青森県むつ市 斗南藩史跡2

December 19 [Mon], 2016, 7:00
下北に移住した旧会津藩士らは、円通寺を仮藩庁と定めます。
円通寺は恐山菩提寺の本坊という由緒のある寺院。


円通寺」。
逼迫した財政では、陣屋さえ建てる事ができなかったのでしょうか?
もちろん仮館となっていますので、正式な陣屋も建てる予定だったのでしょうが、
結局廃藩置県まで間に合わなかったようですね。
松平容保容大父子がここで起居をともにし、
現在もこの寺には容大愛玩の布袋像などが保存されているらしい。


円通寺御本堂」。
訪問時は工事中でした。新築工事となっているので、
建て変えられたのでしょうか?斗南藩の数少ない史跡ですので、
当時のまま残しておいて欲しいものでしたが残念です。

この円通寺を検索していると、心霊スポットでもあるらしい。
本堂と位牌置場の間の部屋に「幽霊のぶつかった血の壁」があり、
壁を塗りなおしても血の跡が消えないとのこと。
これは前代住職の頃、恐山の方から幽霊が飛んできて、
その壁にぶつかると散り散りになって消えてしまい、
その散り散りになった血の痕が残ったという。
そんなのがあったのなら見てみたかったな・・・。

また、位牌置場の位牌のひとつが急にガタガタ震えだすこともあるらしく、
まれに床に落ちる事もあり、その時は近くで死者がでるという。

まあ、僕は幽霊を信じないのですけどね。


円通寺山門」。
説明とかが無いのですが、古いので当時のものではないでしょうか?
残念ながら正面にトラックが停まっていたので、裏側からの撮影。

円通寺を出て南西方向にある徳玄寺へ。

徳玄寺山門」。
徳玄寺は藩主である松平容大が食事や遊びの際に使用した場所との事。
まあたしかに藩主とはいえ、数え三歳の容大に藩庁ではしゃぎまわられるより、
隣のお寺で遊んでもらってた方が楽かも??
また、重臣の会議場としても使用されたようですが、
藩庁ではできない内緒の話ってやつですかね?


徳玄寺本堂」。
こっちは古そうですので当時のままのようです。ここで容大が遊んでいたのでしょう。
境内にはむつ市出身の映画監督川島雄三の碑が建立されていました。
幕末太陽傳(記事はこちら)はこの人の監督作品です。


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HP「ぬしと朝寝がしてみたい」のオフィシャルブログです。 下関を拠点に史跡をまわったり、幕末・維新に係る記事を書いたりします。
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