコを吸う事だった。するとかならず誰か
「タバコちょうだい。」
と言ってきやがる。日本と違い値段が高いんだ。どこに行ってもそう。もし今度言って来たら年令を聞いて二十歳以下だったら断わろうと心に決めていた。
「タバコちょうだい。」
きた!見上げると50歳くらいの黒人のおばさんだった。仕方ない、タバコをあげた。おばさんは
「なにか食べたい」
と言ってきた。どういう事だ???意味が分からない。
俺 「なにか食べたい?」
おばさん 「なにか食べたい。お腹すいてるの。」
だからなんじゃい!食えばいいがな!そのおばさんは黒いT−シャツで金のネックレスに金のブレス。眼鏡をかけていて顔は恐いが身なりは悪くない。つまりどう見ても浮浪者じゃない。
俺 「仕事は何してるの?」
おばさん 「タイパー」
俺 「タイパーか。仕事行かないの?」
おばさん 「仕事は夜からなのよ。私お腹すいてるわ。」
俺 「・・・???」
俺はどうしたらいいか分からなくなり
「意味分かんないよ!」
と最後は日本語で言って宿に戻った。今思えば安いピザでも一緒に食いに行けばよかったよ。あのおばさん俺の「一緒に朝飯食いに行こうぜ!」ってセリフ待ってたのかもね。
荷物をまとめて宿のオーナーに挨拶をしてマンションを出た。さよならハーレム!俺は故郷に戻るよ。

ニューヨークに行ってきた!その13 

2004年10月09日(土) 13時26分
マンションでのんびりした後、車でショッピングモールに連れていってもらった。お土産を買うためだ。俺は安〜いT−シャツを何枚かと中古CDを買いあさった。姉ぇちゃんが働いてるスーパーにも行った。日本人ばかりが働いてるし食材、商品も日本のもの。しかし値札は$で書いてあるし不思議な感じ。ニュージャージーはちょっと田舎で本当にいい街だ。
それから3人で高級なレストランで食事・・・やっぱり口に合わない。でも関係ない。
海沿いのそのレストランからはマッハッタンの夜景が見渡せるし姉ぇちゃんは幸せそうだしだんな様は素敵な人だ、これで十分だろ。
帰りは車で宿まで送ってもらった。次はいつ姉ぇちゃんに逢えるだろうか。
「2年後くらいにまた来るからね。」
と俺は言ったよ。だんな様には
「姉をよろしくお願いします。」
と言って2人と別れた。明日は最後の日だ。

ニューヨークに行ってきた!その12 

2004年10月04日(月) 14時55分
4日目、いよいよ姉ぇちゃんと会うんだ!
俺は4人兄弟の末っ子で一番上の姉ぇちゃんで歳は10コ離れてる。5年くらい会ってないかな。待ち合わせ場所はセントラルパークの北東の角。11時だ。俺は待ちきれず朝早く目が覚めてしまった。で、タイムズスクエアーの楽器屋に行ったりコーヒーを買って外で飲んだり時間を潰し待ち合わせ場所へと向かった。
俺は腕時計をしない。普段でもそう、持っていない。だから30分以上その場に居たんだ。遠くの方で姉ぇちゃん発見!ゆっくり近付き俺達は抱き合った。
姉ぇちゃんは
「変な感じ〜」
と言ったよ。アメリカ、ニューヨークで兄弟が待ち合わせ。本当に変な感じだ。でも俺の胸は弾んでいたんだ。
その後、地下鉄で姉ぇちゃんオススメのハンバーガー屋に連れていってもらった。うまかった!アメリカにはハンバーガー屋がたくさんある。しかし日本人に合う味の店は少ないんだって。
その後自由の女神の前を通過するフェリーに乗って波風を受けながらいろんな話をしたよ。俺の日本での生活、家族の事。姉ぇちゃんはアメリカでの生活、だんな様の事。しかし姉ぇちゃんは今病気なんだって。ヘルニアだ。
「今日は体調いいから」
って言ってくれたけど俺はどうしようもなく申し訳ない気持ちになった。俺のためにわざわざ外出してくれてる事に。俺は
「もうニュージャージーに戻ろう。ニューヨークは十分楽しんだよ。」
と言って姉ぇちゃんの家へと向かった。
地下鉄、バスを乗り継ぎニュージャージーに入ると大きな一軒家が現れはじめる。いい所だ!姉ぇちゃんの住むマンションに入る、ドアを開けるとだんな様が迎えてくれた。
でかっ!身長180をこえる大男。ちなみに姉ぇちゃんは150くらいの小柄。だんな様は俺のために仕事を切り上げてくれたんだ。
きれいで広〜い。窓からマッハッタンが見渡せるここは17階。親父のために2人の写真を撮る事にした。すると姉ぇちゃんはだんな様の腕に抱きついた。だんな様は俺と違い物静かでやさしい口調で話す。すごくいい人で姉ぇちゃんは最高に幸せそうだ!俺はすごくいい気分になったよ。

ニューヨークに行ってきた!その11 

2004年10月04日(月) 13時50分
ブロードウェイではミュージカルの看板で写真を撮り散歩をした。で、バードランドを見付けた。チャーリーパーカーのあだ名から取った店の名前でマイルスのバンドでベースを弾いていたロンカーターも出演しているクラブだ。その店先で白人夫婦がスーツとドレスでビシッと決めた格好でタバコを吸っていた。俺は自分の格好を見直した。破れたズボン、安いパーカー、リュック。店に入るのは止めにした。この出来事は今回のニューヨーク紀行で一番悔やまれる出来事だ。俺はヘコんでハーレムに戻った。
駅に着き地上に出て公衆電話から姉ぇちゃんに電話をかけた。・・・かからない。なぜだ?頭にきた俺は受話器でガンガン電話を叩きはじめた。そしたら後ろに気配を感じて振り返った。・・・白人のでかいポリスマンが立っていて首を小さく横に振る。俺は逃げるように立ち去った。たぶんフォーンカードが切れてしまったんだ。またデリでカードを買って姉ぇちゃんに電話した。で、次の日に会う場所と時間を決めた。いよいよ姉ぇちゃんと会うんだ!
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